【完結】追放された大聖女は黒狼王子の『運命の番』だったようです

星名柚花

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62:運命の日

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 うららかな春の日。
 花びらと蝶が舞う美しい庭園を横目に見ながら、私は大国ミグロムの王宮廊下を歩いていた。

 金銀をふんだんに使った豪華な装飾。
 高くそびえる天井には繊細な薔薇の彫刻が施され、色鮮やかなステンドグラスがはめ込まれた窓から陽光が差し込み、歴代の王たちの偉業を描いたタペストリーが輝く。

 滑らかな大理石の床に、金糸を織り込んだ絨毯が長く伸びている。
 万が一にも転んではならないと、私は慎重に歩みを進めた。

 今日のために用意された水色のドレスは、普段の倍ほどの重さがある。
 同じ色のリボンを頭に結び、胸元と耳には大粒の宝石が輝いていた。

 甲冑をまとった衛兵たちの鋭い視線が、歩を進めるたびに突き刺さる。
 その堂々たる立ち姿に、ミグロムという大国の威光をひしひしと感じた。

「気圧されるのも無理はないよ」
 隣を歩くルベリオ王子が、私を気遣うように優しく微笑んだ。
 癖のない金髪に、澄んだ蒼穹の瞳。
 つい先日、二十歳を迎えた彼とはモートンさんを介して会うことができた。

 いまから約一年半前、モートン商会の馬車に乗って秘密裏にエレギアへとやってきた彼は、シャノンがディミトリさんを助けていたと知り、涙を流して喜んだ。

 シャノンの盟友となった彼は帰国してすぐにサフィーヌ王女を仲間に引き込んだ。
 彼らはモートンさんと協力して虐待を受けていた亜人奴隷を救出し、エレギアへの逃亡を支援する秘密の繋がりを築き上げた。  

 私とシャノンがミグロムから逃げてきた亜人たちを保護し、彼らの新たな暮らしを支える一方で、ルベリオ王子は自らの領地に『試験特区』を設け、エレギアのドワーフとモートン商会が共同開発した革新的な魔導具を積極的に取り入れた。
 たとえば、魔力で駆動する『自動播種機』は広大な農地を少人数で耕し、地下水脈から水を汲み上げる『魔力水車』は灌漑を効率化した。

 これにより、亜人奴隷に依存せずとも農業と工業が飛躍的に発展することを実証し、ミグロムの保守派貴族たちに奴隷制度の無用さを突きつけた。  

 また、ルベリオ王子は王宮での議会において、亜人奴隷の過酷な実態を詳細に報告する資料を自ら作成し、保守派貴族たちの反対を押し切って公開討論の場を設けた。
 この大胆な行動はミグロム国内に奴隷制度廃止の気運を芽生えさせ、若手貴族や民衆の支持を集めるきっかけとなった。 

 私は彼の言動に何度も心を動かされた。
『通話水晶』を通じて私たちと志を響き合わせ、ミグロムの闇に立ち向かう彼の姿は、希望の灯火そのものだった。

「ミグロムは力と繁栄を誇示することで国を保っている。でも、心配はいらない。今日は王自らが最上の礼をもって君を迎えると約束している。大臣たちへの根回しも済ませてある。さすがに全員とは言えないけれど、七割の大臣は君の味方だと思ってほしい」
「……感謝致します。今日に至るまでの殿下のお力添えに、心より」
 小さく頭を下げながら、私は内心の動揺を抑えようと努めた。
 ミグロムの王と対峙する――その重圧は、これまでのどんな試練よりも大きい。
 味方がいるとわかっていても、胸の奥で高鳴る鼓動が止まらないのだ。

「それはこちらの台詞だよ。君を通じて協力してくれた精霊たちは土地を豊かにし、作物の成長を早め、資源不足を補ってくれた。通常よりも短期間で成果を上げられたのは君のおかげだ」
 ルベリオ王子の労いの言葉を受けて、私は微笑んだ。
 笑うと同時に、肩にこもっていた力が少しだけ抜けたような気がする。

「殿下のおかげで、私もここに立てています」
 私たちはお礼を言い合って階段を上り、大きな両開きの扉の前に立った。
 衛兵たちが荘厳な扉を開け放つ。

 玉座の間――そこは、別世界だった。

 吹き抜けの高い天井には巨大なシャンデリアが煌めき、白亜の柱が整然と並ぶ。
 最奥の王座に鎮座するのは、この巨大国家を統べる王カイゼルだ。

「…………」
 私は唾を飲み込み、ルベリオ王子の背中を追った。
 大臣たちの値踏みする視線が突き刺さり、絨毯を踏みしめる靴音だけが静寂に響く。
 心臓が早鐘を打ち、手のひらに汗が滲んだ。

「陛下。ご下命に従い、エレギアより聖女アンジェリカ・コートレットを連れて参りました」
 ルベリオ王子は玉座に続く段の前で恭しく頭を下げ、王女や大臣たちが控える一角へと移動した。
 その一方で、段の前に辿り着いた私は膝を折り、頭を垂れた。

「アンジェリカ・コートレット。面を上げよ」
 威厳に満ちたカイゼル王の声に促され、私は顔を上げた。

 白髪まじりの金髪、翡翠色の瞳、彫りの深い顔立ち。
 右目から頬にかけて大きな傷痕が走り、首筋にも古傷が覗く。
 若い頃、自ら軍を率いて小国を併呑したという彼の覇気は、五十歳を迎えた今も衰えていない。
 目を合わせるだけで、蛇に睨まれた蛙のような気分になった。
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