転生ハムスターは王妃を夢見る?

ハイエルフスキー

文字の大きさ
25 / 55
第2章 救国のハムスターは新たな人生を歩む

25 誰か王子様をとめてくれないかしら?

しおりを挟む
 その瞬間、ニルス王子と私のまわりだけ、空間が切り取られたかのように、すべてが動きをとめた。

 じわっと視界がゆがむ。

 息が詰まる。

 大きな緑の瞳に吸い込まれそうな気がして、私は慌てて目線を宙にさまよわせた。



 もし、同じことを王太子様に言われていたら、泣きながら抱きついていただろう。

 でも、王子様は王子様でも、ニルス王子の言葉にはそこまでの力はなかった。

 それでも、充分すぎる衝撃だ。

 この攻撃力は魔王をも上回る。

 おかげで、足ががくがくするし、握りしめられた手は心臓の鼓動を感じられるほどに熱を持っている。



 なぜだろう? 

 なぜ、ニルス王子は私のことをハーミアだと思ったんだろう? 

 お見舞いに来る人って、そんなに少なかったの?

 でも、それだけで私とハーミアを結びつけるのは無理だよね。

 そういえば、手を握ってたね。

 うーん、念話のせいかな?



 一年にわずか二度のお見舞いとはいえ、ニルス王子の手のひらの上に居座った私は、それほど口数の多くない王太子様の代わりに、どうでもいいようなことをずーっと話していた。

 ハムスター時代の私は、触れている相手と念話で意思を通じあえた。

 体が弱くすぐ疲れるニルス王子にとって、わざわざ口を開かずとも意思が通じる私は、思いのほか大切な存在だったのかもしれない。

 ニルス王子の手のひらには、その時の感覚が残っているのだろうか?



 とはいえ、ニルス王子が私のことをハーミアだと言っても誰も信用しないだろう。

 しかも、王太子様にはアンジェリカ王女という新しい婚約者もいる。

 新しい救国のハムスターだって、私の味方かどうかわからない。

 シルフィーのおかげで精霊術師として自立するめどもついたところだ。

 ここで無用なトラブルを起こしたくはない。



「ハーモニーと申します。ニルス殿下」

 私はあさっての方向を向いたまま、硬い声を出した。

「……うーん……じゃあ、ハーモニー様。どうして、こん――」

「ハーモニーです。ニルス殿下」

 王子様に敬称をつけて呼ばれてはたまらない。

 私はニルス王子の言葉を大急ぎでさえぎった。

 ニルス王子はまたしても、大きな緑の瞳をパタパタと瞬かせた。

 それから、頬をぽっと赤らめ、私の手を引き寄せて両手でギュッと包みこんだ。

「ハーモニーって呼んでもいいってこと?」

「はい、殿下。ハーモニーでお願いします」

 宙に浮かせた視界の片隅で、ニルス王子がキラキラと目を輝かせながら、顔いっぱいに広がる笑みをこちらに向けている。

 記憶の中のニルス王子とくらべて、ずいぶん健康的だ。

 かつてのニルス王子はもっとはかなげで、王子様というよりは薄幸のお姫様という雰囲気をまとっていた。

「じゃあ、ハーモニーは僕のことをニルスって呼んでね」

 えーっと、どういうこと? 

