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影の王様
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驚くことに、追手は一人きりだったようだ。たった一人で乗り込んでくるなんて相当腕に自信があるに違いない。あのユリスがちょっと面白い簀巻きになってしまうくらいだ、只者ではないのだろう。
小さな船は日が沈み行く海上をスムーズに進んでいた。そして無言。ひたすらに無言だ。息が詰まりそうだったので思わず声をかけた。
「あの、拘束とかしなくていいんですか?」
「……必要ない。お前は暴れる人間じゃない」
「まあ暴れないですけど」
今更私が暴れたところで何の意味もない。それはそれで悲しい。無駄でも抵抗を試みるべきだろうか、と考えていると、ベズ……さんは疲れた息を零した。
「お前は暴れても無駄だと理解しているようだからな。いつもこうだと楽なんだが」
「いつも? こういうことがよくあるんですか?」
「そうだな」
乱暴に人をさらってくるのが“よくあること”らしい。驚きだ。横暴にもほどがある。
ベズさんの目には同情の色があった。私は散々な目に遭わされたのにも関わらず、何故か親近感を覚えていた。恐怖で感情が麻痺しているのかもしれない。質問を重ねる。
「大変じゃないんですか?」
「仕事だからな。お前は俺と会話をしてどうするつもりなんだ。悪いが俺は情に絆されたりしない。妙な期待はするな」
「単に、話してた方が気が紛れるからですけど……」
情でどうこうとは考えもしなかった。無言だと落ち着かないし、相手が誰であれ話していた方が気楽だ。ベズさんは海の向こうに目をやりながら「まあいい」と呟いた。
「そういえば。ベズさんてすごく強いですよね。あの長髪の人もすごく強いはずなんですけど、何であんなことに……」
ベズさんは今度こそ私を正面から見た。そしてすぐ海に視線を戻す。何だ。私が何か変なことを言っただろうか。
「あの男は確かに強いが短気だ。不意打ちに弱い」
「それで鎖でぐるぐる巻きに」
私は思い出して少し面白くなってしまった。笑ってはいけない。ユリスは真剣に立ち向かってくれたのに。私、なんて酷い人間なんだ。でも鎖に巻かれて不貞腐れたようなユリスの顔が忘れられない。今頃拗ねてるんじゃないだろうか。
「魔法を使う人間は手を封じればいいだけだ。後は念の為に足だな。繊細な術になると指先が重要になってくる……。それにあの鎖は鉛で出来ている。魔力が通りにくいからな、壊すのも容易ではない」
「へえ。知らなかった。じゃあ私も鉛を持っていればユリスに勝てますかね」
「重いぞ」
「あ、そうか……重いか……」
ユリスに巻かれていた鎖も相当な大きさと長さだった。あれでは持ち運ぶだけで一苦労だ。ベズさんの大きな体を見て、私では無理だなと再確認した。
「ベズさんはいつも鉛を持ち歩いてるんですか?」
「まあな。だが最近は魔法に長けた奴は減った。もう要らんと思って奴にくれてやったんだ。もたついている暇もなかったしな」
「一人で乗り込んでくるなんて無茶ですよ」
「仲間がいても足手まといなだけだ。こんな、意味があるのか分からないような……」
と、ベズさんは口を噤んだ。そして代わりとばかりに話題を変える。
「恨み言も吐かないのかお前は」
そう言われて私は考えた。
「みんなに酷いことをしたのは恨んでますよ。今頃ラウロはすごく怒ってそうですし、シルフィにも申し訳ないし……。みんなどうしてるかな」
ミケの体は大丈夫かな、ハインツも心配性発揮してないかな、ユリスはちゃんと鎖を解けただろうか。感じる潮の匂いも海風も同じなのに、まるで知らないものみたいで、ひどく寂しく感じた。
「お前自身の恨みはないのか」
「私の? 私の恨み? 私は特に危害は加えられてないですし……」
「脅して連れて来たんだ。その恨みがある、だろうが。普通は」
何故かベズさんも自信なさげだ。私は再度考えてみた。私の恨みって、何だ?
