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戦うということ。術式と魔力

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「はぁ、はぁ……」

 どれくらい走っただろうか。

 ハイウルフによる飛び掛かりを木々を盾にして凌いだり、ローリングで回避したりしているが、そろそろ限界に近い。

 息が切れて苦しくなってしまっている。

 すると、ハイウルフは突然追いかけてくるのを止め、その場で雄叫びを上げ始めた。

 まさか、仲間を……!?

『いえ、タクト様! あれは魔物による詠唱です!』

 女神様が俺の思考を読んだかのように、説明してくれる。

 そうこうしている内に、ハイウルフの足元に魔法陣が現れ、そこから炎のようなものが出てきた。

 チリチリと溢れ出る熱は雑草を燃やし、木々を焦がす。

 目の前で行われた【魔法】というものに俺は目を奪われていた。

『っ! タクト様、今です!』

「えっ!? い、今って何!?」

 慌てて意識を戻し、女神様の声を聞く。

『詠唱が完了してしまう前に、【帰還術式】を発動させてください!』

 発動させろってたって、使い方なんてわからねぇぞ……!!

『術式の起動で一番簡単なのは音声による起動です! 〝生まれし場所へ還れ、【帰還《リターン》】〟と唱えてください!』

 ええいっ! ままよ!

「生まれし場所へ還れ! 【帰還《リターン》】!」

 右手をハイウルフへと伸ばし、叫ぶ。

 ――すると。

「ギャウッ!?」

 魔方陣から溢れ出ていた炎に青白い鎖のようなものが巻き付き、

「えっ、炎が……消えた?」

 まるで鎖に吸い込まれるかのように炎は小さくなっていき、やがてその姿を完全に消してしまった。

 さっきまでの熱量が一瞬にして目の前から消えたことに驚きを隠せないでいると。

『やりました! タクト様、成功です!』

 女神様が嬉しそうな声をあげていた。

 やったのか……?  まだ実感がわかないが、とにかく成功したらしい。

 ハイウルフは自分の魔法が突然掻き消えたことに酷く狼狽していて、周囲をぐるぐると回っていた。

 そいつのちょうど真上には、先程炎を掻き消した青白い鎖のようなものがふわふわと浮いている。

 そもそも鎖? え。何で浮いてんの? 何で鎖で炎消えんの?

『タクト様!』

「はいっ! すみません!」

 いかん。また思考に囚われてしまった。

 ハイウルフが混乱している内に早くここから逃げなければ。

「ありがとうございます、女神様! これで逃げれ……」

『最初は凄く痛いと思いますが、頑張って耐えてください!』

「そうで、え? ちょっ、鎖が俺の中に入っア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!?」

 女神様の言葉を理解する間もなく、鎖が俺の体を突き破って体内へ侵入してきた。

 そしてそのまま体を駆け巡るようにして移動していく。

 やがて全身に行き渡ったそれは、心臓付近で止まった。

「かはっ……」

 あまりの痛みに膝をつく。

「なん、だよ……これ……!?」 

『それは【帰還術式】における、溢れ出した力を分解するという能力の応用です。詳しい説明は後でします! 来ます!』

「グゥルル……。ガァッ!!」

 ハッとして顔を上げると、ハイウルフが牙を剥き、すぐそこまで迫ってきていた。

 やばい、殺される……!

「ぐっ……!」

 咄嵯に俺は拳を前に突き出していた。

 「グルル……。ガルアッ!?」

 しかし、その牙が俺に触れることはなかった。

 先程の鎖のような青白い光が、俺の全身から拳へと伝わり、

「おおぉぉおらあぁああ!!!」

「ガッ!?」

 光を帯びた拳は、ハイウルフを殴り飛ばし、そびえ立つ木にその身体を強かに打ち付けさせた。

 そしてそのまま、ぴくりとも動かなくなってしまった。

 …………何が起きたんだ?

