30 / 55
第2章 救国のハムスターは新たな人生を歩む
30 王子様がだまされそうかしら?
しおりを挟む
「さてと……あんたってホントに想定のはるか上を行くわね。しかも、なんにもわかってないんでしょうね。まあ、あんたって表情がないから、実際は何考えてんのかわかんないけどね」
あきれたような表情を浮かべたシーラが、私とクレアの間にぐいっと割り込んできた。
軽く手を振ってクレアを追い払おうとしたシーラだったけど、クレアは軽く頭を下げただけで、その場から動こうとはしなかった。
「何なの、あんた? 母娘の会話に聞き耳を立てようっていうの?」
「任務中です」
「あんた、ニルス殿下の護衛でしょ。あと一時間は出てこないんだから、今のうちにゆっくり休んでおきなさいよ」
「私はニルス殿下とハーモニー様、おふたりの護衛です」
精霊宮殿の深部には王族と宮殿の関係者しか立ち入れない。
ニルス王子を見送った私とクレアは、宮殿の控えの間の壁際で、精霊祭の出席者に振る舞われる料理をパクついていた。
王族が奥の間で精霊への感謝の捧げる儀式をおこなう間は、私たちにとっては休憩時間にあたる。
午後からは精霊宮殿から王宮に向けてパレードが再開されるのだ。
正直言って、クレアとふたりでゆったり過ごしたい。
シーラと一緒にいては休憩にならない気がする。
クレア相手では分が悪いとみたのか、さすがのシーラも軽く舌打ちをしただけで、矛先を私に向け直した。
「あんた、馬車に乗ってる間ずーっと、ニルス殿下にべったりくっつかれてたわよね。王宮から精霊宮殿までずーっとよ。沿道で見てた連中がどう思ったかわかる? うしろの馬車には、王太子様とアンジェリカ王女様が乗ってんのよ。その前がニルス殿下とあんたよ。しかも、あんたたちのほうがどう見ても仲がいいのよ。いや、仲がいいどころじゃないわよ。はっきり言って、暑苦しいわよ。十月なのよ、もう。ずいぶん涼しくなったっていうのに、見てるこっちが暑くなんのよ」
シーラのこめかみがピクピクと動いている。
話している間にも、だんだん口調がきつくなってきている。
とはいえ、腕を組むのはニルス王子の癖みたいなものだし、味方判定しているニルス王子を引きはがすのは、私の腕力では不可能だ。
同じくらいの背丈とはいえ、ニルス王子のほうが私より力が強いのだ。
それに、公式行事に初めて参加したニルス王子はかなり緊張していた。
無理やり距離をとれば、ニルス王子の笑みが消えてしまってただろう。
ついでに言うと、シーラが暑かろうが寒かろうが、私の知ったことではない。
「――って言っても、暑いのをどうこう言ってんじゃないのよ。誰がどう見たって、あんたってニルス殿下の婚約者にしか見えないのよ。しかも、今年の精霊祭の主役は、まちがいなくあんたの契約してる風の精霊なのよ。それが、あんたたちの馬車の上で浮かんでんのよ。目立ち過ぎよ。初めて公式行事に姿を現した第二王子が、神の加護を持った婚約者連れてんのよ。しかも、魔族四天王を倒した精霊付きでね。あんたならこの意味がわかるわよね?」
シーラは突然、クレアに同意を求めるかのように振り返った。
しかし、クレアはすでに省エネモードに入っていた。
おそらく、頭脳は高速で回転しているのだけど、表情にはそれを一切出さないのだ。
シーラは無表情のクレアを見て、またしても小さく舌打ちをした。
「だんまりね。トールは良い部下を持ってるわね」
褒めた、のだろうか?
シーラはかるく首を傾けた後、再び私に向き直った。
「ふー、ニルス殿下ね。そんな目が出るときには、この国がどうなってるかわかんないわ。こうなったら、いっそのこと、ニルス殿下をこっちにもらおうか。ただ、王子様を入り婿にするっていうのは、ハードルが高いわね。前例がないわ。とはいえ、ニルス殿下を公爵にしてしまうと、あんたを使いにくくなるしね。やっかいなことしてくれるわね、あんた」
シーラがジト目でわたしを見つめながら、わけのわからないことをぶつぶつとしゃべっている。
私に言っているのか、独り言なのかもよくわからないのだけども、またしてもシーラはクレアを振り返った。
「あんた、どう思う?」
ひょっとして、シーラはクレアのことを気に入っているのだろうか?
