上 下
190 / 252
二度あることは三度目も

188

しおりを挟む
 ニースはついでのように私の頭を撫でながら言った。
「話だけ聞こうよ、話だけでも! 俺も珍しく話をしようとしてるから! 俺は今とてつもなく機嫌がいいからね~」
「は、離してくれませんか?」
 私は彼の顔色を窺いながら申し上げた。相変わらず額に金属板をくっつけたニースは、私に笑顔を向けて、
「話して? 話す話す! たくさん話すよ~!」
「ちがう……」
「俺はエコちゃんを待つ間すごく暇だったから馬車っぽいのを作ったわけ。でも残念なことに魔力が無いと動かない。俺と、俺の愛するエコちゃんが動かしてあげるから、残りの人間も乗っていいよ。見返りとして俺はエコちゃんから魔力を貰う。簡単すぎる~。ハイ、商談成立!」
「こっちは何も言ってないのに……」
「商談が何かも分かってねえだろこいつ」
 ミケの言葉にうんうん頷いた。怪しい行商人の方がまだ話が通じそうである。
 ラウロとユリスが無言で目配せし合っている。打開策があるのか期待しながら二人を見ていると、ハインツが一歩勇み出て叫んだ。
「エコさんを離せ!」
「ん? 誰だっけ君は~。見たことあるような、どうも嫌いな感じがするな~……寝てろ」
 私が止めるより早く、ニースはその辺で拾った石ころを投げつけた。石ころはハインツが構えた盾にカツンと当たって落ちた。たかが石ころで怪我をするほどハインツも弱くはない。ところが。
「ハインツ!?」
 彼は突然、前のめりに倒れてしまった。ミケが揺さぶっても反応しない。私も駆け寄ろうとするが足が宙に浮いた。意味もなくばたつかせる。
「ハインツに何したんですか!? 離してください!」
「殺してないから心配しなくていいよ」
「心配しますよ!」
「だから何ともないんだって。俺はエコちゃんが欲しいだけだから、他のことはどうでもいい。よしよし。人間って撫でられるのが好きなんでしょ?」
 私は髪の毛を雑に掻き回されながらもニースに訴えた。
「みんなに危害を加えるのはやめてください!」
「俺の邪魔をしないなら何もしないよ~? 邪魔したら、何するか分かんないけどね」
 ニースは本当に何をするか分からない。とにかく彼は普通じゃない。魔法の腕も長けている。機嫌を損ねたらどうなるか、想像しただけで恐ろしい。緊張感が漂う中、何も知らないミケが呆れた声を零した。
「どうすんだよこの状況。アイツなんなんだよ」
 とラウロを見る。ラウロは口を開いたものの、閉じてしまった。答えにくいのは私にもよく分かる。
「はいこっちこっち~。こっちに馬車っぽい物があるからついてこーい」
「うわ、じ、自分で歩けますから、自分で歩けますって!」
 私を片腕に抱えたままニースはすたすたと歩き出した。本当にぬいぐるみみたいな扱いだ。そろそろ人間扱いして欲しい。せめて一人にしないで、と縋る思いでユリスを見ると彼は額に手を当て渋々言った。
「言うことを聞くしかあるまい」
「頭が痛いですね……」
 ラウロも苦々しく呟く。隣ではハインツが起き上がって、何が起こったか分からないという顔をしていた。

 私たちは馬車のような物に揺られていた。形は馬車だが、引いているはずの馬がいないのだ。
 馬車の荷台部分に私たちは乗っていて、馬も無しにどんどん前へ進んでいく。まるで自動車だ。エンジンとガソリンの代わりに魔法と魔力で動く車だ。
「――だから、適当に座ってても魔力さえ供給すれば後は勝手に動いてくれる。こういうのたくさん作って売ってもいいなあ。でも動かせる人間は少ないだろうし……それなら馬の方が楽か。人間様と違って馬はまだ可愛げあって言うこと聞かせるのも楽だもんなあ」
「はあ……」
「エコちゃんと暮らせればこんな乗り物もいらないんだけどね。家でずーっと二人きりで過ごすだけだから。俺も世の中には大して興味ないからね。戦争するなら見に行きたいなあとは思うけど、今の技術力で戦争してもちっとも面白くない。つまんねえ。魔力が無いからって魔法が廃れに廃れて最悪だよ。今向かってるディキタニアはまだ色々残ってそうだけど、乗り込んで見せてもらうのも無理だし難しいよね~」
「はい……」
 私は淡々と返事をし続けていた。少しでも返事が遅れると「聞いてる? ねえ聞いてる?」と体を揺さぶられるからだ。聞いてはいるが喋っている内容はほぼ理解していない。理解しようと真面目に聞くととても疲れるのだ。
 私は今ニースの膝の間にがっちり挟まれた上で両腕に包まれている。全く身動きが取れない。そういう拘束具みたいだ。
しおりを挟む

処理中です...