『タクト様、ご無事ですか?』

「は、はい。なんとか……」

 俺はフラフラになりながらも立ち上がり、殴り飛ばしたハイウルフを見る。

「やった、のか?」

『はい。そのようですね』

「た、助かったぁ……」

 安心感からか、思わず深い溜め息を吐いてしまう。

『ふぅ。お疲れ様です、タクト様』

 女神様も安心したかのように息を吐いていた。

 これが……戦い。

 現代の日本では、まず体験することのない命のやり取りに、今更ながら俺の身体は震えていた。

「俺が、殺したんだよな……」

 せめて、ちゃんと埋めてやらないと。

 命を絶った張本人である俺がこんなことしても、偽善でしかないのかもしれないが。

 初めて、魔物とはいえ獣をこの手で殺した罪悪感に俺の頭は支配されていた。

「ごめん、な……」

 そう言わずには、いられなかった。


『――*今のは本当に、中級魔狼だったのでしょうか*……?』


女神様の溢した声に耳を傾けるほど、俺の心に余裕は無かった。





「め、女神様……これ、重いっ」

『もうすぐ森を抜けますので、頑張って下さい!』

 女神様に応援されて、俺は強く足を踏み込む。

「素材としてっ、優秀だからってっ、狼の死骸を担がされる身にもっ、なってくださいよっ!」

 そう、俺は今、先程倒した中級魔狼を背中に担いでいる。

 女神様曰く、先立つものが何もないので、これ――正確には皮や爪、牙などの素材を売って装備を整えようというのだ。

 なら最初からナイフでもお金でも用意してくれと言ったのだが、女神様が泣きそうになったので止めた。 

「冷静になって思ったんですけどっ!」

『な、なんでしょうか?』

 俺は一端荷物(死骸)を下ろし、先程から感じていた疑問を聞いた。

「さっき、鎖みたいなのが出てきましたけど、あれはなんなんですか? 身体に入っても、痛いだけで傷は付かないし……」

『あの鎖は、術式において貴方の魔力が放出され、可視化されたものです』

「俺の……魔力?」

『ええ。元来、生物には魔力が宿るもの。【現世】ではその文化が廃れ、大気中にも【マナ】……魔力の素が薄くなっていますが』

 つまり、ここ、【異世界】には魔力の素、マナ? ってやつが満ちているから、魔法が使えるってことなのか?

 女神様は俺の考えを読んでいるらしく、はい、そうです。と答えてくれた。

『傷が付かないのは、物質ではなく、魔力によって型どられたものだからです。攻撃性のある魔力では無く、単純なエネルギーとしての魔力なら、余程のエネルギーではない場合を除き、怪我をすることはありません』

「俺、めちゃくちゃ痛かったんですが」

『生物には血管のように張り巡らされた筋肉のようなもの、【魔力回路】というものがありまして、使わないとどんどん細く弱くなっていくんです』

「え、じゃあ細くて弱くなっているところに魔力を入れたからあんなに激痛が走ったと?」

『はい! その通りです!』

 最初は凄く痛いってのはこういうことか……。

 ん?

「じゃあしばらくは魔力回路が広がるまであの激痛が続くってことに……」

『タクト様! 森を抜けますよ!』

 まるで誤魔化すかのように話を反らす女神様。

 それに少し呆れながらも、

「はぁ。分かりましたよ……」

 俺は再び、死骸を担いだ。

「あー、死ぬかと思った……」

『お疲れ様でした』

 森を出た俺たちは整備されたらしき街道に出た。

 現代日本ほどではないが、綺麗に砂利が敷き詰められ、道の両側には一定の感覚で口の空いたビンのようなものが置かれていた。

「女神様、これは?」

『それはきっと魔物避けの聖水ですね』

「これで魔物が寄ってこないんですか?」

 明らかに誰かが蹴飛ばしたら溢れてしまいそうだが……。

 まあ、いいや。

 どうやらこの辺りは人の手が加わり比較的安全らしい。

とりあえず、これがあれば襲ってくることはないんだろう。
 
 しかし、それでも油断はできない。

 ここは異世界なのだから。

「よし……行くか……」
また襲われる前に早く町に向かおうと歩き出した時だった。

「あんたら、森の前で突っ立ってなにやってんだい?」

「うわっ!?」

 急に声をかけられて驚いてしまった。

 声の方を見ると、そこには一人のおばあさんがいた。

「おや、ごめんねぇ。驚かせてしまったかい?」

 物腰の柔らかそうなおばあさんが目を細めながら顔を覗きこんできた。

「ほれ、こっち来な。そんなとこでボーッとしてたら、魔物に喰われちまうよ」

「いえ、大丈夫ですよ。こちらこそすみません。……おばあさん、一人ですか?」

「ああ。見ての通りだよ。ちと物売りしてんのさ。ん? ボウヤ……!? そいつは中級魔狼《ハイウルフ》じゃないのかい!? そんな大物を狩れるなんて、アンタ相当強いんだね! まるでリュウガ様のようだよ」

 おばあさんは興奮しながら俺と狼を見ていく。

「女神様、リュウガ、てっのは……」

『はい。おそらく、消失者《ロスト》でしょう』

 意外に早く手に入った情報に、俺達はもっと詳しく、おばあちゃんに話を聴くことにした。
 おばあさんは興奮しながら俺と狼を見ていく。
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