世界最後の1日に。

こいづみ

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 しばらくしてある程度落ち着いてきた小春を家まで送るために勇人は小春と揃って教室を後にした。

 残された弘樹は動く気になれずぼんやりと窓の外の様子をうかがっていた。

 駅へと続く大通り、車が行き交い人通りも少なくはないいつも見ている光景だ。

 けれども今はそれを酷く寂しく感じてしまう。

 大分時間が経ったのか教室からは人の話し声や物音が無くなっていた。

 時計を全く気にしていなかったが時刻もそろそろ昼時に差し掛かる頃合いなのだろう気が付けば胃袋が空腹を訴えている。

 弘樹は今朝宗一から持たされた弁当箱を取り出そうと机の横に置いてある鞄に手を伸ばす、机の上に取り出し風呂敷を広げたところで自分の真反対の席にまだ一人本を読んでいる仁美が残っていることに気が付いた。

 自分以外にまだ人が残っていたことには驚いたがそれが彼女だったことに何故だか納得してしまう。

 タイミングの良いことに仁美も本を閉じて机に弁当を広げ始めた。

 弘樹は少し躊躇ったが意を決して自分の弁当を引っ掴み仁美の元へと足を向けた。

「九条さんもまだ残ってたんだ」

 すでに食べ始めていた仁美がその声に反応して弘樹の方を振り返る。

「隣で食べてもいい?」

 持っていた弁当を胸の高さまで掲げながら弘樹は少しはにかんだ。

「また明日じゃなかったの?」

 今朝の別れ際の挨拶を持ち出されて怯んだ弘樹だがそれでも諦めずに声をかける。

「いやでもほら誰かと食べた方が楽しいでしょ」

 弘樹を見ていた仁美だがしばらくして目を離し机に広げられた昼食に向き直る。

「勝手にすれば」

 仁美に許可を得た弘樹は隣の席に腰掛け自分の弁当を広げた。

 宗一の作る弁当は見た目も良く栄養バランスも考えられている。

 一度口に運んだところでふと気になり仁美の弁当を覗き込んでみた。

 彼女の弁当は宗一が作るものとは種類が違うものの良く整っているものだった。

「九条さんの弁当も美味しそうだね」

 弘樹は見て思ったことを素直に言葉にした。

 仁美は口に含んでいた物をゆっくりと呑み込んだ後に弘樹の方を見て口を開く。

「ねえ」

 しかし彼女から返ってきた返答は弘樹の言葉に対するものではなかった。

「なんで私に関わろうとするの?」

 少し前からの弘樹の行動に対しての疑問をここで解消しようと仁美は率直に言葉を選ばずに投げ掛けた。

 仁美の問いかけについ口をつぐんだ弘樹だったがそれが無視できないものであり、答えを間違えれば今後仁美と会話をすることもままならなくなるだろうことも理解していた。

 何かを言おうと口を開くもなにも思い付かずに口を閉じてしまう。

 自分自身でもここまで彼女を気に掛ける理由がわからずうまく言葉が出てこない。

「ごめん、どう言ったらいいかわからないんだ」

 結局何もまとまらずに申し訳なくなり俯きがちに小さく声を漏らした。

「ただ、一人で本を読んでる九条さんが気になって」

 そこで言葉を切りゆっくりと顔を上げ仁美の表情を確認する。無表情に弘樹の話を聞いている彼女と目があった。

 目があったまま少しの間固まったままの二人だったが仁美が弁当に向き直り、それに倣うように弘樹も自分の昼食を食べ始める。

 無言で箸を進める二人だが弘樹の方が先に食事を終えた。

 ちらと仁美の方に目をやるが彼女の弁当はまだ半分以上残っていた、このまま沈黙の中で食べ終えるのを待つのもバツが悪く弘樹は空の弁当箱を包み席から立ち上がった。

 そのまま自分の席に戻り荷物をまとめて教室から出ようと扉に近づいていく。

「帰るの?」

 扉まで後数歩のところで声をかけられそちらの方を振り向く、仁美が食べる手を止めてこちらを向いていた。

「うん、今日はいろいろあったし早めに帰って報告しないと」

 弘樹が言ったことは確かに理由の一つとしてはあったが先ほどの問答でこの場にいることに息苦しさを感じてしまっていたことが一番の理由である。

「そう」

 そう言って仁美は少し迷ったそぶりを見せたがすぐに弘樹に視線を戻し口を開いた。

「それじゃあ、また明日?」

 何故か疑問系であったが仁美はそう言いすぐに昼食に向き直った。

 弘樹はじわじわと仁美の言葉を理解していきその顔もゆっくりと緩んでいっている。

「うん、また明日」

 仁美の背中に声をかけてそのまま真っ直ぐに自宅を目指す。

 早めの帰宅に驚いていた宗一に弘樹は今日学校であったこと、そしてそれでも明日からいつも通りに学校に行くことを伝えた。

 黙って聞いていた宗一だったが話し終えたあとは何も聞かずに普段と同じような振舞いで接してくれて弘樹にはそれがありがたかった。

 その夜、就寝の準備を済ませた弘樹はベッドに横になりながら勇人と小春の三人のグループで作った連絡先にメッセージを送った。



弘樹:《小春大丈夫?》

小春:《大丈夫》

勇人:《だろうな、帰りにあんだけ食ってりゃな》

弘樹:《どういうこと?》

勇人:《小春のやつ帰りにラーメンやらクレープやらがっつり食っていきやがったんだぜ、しかも俺の金で》

小春:《だって勇人が奢ってくれるって言うから》

勇人:《にしても限度があるだろうが》



 ここまでのやり取りで小春が落ち着いたことに安心すると同時に相変わらずの二人のやり取りに弘樹は苦笑した。



弘樹:《まあ元気そうで何よりだよ》

勇人:《そういえばヒロは明日からどうするんだ?》



