こじらせ悪役ループ中、異国の皇子に甘く口説かれる

ひがらく

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ヒート 2

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 服が乱れたカナトを腕に抱える俺の姿は、テオの目には襲っているようにしか見えなかったのだろう。彼は怒りをあらわにしていた。

「これは、どういうことだ……っ!」
「テオ! いきなり……って、ヴァレンス先生?」

 さらにその後ろから、クロヴィスも現れる。
 
 次から次へと、いったい何なんだ、この状況は。
 
 本来なら、テオがここに来るはずもないのに、クロヴィスまで。
 カナトが資料室で違法魔薬を見つけてしまい、具合が悪くなって保健室で休んでいるところにテオがやってくるはずだ。そもそもカナトの意識が朦朧とするほど、ここまで酷いヒートを起こすこともないはずなのに。
 予想外のことが起こりすぎて、頭が混乱しそうだった。
 
 しかも今、この不安定な空間に魔力の強い者が入れば、カナトのフェロモンにあてられて状況はさらに悪化する。俺でさえ、もう正直ギリギリなのに。理性を飛ばしたふたりを止められる自信はない。
 何とかしてこの部屋に入って来させないようにしなければと焦るが、テオは構わず踏み込もうとしていた。
 
「テオ、だめです! 中に入っては……!」
「お前、その手を離――ッ」
 
 テオが一歩、室内に足を踏み入れた瞬間、びくりと身体を震わせた。この強くて抗えない甘い魔力を吸い込んでしまったのだろう。

 俺はカナトをそっと床に寝かせ、腰のポーチに入れていたペンタイプの抑制剤を取り出す。カナトのフェロモンにあてられて暴走しかけたときにと備えていたものだ。念のために持っておいてよかった。

「あ……」
 
 テオの瞳がどろりと濁る。呼吸も荒くなって、本能に支配されようとしていた。鋭いその視線がゆっくりと、床に横たわるカナトへ向けられた。

「テオ! 落ち着いて……落ち着けッ!」
 
 ふらりと、カナトに襲いかかろうとしたテオの肩を咄嗟に掴んで引き寄せ、背後から強く抱きかかえる。
 急に体を押さえつけられたテオは暴れだし、牙を剥いて口を開く。その口を塞ぐように自分の腕を押し当てると、鋭い痛みが走った。服越しにも関わらず、歯が腕にギリッと食い込んでいる。痛みで顔が歪むが、今は耐えるしかない。少しでも動きを止められるならそれでいい。
 そのままテオの太ももに狙いを定め、勢いよくプシュッと抑制剤を打ち込んだ。身体がびくりと震えて止まる。

「ヴァレンス先生……!」
「クロヴィス、君はそこに! この部屋に入らないこと。君もテオのようにあてられてしまいますよ」
 
 クロヴィスも魔力の強い持ち主だ。この甘い匂いに本能を刺激されているようで、辛そうな表情をしている。

「……ぐッ」
「テオ、我慢してください。君も本意ではないでしょう。カナトのことを想うのなら、正気に戻りなさい」

 宥めるように言葉をかけながら、カナトへ向かないように、テオの体を背後から抑え込む。
 テオは俺の腕に深く歯を立てたまま、肩で大きく息をしている。彼も必死に耐えているのだろう。だが荒い吐息が肌にかかるたび、こちらの本能もぐらりと揺さぶられそうになる。

 しばらくして、腕の中の身体からふっと力が抜けた。
 ようやく抑制剤が効きはじめたらしい。歯も静かに外れ、そのままゆっくりとテオを床に座らせる。
 テオの汗ばんだ前髪をすっと指先でかきわけて顔を覗き込むと、濁っていた瞳が少しづつ光を取り戻していた。

「よくできました。今までで一番優秀でしたよ」

 テオの肩を軽く叩いて立ち上がり、カナトの元へ向かう。
 もう一本、ポーチから抑制剤を取り出してカナトの太ももに打ちこむ。安定剤ではないため期待はできないが、何もしないよりはマシだろう。

「……かな、と」

 正気を取り戻したテオがゆっくりと立ち上がる。即効性だけあって効きが良かったのか、それとも愛ゆえか。
 俺はカナトの背と膝を支えながら抱き上げて、テオの方へと向き直った。

「カナトを保健室へ。行けますか?」
「……」
 
 無言で頷くその瞳には、はっきりとした意思が宿っていた。
 もう、大丈夫だろう。テオの精神力は思っていたよりも頑丈だ。
 テオにカナトを預けると、そのまま保健室へと走って行った。あとはリチがどうにか対応してくれるだろう。

 これでひとまず、安心だ。

 少しだけ、肩の力が抜ける。
 カナトがいなくなったせいか、ここの甘さで淀んでいた空気がすっと薄らいできていた。

 あとやるべきことは、と視線を上げる。

「……クロヴィス、手伝ってくれますか?」
 
 俺の呼びかけに、扉の傍に立っていたクロヴィスは小さく頷いた。
 呼吸を抑えていたのだろう、幾分和らいだ匂いに、口と鼻を覆っていた手を外した。その顔色は、思ったより悪くなさそうだった。
 
 俺もクロヴィスも、カナトの魔力に酔いやすい。最初もそのせいで事故ったようなもので、旧校舎の件もある。
 だからそれが本能的に危険だとわかったのか、これ以上状況が悪化しないように、ちゃんと大人しく部屋の外で待機していてくれたのは、理性的な判断だと思う。クロヴィスのそういうところは好ましい。
 
 窓を開けて換気をよくし、部屋の中の痕跡を残さないようにする。気絶したままの秘書の男は隣の空き部屋へとクロヴィスに運んでもらった。
 そのときに資料室の片隅にある木箱を確認すれば、そこには違法魔薬が入っていた。それを確認して、また戻す。
 