そう思いながら、クレアにちらっと視線を送ると、まさかの事態が起こった。
なんと、省エネクレアが口を開いたのだ。
「モランデル子爵様はハーモニー様を後継ぎになさるおつもりなのですか?」
「あたりまえじゃないの」
クレアがシーラに話しかけたのにも驚いたが、シーラの返事にはもっと驚いた。
あたりまえって何なの?
血の繋がってない私を後継ぎって、どういうつもりだろう?
「ハーモニー様はどうお考えなのですか? 王太子様のことはよろしいのですか?」
クレアがシーラにではなく、私に声をかけてきた。
切れ長の赤い目が、私にやさしく瞬きかけてくる。
「王太子様? あんた、王太子様とも幼馴染みなの? たしか、ウルネスの離宮と関わりがあるんだったわよね。オスカリウスだったっけ? その関係?」
シーラが甲高い声をあげた。
だけど、シーラは超高速で答えを導き出すことを信条としている。
たんに気が短いだけのような気もするけど、そのおかげで返事をする必要がない。
大助かりだ。
ただ、クレア相手にはそうはいかない。
それに、クレアは私と王太子様のことを気づかってくれたのだろう。
はっきり伝えておいたほうがいい。
私はもう王太子様の婚約者じゃない。
「ありがとうね、クレア。王太子様とアンジェリカ王女様って本当にお似合いよね。それはそうと、シーラ様。王宮を出る前のことですが、君は本当に人なのか? と王太子様に聞かれたのです。どうも、シルフィーに乗れることを不思議に思われたようです。攻戦の時にも、勇者様に魔族とまちがわれて斬撃を放たれましたし、どうしたものでしょう?」
察しの良いクレアはこれでわかってくれるだろう。
ついでに魔族疑惑はシーラに対処してもらおう。
本当に私を後継ぎにしようとしているのなら、私が魔族だと思われるのは困るだろう。
大急ぎで大太子様を説得してくれるにちがいない。
「大太子様もなの!? いや、それはないわね。あんたが精霊に乗れたり、魔族の武器を使えたりするのは、おそらく神の加護のおかげよ。結界を身にまとってるわけだからね。大天使の加護を持っている王太子様なら、そのへんはわかってるはずよ」
シーラは眉をしかめた後、問題はないと判断したようで、軽く顎をしゃくって私に応えた。
「――で、ニルス殿下のほうはどうよ?」
「私の領分を越えます。ニルス殿下に直接お聞きになってはいかがですか?」
「ふーん……それも、そうね」
シーラはクレアの応えに満足したのか、ニヤッと人の悪そうな笑みを浮かべた。
そして、予想よりはるかに早く控えの間に戻ってきたニルス王子に、シーラはクレアの助言を実行に移したのだ。
私とクレアの予想をはるかに上回る形でもって。
「ハーモニー、お待たせー!」
控えの間の隅々にまで響き渡る声とともに、ニルス王子は私の元へと文字どおり飛びこんできた。
味方判定を受けているニルス王子の突撃に、少なからぬダメージを受けながらも、私はなんとか転ばずに踏みとどまった。
どうやら、ニルス王子は宮殿関係者との昼食会を早々と抜け出し、王太子様たちより一足早く控えの間に現われたらしい。
あまり食事をとっていないらしく、いつものように右手で私の手を握り込み、効き手である左手でひょいひょいと料理をつまみ始めた。
そこに、善人面を浮かべたシーラがすすっと近寄り、小声で営業トークを開始した。
「娘がいつもお世話になっております、ニルス殿下。精霊宮殿の四精霊の彫像はいかがでしたか?」
「ハーモニーのお母様でしたね。初めて見ましたが、立派なものでしたね。ただ、ハーモニーの精霊であるシルフィーのほうがかっこいいですけどね。そうそう、ハーモニー。ハーモニーの言ってたとおり、プリムラの花がいっぱい敷き詰められてて、いい匂いだったよ」
