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白銀の北国
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夜間は地下道が閉鎖されているらしく、私たちは王子の勧めもあって城に一晩泊まることになった。ユリスもシルフィも疲れている様子だったし、私も疲れていた。
「王には貴方たちのことを話してあります。とても歓迎していました。……王も近頃は体調を崩しがちなので、休んでばかりいます」
部屋に案内しながら、イゼク王子はこんなことを言っていた。ただでさえ国が大変なのに王である父親も体調を崩している。イゼク王子も苦労が絶えないようだ。魔力が戻ることで少しは楽になると良いけど。
十人泊まれる大部屋を借りて、私たちは休んでいた。
「あの子供読めんな」
話題はイゼク王子のことだった。ただの子供にしては魔法の習熟度が妙だと。空気中の水分を集めて、と王子は軽々しく言っていたが実際はかなり高度な魔法らしい。まだ魔力が満ちていた時代に、ニースのような魔法使いが使っていた魔法なんだそうだ。そう聞くと随分すごいもののように思える。
「ミケはどう見ますか?」
ラウロが問うと、ミケは肩を竦めた。
「さあな。子供は苦手だ。何考えてるか分かんねぇし……でも侮ると痛い目見るぜ」
「警戒するに越したことはありませんね。用も済みましたから明日早くに国を出ることにしましょう」
ラウロがそう締めた。しかし私としては、
「イゼク王子、すごく良い人だと思うけどなあ」
危険を冒してまで私とシルフィを助けてくれたのだ。王子からしたら助けるメリットなんてほとんど無い。それだけでも十分信頼出来るように思う。
「エコの良い人論は全く当てにならない」
ミケに一刀両断されてしまった。く、悔しい。ちゃんと根拠があるのに、ここは説明するべきかと考えている間にも話は打ち切られてしまった。みんなベッドに入って寝る格好になる。何故誰も私の話を聞いてくれないんだ……。私も不貞腐れながら横になった。
少し寒い部屋で改めて考える。精霊はみんな目覚めて、私の役目も終わった。私はこの先どうしようか。ユリスの言葉が思考を乱す。お前が傍にいれば――。そんな風に言ってくれる人がいて、私は他に何を望むんだろう。でも王様の隣に座るのはさすがに気が重い。逆に、ユリスが王族じゃなかったら私は首を縦に振っていたのかな。うーん。分からない。考えても考えても、自分の感情が掴めない。
眠れずにひたすら考え込んでいると、部屋の外から物音がした。ゆっくり体を起こす。みんなは眠っている。起きたのは私だけ、ということは気の所為か。再び横になる。すると今度は部屋の扉がガタンと鳴って、声が聞こえた。
「痛っ……」
聞いたことのある声だ。気になった私は、扉の隙間から廊下を覗いた。小さな体が床に這いつくばっている。
「イゼク王子?」
助け起こそうと近付くと、王子ははっと私を見て慌てて立ち上がった。
「あっ、ああ、エコさんですね、す、すみません。起こしてしまいましたか」
「起きてたので大丈夫ですよ。それより、体調が悪いんですか?」
「いえ、違います。散歩をしていたら足がもつれて転んでしまったんです。お恥ずかしいところをお見せして……」
イゼク王子は耳を赤くして、俯きながら膝を叩いた。うっ可愛い。私は思わず満面の笑みになりかけたのを微笑みくらいにとどめておいた。
「王子、どこか行くなら私も一緒に行きますよ。足がもつれたのはきっと魔法の後遺症だと思いますし」
「……ありがとうございます。エコさんは本当に優しい方ですね」
「全然、王子ほどではないですよ」
そう言うと、イゼク王子は金色の目を細めて首を振った。
「ぼくが見た限りでは、エコさんのような方は珍しいです。昼間はシルフィさんを守ろうと必死になっていたでしょう。それがとても、何というか……羨ましい、というのも変ですね、感動したんです」
感動。私が反応に困っていると、王子は言った。
「少し、散歩にお付き合いいただけますか? ぼくは体を鍛える為にも夜は城の中を歩き回っているんですよ」
是非行きたい。が、勝手に行っていいものか悩む。ユリス辺りに怒られはしないだろうか。許可を得るにも起こさなきゃいけないし、でも眠っているところを邪魔したくない。
「ええと、誘ってくれるのは嬉しいんですが……」
「ああ、そうですよね、すみません! 自分の立場も弁えずに変なお誘いをしてしまいました。ぼくは敵国の人間ですから、断られて当然です。本当にすみません。偶然にもエコさんと会えたのが嬉しくて……子供みたいに何も考えていなくて……」
イゼク王子はしょんぼりと肩を落とした。いやいや、まだ子供なんですから子供のままでいいんですよ! と叫びたい。これは私行くしかないのでは? 城の中を散歩するだけなら、少し行ってくるだけなら問題ないのでは?
