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46:メルトリンデとの対話(2)
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「ああ。駐屯場所も確保できそうだ」
紅茶片手に、シャノンが頷いた。
「良かった……あら? シャノン、目の下にクマができてるわ。眠れないほど仕事が忙しいの? 大丈夫?」
心配になり、私は持っていたティーカップをソーサーに置いた。
「大丈夫。明後日の夏祭りまでには意地でも片付けるよ」
「……無理はしないでね?」
「ああ。体調管理には気を付ける。そういうアンジェリカも、ここしばらく働きづめだっただろう。ちゃんと休めよ」
明日のモートンさんとの会談に向けて、私はシャノンと一緒に関係各所を駆けずり回っていた。
「ええ、そうするわ」
私たちが話している間に、メルトリンデはケーキを食べきった。
彼女が紅茶を飲み始み始めたタイミングで、私は切り出した。
「ねえ、メルトリンデ。あなたに一つだけ言っておきたいことがあるの」
「……何?」
メルトリンデは眉をひそめ、少しだけ身を引いた。
でも、身構える必要はないのだと、いい加減わかってほしい。
私はメルトリンデを害するつもりなど、これっぽっちもないのだから。
「百年前、人間が放った炎によってロードリンデさんや多くの亜人たちが亡くなったことはどうしようもない事実よ。私は神様じゃないから、どんなに願っても時を戻すことはできない。でも、過去は変えられなくても、未来なら変えられる」
私はアメジストの瞳を見つめながら、はっきりと言葉を紡いだ。
「もしもまた百年前と同じようなことが起こりそうになったら。私は絶対に止める。誰ひとり傷つけさせない、そのために全力を尽くすわ。それだけは、信じてほしいの」
メルトリンデは目を見張った。
「亜人を虐げる人間に対しても、私は目をつむらない。大切な人を傷つける人は、たとえ誰であろうと許さない。有事の際は、あなたと共に戦わせて。私は人間だけど、亜人の側に立って戦うことを許してほしいの」
「……なんであたしに許可を求めるのよ。四大精霊を従えるあんたは何だってできるでしょう。その気になればエレギアを地上から消し去ることだってできるくせに」
「そんなこと、絶対にしないわ」
その気になればエレギアを消し去ることだってできる――メルトリンデの台詞は誇張でも何でもない。
四大精霊には、たった一体だけでそれを可能とするほどの絶大な力がある。
けれど。
「それができる力があるからって、する理由にはならない。精霊たちは私を信じて力を貸してくれている。彼らに失望されるような情けない人間にはなりたくないの」
「メルト」
どういえば伝わるのだろうと悩んでいたそのとき、シャノンが横から口を挟んだ。
「この一か月、アンジェリカが献身的に亜人に尽くしてきたのはメルトも知ってるだろう。アンジェリカは言葉だけじゃなく、実際の行動で人間性を示した。それでもメルトはアンジェリカを信じられないのか? そのケーキは美味しいと、毒なんて入っていないと、メルト自身が認めたじゃないか」
「…………」
「力で屈服させるつもりなら最初からそうすればいいのに、なんでアンジェリカはそうしないんだと思う? 人間嫌いの亜人に罵倒されても暴言や暴力で返すことなく、真正面から真摯に向き合って、友好関係を築く努力をしているんだと思う?」
シャノンの目は真剣そのものだった。
私の周りにいる精霊たちも、息をひそめて成り行きを見守っている。
「…………ああ、もう……わかった、わかったわよ」
メルトリンデは空になった皿を見下ろし、小さく吐息した。
「あたしの負けよ。疑うのはもう終わりにする。あんたを信じるわ」
「本当に!?」
「ええ。もうとっくにわかってたのよ。あんたは悪い奴じゃないって。神殿に来る亜人たちからは、毎日のようにあんたの話を聞かされるし。精霊たちは『アンジェリカを信じろ』ってしつこく言ってくるし。監視役につけた精霊まで言い出すんだもの、参っちゃうわよ」
「え」
メルトリンデが監視をつけていたなんて知らなかった。
なにしろ私の周りにはたくさんの精霊がいる。