 ニルス王子の考えがさっぱりわからない。

 でもね、王子様を呼び捨てにしたら怒られるからね。

 私は視線を戻し、能面精霊顔をニルス王子にグイッと寄せた。

「かしこまりました。ニルス殿下」

「うんうん、僕たちは仲良しだからね。それはそうと、今日はここで何をしてるの、ハーモニー?」

 能面顔にもひるまず、ニルス王子はあふれんばかりの笑みをたたえたまま、上機嫌な声を響かせた。

 今ひとつ会話が噛み合っていない気もするけど、大丈夫だろう。

 私の思いは伝わっている、はずだ。

「今日は対魔族四ヶ国合同攻戦の表彰式が午前中にありまして、今はその慰労会というか食事会ですので、いろいろと食べておりました」

「ふーん、そうだったんだ。僕はついさっき王宮についたばかりで、何してるのかなーって見に来たんだけど……すごいね、ハーモニー。勲章がいっぱいだね」

 モランデル家の紋章に埋もれている勲章に目をとめたニルス王子は、またしても瞳をパシパシと瞬かせた。

 ただ、瞬きの原因が勲章のせいなのか、紋章のせいなのかは、判断しかねる。

「契約した精霊が大活躍しまして、いろいろと貰いました」

「ふーん……って、ひょっとして魔族四天王を倒したのってハーモニーなの?」

「私というよりは、契約している風の精霊が倒したんですけど、赤と緑と黄色の四天王を倒しました」

「さすがだね、ハーモニー。じゃあ、大天使の加護を持った精霊術師ってハーモニーのことなんだ。ものすごい評判になってるよ。第一位防御膜を魔法陣なしで発動できるって聞いたけど。あれっ? でも、ハーミア様って絶対結界を――」

 あっさりと妙なことを口走ったニルス王子に、私は無表情の精霊顔を押し付けた。

「ニルス殿下! お腹がすいていませんか? 何か召し上がってはいかがですか?」

 ニルス王子は言葉を失い、動きをとめた。

 口を半開きにしたまま、ぽーっと私の瞳を見つめている。

 顔がすこし赤い。

 うんうん、ずいぶん元気そうでなによりだけど、考えてしゃべろうね。

「ううん、お腹は空いていないから、大丈夫だよ」

 いやいや、大丈夫じゃないよ。

 この王子様は目を離したら何をしゃべるか、わかったもんじゃない。

 精霊術師としては有名になったかもしれないけど、さすがに元救国のハムスターを名乗るのは危険だ。

 命にかかわる。

 ニルス王子は王子様ではあるけど、発言力はまったくと言っていいほどない。

 うかつなことを言えば、ニルス王子は大丈夫だろうけど、私が牢獄送りになる可能性がある。



 いったいどうしたらいいだろう、と思っていると、シーラがものすごい速足でこちらにやってきた。

「まあまあまあまあ、ニルス殿下、ご機嫌麗しゅうございます。わたくし精霊省長官のシーラ・モランデル子爵でございます。ひょっとして、今日、王都に戻ってこられたのですか? 存じ上げておりましたら、出迎えさせていただきましたものを」

 ニルス王子がキュッと顎を引いて背筋を伸ばした。

 あきらかに、警戒している。

 たぶん、ハムスター時代の私が散々シーラの悪口を吹きこんだせいだろう。

 それに、シーラはニルス王子に会ったことがないはずだ。

 おそらくは、私が大きな声でニルス殿下と言ったのを聞きつけて飛んできたのだ。

 営業活動の一環として。

「モランデル子爵ということは、ハーモニーのお姉様ですか?」

「まあまあまあまあ、お姉様だなんて、殿下。お世辞でもうれしいですわ。ハーモニーは私の娘でございます。とは申しましても、養女ですので姉妹に見えても不思議ではございませんわね。ほっほっほっ」

 さっそく、シーラの営業活動が始まった。

 ただ、シーラの視線の位置が微妙にずれている。

 金色のつり上がった目が、なぜか、ニルス王子の胸のあたりをじっと見ている。

 あっ!

 そうか!

 ニルス王子は私の手をずーっと握ったままだ。

 そのことに気が付いた私はそーっと手を引いて、ニルス王子の両手から逃れようとした。

 しかし、逆に私の手は力強く掴まれ、さらに、ニルス王子の胸にピッタリとくっつけられた。

 うん? 

 魔族すら引き寄せられる私より力が強いってどういうこと?

 と思ったが、ニルス王子は敵ではないので絶対結界の力が発動しないのかもしれない。

 ニルス王子の手を振りほどくのをあきらめた私は、おとなしくその場で立ちつくすことにした。

 ニルス王子を監視する必要もある。

「それはそうと、ニルス殿下。王立学園に通うために王都に戻ってらっしゃたのですよね? 実はハーモニーも通うことになっているのですわ。それに、私の実家であるローセンダール公爵家の末弟であるユリウスも通うことになっております。学園で困ったことがあれば、このふたりになんなりとお申し付けください」