「少しくらいなら大丈夫ですから、行きましょう!」
気付いたら声が出ていた。言った自分が一番びっくりした。王子は花が咲いたように表情を明るくした。大人びた態度と神聖にも見える外見に反して、笑顔は子供っぽくて愛らしい。
「ほ、本当ですか!? ですが、ぼくと一緒にいては仲間の方々にも迷惑がかかるかもしれませんし……」
「ちょっとなら大丈夫ですよ。私も寝付けないので一緒に歩きましょう」
私がそう言うと、イゼク王子はそわつきながら小さな笑い声を零した。その様子は、今から遊びに行こうと言われた子供のように本当に嬉しそうで。私も嬉しくなったのと同時に、王子の窮屈な立場を思うと寂しくもなった。
「王には貴方たちのことを話してあります。とても歓迎していました。……王も近頃は体調を崩しがちなので、休んでばかりいます」
部屋に案内しながら、イゼク王子はこんなことを言っていた。ただでさえ国が大変なのに王である父親も体調を崩している。イゼク王子も苦労が絶えないようだ。魔力が戻ることで少しは楽になると良いけど。
十人泊まれる大部屋を借りて、私たちは休んでいた。
「あの子供読めんな」
話題はイゼク王子のことだった。ただの子供にしては魔法の習熟度が妙だと。空気中の水分を集めて、と王子は軽々しく言っていたが実際はかなり高度な魔法らしい。まだ魔力が満ちていた時代に、ニースのような魔法使いが使っていた魔法なんだそうだ。そう聞くと随分すごいもののように思える。
「ミケはどう見ますか?」
ラウロが問うと、ミケは肩を竦めた。
「さあな。子供は苦手だ。何考えてるか分かんねぇし……でも侮ると痛い目見るぜ」
「警戒するに越したことはありませんね。用も済みましたから明日早くに国を出ることにしましょう」
ラウロがそう締めた。しかし私としては、
「イゼク王子、すごく良い人だと思うけどなあ」
危険を冒してまで私とシルフィを助けてくれたのだ。王子からしたら助けるメリットなんてほとんど無い。それだけでも十分信頼出来るように思う。
「エコの良い人論は全く当てにならない」
ミケに一刀両断されてしまった。く、悔しい。ちゃんと根拠があるのに、ここは説明するべきかと考えている間にも話は打ち切られてしまった。みんなベッドに入って寝る格好になる。何故誰も私の話を聞いてくれないんだ……。私も不貞腐れながら横になった。
少し寒い部屋で改めて考える。精霊はみんな目覚めて、私の役目も終わった。私はこの先どうしようか。ユリスの言葉が思考を乱す。お前が傍にいれば――。そんな風に言ってくれる人がいて、私は他に何を望むんだろう。でも王様の隣に座るのはさすがに気が重い。逆に、ユリスが王族じゃなかったら私は首を縦に振っていたのかな。うーん。分からない。考えても考えても、自分の感情が掴めない。
眠れずにひたすら考え込んでいると、部屋の外から物音がした。ゆっくり体を起こす。みんなは眠っている。起きたのは私だけ、ということは気の所為か。再び横になる。すると今度は部屋の扉がガタンと鳴って、声が聞こえた。
「痛っ……」
聞いたことのある声だ。気になった私は、扉の隙間から廊下を覗いた。小さな体が床に這いつくばっている。
「イゼク王子?」
助け起こそうと近付くと、王子ははっと私を見て慌てて立ち上がった。
「あっ、ああ、エコさんですね、す、すみません。起こしてしまいましたか」
「起きてたので大丈夫ですよ。それより、体調が悪いんですか?」
「いえ、違います。散歩をしていたら足がもつれて転んでしまったんです。お恥ずかしいところをお見せして……」
イゼク王子は耳を赤くして、俯きながら膝を叩いた。うっ可愛い。私は思わず満面の笑みになりかけたのを微笑みくらいにとどめておいた。
「王子、どこか行くなら私も一緒に行きますよ。足がもつれたのはきっと魔法の後遺症だと思いますし」
「……ありがとうございます。エコさんは本当に優しい方ですね」
「全然、王子ほどではないですよ」
そう言うと、イゼク王子は金色の目を細めて首を振った。
「ぼくが見た限りでは、エコさんのような方は珍しいです。昼間はシルフィさんを守ろうと必死になっていたでしょう。それがとても、何というか……羨ましい、というのも変ですね、感動したんです」
感動。私が反応に困っていると、王子は言った。
「少し、散歩にお付き合いいただけますか? ぼくは体を鍛える為にも夜は城の中を歩き回っているんですよ」
是非行きたい。が、勝手に行っていいものか悩む。ユリス辺りに怒られはしないだろうか。許可を得るにも起こさなきゃいけないし、でも眠っているところを邪魔したくない。
「ええと、誘ってくれるのは嬉しいんですが……」
「ああ、そうですよね、すみません! 自分の立場も弁えずに変なお誘いをしてしまいました。ぼくは敵国の人間ですから、断られて当然です。本当にすみません。偶然にもエコさんと会えたのが嬉しくて……子供みたいに何も考えていなくて……」
イゼク王子はしょんぼりと肩を落とした。いやいや、まだ子供なんですから子供のままでいいんですよ! と叫びたい。これは私行くしかないのでは? 城の中を散歩するだけなら、少し行ってくるだけなら問題ないのでは?
「少しくらいなら大丈夫ですから、行きましょう!」
気付いたら声が出ていた。言った自分が一番びっくりした。王子は花が咲いたように表情を明るくした。大人びた態度と神聖にも見える外見に反して、笑顔は子供っぽくて愛らしい。
「ほ、本当ですか!? ですが、ぼくと一緒にいては仲間の方々にも迷惑がかかるかもしれませんし……」
「ちょっとなら大丈夫ですよ。私も寝付けないので一緒に歩きましょう」
私がそう言うと、イゼク王子はそわつきながら小さな笑い声を零した。その様子は、今から遊びに行こうと言われた子供のように本当に嬉しそうで。私も嬉しくなったのと同時に、王子の窮屈な立場を思うと寂しくもなった。
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