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罪と罰

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「私が父から聞いた話だ。これで分かっただろう。私たちは他国と手を取り合うことなど出来ない。私もユリスも、そして父も、世界の敵なのだ。全ての元凶だ。生きているだけでな」
 例え死んでも魔力は戻らない、と王様は自嘲するように言った。
 信じられない話だ。一人の命を救い、一人が約束を破ったが為に世界は魔力を失った。多くの人が苦しんでいる。
「なあユリス。私たちが払う代償はあまりに大きいな。約束を破った祖父はとても長生きした。父も。恐らくは私もだ。だがお前は長く生きられない。哀れなことだ。世界は滅びる。私たち一族の愚かな過ちの所為で」
 王様は同情するように言った。ユリスは顔色が悪い。
 眠っていた精霊は目覚めた、でもそれだけでは駄目だった。原因となった精霊を救わなければ意味が無い。私はこれまでの旅が無駄だとは思いたくなかった。わらにも縋る思いで問いかける。
「暴走した精霊がどこに行ったか分からないんですか?」
「さあな。消滅したらしいと聞いている。四大精霊でない精霊の居場所など調べたところで分かりようもない。小さな精霊くらいなら辺りにうじゃうじゃいる」
「じゃあ、世界の魔力は元に戻らないってことですか……?」
「戻す手段が無い。今の状態でも徐々に魔力は回復するだろうが、到底間に合わないな」
 世界は滅びる。強い絶望感が肩にのしかかった。魔力が無ければ人は生きられない。今まで通って来た国の風景が目の前に浮かんだ。笑っていた人たち、辛い思い出を抱えた人たち、私が救いたかった人たち。どんなに頑張っても誰も救えないのだと、現実を突き付けられた。
「そう悲観するな。君がいるだろう」
「わ、私が?」
 王様の青い目が私を見つめながら、ゆっくり頷いた。
「君の魔力さえあれば、この国は生き延びられる。そうだろう?」
「でも他の国は」
「知らんよ。滅んだところで知ったことじゃない」
 興味がなさそうに吐き捨てた。目の前が暗くなってくる。これではディキタニアにいた時と何も変わらない。生き残る国と滅ぶ国が変わっただけだ。王様は私の手を握りしめてそっと撫でた。
「君が来てくれて本当に良かった。どこから来たかは知らんが、メセイルの未来の為にどうか私たちと共に生きて欲しい」
「そんな、私は…………あれ?」
 私は別の世界から飛んできた。私の呪いはその世界と繋がっている。今も、まだ。繋がっている。繋がりがある。あらゆるものを繋ぐ為の精霊。
「うっ!」
 酷い耳鳴りと頭痛に襲われてうずくまった。
「どうした。体調が悪いのか」
「エコ!」
 キィキィと響く耳鳴りは、頭の中に反響している。私がこの世界に来たのは偶然じゃない。私とシルフィとを繋げた力があったはず。私は駆け寄って来たユリスを見上げた。
「ユリス聞いて! 精霊はまだ消えてない! だって私がここにいる!」
「……召喚士か!」
 ユリスは強い眼差しを向けた。私は頷く。
「何の話をしている? また無駄なことに時間を費やす気か」
「その手を離せと言ったはずだ」
 ユリスが王様の手を掴んだ。
「ぐあっ!」
 王様は痛がりながら私の手を解放する。すかさずユリスが間に入った。親子が睨み合い、父親は腕を振って激しく怒鳴った。
「くっ、このっ、馬鹿息子が! 魔法しか取り柄の無い不良品が!」
「愚か者に構っている暇は無い」
 私はユリスの手を借りて立ち上がろうとするも、頭が痛くて仕方ない。少し待って、と言おうとした体が浮いた。
「えっ、え!?」
 ユリスが私を抱え上げている。あの超非力なユリスが。
「い、いつの間にこんな腕力を!?」
「……ふ。魔法だ」
 何気に失礼なことを言った私にユリスは笑ってみせた。まるでお伽話の王子様である。大昔に夢見たワンシーン。王様が背後でぎゃあぎゃあ怒鳴っていることを除けば。
 ユリスは私を抱えたままで部屋を出た。ユリスの父親も子に負けず癖の強い人だったなあ。私は頭痛を紛らわす為にそんなことを考えていた。
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