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〈ツガイ〉2
しおりを挟む――今、何周目?
その問いに、頭の中が真っ白になる。
そんなこと俺にだってわからない。数えれば数えるほど果てしなく続く絶望を自分に突きつけるだけだから、いつからか数えることをやめてしまった。
でも、なぜ、それを、クロヴィスが知っている?
心臓が胸の中でどくどくと暴れて、破裂してしまいそうだった。
「どうし、て……それを」
目を見開いて、クロヴィスを見つめる。
彼はほんのわずかに目を細めて、何かの痛みに耐えるように、悲しげに微笑んでいた。
「僕も少し前まではわからなかった。でも先生、何度も同じ時間を繰り返しているよね」
ぐらりと、世界が揺らぐような感覚に襲われた。
クロヴィスはまるで当たり前のことをいうように、淡々とそう告げた。その冷静さが、かえって現実味を奪っている。
どうしてそんなに落ち着いて話せているんだ、と。
「あのとき先生は、僕と生きている世界も時間も違うっていっていた。そのときに気づいたんだ。先生は僕と違う時を過ごしているって。そしてそれはきっと――僕の一族の血のせいだ」
「……一族の血のせい? どういうこと、ですか」
クロヴィスは躊躇するように視線を伏せて、しばらく黙り込んだ。
やがて何かを決意するように深く息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。
「今から話すことは、先生にとって酷かもしれない。僕のことを……嫌いになるかもしれない。それでも、聞きたい?」
その問いに、すぐには返事ができなかった。
クロヴィスのことを嫌いになるかもしれないほどの話って、いったい何なんだ。
「それを聞いて……本当に君のことを嫌いになったら、どうするんですか」
「……やだ。やっぱり嫌いになってほしくない」
その声は、震えている。
クロヴィスは今にも泣き出しそうな、情けない顔をしている。牢の中で、血だらけの俺を抱きとめたときのあの弱々しい表情とそっくりだ。
「また、なんて顔してるんですか」
苦笑しながら思わず手を伸ばし、頬に触れる。
指先に伝わる体温は少し高い。撫でると、クロヴィスは少しだけ身を傾け、甘えるように頬をすり寄せてきた。
そして俺の掌にそっと唇を寄せ、音を立ててキスをする。
「……僕が先生のことになると必死になるの、知ってるでしょ」
「だったら、黙っておけばいいじゃないですか。君に不利になることなんでしょう」
「こんな状況で隠しごとなんて公平じゃない。先生とは対等でいたいんだ」
〈ツガイ〉になった時点で、クロヴィスの目的は果たせたはずだ。
不都合なことなど隠しておけばいいのに、それでも対等でいたいといい切る。そういう正直でまっすぐなところは好きだ。俺の気持ちを一番に考えてくれているのが、はっきりと伝わってくるから。
思わず口元が自然にゆるんだ。
こんな彼を嫌いになるなんて、きっと俺にはできない。
「とりあえず、話してみてください」
クロヴィスは何度か瞬きをしたあと、小さく頷く。
言葉を選ぶように少し間を置いて、覚悟を決めたかのようにぽつりぽつりと話しはじめた。
「僕らの一族は〈時廻〉という種族なんだけど……」
いくら調べても出てこなかった彼の素性だ。やはりそれが、俺のこのループと関係しているのだろうか。
「僕らにとって〈ツガイ〉という存在は、魂の伴侶でもあり半身でもあるんだ。互いを見つけなければ魂は不完全で、時間の流れに馴染めない。だから見つからなければ時間の檻に閉じ込められて、何度も同じ時を繰り返してしまう」
「……時間の檻に、閉じ込められる?」
「ああ、僕の一族は皆そうなんだ。でも本来なら一族である僕の方が取り込まれるはずなんだけど……どうして先生が取り込まれたのかは、正直わからない」
嫌な予感に、眉をひそめる。
「じゃあ、俺が今まで繰り返していたのって」
「あなたが、僕を見つけられなかったから。僕もまた、あなたを見つけられなかったから」
互いを見つけられずに、何度も俺だけ時間が巻き戻って、また同じ時に落とされる。
それをずっと、繰り返していたのだと。
なんだ、それは。
今までずっと不思議に思っていた、なぜループが繰り返されるかという問い。その答えはあまりに突拍子がなく、到底すぐには信じられなかった。
冗談であってほしかった。けれど、クロヴィスの目は冗談を許さないほど真剣だ。
目を強く閉じ、荒れそうになる呼吸を無理やり整える。
「……少し、考えさせて」
頭の中で理解が追いつかない。
寝そべったままの上体を起こそうとすると、力の入らない身体をクロヴィスがそっと支えてくれた。