精霊は気まぐれに寄ってきたり離れたりするため、いつも傍にいる馴染みの精霊以外はいちいち覚えていられないのだ。
紅茶片手に、シャノンが頷いた。
「良かった……あら? シャノン、目の下にクマができてるわ。眠れないほど仕事が忙しいの? 大丈夫?」
心配になり、私は持っていたティーカップをソーサーに置いた。
「大丈夫。明後日の夏祭りまでには意地でも片付けるよ」
「……無理はしないでね?」
「ああ。体調管理には気を付ける。そういうアンジェリカも、ここしばらく働きづめだっただろう。ちゃんと休めよ」
明日のモートンさんとの会談に向けて、私はシャノンと一緒に関係各所を駆けずり回っていた。
「ええ、そうするわ」
私たちが話している間に、メルトリンデはケーキを食べきった。
彼女が紅茶を飲み始み始めたタイミングで、私は切り出した。
「ねえ、メルトリンデ。あなたに一つだけ言っておきたいことがあるの」
「……何?」
メルトリンデは眉をひそめ、少しだけ身を引いた。
でも、身構える必要はないのだと、いい加減わかってほしい。
私はメルトリンデを害するつもりなど、これっぽっちもないのだから。
「百年前、人間が放った炎によってロードリンデさんや多くの亜人たちが亡くなったことはどうしようもない事実よ。私は神様じゃないから、どんなに願っても時を戻すことはできない。でも、過去は変えられなくても、未来なら変えられる」
私はアメジストの瞳を見つめながら、はっきりと言葉を紡いだ。
「もしもまた百年前と同じようなことが起こりそうになったら。私は絶対に止める。誰ひとり傷つけさせない、そのために全力を尽くすわ。それだけは、信じてほしいの」
メルトリンデは目を見張った。
「亜人を虐げる人間に対しても、私は目をつむらない。大切な人を傷つける人は、たとえ誰であろうと許さない。有事の際は、あなたと共に戦わせて。私は人間だけど、亜人の側に立って戦うことを許してほしいの」
「……なんであたしに許可を求めるのよ。四大精霊を従えるあんたは何だってできるでしょう。その気になればエレギアを地上から消し去ることだってできるくせに」
「そんなこと、絶対にしないわ」
その気になればエレギアを消し去ることだってできる――メルトリンデの台詞は誇張でも何でもない。
四大精霊には、たった一体だけでそれを可能とするほどの絶大な力がある。
けれど。
「それができる力があるからって、する理由にはならない。精霊たちは私を信じて力を貸してくれている。彼らに失望されるような情けない人間にはなりたくないの」
「メルト」
どういえば伝わるのだろうと悩んでいたそのとき、シャノンが横から口を挟んだ。
「この一か月、アンジェリカが献身的に亜人に尽くしてきたのはメルトも知ってるだろう。アンジェリカは言葉だけじゃなく、実際の行動で人間性を示した。それでもメルトはアンジェリカを信じられないのか? そのケーキは美味しいと、毒なんて入っていないと、メルト自身が認めたじゃないか」
「…………」
「力で屈服させるつもりなら最初からそうすればいいのに、なんでアンジェリカはそうしないんだと思う? 人間嫌いの亜人に罵倒されても暴言や暴力で返すことなく、真正面から真摯に向き合って、友好関係を築く努力をしているんだと思う?」
シャノンの目は真剣そのものだった。
私の周りにいる精霊たちも、息をひそめて成り行きを見守っている。
「…………ああ、もう……わかった、わかったわよ」
メルトリンデは空になった皿を見下ろし、小さく吐息した。
「あたしの負けよ。疑うのはもう終わりにする。あんたを信じるわ」
「本当に!?」
「ええ。もうとっくにわかってたのよ。あんたは悪い奴じゃないって。神殿に来る亜人たちからは、毎日のようにあんたの話を聞かされるし。精霊たちは『アンジェリカを信じろ』ってしつこく言ってくるし。監視役につけた精霊まで言い出すんだもの、参っちゃうわよ」
「え」
メルトリンデが監視をつけていたなんて知らなかった。
なにしろ私の周りにはたくさんの精霊がいる。
精霊は気まぐれに寄ってきたり離れたりするため、いつも傍にいる馴染みの精霊以外はいちいち覚えていられないのだ。
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