転生ハムスターは王妃を夢見る?

ハイエルフスキー

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第一章 転生ハムスターは王太子様がお気に入り

13 えっ? また、転生ですか?

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 机の上に積み重ねられた書類の束。

 その一番上の紙をひょいと手に取った女性が、私に語りかけてきた。

「ハーミア・レンホルムって読むのかしら? お疲れ様ね」

 トールの実家であるレンホルム伯爵家の養女となった私に、王太子様がハムちゃんという愛称で呼べるようにと付けてくれたハーミアという名前。

 女性が口にした言葉が自分の名前だと気がついた瞬間、とまっていた私の時間が再び動き出した。

 それと同時に、無意識に口もとをおおった手が、喉の奥からこみあげてきた驚愕の声をかろうじて押しとどめる。

 女性の頭上で輝く輪っか。

 狭い無機質な部屋いっぱいに広がった大きな翼。

 忘れるはずがない。

 大天使と、そして、始まりの部屋とでも呼ぶべき閉塞された空間。

 ということは――、つまりはそういうことかと、私は思わず机の上に視線を落とした。

「嘆願書が出てるわね。えーっと、ハムスターのベティちゃんね」

 まぶしすぎて顔がよく見えないが、この口調は優しいほうの大天使だ。

 ということは、やはり私は死んだのだろう。

 そういえば、王太子様がずーっとベットの傍に付き添っていたし、王様や王妃様もちょこちょこお見舞いに来てたしね。

 そうか、結局、私はあのまま息を引き取ったのか。

「とてもかわいがってくれました、ですって。よかったわね」

 目の前にいる大天使の声が、やけに遠くから聞こえるような気がする。

 ここにいる自分が、まるで自分ではないかのように感じる。

 そうですか、と私は押さえた手の隙間から声を出した。

 記憶はあるものの、ハーミア・レンホルムという名前が本当に私のものだったか、はっきりと確信できない自分がいる。

 いや、もちろん私だったのだろう。

 魔王を道連れに自爆し、プルッキア帝国軍を追い払って、ティトラン王国の存亡の危機を二度も救った救国のハムスター。

 テディ王太子の婚約者であり、レンホルム伯爵家の養女。

 ぜんぶ、私のことだ。

 ぜんぶ、覚えている。

 みんなに愛された記憶もある。

 王国の人々は私のことを神の使いとして、それはそれは敬ってくれた。

 外に出れば、みんながひざまずいてハムスター様と拝んでくれた。

 王様と王妃様も、私のことをそれはそれは大切にしてくれた。

 あっさりと王太子様の婚約者として認められた私は、両親公認というよりも国家公認で、いつも王太子様と一緒にいた。

 王国の式典やお祭りでも、王太子様の横には必ず私がいた。

 寝るときも一緒だった。

 王太子様の枕元のすぐ傍に備え付けられた専用の小さなベットが、私のお気に入りの寝床だった。

 王太子様より早く起きて、可愛らしい寝顔をじーっと見つめるところから私の一日が始まり、朝食の時ももちろん一緒。

 王太子様と一緒に家庭教師の授業を受け、移動中は肩に乗ってずーっとおしゃべり。

 お稽古けいこごとも昼食も夕食も、ずーっと一緒だった。

 ひょっとしたら婚約者というよりも、仲の良い姉弟のような間柄だったかもしれないけど、お互いの大好物や嫌いな食べ物もぜんぶ知っていた。

 毎日が新鮮で、毎日が楽しくて、私のハムスター生は王太子様のおかげでバラ色だった。

 でも、なぜだろう? 

