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影の王様
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俺の父親は、俺が生まれてすぐに死んだ。だから母上が代わりに王様の仕事をしていた。母上は毎日忙しいのに、俺の前ではいつも明るかった。
「さて。私は仕事があるから、アルバは先に寝てなさい」
「また仕事?」
「王様はやることが多いの。あんたも将来はやるんだから、今のうちにちゃんと休んでね」
母上は俺の頭を撫でて、青白い顔に笑みを浮かべた。ろくに寝ていないのだ。分かっていながら、俺はわがままを言った。
「一人じゃ寂しいよ」
「うーん……そうだ、これを貸してあげよう。私の宝物」
母上は胸元に付けていた青い石のブローチを俺に手渡した。王の間で代々受け継がれている物らしい。
「いいの?」
「もちろん。失くさないようにね」
母上の目と同じ青い色だ。わがままを封じるように渡されたそれをぎゅっと握りしめ、俺は部屋に戻った。
広いベッドに一人で横になると、冷たくて寒かった。それでも外よりはずっといい。早く海も太陽も消えて、うるさい人も全部消えてこの部屋と母上と俺だけになればいいのに。
朝はいつも怒鳴り声から始まった。鬱陶しい朝日と共にやってくる、近くの島の人たち。
「早く王を出せ! 魚が獲れない! 魔物が増えすぎてるんだ!」
「こうしている間も魔力が減っているのに、何悠長に寝てるんだ!」
「何とかしろ! 国の人間が全員死ぬぞ!」
「俺たちを殺す気か!」「王の癖に!」「どうにかするって、いつどうにかしてくれるんだよ!」「役立たず!」「人殺し!」
うるさい。怒鳴る為だけに船に乗って来るなんて暇なのか。奴らの怒鳴り声に混じって、母上が必死で謝る声が聞こえる。もう少し待ってください、ごめんなさい、すみません、今対応しているところですから、ごめんなさい、すみません、申し訳ありません……。
精霊とやらはぐっすり眠っているというのに、人間である母上はろくに眠れず毎朝早くから怒鳴られて、謝り倒して、仕事をしている。
俺は外に出ることを禁じられていた。元から嫌いだったから別にいいけど。今思えば、怒鳴る人たちに危害を加えられないようにする為だったんだろう。母上も、周りの人間も忙しなく働いていたから俺には遊ぶ相手どころか話し相手すらいなかった。
俺は毎日一人で、暗い部屋で何をするでもなく過ごした。太陽が沈む前にうるさい人たちは船に乗って帰っていく。俺が母上と会えたのはその後の夕方だけだった。それも次第に無くなった。
そして、母上は死んだ。日が沈む前に母上は海に沈んだ。昼頃、用事があると外に出たのを最後に二度と帰ってこなかった。海の近くをふらふらと覚束ない足取りで歩いていたのを目撃した人がいたらしい。
母上が死んでも、何も残らなかった。毎日母上を怒鳴りに来ていた人たちは、母上が死んでも弔うでも悲しむでもなく、同じように怒るだけだった。何故こんな時に死ぬのか、逃げたんじゃないのか、これからどうするつもりなんだ、どうにかしてくれるのか。
怒りの矛先は、次は俺に。俺は海の魔物でも、まして精霊でもないのに。
***
俺は死にたくなかったからね、とアルバは言った。死にたくなかったから、やったんだと。
「近くの島を全部沈めたら静かになったよ。怒鳴りに来る人もいなくなった。今は平和なもんでしょ」
賑やかな街並み、走り回る子供たちの風景。確かに平和そのものだ。島が沈み、酷いことを言う人たちも関係のない人たちも死んだ。それが正しいことだとは言えない。しかし。
「すみません。私、何も知らないのに勝手なこと言ったりして」
「いいんだよ好きなこと言えば」
「でも、沈んだ人たちももっと生きたかったと思います」
「そうだね。でも俺も生きたかったんだよ。俺はもう誰も恨んでない。俺も島の人たちも、自分が生きる為にやっただけ。それだけの話」
アルバのことをひたすらに自分勝手な王様だと思っていた。今は、少し違う。彼は私の頭を撫でながら言った。
「ごめんね、暗くして。エコがすごく真面目に、自分のことみたいな顔で聞いてくれるから、つい話しちゃった。この国の人には絶対言えないしね~」
私は複雑な気持ちだった。この話をどう判断したらいいのか、とても悲しくて辛いことなのは確かだ。私が想像している以上に、きっと。