 勇人からのメッセージを見て弘樹は少し考えるように横向きの身体を仰向けに変えた。



弘樹:《俺は明日からも学校に行くつもり》

小春:《それって仁美ちゃんに会いに行くため?》



「なっ」

 小春から唐突に送られてきたメッセージに思わず声が出てしまった。



勇人:《何々もしや弘樹くんに春が来たってことですか!?》

小春:《どうなのよ!詳しく教えなさいよ!》



 そうメッセージを送ったあと二人は急かすように大量のイラストメッセージを送りつけてくる。



弘樹:《うるさい!特になにもないよ》

勇人:《なんだつまらん》

小春:《でもなにもないってことはないでしょ?》



 勇人は早々に諦めたが小春の方はまだまだ言及する気満々だ。



弘樹:《まあ、でも明日また会う約束をしただけだよ》

勇人:《聞きましたか小春さん彼なにもないって言っておきながらこんな爆弾隠し持っていましたぜ》

小春:《ええ勇人さんこれは洗いざらい全て喋ってもらわないと》

弘樹:《いやもうないよ》

勇人:《うるせえ!御託はいいからさっさと何もかも吐きやがれ!》



 ひとしきり同じような問答を繰り返していたが一段落したところで弘樹が二人は明日からどうするのかを尋ねた。



勇人:《俺も親父がまだ忙しそうにしてるからな、多分しばらく暇だわ》

小春:《私もそんな感じ》

弘樹:《そっかじゃあ時間空いてるときみんなで遊びに行かない?》

勇人:《おっしゃじゃあ今から何して遊ぶか決めるぞ!》

小春:《私水族館行きたい!》



 そこからの一週間は早かった。

 朝は早くに学校に行き仁美と会話をし、昼からは弘樹と小春に合流していろいろなところに遊びに行った。近場ではカラオケにゲームセンター、映画に公園でバドミントンなど、少し遠出をしてウィンタースポーツに温水プール、水族館に動物園。

 まるでこれから先続くはずだった時間をこの一週間に凝縮しようとするかのように。

 学校の様相も次第に変わっていった、朝は仁美と会話をしているが誰かしらが教室に入ってきたら自分の席に戻ると言う繰り返しだった、しかし日に日に学校に来る人数も減っていき5日も経てばもう誰も登校してくる人は居なくなっていた。

 その分仁美と会話をする時間も増え、今では向こうからも話を振ってくるくらいには受け入れてくれるているようだ。

 そして一週間、担任教師が学校に来ると言っていた最終日の夕方勇人と小春と二人と遊び終わり家に帰るために駅へと到着した三人だが弘樹はすぐに電車には乗らず別れを惜しむかのように二人との話に花を咲かせていた。

 ある程度盛り上がったところで勇人が申し訳なさそうに切り出した。

「すまん、明日は親父もようやく時間取れたみたいで無理だわ」

「私も明日はちょっと無理かな~」

「そっか」

 あくまでいつも通りに振る舞っている、三人とももしかしたらこれが最後の別れになるかもしれないと薄々感じ取っていた。

 けれども、だからこそいつも通りに、いつもと変わらないように、三人とも同じ気持ちで向き合っている。



「じゃあ、またな」



「またね、弘樹」



「うん、またね二人とも」



 そうして弘樹は電車に乗り込み帰路についた。



「「いただきます」」

 帰宅した弘樹は宗一とともに夕食を食べていた。

「そういえば先生が来るのって今日までだっけ?」

「うん」

 前に話していた担任教師の学校に来る期日を改めて聞かれ簡単に返事をする。

「そっか、明日からどうするの?」

 当然のような質問に弘樹は今朝のことを思い出す。

 勇人と小春との約束の時間になり仁美と会話を終えた別れ際、とそう言って教室を後にした。

 それは社交辞令なのかもしれないがもし彼女が明日も学校に来る気なら・・・。

「えっと、姉さんからまだ何も連絡は来ていないですし、だから、いつも通り学校に行こうと思います」

 香里からは定期的な無事を知らせる連絡しか来ていないしあれから家に帰ってきてすらいない、だんだんと心配にはなってくるが連絡が途切れているわけではなく宗一と話し合い様子を見ることで話は決まっている。

「そっかじゃあ明日もお弁当作らなきゃね」

 不自然に間が空いた喋り方になってしまったが相変わらず何も事情を聞かずに送り出してくれる宗一にありがたいような申し訳ないような気持ちになる。

 特に隠すような理由でもないのだが率先して話すような事柄でもないため事情を聞かれない限りは自分から話すことでもないと弘樹は思っている。

「ありがとうございます」

 食事を終え、就寝の準備を済ましベッドに横になる。

 明日も早く起きられるように目覚まし時計を確認する、一週間前から目覚ましをかなり早い時間にかけていた。

 そのまま目を閉じて眠りに落ちた。

 翌朝弘樹は学校の昇降口前まで来ていた、扉に手を掛け押したり引いたりしてみるがびくともしない。

「まあ、そうだよな」

 そう言って先ほどまで開けようとしていた扉に背を預け冷えた手を温めるように息を吹きかけた。

 周りには人の気配が全くしない、やはり彼女の言葉は社交辞令だったのだと学校から出て行くために歩き出した。

 これからどこで時間をつぶそうかと考えながら歩き続け校門まで差し掛かった時。

「おはよう、望月くん」

 その声が聞こえ弘樹は慌てて振り返った。

「今日は寝坊しちゃって」

 いつものごとく表情の変わらない仁美が立っていた。
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