寝床のかけ布を引き寄せて、俺の肩にふわりとかける。
きっとこれは、人に簡単に説明できるような内容ではない。クロヴィスは時折東国混じりの言語で呟いている。できるだけわかりやすく話してくれようとしているのだろうとは思う。けれど、すぐに理解できるものではなかった。
「混乱して当然だ……でも、謝らせてほしい。幸せにするといったのに、ずっとひとりで辛い思いをさせていた。こうして、自分を傷つけるなんて酷い選択もさせてしまった」
するりと、傷の消えたみぞおちを優しく撫でる手は、かすかに震えていた。
「あのとき、本当に怖かったんだ。先生がいなくなるって、もう僕の手の届かないところに行ってしまうって思ったら、心臓が張り裂けそうで苦しかった」
「クロヴィス……」
「でも、先生のほうがずっと辛かったんだよね。気づくのが遅くなって、ごめん」
クロヴィスの腕がぎゅっと背に回り、全身を包み込む。
俺は混乱する頭を抱えつつも、そのぬくもりに身を委ねていた。
正直、信じがたいものだった。
でもきっと本当のことなんだろう。少なくともクロヴィスは、これまで一度たりとも俺に嘘をついたことはなかった。
「……僕はね、先生を探すために、この国で何度も時を繰り返す覚悟で来たんだ。本当の名前も何もかも知らなかったから、渡したピアスだけを手がかりにして、絶対に探し出してみせるって」
でも、と。
「まさか先生の方が巻き込まれていたなんて、思いもしなかった。本当に、ごめんなさい」
その声は絞り出すように小さく、聞いているこちらの胸が痛むほどに弱々しかった。抱きしめる腕にも、震えが伝わってきた。
「殴りたいなら殴って、罵倒したいなら、罵って。先生の気が済むまで、僕は何でも受け入れるから」
憎しみも、怒りも、呆れも、少しもないとは言い切れない。
けれど、全部が彼のせいだとは思えなかった。
おそらく時を繰り返してしまう原因の一端は、俺のこの病にもあったはずだ。必ず同じ日に魔力を暴走して自滅する俺は、その度に無理やり過去へと引き戻されていたのだろう。
――けれどもう、どうでもいい。
そんなものは、もうどうでもいいんだ。
全部、何もかもどうでもよくなってしまうほど、俺は多分、全身を包んでくれるこのぬくもりをずっと求めていた。
俺のために泣いてくれて、縋るように抱きしめてくれて。出口のない迷路を彷徨い続け、疲れ果てた俺をそっと優しく引き上げてくれるような、そんなあたたかいこのぬくもりを。
俺はずっと、求めていたんだ。
「……僕のこと、嫌いになった?」
「いいえ」
すぐに、そう答えた。
ほら、俺はクロヴィスのことを嫌いになんてなれない。
だって彼は、こんなにも俺のことを思ってくれている。俺の痛みをまるで自分のもののように感じて、辛そうにしているから。
「どうして。だって、酷いことしたんだよ……?」
「嫌いになって欲しいんですか?」
「それは、いやだ」
「安心してください。嫌いになんてなりません……そもそも、あなたの意思ではないでしょう。それに俺は、巻き込まれていなければ魔崩症で死ぬ運命でした。原因がどうであれ、俺はこの繰り返される時間によって生かされていたんです」
「魔崩症って、不治の病の」
息をのんだクロヴィスに、こくりと頷く。
「そうと知っていれば、もっとはやく迎えに行ったのに」
「すみません。父から口外するなときつくいわれてましたので」
それどころか、俺は何もかも話そうとしなかった。すべてを隠して、誤魔化して生きてきた。ほんの少しでも心の内を打ち明けていれば、こんなふうにこじれることはなかったのかもしれない。
クロヴィスを責める資格なんて、俺にはない。
黙り込んだ俺を、クロヴィスはそっと抱き寄せた。
腕の中はあたたかく、何もいわなくてもすべてを受け入れてくれるような抱き方だった。俺は、このぬくもりが何よりも好きだ。
「……先生。他に何か聞きたいことある?」
聞きたいことはたくさんあった。
けれど俺が本当に確かめたいのは、たったひとつだけだ。
「……今の話が本当だというのなら、俺はもう、これから時間を」
「繰り返さなくていいんだよ」
その言葉に、胸の奥でがんじがらめに絡まっていた何かが、するりとほどけた。
気づけば、瞳から涙が溢れるように零れていた。
頭を撫でる手があまりにも優しくて、喉からこみ上げて来る嗚咽を抑えきれない。クロヴィスの胸に額を押し付け、子どものように縋って肩を震わせた。
この腕に包まれているかぎり、もう大丈夫だと思えた。
ようやく終わりに辿り着けたのだと、心の底からそう感じたんだ。
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