キスだけは断固拒否します!現実に帰りたくないので!~異世界での私は救世主らしいです~

空木切

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白の裏は

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 部屋のドアが開く。誰かが入って来た。イゼクじゃない。黒髪の……毛先が紫がかっている……男。怖い。すぐに怖くなった。何が怖いのか分からないが怖い。
「具合はどうですか」
 冷たい目で私を見ている。この人、前にも来た人だ。
「しつこくて申し訳ありません」
 近付いて来る。今はイゼクもいない。一人でも戦わなければ。
「来ないで!」
 私は枕元のナイフを掴んだ。数日前、この人たちが帰った後でイゼクに渡されたものだ。いざという時は使えと言われた。私も覚悟は出来ている。
 男はナイフを見て足を止めた。
「それを使って私を殺しますか?」
「ち、近付いたら、このナイフで首を切ります」
 ナイフの刃を自分の首に当てた。男は一歩足を引いて表情を歪める。
「攫われそうになったら自害しろと教わっているのですね。貴方の主はなかなか賢いようで……腹が立つ」
 空気がひりつく。怖い。でも負けたら駄目だ。イゼクに見捨てられてしまう。イゼクに見捨てられたら私は生きていけなくなる。
「こ、こっ、来ないで……」
 ナイフを首に押し当てた。手が震えて、痛みが走る。少し切ってしまったらしい。
「分かりました! 近付きません。見てください、私は動いていませんから」
 男は私を制するように手の平を向けている。男はその手をぐっと握り、勢いよく横に振った。ガシャン! 派手な音がして鏡が割れた。びっくりして体が固まる。
「あぶな……あっ、ナイフが!」
 何かに弾かれてナイフが飛んだ。床に落ちたのを慌てて拾う。
「そんなに大事ですか」
「ひっ……」
 男は既にベッドの上にいる。もうお終いだ。私はベッドから離れられないし、逃げることも出来ない。首を切るしかない!
「やめてください」
 ナイフの刃を掴まれてしまった。動かせない。私は悔しく歯噛みする。
 男は灰色の怖い目で私を見ている。部屋の外が騒がしい。イゼクはすぐ外にいるのだろうか。
「エコ様。私は今から貴方に酷いことをします」
 聞き間違いかと思った。恐怖で歯ががちがち鳴った。
「な、なな、何でそんなことするの……? 私が貴方に何かした? どうして?」
「自分で考えてください、と言いたいところですが。今は考えても分からないでしょうね。エコ様、貴方は私たちにとても酷いことをしました」
「ごめんなさい……何をしたか分からないけど、どうすれば許してくれるの? 私は貴方たちに何をしたの?」
 彼は黙ったまま私の顔をじっと見ていた。私は答えを待っているのになかなか教えてくれない。それほどまでに許せないのだろうか。彼はやっと口を開いた。
「私が酷いことをするのは、エコ様が憎いからではありません。憎いには憎いのですが」
 どっちなのか分からない。矛盾してる。男は遠い目をしながら続けた。
「私はエコ様にとって酷い悪人ですから、どうか嫌ってください。嫌って、もう顔も見たくない、どこかで野垂れ死ねと思ってくだされば私は満足です」
「なんで……」
 それなら、なんでそんな顔をするんだろう。満足そうなのに寂しい風にも見える。この人は誰? 私は何をしたの?
 男は懐から大きな石を取り出した。男の手でやっと握れるくらいの大きさだ。模様のようなものがびっしり刻まれている。
「それは?」
 つい気になって聞くと、男は石を見ながら答えた。
「魔法石です。呪文がたくさん書かれています。ニースに頭を下げて作ってもらいました。エコ様の為の、特別製ですよ」

**

―――二日前。

 呪いを解くことも記憶を消すことも不可能だとニースは言った。彼女にかけられた呪いは相当高度なものらしく、正規の方法キス以外で解くことは出来ないのだと。そして記憶の方は、
「人間の記憶ってのはさ、そう簡単に消せるもんじゃない。でも植え付けるのは簡単だ。魔法で頭をぼんやりさせておいて、他人は恐ろしいものだって意識を植え付けるとか」
「私たちが怖いものとして認識されているということですか」
「そう。怖い記憶を思い出さないよう蓋をすると、忘れたみたいになるだろ。蓋が開かないように意識のレベルをかなり落としてるのかもしれないな。現実で、夢でも見てるみたいにさ」
 ニースは馬を撫でながらうんうん頷いた。私は肝心なところを問う。
「王子の魔法を解けば記憶も戻る、ということで間違いありませんね?」
「問題はその方法だ。まず結論を言うと、エコちゃんの体なら魔法を解くことが出来る。体内の魔力ってさ、神経系とかに絡まってるんだよね。エコちゃんもそれは同じなんだけど」
「ああ……感覚を弄ってましたね……」
 ニースは悪びれる様子もなく、私が用意した魔法石を眺めて手に取っている。
「エコちゃんは魔法の抵抗力が一切無いでしょ。普通は抵抗を抑える為に体内の魔力に干渉して魔法をかけるけど、エコちゃんの場合は抵抗を無視してスーッと魔法を入れられる。だからただ入ってるだけの魔法を力業で引き剥がせばいい。エコちゃんなら死なない」
「大丈夫なんですよね?」
「心配はいらなーい!」
 朗らかに言って魔法石を握りしめた。ニースがぶつぶつ呟くと、石が削れて呪文が刻まれていく。しかし途中で止まった。
「魔法を剥がすこと自体は大丈夫で……問題は痛み。たぶん、ものすごく痛い。痛くて死ぬかもしれない。どれくらい痛いか想像がつかない。人間が耐えられるものなのかも不明。前例が無いし、俺の体も作りが違うから試しようがない」
「それは……死ぬ可能性もあると」
「ある! から俺としてはやらないで欲しいなあ。エコちゃんに死なれたら困るー嫌だー」
「なら死なないようにしてください」
「当然。出来るだけはやる。その寒い王子も面白いことするけどさ~、俺よりエコちゃんの体に詳しい人はいないってこと、思い知らせてやる」
 変な対抗心を燃やしている。味方になれば頼もしい、と一瞬でも思ったのが間違いだと突き付けられた気分だ。ニースは独り言なのか私に対してなのか一人で喋り続けている。
「俺としてはエコちゃんがお前らから離れるならその方が都合いいんだよなあ。でも、おでこ地面に擦りつけてまでお願いされちゃったし、エコちゃんも俺のこと見直すかもしれないし、あ、ちゃんと言っとけよ俺の手柄だということを!」
 聞こえないふりをした。


**


 ニースとは誰のことだろう。前に来た人の名前だろうか。
「ニースって、怖い顔の黒髪の……?」
「違います。それ言ったら確実に怒られますよ。忘れていい名前ですから気にしないように」
 怒られるのは嫌だな。忘れることにした。
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