「えっ! そうなんだ! ハーモニーも学園に通うんだ。じゃあ、僕ら同級生だね、ハーモニー。よかったー。僕はずっとウルネスで暮らしてたからね。王都には知り合いもいないし、心細かったんだ。ハーモニーが一緒なら心強いね」

 まずい、と思った瞬間、シーラの金色の目がすっと獲物を狙うかのように鋭さを増した。

 口もとに笑みを浮かべたまま、目だけが私を射抜くように光る。

「まあまあまあまあ、ニルス殿下はハーモニーのことをよーくご存じでいらっしゃるんですね」

「僕たちはウルネスの離宮にいた時から大の仲良しだからね。ここ一年ほど会えなかったから心配してたんだけど、元気そうでよかった。まさか、モランデル子爵家の養女になっていたなんて、びっくりだね」

「そうなんですの? そう言われてみれば、レンホルム伯爵領ってウルネスの離宮の近くでしたわね」

「小さかった頃のハーモニーも可愛かったけど、今のハーモニーはまるで精霊みたいに美しいね」

「そうでしたの? 小さい頃から? まあまあまあまあ、ハーモニーったら、私にも教えて欲しかったわ」

 シーラの笑顔が恐い。

 ニルス王子はシーラと話をしているというよりは、私にだけ話しかけている。

 どうにも、妙な感じだ。

 それに、ニルス王子はハムスター時代の私を小さかったと言ってるのだけど、シーラの頭の中では私とニルス王子は幼馴染みということになっているだろう。

 後で根掘り葉掘り聞かれるに違いない。

 誰かこのふたりをとめてくれないだろうか?

 そう思っていると、願いが神に通じたのか、ニルス王子を呼ぶ声がこちらに近づいてきた。

 ピシッとした身なりに、落ちつき払った所作だけど、ずいぶんと息が荒い。

 どうやら、ニルス王子は従者の目を盗んで、慰労会に来ていたみたいだ。

「じゃあね、ハーモニー。また学園で会えるのを楽しみにしてるね。これからは王宮で暮らすから、遊びに来てね。僕も遊びに行くからね。約束だよ」

 満面の笑みを人懐っこい顔にたたえながら、ニルス王子は大きく手を振った。

 従者に半ば連れさられるように会場を後にしたニルス王子を見送って、私はほっと安堵の息を吐き出した。

 ふー、なんとかなったね。

 ありがとう、従者の人、と深々と頭を下げた私の頭上で、高音の猫なで声が響いた。

「さてと、詳しく聞かせてもらおうかしらね、ハーモニー。仲良しどころじゃないわよね。あんたとニルス殿下って。掴んだ手も離そうとしなかったし、誰が見てもはっきりわかるわよ」

 シーラはニルス王子の去ったほうを見つめながら、すっと私の耳元に顔を寄せた。

「第二王子派はリスクが高いわよ。ハイリターンではあるけどね」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた

たぬきち25番
恋愛
男爵家の三女イリスに転生した七海は、貴族の夜会で相手を見つけることができずに女官になった。 女官として認められ、夜会を仕切る部署に配属された。 そして今回、既婚者しか入れない夜会の責任者を任せられた。 夜会当日、伯爵家のリカルドがどうしても公爵に会う必要があるので夜会会場に入れてほしいと懇願された。 だが、会場に入るためには結婚をしている必要があり……? ※本当に申し訳ないです、感想の返信できないかもしれません…… ※他サイト様にも掲載始めました!

【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!

こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。 そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。 婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。 ・・・だったら、婚約解消すれば良くない? それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。 結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。 「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」 これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。 そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。 ※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。 ※本編完結しました。 ※後日談を更新中です。

妹の身代わりだった私に「本命は君だ」――王宮前で王子に抱き潰され、溺愛がバレました。~私が虐げられるきっかけになった少年が、私と王子を結び付

唯崎りいち
恋愛
妹の身代わりとして王子とデートすることになった私。でも王子の本命は最初から私で――。長年虐げられ、地味でみすぼらしい私が、王子の愛と溺愛に包まれ、ついに幸せを掴む甘々ラブファンタジー。妹や家族との誤解、影武者の存在も絡み、ハラハラと胸キュンが止まらない物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...