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魔法使いは人さらい

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 ニースはやはりそれなりに名の知れた魔法使いで腕も確かだという。戻って来たラウロにそう聞かされ、私は落胆した。ただの変質者なら良かったのに。もう本当に後はユリスの選択に委ねるしかないようだ。
 気まずいまま食事を終え、シャワーは無いらしいので諦めて、後は寝るだけとなった。ベッドは四つ横並びになっているので、端からラウロ、シルフィ、私、ユリスの順で休むことに。
 私ユリスの隣か~……。これまた気まずい。しかしユリスは食事を終えるなり外へ出てしまったので今のうちに寝てしまえば気にせず済むだろう。私は早々に寝床に入った。
 シルフィは例の如く既に寝入っている。今日も色々活躍したし仕方ない。昼間わーっと活躍して夜ぐっすりという健康的な姿には私も羨ましくなってしまった。
 横になり、シルフィの顔を見ながら目を閉じる。が、眠れない。昨日と違うベッドは寝にくいとかそういうのではなく、
「あの、ラウロは寝ないの?」
 体を起こして尋ねた。ラウロは部屋の壁際でずっと立っている。言っちゃ悪いけど何だか幽霊がいるみたいで落ち着かない。ラウロは首を振った。
「ユリス様がお戻りになるまでは、私が先に休むわけにはいきませんので」
「ああ、そうか、そうですよね」
 そういえば主従なんだった。半分くらい忘れかけていたことを思い出して、それなら仕方ないと私は再び横になった。
 ……ラウロとユリスの間では既に結論が出ているのだろうか。私が寝てる間に二人で話をしたりとか、と考えると全く休まる気がしない。
 もしも、本当に戦争になるのだとしたら。私に出来ることは一つだけ、たった一つだけある。それは元の現実世界に帰ることだ。
 私が帰ってしまえばニールとの取引も反故になる。戦争は起こらない。世界の魔力も戻らないけど、今のままの暮らしを続けていくことは出来るはずだ。
 これは私が出来る唯一の抵抗にして最終手段だ。ユリスの決めたことに口出しするつもりはないけれど、私は私なりに出来ることをすると決めたのだ。
 ただ問題は。愛のキスだ。現実へ戻る為にはキスが必要不可欠なのだけども、悲しいことに相手がいない。私は異世界での知り合いの顔を思い浮かべた。といっても多くはない。シルフィは法律に引っかかるので駄目だ。レドは近くにいないし、ユリスは以ての外……って、ハッ!?
 私はベッドから身を起こした。見慣れた顔が私を不思議そうに見つめ返してくる。
 ラウロがいるじゃん! ラウロなら私は個人的に友情的な好意を抱いているわけだし、これを愛と呼べなくもないし、いけるのではないか。彼はユリスに絶対服従というのでもないし、頼んでみる価値はあるかもしれない。
「あの、ラウロ、ちょっと話とか……」
 見切り発車の私の言葉に、ラウロは申し訳なさそうに眉を下げた。
「すみません。今日は本人も近くにいますので昨夜のようなお話は出来ません」
「じゃなくて。愉快な話をして欲しいわけじゃなくて……えっと、ちょっと言いにくい話なんだけど」
 普通こういう時って色々考えてから発言するべきだよなあと私は今更思いながらたどたどしく意思を伝えようとする。ラウロは私の緊張をほぐす為か、柔らかく微笑んだ。
「何でしょうか」
 この優しさが有難い。しかしどう言えばいいんだ。率直にキスしてもいいですか! とか完全に痴女ですよね。そもそもそういう関係でもないし。私はともかくラウロはめちゃくちゃ嫌かもしれない。あああ。何て言えばいいんだ! と悩んでいる間にラウロは私の傍まで来ていた。
「お話でしたら近くの方が良いでしょう?」
 とラウロは私の前に膝を突いた。ああ。大人の男の気遣い……。ベッドに座る私と床に膝を突くラウロの図、これ、大丈夫なんですか? いや大丈夫ですよ。問題は無い何も問題は無い。私は深呼吸をして、まず普通に気になっていたことを聞くことにした。
「ユリス、さんってもう結論出てたりする? 戦争するかどうするか」
「いえ。私は何も聞いていませんから分かりません。ユリス様の御心次第ですね」
「そうなんだ」
 少しほっとした。ラウロはそんな私を見て困ったように目を細めた。
「エコ様はお優しい方ですから、争い事など好まないでしょう。しかしこればかりは私も口を出すことは出来ません。私は、単なる奴隷でしかありませんから」
「どっ! ……と、とにかく、まだ決まって無いなら良かった。良いのか分からないけど」 
 相変わらず過激な言葉を使うなあ! 奴隷って、そんなことないと思うけど。これも私には分からない話かもしれない。割と自由にしてるように見えるけど、本当は物凄く苦労しているんだろう。そうだよね、相手はあの傲慢人間だし、しかも王子様だもんね。
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