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38:演技なのか素なのか
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時間が経つにつれて動揺の波は徐々に引いていったけれど、それでも不安は消えることなく、大勢の見物客に混じって拓馬と美しい花火を見ても、談笑しながら帰路についても、いつだって心の中に重く沈殿していた。
だから私は拓馬と「じゃあまた明日」と微笑んで別れ、玄関の扉の鍵を閉めたその瞬間、
「大福ーっ!!」
叫んで廊下を突進し、リビングと台所を仕切る扉を勢い良く開けた。
たちまちひんやりとした風が身体に触れた。
うちには大福がいるので、私が不在だろうとエアコンは常時稼働したままだ。
夏の電気代がいくらになるかは考えてはいけない。
ともあれ――
「西園寺タカシと御手洗キョーコ、離婚したかあ。やっぱりな。絶対すぐ離婚すると思った」
涼しい楽園のようなリビングでは、白い大福餅――もとい、白いハムスターが床のラグマットに寝転がっていた。
「キョーコも見る目がないよなー」
勝手に録画していたらしい昼間の芸能ニュースを流しながら、彼はスナック菓子のミニ袋を広げ、小さなスナック菓子を右の前足で摘まみ、四本の前歯でパリパリ音を立てて齧っていた。
テレビの上部には『フラッシュの点滅にご注意ください』のテロップが表示され、タレントの御手洗キョーコが涙を流して記者の質問に答えている。
「いくらイケメンって言ったって、タカシは付き合ってたときから浮気ばっかりしてたって言うじゃんか。結婚したからって人間の本質が変わるわけないのに、なんで紙切れ一枚にサインした程度で変わると思うかねえ――」
「西園寺タカシと御手洗キョーコの離婚についてはどうでもいいのっ!!」
この緊急事態に何を呑気な、という八つ当たりも込めてリモコンを取り上げ、テレビを消す。
「あれっ。なんだよ悠理、いつの間に帰ってきたんだ? まあいいや、とにかくお帰りー」
食べかけのスナック菓子をまとめて頬袋に入れ、大福は起き上がって私を見つめた。
「くっ……」
ぱんぱんに膨れた頬袋が可愛い。
なんと愛らしい生き物か。こんなに可憐な生き物がいていいのか。
私は唇を噛み締めてかぶりを振り、どうにか煩悩に打ち勝った。
いまは己の爛れた欲望に身を任せ、大福を撫で回している場合じゃない!
「うん、ただいま。それより大変なの大福」
テレビと大福の間に跪き、肩にかけていた鞄を置く。
年に一度の貴重な花火大会を拓馬と二人きりで心置きなく楽しみたいからと、私は大福を拝み倒して今日一日だけ監視を解いてもらう約束を取り付け、おとなしく留守番してもらっていた。
寝転がってテレビ鑑賞しつつスナック菓子を食べているとは予想だにしなかったけれど、それはまあどうでもいい。
戸棚に入れてあるミニスナック菓子は大福専用で、自由に食べて良いと言っているし、彼がワープの際に接触していたある程度の重さ(大体一キロくらい)の物を自分と同時にワープさせることができるのも知っている。
だからスナック菓子がここにあるのも驚くことじゃない。
「花火大会の会場に乃亜が現れたの」
言い終わって、私は大福の一挙手一投足を見逃すまいと目を凝らした。
神の使いを名乗り、乃亜の味方を公言している彼が乃亜と裏で繋がっているなら、当然乃亜の登場を知っていたはずだ。
けれど。
「………………えっ?」
大福は耳を立て、目を真ん丸にして固まった。
その様は到底、演技には見えない。
でも、驚いているフリをしているだけかもしれない。わからない。
だから私は拓馬と「じゃあまた明日」と微笑んで別れ、玄関の扉の鍵を閉めたその瞬間、
「大福ーっ!!」
叫んで廊下を突進し、リビングと台所を仕切る扉を勢い良く開けた。
たちまちひんやりとした風が身体に触れた。
うちには大福がいるので、私が不在だろうとエアコンは常時稼働したままだ。
夏の電気代がいくらになるかは考えてはいけない。
ともあれ――
「西園寺タカシと御手洗キョーコ、離婚したかあ。やっぱりな。絶対すぐ離婚すると思った」
涼しい楽園のようなリビングでは、白い大福餅――もとい、白いハムスターが床のラグマットに寝転がっていた。
「キョーコも見る目がないよなー」
勝手に録画していたらしい昼間の芸能ニュースを流しながら、彼はスナック菓子のミニ袋を広げ、小さなスナック菓子を右の前足で摘まみ、四本の前歯でパリパリ音を立てて齧っていた。
テレビの上部には『フラッシュの点滅にご注意ください』のテロップが表示され、タレントの御手洗キョーコが涙を流して記者の質問に答えている。
「いくらイケメンって言ったって、タカシは付き合ってたときから浮気ばっかりしてたって言うじゃんか。結婚したからって人間の本質が変わるわけないのに、なんで紙切れ一枚にサインした程度で変わると思うかねえ――」
「西園寺タカシと御手洗キョーコの離婚についてはどうでもいいのっ!!」
この緊急事態に何を呑気な、という八つ当たりも込めてリモコンを取り上げ、テレビを消す。
「あれっ。なんだよ悠理、いつの間に帰ってきたんだ? まあいいや、とにかくお帰りー」
食べかけのスナック菓子をまとめて頬袋に入れ、大福は起き上がって私を見つめた。
「くっ……」
ぱんぱんに膨れた頬袋が可愛い。
なんと愛らしい生き物か。こんなに可憐な生き物がいていいのか。
私は唇を噛み締めてかぶりを振り、どうにか煩悩に打ち勝った。
いまは己の爛れた欲望に身を任せ、大福を撫で回している場合じゃない!
「うん、ただいま。それより大変なの大福」
テレビと大福の間に跪き、肩にかけていた鞄を置く。
年に一度の貴重な花火大会を拓馬と二人きりで心置きなく楽しみたいからと、私は大福を拝み倒して今日一日だけ監視を解いてもらう約束を取り付け、おとなしく留守番してもらっていた。
寝転がってテレビ鑑賞しつつスナック菓子を食べているとは予想だにしなかったけれど、それはまあどうでもいい。
戸棚に入れてあるミニスナック菓子は大福専用で、自由に食べて良いと言っているし、彼がワープの際に接触していたある程度の重さ(大体一キロくらい)の物を自分と同時にワープさせることができるのも知っている。
だからスナック菓子がここにあるのも驚くことじゃない。
「花火大会の会場に乃亜が現れたの」
言い終わって、私は大福の一挙手一投足を見逃すまいと目を凝らした。
神の使いを名乗り、乃亜の味方を公言している彼が乃亜と裏で繋がっているなら、当然乃亜の登場を知っていたはずだ。
けれど。
「………………えっ?」
大福は耳を立て、目を真ん丸にして固まった。
その様は到底、演技には見えない。
でも、驚いているフリをしているだけかもしれない。わからない。
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