「まあ、そうなんですの。たしかに、ニルス殿下からプリムラのよい香りがしてまいりますね。よく知ってるわね、ハーモニー。さすがは私の娘ね」
少しはシーラへの警戒心が解けてきているのだろうか。
人見知りするニルス王子にしては、よく話しているほうだ。
視線はほとんど私のほうを向いているけど。
「ところで、ニルス殿下はハーモニーのことをずいぶんと気に入ってくださっているようですが、ひょっとして将来のことを約束されているのですか?」
「約束?」
シーラの言っていることがさっぱりわからなかったのだろう。
ニルス王子はちょこんと頭を傾けた。
「ご存知かもしれませんが、モランデル子爵家は精霊術師としての功績を認められ、私が興した家でございます。ゆえに、モランデル家の後継ぎは、ティトラン王国一の精霊術師であるべきだと、私は考えております。しかし、そうは申しましても、私にも肉親の情というものがございます。できうることならば、モランデル家の後継者であるハーモニーには、私の末弟であるユリウスを婚約者にと思っておりました」
芝居がかったシーラの言葉に、私のみならずニルス王子の動きがとまった。
「しかしながら、殿下とハーモニーの様子を陰ながら見守っておりましたところ、まさに相思相愛、いや、これは将来を誓い合った仲であろうと確信いたしました。私としましても、愛し合うふたりの仲を裂くなどということはできません。モランデル家をハーモニーに継いでもらうということは譲れませんが、ニルス殿下がハーモニーの伴侶となるのに反対する気はございません。もし、ニルス殿下がその気であれば、このシーラ・モランデル、ふたりの愛を全力でもって応援させていただきます」
およそ、シーラとは無縁なはずの、情とか愛とかという言葉がポンポン飛び出してきた。
そもそも、シーラが善人面をしている時点で、この話はすべて計算ずくの罠なのだ。
シーラの結婚相手だって、気が弱くて操縦しやすそうな精霊術師という理由で選ばれている。
他でもないシーラ自身が、ハムスター時代の私にそう言ったのだ。
ハムスター脳とはいえ、私は見た目よりはるかに記憶力が高いのだよ、シーラ。
しらーっとした目でシーラを見つめる私のすぐ横で、なにやらニルス王子が期待に満ちあふれた雰囲気をまとい始めた。
「えーっと、それは僕をハーモニーの婚約者にしてくれるってことなのかな、ひょっとして?」
「ニルス殿下が望むのであれば、ハーモニーの婚約者にはニルス殿下がふさわしいと私は考えております」
握られた手にギュッと力が込められる。
私は両手を引き寄せられて、ニルス王子のまっすぐな瞳に捕らえられた。
まずい。
完全にシーラにだまされそうになってる目だ。
小さい頃に母親を失くし、病弱だったニルス王子には、頼るべき存在が少なかったのかもしれない。
神の使いである無敵のハムスターが婚約者となれば、心強いにちがいない。
でもね、ニルス王子はまだ十五歳だからね。
体も元気になったんだし、これから素敵な女性がいっぱい現われるよ。
王子様だからね。よりどりみどりだよ。
そう言いたかったけど、この場所では目立ちすぎる。
私はじっとニルス王子の様子をうかがった。
「ハーモニー、僕じゃダメかな? 僕には兄上みたいな力はないけど、ハーモニーを悲しませたりなんてしないよ。約束するよ、ハーモニー。絶対に僕がハーモニーを笑顔にしてみせるって」
あきれたような表情を浮かべたシーラが、私とクレアの間にぐいっと割り込んできた。
軽く手を振ってクレアを追い払おうとしたシーラだったけど、クレアは軽く頭を下げただけで、その場から動こうとはしなかった。
「何なの、あんた? 母娘の会話に聞き耳を立てようっていうの?」
「任務中です」
「あんた、ニルス殿下の護衛でしょ。あと一時間は出てこないんだから、今のうちにゆっくり休んでおきなさいよ」
「私はニルス殿下とハーモニー様、おふたりの護衛です」
