病弱だった私がメイドに転生しました!幼馴染の執事と一緒にお仕事頑張ります!

空木切

文字の大きさ
12 / 16

12

しおりを挟む
 テオに導かれるまま宿へと入った。借りた部屋で二人きりになると、シェナはやっと落ち着いた心地になった。テオも同じ気持ちのようで、窓の方を見ながらほっとしたように呟いた。

「もう日が沈むね。空いてる部屋があって良かったよ」
「そうだね……」

 シェナはテオの顔をじっと見つめた。さっき怒鳴ったのが嘘のように穏やかな顔をしている。いつもと変わらない、優しいテオだ。

 テオは窓に近付くと、カーテンを閉めながら言った。

「シェナ、さっきの変な男のことは忘れた方が良い」
「……フレイド様のこと?」
「きっと、婚約者に振られてヤケになったんだよ。シェナが代わりになる必要はない。絶対、不幸になるよ」
「何で、そんなこと言うの?」

 薄暗い部屋でテオは振り返った。

「え? シェナこそどうしたんだよ。まさか、あの男の言葉を本気にしたわけじゃないよね?」
「どういう意味?」
「あんなの全部デマカセに決まってるじゃないか。シェナ、駄目だよ。簡単に人の言うことを信じちゃ駄目だ。君は純粋だから、すぐに騙されてしまうからね」

 ――そうなのかな。そうかもしれない。テオの言うことはいつも正しいから。
 
「でも」

 ――でも。

「でも、何?」

 テオは首を傾げた。シェナは目を逸らしてぽつりと呟く。

「でも私、フレイド様の言うことを信じる。ううん、信じたい。だって嘘を言っているようには見えなかった……。すごく嬉しかったの、ありのままの私を愛してくれたことが」
「ふうん。そう」
「も、もちろん私じゃ身分も相応しくないし、結婚なんてとても考えられないけど……でも……」

 シェナは口を噤んだ。自分の気持ちを上手く話せない。代わりにテオが継いだ。

「シェナはフレイドが好き?」
「まだはっきりとは、分からない、けど」
「じゃあ僕のことは好き?」
「……うん。好きだよ」

 急くように言われてシェナは素直に頷いた。テオの緑の目が、嬉しそうに細められる。

「それならいいじゃないか」
「え?」
「僕が好きで、好きな人が傍にいるなら他には何も要らないだろ」
「うん……?」
「明日はもっと離れた土地に行こうか。この辺りはあまり治安が良くない気がする」
「で、でもフレイド様にきちんとお返事をしないと」
「要らないよそんなの」

 テオは冷たく言い捨てた。シェナはいよいよ困惑する。彼はそんな無作法な人間ではなかったはずだ。

「どうしたのテオ、なんかおかしいよ」
「おかしくないよ。おかしいのはシェナだ」
「私のどこがおかしいの?」
「僕の言うことを聞かないところだよ」

 シェナは彼の言う意味が分からず黙ってしまった。テオは続ける。

「シェナ、あんな男はどうでもいい。だよね?」

 薄闇にテオの緑の目が優しく光っている。いつも安心させてくれるその目も、今はシェナを焦らせるだけだった。

 シェナが黙っているので、テオは少し苛ついたようだった。

「言えよ。どうでもいいって。君は僕の言うことだけ聞いていればいいんだ。そうすれば何も辛いことはない、ずっと幸せに暮らせるんだよ」

 テオの言うことは間違っていない。いつも正しい。彼の言うことさえ聞いていれば良いのだ。


 ――本当に?


 シェナは震える声を絞り出した。

「い、いや」

 テオは表情を曇らせる。

「何が嫌なんだ。僕は正しい、間違ってない、そうだろシェナ」

 テオはいつも正しい。テオは間違ってない。そう思い始めたのはいつからだったか。

「僕は毎日毎日、君の為に手を尽くしてきたんだよ。君は、これからは働かなくていい。何もしなくていい、ずっと僕が守るよ。ねえ、シェナ。僕がいれば他には何も要らないよね?」

 テオがそっと手を伸ばす。


 ――仕事で失敗して辛い時も、何となく心細い時も、いつもいつでもテオが傍にいた。暗がりから助けてくれた。優しく頭を撫でて抱きしめてくれた。大好きなテオ、その目も、手も、いつも私を癒して支えてくれた。それなのに――



 働かなくていい――何もしなくていい――だなんて。まるで、あの頃と同じだ。テオも、私を――。



 シェナは後退った。テオは一歩、距離を詰める。シェナは二歩下がった。その表情は、今にも泣き出しそうなものだった。

「やめて!! 私はもう、病院で寝てばかりいる役立たずじゃないんだから!! 自分でご飯も食べられる、自分で動ける。ちゃんと自分の力で生きてるんだよ! そんな、私が、何も出来ない子みたいに言わないで……!」

 シェナは悲痛な叫びを残して、部屋を出て行ってしまった。駆けていく足音を、テオはすぐに追いかけられなかった。





 シェナに拒否されたことが、テオにとっては大きなショックだった。信じられなかった。何かがおかしい。全てがおかしい。

「僕は間違ってない、そうだろシェナ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

結婚前夜に婚約破棄されたけど、おかげでポイントがたまって溺愛されて最高に幸せです❤

凪子
恋愛
私はローラ・クイーンズ、16歳。前世は喪女、現世はクイーンズ公爵家の公爵令嬢です。 幼いころからの婚約者・アレックス様との結婚間近……だったのだけど、従妹のアンナにあの手この手で奪われてしまい、婚約破棄になってしまいました。 でも、大丈夫。私には秘密の『ポイント帳』があるのです! ポイントがたまると、『いいこと』がたくさん起こって……?

【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました

雨宮羽那
恋愛
 結婚して5年。リディアは悩んでいた。  夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。  ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。  どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。  そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。  すると、あら不思議。  いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。 「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」 (誰ですかあなた) ◇◇◇◇ ※全3話。 ※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜

処理中です...