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09:エレギアの森へ
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《わあー、アーギルが叫んでる。珍しいこともあるものねー、明日は雪かしら。でも、気持ちはわかる。アンジェリカって自分の凄さに鈍感なのよね。イセリアに匹敵する逸材だってことも、いまいちわかってないみたいだし》
ディーネが何やら呟いている。
「そんな酷いこと言わないでくださいよ。冤罪を着せられたときは本当に悲しかったし、悔しかったんですから。シャノンまで侮辱されましたし、気分は最悪でした」
さすがにムッとして、私はアーギルさんを睨んだ。
「………悪い。取り乱した。あまりにもお前が……ああ。なんでもない」
アーギルさんは沈痛そうに眉間を揉みながら、大きく息を吐いた。
「……なあアンジェリカ。そいつらが四大精霊で、お前が《精霊の愛し子》だってことは信頼できる奴にしか言わないほうが良いと思うぞ」
「はい。そうします」
私は微笑んで頷いた。
アーギルさんも院長先生と同じだ。
私のために、私を想って助言をしてくれている。
「素直なのはお前の美徳だな。それと。俺としては、やはり改めてミグロム行きを勧めたいんだが。森の中に引きこもっている亜人たちがどんな暮らしをしているのかわからない。原始生活を覚悟してエレギアに行くより、魔導工学が発達したミグロムに行くほうが遥かに幸せだと思う。知っているか、ミグロムの王都は下水道が完備されていて、街の中心部には大きな造光所ぞうこうじょがあるんだ。造光所から地下に通った管を通じて夜にはガス灯がつく。ミグロムの王都の夜景は圧巻だぞ。一度は見ておくべきだ」
アーギルさんは身振り手振りを加えて熱弁した。
「そんなに綺麗なんですか。巡礼の旅の途中でミグロムには行きましたが、王都には立ち寄らなかったので、知りませんでした」
「なら、今度こそ王都へ行くと良い。ファナリースの王妃にはなれなかったが、ミグロムに行けば王族の妃――最低でも貴族の妻にはなれるぞ。信じられないなら俺が保証してやる。ミグロムに行けばお前は諸手を挙げて歓迎され、生涯金に困ることなく贅沢三昧できるんだ。どうだ、魅力的だとは思わないか?」
「はい、とても魅力的だと思います。ミグロムに行けば私は労せず幸せになれるのでしょう。でも、それは私の望みではありません」
言葉を尽くしてくれたアーギルさんには悪いけれど、私の心は決まっている。
いまさら何を言われても揺るがない。
「助言には感謝します。でも、私はシャノンに会い、恩返しをしたいのです。もしシャノンに拒絶されたり、耐えられないようなことがあったら、そのときはミグロムに行くことにしますね」
私の微笑みを見て、アーギルさんは頭を掻いた。
「……意思は固いようだな。わかった。お前の人生だ。好きにするといい。お前の行く道の先に幸運があることを祈ってる」
「ありがとうございます。アーギルさんにも女神のご加護がありますように」
エレギアとはレノリア大陸の南西部に広がる大森林を指す。
この森は人間の暮らす国々と亜人の国を隔てる境目、森から先は亜人の領土だ。
その昔、亜人たちは北の大陸から流入してきた人間たちに迫害され、エレギアの森に追いやられた。
《神樹》と森の守護者であるエルフ族は居場所を失った亜人たちを受け入れ、共同生活を送るようになった。
亜人たちにより大森林は広く開拓されたが、今でも《神樹》のある場所は聖地として大切に守られているらしい。
シャノンから聞いた悲しい歴史を思い出しながら、私はアーギルさんに別れを告げた。
馬車を下り、精霊たちを連れて小道を歩く。
視界内に私以外の人間はいない。
山と森、下草で覆われた地面、それ以外に何もない。
ただ、風だけが吹いている。
私は首を左右に振って、自分の両肩を見た。
右肩にはアクア。左肩にはイグニス。
ノームとディーネは宙に浮いている。
「一緒に来てくれてありがとうね、みんな。もし一人だったらきっと、私は心細さに耐えられず泣いていたわ」
森に入ったところでそう言うと、アクアはぴょんと跳ねた。
イグニスは前足で私の肩を叩き、ノームは片手を上げる。
《何よ急に。当たり前でしょ。アンジェリカはあたしたちの主人マスターなんだから、地の果てでもついていくわよ》
照れたのか、ディーネは空を見上げて話題を変えた。