 あとは、資料室に鍵をかけるだけ。
 秘書の男は理性が吹っ飛んでいた。きっと夢の中の出来事だと思うだろう。
 クロヴィスに男の処遇を尋ねられたが、「俺の方から理事長に報告しておきます」と誤魔化しておいた。この件は、後でどう処理するか考えよう。
 
 鍵を閉めた扉に手をついたまま、ため息を吐く。
 その手に、クロヴィスが後ろからそっと手を重ねてきた。
 
「顔色が悪い。先生も保健室へ行こう」
 
 いつになく心配そうな真剣な表情で、俺の顔を横から覗き込んでくる。

「……俺は大丈夫です。それよりもカナトたちの様子を見に行ってくれませんか。テオもまだ不安定でしょうし、友人である君も傍にいれば心強いでしょう」
「人の心配より、自分の心配をして」

 肩を掴まれて、向き直される。
 そして俺の腕を掴んで、袖をめくった。そこにはくっきりとテオの歯形が赤く残っていた。クロヴィスはそれを見ると、綺麗な顔を歪める。

「止めるとはいえ、自分の身体をこんなふうに使わないで」
「不可抗力です。あれしか方法はなかった。君たちは俺よりも魔力が強いでしょう。であれば唯一動ける俺のあの行動は間違いではない」
「だからといって……!」
「クロヴィス、あれが最善でした」
 
 クロヴィスの肩を押して距離を取ろうとするが、手にも足にも上手く力が入らない。
 仕方なく、後ろの扉にもたれかかるようにして背中を預けると、支えを失った身体が少し傾いた。
 は、と息を小さく吐く。
 
 熱い。身体が、すごくアツイ。
 
 ヤバいな、これは。思っていた以上に。
 緊張感でずっと気を張りつめていたが、俺もカナトのフェロモンにかなり影響を受けている。震える手でポーチの中を探るが、その指先は空を掴んだ。
 
「しまったな……抑制剤、あれで最後だったか」

 汗ばんでしっとり濡れた前髪を、震える手でくしゃりとかき上げ、苦笑する。
 俺だって完全に抑え込めているわけではなかった。今も、身体の奥がじんわりと熱い。平静を装ってはいるが、心臓はどくどくと大きく鳴り響き、呼吸は浅い。少しでも気を抜けば、溢れ出す欲に絡め取られそうになる。
 やり過ごそうと目を伏せて、なんとか呼吸を整えようとした。

「先生、こっち見て」
「……とにかく、俺は理事長へ報告しに行きます」
「先生」
「君もカナトたちの元へ早く行きなさい。それに、授業もあるでしょう」
「ヴァレンス先生」
「あとで、俺も様子を見に行きますから」
「ティラン」

 名前を呼ばれて、はっと目を見開く。
 両頬を優しく包まれて、伏せていた顔を持ち上げられた。

「僕を見て、ティラン」
 
 俺の熱とは反対にある、涼しい色をした白銀の瞳と視線が交わる。なのに、その奥に、かすかな熱が揺らいでるのを見つけてしまって。
 
 ――あ、やばい。

 気付いた時にはもう遅かった。
 ふわりと、甘い何かに包み込まれる。そのまま力強く引き寄せられ、呼吸が触れ合って、唇が重なった。
 
「んぅっ……」
 
 下唇を優しく食まれ、唇をこじ開けるようにぬるりと熱い舌が侵入してくる。舌先が奥へと探ってきて、逃げようとしても顔を両手で包み込まれているため動けない。

「ふっ……、んんっ」

 指がそっと耳の縁を撫で、時折くすぐるように奥まで触れる。そのまま両耳を塞がれて、くちゅりと舌の絡み合う音が頭の中で大きく響き、腰がぞわりとする。
 耳を塞がれるだけで、こんなにもキスが気持ちいいなんて知らなかった。くちゅくちゅと唾液の混ざる音が頭の中いっぱいに広がり、思考が溶けていく。

 ふと唇が離れると、唾液が糸のように伝う。息を整える間もなく、また唇がぴたりと重なった。

「んぅっ……んっ……」
 
 このまま流されるのは駄目だと頭ではわかっているのに、キスが気持ちよくて、クロヴィスの首に腕を回しそうになる。
 もっとほしくて、熱くて、どうしようもない欲を発散したくて。このまま身を委ねてしまいそうになる。

 でも、それは駄目だ。

 ぎり、とこぶしを握って掌に爪を立てた。
 その痛みに、手放しそうになった理性を引き戻す。クロヴィスの肩を押して、なんとか距離を取った。

「はっ、ぁ……落ち着き、なさい」
「僕は、落ち着いてるよ」
 
 そうはいっても、クロヴィスも少なからず熱にあてられているんだろう。火照った頬に、首筋を伝う汗。潤んだ瞳は揺れていて、吐く息も熱い。
 少し余裕のない表情で唇の端をほんのり歪ませている。最初に熱を貪り合ったときの、あの乱れた表情が脳裏に浮かんで、目の前のクロヴィスと重なる。どくりと、心臓が暴れ出しそうになる。

 だめだ、思い出しては。
 
「……先生、の部屋。ここから近いよね」
「え……あ、っ」
 
 背中と膝をしっかり支えられ、ふわりと身体が宙に浮く。気づけばクロヴィスの腕の中にすっぽりと収まっていた。驚きのあまり抵抗もできなかった。
 そして急ぐように、そのまま歩き出す。

「く、クロヴィス。俺は大丈夫で……!」
「そんな顔で、ひとりにはさせられない」

 いったい俺は、どんな顔をしているんだ。

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