「う、うーん、えっと、う、恨みますね……なんか違うな……」
「そうだな……」
気まずい空気が流れた。何に対して恨めばいいのか分からない。彼に対してそこまで強い感情は生まれていなかった。やっぱり私はどこか麻痺しているのかもしれない。
「あの、今後の参考までに、こういう時は普通どういう反応するんですか?」
何の参考になるんだろうと思いつつ聞いてみた。ベズさんは私を変な目で見ながらも、答えてくれた。
「俺に聞くのかそれを……。大抵は暴れて手もつけられないか、泣いているか、殺してやるだとか暴言を吐かれるな。他には俺を懐柔しようとする女もいる」
「懐柔。あ、同情を誘ってってことですか」
「体だの言葉で誘惑してくるんだ」
私は無言で数度頷いてから、その発想が全くなかった自分を情けなく思った。今からでも間に合うか、色仕掛け。ここで何となくラウロの声が聞こえた気がした。参考にはなさらないように、と。ですよね。しません。
小さな船は日が沈み行く海上をスムーズに進んでいた。そして無言。ひたすらに無言だ。息が詰まりそうだったので思わず声をかけた。
「あの、拘束とかしなくていいんですか?」
「……必要ない。お前は暴れる人間じゃない」
「まあ暴れないですけど」
今更私が暴れたところで何の意味もない。それはそれで悲しい。無駄でも抵抗を試みるべきだろうか、と考えていると、ベズ……さんは疲れた息を零した。
「お前は暴れても無駄だと理解しているようだからな。いつもこうだと楽なんだが」
「いつも? こういうことがよくあるんですか?」
「そうだな」
乱暴に人をさらってくるのが“よくあること”らしい。驚きだ。横暴にもほどがある。
ベズさんの目には同情の色があった。私は散々な目に遭わされたのにも関わらず、何故か親近感を覚えていた。恐怖で感情が麻痺しているのかもしれない。質問を重ねる。
「大変じゃないんですか?」
「仕事だからな。お前は俺と会話をしてどうするつもりなんだ。悪いが俺は情に絆されたりしない。妙な期待はするな」
「単に、話してた方が気が紛れるからですけど……」
情でどうこうとは考えもしなかった。無言だと落ち着かないし、相手が誰であれ話していた方が気楽だ。ベズさんは海の向こうに目をやりながら「まあいい」と呟いた。
「そういえば。ベズさんてすごく強いですよね。あの長髪の人もすごく強いはずなんですけど、何であんなことに……」
ベズさんは今度こそ私を正面から見た。そしてすぐ海に視線を戻す。何だ。私が何か変なことを言っただろうか。
「あの男は確かに強いが短気だ。不意打ちに弱い」
「それで鎖でぐるぐる巻きに」
私は思い出して少し面白くなってしまった。笑ってはいけない。ユリスは真剣に立ち向かってくれたのに。私、なんて酷い人間なんだ。でも鎖に巻かれて不貞腐れたようなユリスの顔が忘れられない。今頃拗ねてるんじゃないだろうか。
「魔法を使う人間は手を封じればいいだけだ。後は念の為に足だな。繊細な術になると指先が重要になってくる……。それにあの鎖は鉛で出来ている。魔力が通りにくいからな、壊すのも容易ではない」
「へえ。知らなかった。じゃあ私も鉛を持っていればユリスに勝てますかね」
「重いぞ」
「あ、そうか……重いか……」
ユリスに巻かれていた鎖も相当な大きさと長さだった。あれでは持ち運ぶだけで一苦労だ。ベズさんの大きな体を見て、私では無理だなと再確認した。
「ベズさんはいつも鉛を持ち歩いてるんですか?」
「まあな。だが最近は魔法に長けた奴は減った。もう要らんと思って奴にくれてやったんだ。もたついている暇もなかったしな」
「一人で乗り込んでくるなんて無茶ですよ」
「仲間がいても足手まといなだけだ。こんな、意味があるのか分からないような……」
と、ベズさんは口を噤んだ。そして代わりとばかりに話題を変える。
「恨み言も吐かないのかお前は」
そう言われて私は考えた。
「みんなに酷いことをしたのは恨んでますよ。今頃ラウロはすごく怒ってそうですし、シルフィにも申し訳ないし……。みんなどうしてるかな」
ミケの体は大丈夫かな、ハインツも心配性発揮してないかな、ユリスはちゃんと鎖を解けただろうか。感じる潮の匂いも海風も同じなのに、まるで知らないものみたいで、ひどく寂しく感じた。
「お前自身の恨みはないのか」
「私の? 私の恨み? 私は特に危害は加えられてないですし……」
「脅して連れて来たんだ。その恨みがある、だろうが。普通は」
何故かベズさんも自信なさげだ。私は再度考えてみた。私の恨みって、何だ?
「う、うーん、えっと、う、恨みますね……なんか違うな……」
「そうだな……」
気まずい空気が流れた。何に対して恨めばいいのか分からない。彼に対してそこまで強い感情は生まれていなかった。やっぱり私はどこか麻痺しているのかもしれない。
「あの、今後の参考までに、こういう時は普通どういう反応するんですか?」
何の参考になるんだろうと思いつつ聞いてみた。ベズさんは私を変な目で見ながらも、答えてくれた。
「俺に聞くのかそれを……。大抵は暴れて手もつけられないか、泣いているか、殺してやるだとか暴言を吐かれるな。他には俺を懐柔しようとする女もいる」
「懐柔。あ、同情を誘ってってことですか」
「体だの言葉で誘惑してくるんだ」
私は無言で数度頷いてから、その発想が全くなかった自分を情けなく思った。今からでも間に合うか、色仕掛け。ここで何となくラウロの声が聞こえた気がした。参考にはなさらないように、と。ですよね。しません。
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