リーズ・ナブルは此れにて御免 ~ 元軍人付与士は冒険者として成り上がる~

アゲインスト

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ダボンナ王国独立編 ~リーズ・ナブルの馬事《まこと》騒ぎ~

リーズ・ナブルは恐喝者である

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 それから暫くして、担当の者が奥から顔を覗かせた。
 顔色の悪さそのままに、腰の低い態度で二階にあるという応接室へと案内される。
 ここでの先輩を前にして、その後ろを着いていく。
 しかし、何とも。
 ギルドに来て、最初に会う人種が先輩ばかりとは。つくづく運がいいやら悪いやら。
 
 クラン「青き鬣」
 
 このイナナキの創設より、その拡大を影に日向に支えてきた、まさにこの街の顔とも言える冒険者クランだ。
 そこの上位十人の内の一人ともなれば、それは下手な上位ランカーとは一線を画する存在と言えよう。
 そんな有名人、顔を知られてないわけがないのにあの受付嬢、まるで初対面かのような対応だった。
 だからなのか。
 この男、なーにか、きな臭い。
 が、別にいい。
 今は気にすることじゃあない。
 
 さあ、恐喝まがいの交渉と洒落こもう。
 
 
 
 
 
 
 俺たちが連れて来られたのは、華美な装飾のない落ち着いた部屋。
 中央に四角いテーブル、四隅に椅子が置かれ、磨き上がられた曲面が上からの光を反射して輝いている。
 他には花瓶に刺さった花が一輪、青い花弁にて咲き誇っているばかり。
 その調度品の少なさが、逆にこの一室を特別なものとして際立たせているようだ。
 
「ささ、お二人ともこちらに」
 
 先程から先導していたギルド員が着席を促す。
 ベンが先に奥へ、俺が後に前へと、扉から離れて座る。
 それを見て、先導していた男も向かいに座る。
 そして早速、語り出す。
 
「この度は私どもの不手際によってお二人を混乱させてしまい、申し訳ございません。リーズ様の依頼書を確認しましたところ、確かに王都のギルドで発行されたものでした。期日はあなた様の方が先、ベン様の依頼書は一日違いで発行されたもの。ギルド間で連絡をする間もなく同様の依頼がされている、私どももこれには対応が遅れてもしかたがありません」
 
 それが自分たちの考え、主張。
 
「非はあれど、そこまでのこととは思っておりません。双方に報酬と、此度の手間賃とでも言えばいいでしょうか。和解料としましてギルドから依頼料と同額を、と考えております」
 
 ギルドが考える、解決策。
 金。金での解決。
 矢継ぎ早に言葉を重ね、非は小さく相手は大きく。
 確かに言うことに利があり、争点はなくなるだろう。
 
「断る」
「同じく」
 
 それがただの冒険者、であるならばの話だが。
 
「へっ?」
 
 間髪入れずに異口同音。
 その提案、聞き入れられぬ。
 寸分違わない否定の言葉に、梯子を外され間抜けな顔を晒す。
 その意識の隙間に、ここぞとばかりに叩き込む。
 
「なあ、お兄さん。俺たち冒険者にとって依頼ってのはよう、命張ってなんぼのもんだぜ。つまりはよう、『誇り』、なんてもんがあるんだわ。一回一回の依頼に、俺たちは誇りを持って挑んでる。それをだ、それを『先を越されたから戦わなくてよかったですね』って……---
 
 ---ふざけたこと宣ってんじゃねぇぞ」
 
 それがクランに身を置き、力を持つ人間同士の中で切磋琢磨してきた男の主義。
 
「その程度で済ますわけねぇだろうが。てめぇ、冒険者舐めてんじゃねぇぞ」
 
 その迫力に、言葉を無くす目の前の男。
 そして忘れてはいけない。
 
「その通りだよなぁ…」
 
 ここには俺もいるということを。
 
「折角よぉ……王都の先輩に譲って貰ったんだぜ、わざわざな。てめぇはその人の面子、潰すつもりか?」
 
 こちらには、ちょっとばかし有名人であらせられるお方とのつてがあるんですわ。
 いやー、まいったなー。
 
「まさか……『業拳』の名前を知らないわけがないよなぁ…?」
 
 それは冒険者という組織において、そしてこの国において王族の次に有名な、生きる伝説。
 そんな人物の存在を仄めかせば、相手はみるみる内に顔色を悪くしていくギルド員の男。
 ベンも驚いたように目を開くが、面白いとでもいうように口元を歪ませて。
 
「ユ、ユルゲン・ハワード……」
「そう、俺の大先輩」
 
 なら、わかるよな。
 
「そんな人物がわざわざ用意してくれた依頼。それに俺、いちゃもんつけられそうになったんだぜ、きちんと達成したってのにさ。
 これってよぅ……結構な不始末なんじゃないの?」
 
 思ってもいない事に対し悪い顔色であったが、さらなる追い討ちに冷や汗をたらたらと垂れ流している。脳内は混乱と後悔による狂騒が沸き起こり、ぎょろぎょろと動く瞳は事態の解決のための要素を必死に思い出していることの証左だろうか。
 
 だが終わらん、倍プッシュだ。
 
「俺をここに連れて来てくれた王都のギルドの御者が馬車を置いて、そろそろ中にくる頃だろう。俺はこの残念な出会いを、そいつにはついつい話してしまうだろうな。彼は寡黙な方だが、自分の仕事に関わることだ、王都に帰ればこのことを王都のギルドに報告するかもしれない。どうなるだろうなぁ……問題にならないかもしれない、そういう判断をギルドでは下すかもしれない。そう、ギルドならね」
 
 だが、冒険者ならどうだろう。
 
「隣の彼が言う通り、冒険者ってのは命懸けだ。そのことをあんたも承知しているだろう、だからこそその矜持を軽く見ちゃいけない、と思うわけだ。それはあのユルゲン・ハワードでも同じだろうさ。
 来るかもよ、『何がありやがったんだ?』、なんてさ」
 
 嫌だよな、それは。
 いくら自分たちにそこまでに非がないにしても、それを理由にして有名人に来られちゃたまらんだろうな。それも、周囲の人間は問題なんてないと認識しているはずなのに、だからな。ギルドに何かがあったと、喧伝するようなものだ。
 痛くもない腹を探られる、というのはどんな組織でも嫌なものだろうさ。
 
「……何が、ご所望でしょうか」
 
 これにより最悪の未来、自分の首が吹き飛ぶ光景が見えてしまった彼は、俺の思惑通りの反応を返してくれた。
 首の代わりに、彼は組織の金を差し出すことに決めたのだった。
 
「なに、あんたがすることは簡単なことさ」
 
 他人の財産をむしりとることことに罪悪感無しの俺が、この展開ですることは一つである。
 口止めってのはいつだって、これと相場は決まっている。
 
「俺が首を縦に振るまで、ここにコインを積み上げ続けるだけさ」
 
 そのコインというのが金貨であることは、言わずともわかることで。隣で会話を聞いていたベンはこの惨状に思わずといった様子で手で顔を覆っていた。
 オーマイガー、などと。慰めの足しにもならないことをほざくのを聞きながら、俺は慌ただしく動き出した相手を見送りどこまで山が高くなるのかを想像して笑みを深めるのだった。
 
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