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013-⑥ 指輪!
しおりを挟む辺りに制服組の警備も増えてきた。
朝食を食べに来ただけなのに、大袈裟なことになっちゃったな。
俺は蚊帳の外になったが、制服を着た一人の犬人間が俺についたのがわかった。
「行きたいところはありますか?」
英語で話しかけられた。
「ないです」
この世界の地理には詳しくない。
「殿下はしばらく解放されませんよ。その間、暇でしょう。歩きませんか、この辺り」
「うーん……」
ウィルのケープのおかげか気分が楽だ。
ひとまずここを離れることにした。
何故その犬人間を信用してしまったのかわからない。俺は犬人間とともに歩き始めた。
ひとつの倉庫を覗くと、魚の競りをしていた。グリズリー先生よりデカい白クマが中心にいた。
ホッキョクグマだ……。間違えて魚を食べてしまっても、誰も責められないと思う……。
「中に入らないんですか?」
俺の後ろにピッタリくっついてた犬が言った。
その犬がメスだと気づいたのは、分厚いマスカラのおかげだ。
「……入らないです」
「これは市民向けです。仲買人の競りは太陽が昇る前にとっくに終わってるんです。今の時間なら誰でも参加できます。買わなくても見るだけの人は多いです」
と言われても。熱気に気後れする。
「楽しいでしょ」
「はあ」
「グランバーグに籠もりきりはよくないですよ」
「はあ」
化粧の濃い犬はニッと笑った。誰かに似ているように思ったが、屈託ない笑顔を見て、途端にわからなくなった。そんな笑い方するサベラは俺の周囲にはいない。
俺と彼女は倉庫街から離れて海側へ。
「これから桟橋近くの店で食事をして、それからまた街に戻るんだそうです。その頃には朝市も終わってます。朝のような混雑は収まってるでしょうね」
「はあ」
「殿下は話が長引いていますね。先にお店に行っちゃいましょうか」
彼女は結構フランクに話す。
「いえ、ここで待ってます」
「そうですか?」
俺は人気のない場所で石のベンチに座った。
心地よい海風が吹き抜ける。
空には相変わらず雲が多いが、少しだけ青空が見えた。
「サベラの匂いがつらいですか?」
「つらいです」
「話には聞いていましたが、あなたの匂いは本当に独特で良い匂いです」
「………」
俺は芳香剤だったのか。
「でも、そのケープのおかげであなたには誰も近寄れない」
「はあ」
彼女は俺とは少し離れて座る。
「アルファの匂いはベータには極めて厳しいんですよ」
「どんな風に」
「一言で言うなら、畏れ、です」
「……ウィルはそんな悪い奴じゃないですよ。今だって慕われてるように見えますけど? 違うんですか」
彼女は答えなかった。
「どんな衣装が良いですか」
「え?」
「結婚式の」
何を言うかと思ったら。
「そんな希望、俺にあるわけないでしょうが……」
「結婚は人生で一度きりですよ?」
「結婚て……」
「今日は指輪と衣装選びで外に出てきたんでしょう?」
「はあ……」
改めて言われると実感する。俺、流されてるな。
「俺の人生はあのとき一度終わってます。服なんか適当でいいです。いつもと同じで調整できますよね」
「あのときって?」
俺は言葉に詰まる。
「儀式用の服は特殊です。指輪もあなたの指の関節に合わせてぴったりのものを作ります」
女犬人間は存外に真面目な顔になる。
「関節?」
「特別なんですよ」
彼女がおもむろに俺の手を取った。
「やっと触ることができた。肌で感じるコミュニケーションは大事ですよね」
朗らかに笑う彼女に、俺は彼女と全く印象の違う人物を重ねている。
「指輪は私が心を込めて作りますから」
「あなたが指輪を作るんですか」
「楽しみにしていてください」
「……はい?」
俺に好意的でいてくれるのは有難いが、この犬人間の氏素性は実に気になる。
保安部隊の隊員でありながら、指輪作りするって。
俺は彼女の手を外し、言った。
「あなたからはジークの匂いがする……」
「ふふっ。わかりますか」
俺が彼女に気を許すのは何故だろうと不思議に思っていたのだ。
化粧は濃いし、馴れ馴れしい。俺の苦手なタイプである。
が、早い段階で彼女は無害だと確信してしまった。
彼女の背後に感じるジークの面影。この犬人間はもしかして……。
そのとき、パシッと彼女の手が払われた。俺の手を掴む大きな黒い手。
「何をしている」
「ウィル」
仕事が終わったらしい。俺を後ろから片腕で抱きしめてスリスリしてくる。俺はもう抵抗しない。
「別に、何も。お前を待ってただけだよ」
「ジーン。カイを連れて先に行けと言ったはずだ。こんなところで何をしている」
というようなことをウィルが言っている。女の犬人間はジーンと言うらしい。
「カイ様がお疲れのようだったので休んでおりました」
というような返事をして、ジーンはまた俺の手を自然に取る。
そうだ、俺がここに彼女を引き留めた。
「カイに触るな」
「私の権限です」
俺の手を奪い合う犬人間の二人。ハタから見てどうなの、これは。
「やめろ、ウィル」
とにかく、俺はウィルを躾なければならないんだ。
「何でお前は俺でなくジーンを許すんだ」
「許すも何も別にこれくらいいいだろ」
「ダメだ。他の奴に触らせるな」
俺の体はより一層ギュウウと締めつけられる。ウィルは俺の前ではいつもこんな感じで子どもみたいなんだ。王子様の仕事は問題なくこなせているのだろうか? 心配になるよ。
ウィルを揶揄っていたのか、ジーンはすんなり引いた。
「では、行きますか」
俺たちはまた歩き始める。さっきまでいなかった護衛を引き連れて。
「疲れたか? 大丈夫か?」
ウィルは俺から離れない。歩きにくい。
「まだ来たばっかりだぞ。大丈夫に決まってんだろ。過保護」
「カホゴ……?」
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