「さて。私は仕事があるから、アルバは先に寝てなさい」
「また仕事?」
「王様はやることが多いの。あんたも将来はやるんだから、今のうちにちゃんと休んでね」
母上は俺の頭を撫でて、青白い顔に笑みを浮かべた。ろくに寝ていないのだ。分かっていながら、俺はわがままを言った。
「一人じゃ寂しいよ」
「うーん……そうだ、これを貸してあげよう。私の宝物」
母上は胸元に付けていた青い石のブローチを俺に手渡した。王の間で代々受け継がれている物らしい。
「いいの?」
「もちろん。失くさないようにね」
母上の目と同じ青い色だ。わがままを封じるように渡されたそれをぎゅっと握りしめ、俺は部屋に戻った。
広いベッドに一人で横になると、冷たくて寒かった。それでも外よりはずっといい。早く海も太陽も消えて、うるさい人も全部消えてこの部屋と母上と俺だけになればいいのに。
朝はいつも怒鳴り声から始まった。鬱陶しい朝日と共にやってくる、近くの島の人たち。
「早く王を出せ! 魚が獲れない! 魔物が増えすぎてるんだ!」
「こうしている間も魔力が減っているのに、何悠長に寝てるんだ!」
「何とかしろ! 国の人間が全員死ぬぞ!」
「俺たちを殺す気か!」「王の癖に!」「どうにかするって、いつどうにかしてくれるんだよ!」「役立たず!」「人殺し!」
うるさい。怒鳴る為だけに船に乗って来るなんて暇なのか。奴らの怒鳴り声に混じって、母上が必死で謝る声が聞こえる。もう少し待ってください、ごめんなさい、すみません、今対応しているところですから、ごめんなさい、すみません、申し訳ありません……。
精霊とやらはぐっすり眠っているというのに、人間である母上はろくに眠れず毎朝早くから怒鳴られて、謝り倒して、仕事をしている。
俺は外に出ることを禁じられていた。元から嫌いだったから別にいいけど。今思えば、怒鳴る人たちに危害を加えられないようにする為だったんだろう。母上も、周りの人間も忙しなく働いていたから俺には遊ぶ相手どころか話し相手すらいなかった。
俺は毎日一人で、暗い部屋で何をするでもなく過ごした。太陽が沈む前にうるさい人たちは船に乗って帰っていく。俺が母上と会えたのはその後の夕方だけだった。それも次第に無くなった。
そして、母上は死んだ。日が沈む前に母上は海に沈んだ。昼頃、用事があると外に出たのを最後に二度と帰ってこなかった。海の近くをふらふらと覚束ない足取りで歩いていたのを目撃した人がいたらしい。
母上が死んでも、何も残らなかった。毎日母上を怒鳴りに来ていた人たちは、母上が死んでも弔うでも悲しむでもなく、同じように怒るだけだった。何故こんな時に死ぬのか、逃げたんじゃないのか、これからどうするつもりなんだ、どうにかしてくれるのか。
怒りの矛先は、次は俺に。俺は海の魔物でも、まして精霊でもないのに。
***
俺は死にたくなかったからね、とアルバは言った。死にたくなかったから、やったんだと。
「近くの島を全部沈めたら静かになったよ。怒鳴りに来る人もいなくなった。今は平和なもんでしょ」
賑やかな街並み、走り回る子供たちの風景。確かに平和そのものだ。島が沈み、酷いことを言う人たちも関係のない人たちも死んだ。それが正しいことだとは言えない。しかし。
「すみません。私、何も知らないのに勝手なこと言ったりして」
「いいんだよ好きなこと言えば」
「でも、沈んだ人たちももっと生きたかったと思います」
「そうだね。でも俺も生きたかったんだよ。俺はもう誰も恨んでない。俺も島の人たちも、自分が生きる為にやっただけ。それだけの話」
アルバのことをひたすらに自分勝手な王様だと思っていた。今は、少し違う。彼は私の頭を撫でながら言った。
「ごめんね、暗くして。エコがすごく真面目に、自分のことみたいな顔で聞いてくれるから、つい話しちゃった。この国の人には絶対言えないしね~」
私は複雑な気持ちだった。この話をどう判断したらいいのか、とても悲しくて辛いことなのは確かだ。私が想像している以上に、きっと。
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(追記2018.07.24)
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(追記2018.07.26)
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