《夜になる前に着いて良かったねー。といっても、もう夕方だけど》
つられて見上げれば、森の天蓋の向こうの空は茜色に染まっている。
ディーネが何やら呟いている。
「そんな酷いこと言わないでくださいよ。冤罪を着せられたときは本当に悲しかったし、悔しかったんですから。シャノンまで侮辱されましたし、気分は最悪でした」
さすがにムッとして、私はアーギルさんを睨んだ。
「………悪い。取り乱した。あまりにもお前が……ああ。なんでもない」
アーギルさんは沈痛そうに眉間を揉みながら、大きく息を吐いた。
「……なあアンジェリカ。そいつらが四大精霊で、お前が《精霊の愛し子》だってことは信頼できる奴にしか言わないほうが良いと思うぞ」
「はい。そうします」
私は微笑んで頷いた。
アーギルさんも院長先生と同じだ。
私のために、私を想って助言をしてくれている。
「素直なのはお前の美徳だな。それと。俺としては、やはり改めてミグロム行きを勧めたいんだが。森の中に引きこもっている亜人たちがどんな暮らしをしているのかわからない。原始生活を覚悟してエレギアに行くより、魔導工学が発達したミグロムに行くほうが遥かに幸せだと思う。知っているか、ミグロムの王都は下水道が完備されていて、街の中心部には大きな造光所ぞうこうじょがあるんだ。造光所から地下に通った管を通じて夜にはガス灯がつく。ミグロムの王都の夜景は圧巻だぞ。一度は見ておくべきだ」
アーギルさんは身振り手振りを加えて熱弁した。
「そんなに綺麗なんですか。巡礼の旅の途中でミグロムには行きましたが、王都には立ち寄らなかったので、知りませんでした」
「なら、今度こそ王都へ行くと良い。ファナリースの王妃にはなれなかったが、ミグロムに行けば王族の妃――最低でも貴族の妻にはなれるぞ。信じられないなら俺が保証してやる。ミグロムに行けばお前は諸手を挙げて歓迎され、生涯金に困ることなく贅沢三昧できるんだ。どうだ、魅力的だとは思わないか?」
「はい、とても魅力的だと思います。ミグロムに行けば私は労せず幸せになれるのでしょう。でも、それは私の望みではありません」
言葉を尽くしてくれたアーギルさんには悪いけれど、私の心は決まっている。
いまさら何を言われても揺るがない。
「助言には感謝します。でも、私はシャノンに会い、恩返しをしたいのです。もしシャノンに拒絶されたり、耐えられないようなことがあったら、そのときはミグロムに行くことにしますね」
私の微笑みを見て、アーギルさんは頭を掻いた。
「……意思は固いようだな。わかった。お前の人生だ。好きにするといい。お前の行く道の先に幸運があることを祈ってる」
「ありがとうございます。アーギルさんにも女神のご加護がありますように」
エレギアとはレノリア大陸の南西部に広がる大森林を指す。
この森は人間の暮らす国々と亜人の国を隔てる境目、森から先は亜人の領土だ。
その昔、亜人たちは北の大陸から流入してきた人間たちに迫害され、エレギアの森に追いやられた。
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亜人たちにより大森林は広く開拓されたが、今でも《神樹》のある場所は聖地として大切に守られているらしい。
シャノンから聞いた悲しい歴史を思い出しながら、私はアーギルさんに別れを告げた。
馬車を下り、精霊たちを連れて小道を歩く。
視界内に私以外の人間はいない。
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ただ、風だけが吹いている。
私は首を左右に振って、自分の両肩を見た。
右肩にはアクア。左肩にはイグニス。
ノームとディーネは宙に浮いている。
「一緒に来てくれてありがとうね、みんな。もし一人だったらきっと、私は心細さに耐えられず泣いていたわ」
森に入ったところでそう言うと、アクアはぴょんと跳ねた。
イグニスは前足で私の肩を叩き、ノームは片手を上げる。
《何よ急に。当たり前でしょ。アンジェリカはあたしたちの主人マスターなんだから、地の果てでもついていくわよ》
照れたのか、ディーネは空を見上げて話題を変えた。
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つられて見上げれば、森の天蓋の向こうの空は茜色に染まっている。
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