精霊宮殿の深部には王族と宮殿の関係者しか立ち入れない。
ニルス王子を見送った私とクレアは、宮殿の控えの間の壁際で、精霊祭の出席者に振る舞われる料理をパクついていた。
王族が奥の間で精霊への感謝の捧げる儀式をおこなう間は、私たちにとっては休憩時間にあたる。
午後からは精霊宮殿から王宮に向けてパレードが再開されるのだ。
正直言って、クレアとふたりでゆったり過ごしたい。
シーラと一緒にいては休憩にならない気がする。
クレア相手では分が悪いとみたのか、さすがのシーラも軽く舌打ちをしただけで、矛先を私に向け直した。
「あんた、馬車に乗ってる間ずーっと、ニルス殿下にべったりくっつかれてたわよね。王宮から精霊宮殿までずーっとよ。沿道で見てた連中がどう思ったかわかる? うしろの馬車には、王太子様とアンジェリカ王女様が乗ってんのよ。その前がニルス殿下とあんたよ。しかも、あんたたちのほうがどう見ても仲がいいのよ。いや、仲がいいどころじゃないわよ。はっきり言って、暑苦しいわよ。十月なのよ、もう。ずいぶん涼しくなったっていうのに、見てるこっちが暑くなんのよ」
シーラのこめかみがピクピクと動いている。
話している間にも、だんだん口調がきつくなってきている。
とはいえ、腕を組むのはニルス王子の癖みたいなものだし、味方判定しているニルス王子を引きはがすのは、私の腕力では不可能だ。
同じくらいの背丈とはいえ、ニルス王子のほうが私より力が強いのだ。
それに、公式行事に初めて参加したニルス王子はかなり緊張していた。
無理やり距離をとれば、ニルス王子の笑みが消えてしまってただろう。
ついでに言うと、シーラが暑かろうが寒かろうが、私の知ったことではない。
「――って言っても、暑いのをどうこう言ってんじゃないのよ。誰がどう見たって、あんたってニルス殿下の婚約者にしか見えないのよ。しかも、今年の精霊祭の主役は、まちがいなくあんたの契約してる風の精霊なのよ。それが、あんたたちの馬車の上で浮かんでんのよ。目立ち過ぎよ。初めて公式行事に姿を現した第二王子が、神の加護を持った婚約者連れてんのよ。しかも、魔族四天王を倒した精霊付きでね。あんたならこの意味がわかるわよね?」
シーラは突然、クレアに同意を求めるかのように振り返った。
しかし、クレアはすでに省エネモードに入っていた。
おそらく、頭脳は高速で回転しているのだけど、表情にはそれを一切出さないのだ。
シーラは無表情のクレアを見て、またしても小さく舌打ちをした。
「だんまりね。トールは良い部下を持ってるわね」
褒めた、のだろうか?
シーラはかるく首を傾けた後、再び私に向き直った。
「ふー、ニルス殿下ね。そんな目が出るときには、この国がどうなってるかわかんないわ。こうなったら、いっそのこと、ニルス殿下をこっちにもらおうか。ただ、王子様を入り婿にするっていうのは、ハードルが高いわね。前例がないわ。とはいえ、ニルス殿下を公爵にしてしまうと、あんたを使いにくくなるしね。やっかいなことしてくれるわね、あんた」
シーラがジト目でわたしを見つめながら、わけのわからないことをぶつぶつとしゃべっている。
私に言っているのか、独り言なのかもよくわからないのだけども、またしてもシーラはクレアを振り返った。
「あんた、どう思う?」
ひょっとして、シーラはクレアのことを気に入っているのだろうか?
そう思いながら、クレアにちらっと視線を送ると、まさかの事態が起こった。
なんと、省エネクレアが口を開いたのだ。
「モランデル子爵様はハーモニー様を後継ぎになさるおつもりなのですか?」
「あたりまえじゃないの」
クレアがシーラに話しかけたのにも驚いたが、シーラの返事にはもっと驚いた。
あたりまえって何なの?
血の繋がってない私を後継ぎって、どういうつもりだろう?