 こうして死んでしまうと、あの幸せだったハムスター生活が、夢ではなかったのかと思ってしまう。

「では、二択よ。強いのと弱いの、どっちがいいかしら?」

 夢のような、幸せな記憶の中に深く沈みこんでいた私を現実に引き戻すかのように、優しいながらもりんとした声が頭の中に響き渡った。

 はあ、と息を漏らした後、私は特に考えることもなく疑問を口にしていた。

「どうちがうんですか?」

「強いほうがハムスターで、弱いほうが人よ」

 予想だにしなかった返答に、私の思考がくるんっと空回りした。

 ふへっ!? という声のような息のような音が、私の口からもれる。

 そういえば、今までは尋ねることもしないで強いほうを選んでいた。

 だって、弱いほうを選ぶなんて思いもよらなかったから。

 聞いておけばよかった。

 内容を聞きもせず、ただ選ぶだけなんて、なんてバカな選択を二度も繰り返してしまったんだろう。

 私は信じられないものを見たかのように目を大きく見開いた後、大天使のまぶしさに目をやられてギュッと目を閉じた。

 いやいや、あの恐いほうの大天使のせいだよねと自己弁護しながら、私は目をつむったまま、優しいほうの大天使に矢継ぎ早に質問を投げかけた。

「人の方が弱いんですか? デメリットはありますか? 大天使様はどちらがお勧めですか? そもそも、私はなぜ死んだんですか? えーっと、あと知ってたほうがいいことってありますか?」

「そうね、まず、あなたはもともと決戦用ハムスターLV2だったから、絶対結界と半径1KM完全消滅(自爆)と決戦用支援部隊召喚という三つの技を持っていたわね。人に生まれ変わる場合、この三つの技は使えなくなると思ったほうがいいわね」

 ああ、でも、と言って、大天使は天井を見上げた。

「たしか、人でも絶対結界は作れたわね。ということは、生まれ変わった後の魔力量によるんだけど、絶対結界はぎりぎり発動するかもしれないわね。とはいえ、自分の体を守ることぐらいが精一杯でしょうけどね。ただ、他の二つはどうやっても無理ね。人という存在ではその能力を持てないの。それが人を選ぶ場合のデメリットかしら?」

 本当に、人のほうが弱いんだね。

 私はふむふむとうなずいた。

「あと、あなたの死因は寿命ね。ハムスターの寿命は2~3年だから、それがハムスターを選んだ場合のデメリットになるわね。あとは、知っていたほうがいいことね。うーん、あなたが女性に生まれ変わることは、すでに確定しているってことかしら?」

 寿命という死因を聞いて私は、ああ、なるほど、と素直に納得した。

 そういえば生まれ変わって二歳半を過ぎた頃から、体が疲れやすくなったり、目がしょぼしょぼしたり、硬いものが食べられなくなったりした。

 今思えば、老化現象だったんだろう。

 結局、私は三歳の誕生日を目前にして亡くなった。

 そう言われてみれば、昔飼っていたハムスターたちも三歳までは生きられなかったと思う。

「それと、私のお勧めだったかしら? 今までは差し迫った危機が目の前にあったみたいだし、人はお勧めできなかったけど、今回に限って言えば、ハムスターでも人でもどちらでもいいんじゃないかしら? 嘆願書もこれが最後だから、悔いの残らないほうを選んでね」 

 大天使はそう言うと、机の上で両手を組んで私に優しく微笑みかけた。

 もちろん、まぶしくて顔は見えないのだけど、たぶんそんな表情を浮かべていると思う。

 そうか、じゃあ、前はハムスターでよかったのかなと、私はほっと息を吐いた。

 そうだね。

 魔王を倒すにはハムスターじゃなければ無理だったろうし、大天使を呼ばなければプルッキア軍には勝てなかっただろう。

 うんうん、よかったよかったと思っていると、大天使は優しく、どうする? と私に決断を促した。

「弱いほうでお願いします」

 そう答えた私だったが、その瞬間、頭のどこかで警鐘けいしょうが鳴った。

 あっ! ティトラン王国に戻れるとは限らないんじゃないの?

 それに、人として大太子様のところに戻っても、私がハムスターじゃなければ気付かれないよね?

 神の使いで、救国のハムスターで、伯爵令嬢で、王太子様の婚約者で――

 そういうものがぜんぶなくなるってこと?

 ちょっと、待ってー!

 もう少し考えて決め――

 そう思って大天使様に手を伸ばしかけた私の頭の中に――

「行ってらっしゃい」

 という声とともに、ハンコが書類に叩きつけられる音が響き渡った。
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