「ハーモニー様はどうお考えなのですか? 王太子様のことはよろしいのですか?」
クレアがシーラにではなく、私に声をかけてきた。
切れ長の赤い目が、私にやさしく瞬きかけてくる。
「王太子様? あんた、王太子様とも幼馴染みなの? たしか、ウルネスの離宮と関わりがあるんだったわよね。オスカリウスだったっけ? その関係?」
シーラが甲高い声をあげた。
だけど、シーラは超高速で答えを導き出すことを信条としている。
たんに気が短いだけのような気もするけど、そのおかげで返事をする必要がない。
大助かりだ。
ただ、クレア相手にはそうはいかない。
それに、クレアは私と王太子様のことを気づかってくれたのだろう。
はっきり伝えておいたほうがいい。
私はもう王太子様の婚約者じゃない。
「ありがとうね、クレア。王太子様とアンジェリカ王女様って本当にお似合いよね。それはそうと、シーラ様。王宮を出る前のことですが、君は本当に人なのか? と王太子様に聞かれたのです。どうも、シルフィーに乗れることを不思議に思われたようです。攻戦の時にも、勇者様に魔族とまちがわれて斬撃を放たれましたし、どうしたものでしょう?」
察しの良いクレアはこれでわかってくれるだろう。
ついでに魔族疑惑はシーラに対処してもらおう。
本当に私を後継ぎにしようとしているのなら、私が魔族だと思われるのは困るだろう。
大急ぎで大太子様を説得してくれるにちがいない。
「大太子様もなの!? いや、それはないわね。あんたが精霊に乗れたり、魔族の武器を使えたりするのは、おそらく神の加護のおかげよ。結界を身にまとってるわけだからね。大天使の加護を持っている王太子様なら、そのへんはわかってるはずよ」
シーラは眉をしかめた後、問題はないと判断したようで、軽く顎をしゃくって私に応えた。
「――で、ニルス殿下のほうはどうよ?」
「私の領分を越えます。ニルス殿下に直接お聞きになってはいかがですか?」
「ふーん……それも、そうね」
シーラはクレアの応えに満足したのか、ニヤッと人の悪そうな笑みを浮かべた。
そして、予想よりはるかに早く控えの間に戻ってきたニルス王子に、シーラはクレアの助言を実行に移したのだ。
私とクレアの予想をはるかに上回る形でもって。
「ハーモニー、お待たせー!」
控えの間の隅々にまで響き渡る声とともに、ニルス王子は私の元へと文字どおり飛びこんできた。
味方判定を受けているニルス王子の突撃に、少なからぬダメージを受けながらも、私はなんとか転ばずに踏みとどまった。
どうやら、ニルス王子は宮殿関係者との昼食会を早々と抜け出し、王太子様たちより一足早く控えの間に現われたらしい。
あまり食事をとっていないらしく、いつものように右手で私の手を握り込み、効き手である左手でひょいひょいと料理をつまみ始めた。
そこに、善人面を浮かべたシーラがすすっと近寄り、小声で営業トークを開始した。
「娘がいつもお世話になっております、ニルス殿下。精霊宮殿の四精霊の彫像はいかがでしたか?」
「ハーモニーのお母様でしたね。初めて見ましたが、立派なものでしたね。ただ、ハーモニーの精霊であるシルフィーのほうがかっこいいですけどね。そうそう、ハーモニー。ハーモニーの言ってたとおり、プリムラの花がいっぱい敷き詰められてて、いい匂いだったよ」
「まあ、そうなんですの。たしかに、ニルス殿下からプリムラのよい香りがしてまいりますね。よく知ってるわね、ハーモニー。さすがは私の娘ね」
少しはシーラへの警戒心が解けてきているのだろうか。
人見知りするニルス王子にしては、よく話しているほうだ。
視線はほとんど私のほうを向いているけど。
「ところで、ニルス殿下はハーモニーのことをずいぶんと気に入ってくださっているようですが、ひょっとして将来のことを約束されているのですか?」
「約束?」
シーラの言っていることがさっぱりわからなかったのだろう。
ニルス王子はちょこんと頭を傾けた。
「ご存知かもしれませんが、モランデル子爵家は精霊術師としての功績を認められ、私が興した家でございます。ゆえに、モランデル家の後継ぎは、ティトラン王国一の精霊術師であるべきだと、私は考えております。しかし、そうは申しましても、私にも肉親の情というものがございます。できうることならば、モランデル家の後継者であるハーモニーには、私の末弟であるユリウスを婚約者にと思っておりました」
芝居がかったシーラの言葉に、私のみならずニルス王子の動きがとまった。
「しかしながら、殿下とハーモニーの様子を陰ながら見守っておりましたところ、まさに相思相愛、いや、これは将来を誓い合った仲であろうと確信いたしました。私としましても、愛し合うふたりの仲を裂くなどということはできません。モランデル家をハーモニーに継いでもらうということは譲れませんが、ニルス殿下がハーモニーの伴侶となるのに反対する気はございません。もし、ニルス殿下がその気であれば、このシーラ・モランデル、ふたりの愛を全力でもって応援させていただきます」
およそ、シーラとは無縁なはずの、情とか愛とかという言葉がポンポン飛び出してきた。
そもそも、シーラが善人面をしている時点で、この話はすべて計算ずくの罠なのだ。
シーラの結婚相手だって、気が弱くて操縦しやすそうな精霊術師という理由で選ばれている。
他でもないシーラ自身が、ハムスター時代の私にそう言ったのだ。
ハムスター脳とはいえ、私は見た目よりはるかに記憶力が高いのだよ、シーラ。
しらーっとした目でシーラを見つめる私のすぐ横で、なにやらニルス王子が期待に満ちあふれた雰囲気をまとい始めた。
「えーっと、それは僕をハーモニーの婚約者にしてくれるってことなのかな、ひょっとして?」
「ニルス殿下が望むのであれば、ハーモニーの婚約者にはニルス殿下がふさわしいと私は考えております」
握られた手にギュッと力が込められる。
私は両手を引き寄せられて、ニルス王子のまっすぐな瞳に捕らえられた。
まずい。
完全にシーラにだまされそうになってる目だ。
小さい頃に母親を失くし、病弱だったニルス王子には、頼るべき存在が少なかったのかもしれない。
神の使いである無敵のハムスターが婚約者となれば、心強いにちがいない。
でもね、ニルス王子はまだ十五歳だからね。
体も元気になったんだし、これから素敵な女性がいっぱい現われるよ。
王子様だからね。よりどりみどりだよ。
そう言いたかったけど、この場所では目立ちすぎる。
私はじっとニルス王子の様子をうかがった。
「ハーモニー、僕じゃダメかな? 僕には兄上みたいな力はないけど、ハーモニーを悲しませたりなんてしないよ。約束するよ、ハーモニー。絶対に僕がハーモニーを笑顔にしてみせるって」
0
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた
たぬきち25番
恋愛
男爵家の三女イリスに転生した七海は、貴族の夜会で相手を見つけることができずに女官になった。
女官として認められ、夜会を仕切る部署に配属された。
そして今回、既婚者しか入れない夜会の責任者を任せられた。
夜会当日、伯爵家のリカルドがどうしても公爵に会う必要があるので夜会会場に入れてほしいと懇願された。
だが、会場に入るためには結婚をしている必要があり……?
※本当に申し訳ないです、感想の返信できないかもしれません……
※他サイト様にも掲載始めました!
【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!
こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。
そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。
婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。
・・・だったら、婚約解消すれば良くない?
それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。
結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。
「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」
これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。
そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。
※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。
※本編完結しました。
※後日談を更新中です。
妹の身代わりだった私に「本命は君だ」――王宮前で王子に抱き潰され、溺愛がバレました。~私が虐げられるきっかけになった少年が、私と王子を結び付
唯崎りいち
恋愛
妹の身代わりとして王子とデートすることになった私。でも王子の本命は最初から私で――。長年虐げられ、地味でみすぼらしい私が、王子の愛と溺愛に包まれ、ついに幸せを掴む甘々ラブファンタジー。妹や家族との誤解、影武者の存在も絡み、ハラハラと胸キュンが止まらない物語。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる