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第2章 救国のハムスターは新たな人生を歩む
37 褒美って何かしら?
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ギロチンで公開処刑ってどうかと思うよ。
クレアの召喚した白いペガサスに乗って王宮広場に舞い下りた私は、大きな二本の柱の間に吊るされた禍々しい刃を傍目に見ながら、貴族席へと続く階段に足を向けた。
広場をびっしりと埋め尽くした群衆が、柵の向こうで何事かと地鳴りのようなざわめきを起こす。
執行台の横に突っ立っていた勇者が、青白い顔をゆがめて、ようっ、と声をかけてきた。
「前は悪かったな。魔族とまちがえちまってよ。でも、笑っちまうよな。まさか魔族四天王の化けたのを人とまちがえるとはな。ふー、おかげでこのざまだよ。でもさ、俺がいなくなっても、お前がいれば何とかなるよな。四天王だってあっという間に倒しちまったもんな。後は頼むわ」
さすがは元気だけが取り柄の勇者だ。
から元気はまだ残っているらしい。
私は営業スマイルを全開にして、急ぎ足のまま手を振った。
「お断りだよ、勇者。ティトラン王国を守るのは、あなたの仕事でしょう? 私は自分のことで手いっぱいだからね。まだまだ、この国のために働いてもらうよ」
ポカーンと口を開けたままの勇者を置き去りにして、私は階段に足をかけた。
先に進むクレアが私の進路を開いてくれる。
たくさんの貴族が居並ぶ中を、クレアの背中をまっすぐ見つめたまま、私は一段一段着実に歩を進めた。
貴族ってずいぶんたくさんいるんだね、と場違いなことを思いながら、階段状に並ぶ貴族席を昇りつめる。
最上段の王族席を前にして、行く手をはばむ警護の騎士を押し退けようと、クレアがぐっと姿勢を屈めた。
「ありがとう、クレア。ここから先は私だけで行くから」
御武運をお祈りしております、と笑みを浮かべたクレアが一歩、脇へと避ける。
人壁を作って通路をふさいでいた四人を、私はまとめてぐいっと押しのけた。
絶対結界をまとった私をとめられる者など、人界には存在しない。
無理やり最上段へ立ち入った私に向けて、近くにいた騎士たちが殺到する。
私は歩みをゆるめることなくまっすぐに、折れた聖剣が置かれている四角い台座へと突き進んだ。
王族専属の護衛を何人か弾き飛ばしたところで、ニルス王子が、ハーモニー、お帰りー! とピョンピョン跳び上がりながら手を振った。
王太子様も立ち上がり、剣に手をかけている護衛たちを押しとどめた。
私のジャマをする者はいなくなり、思ったよりスムーズに台座のところまでたどり着いた。
魔術師の防御膜に守られた王様や王妃様が、いぶしげにこちらを見つめている。
私は王様に一礼した後、折れた聖剣を両手で掴んで高々と掲げた。
体にまとわれた絶対結界を意識しながら、聖剣を膝頭におもいっきり叩きつける。
キーン!
という心地良い音が春の穏やかな空気を震わせ、聖剣が私の右手と左手に分かたれた。
台座に置かれたままの刃先と合わせ、これで三本になったね、と満足気に頷いた私の頭上で、空間がグニャリとゆがんだ。
眩い光が辺り一面を覆い、大きな翼が広がる。
お早いお出ましで大助かりだ。
ただ、覚悟していたにもかかわらず、全身の震えが止まらない。
はいつくばりたくなるほどの威圧感に抗ってはみたものの、体が言うことを聞かない。
私は思わず一歩二歩と後ずさって、頭をガクッと垂れた。
やっぱり、恐いほうの大天使だよね。
できれば優しいほうの大天使に来て欲しかったけど、そうはいかなかったか。
奥歯を噛みしめながら、なんとか頭を持ち上げて、大天使の様子を確認しようとした私の脳内に、心を凍らせるような声が響き渡った。
『ほーう、人の子の分際で聖剣を叩き折るとはな。くっくっくっくっ、おもしろいな。どのように始末を付けるつもりだ?』
頭のてっぺんから伝わった恐怖が体を素通りして、足元からはい上がってきた。
一瞬にして胸へと達したおびえが、心をポキッと折ったような気がした。
私は全身をガタガタと震わせながら、首を直角に曲げ、なんとか声のような、息のような音を肺から絞り出した。
「そ、そ、その、大天使様にあらせられましては、せ、せ、聖剣を折った償いが必要であると――」
恐怖のあまり声が続かず、私は激しく息を吸い込んだ。
固まった首をなんとか動かし、視線を横に逃がす。
視界に映り込んだすべての人が、うずくまってブルブル震えていた。
あー、失敗したかもしれない。
黙って勇者の命を差し出しとけばよかった、と一瞬思ったが、ここまできたら後には引けなかった。
観念した私は、なんとか視線を大天使の足元に向け、ため込んだ息をすべて声に換えて吐き出した。
「償いって何でしょう? どうしたら償えるんでしょうか?」
自分が発したとは思えないほどのうわずった声が、静まり返った広場にこだました。
勇者の処刑を見届けるために、大群衆が広大な王宮広場を埋め尽くしているというのに、小さな子供の声すら聞こえてこない。
泣いている赤ん坊すら泣きやむとはこのことかと、私は心の中でひとりつぶやいた。
『お前、△☆▲※◎の匂いがするな』
「はい、おっしゃるとおりです!」
私は弾かれたように直立不動の体勢をとった。
声も勝手に出た。
△☆▲※◎というのは優しいほうの大天使のことだろう。
何故だかわからないけど、恐いほうの大天使は、私が優しいほうの大天使と関係があることに気が付いたようだ。
『そうか。それは好都合だな。では、△☆▲※◎に押し付ければいいな。くっくっくっくっ。お前が聖剣を折ったわけだからな。それなら私が始末書を書かずに済む。いいだろう。ちょっと待っていろ』
次の瞬間、空間が再びグニャリとゆがんで、大天使の姿が消えた。
王宮広場を覆い尽くしていた耐えがたい重圧も同時に消え去り、群衆の肺から押し出される、はぁーという息が一斉に響き渡った。
いつの間にそこにいたのか、王族席の端の方から、シーラがいち早く金切り声を上げた。
「ちょっとー! あんた何してんのよー!? 心臓がとまるかと思ったわよ! どうなってんの!? もう終わりなの!? 何がおっしゃるとおりなのよ!?」
どうやら、大天使の思念は私にしか届いていないみたいだ。
みんな何がおこってるのかわからないといった様子で、うつろな視線を私に向けている。
見る限り、シーラが一番元気だ。
さすがは性悪女だ。
打たれ強いったらありゃしない。
「ちょっと待ってろって言われました!」
と応えると、あたりが再び緊迫感に包まれた。
シーラだけは眉をひそめて、ちっ! と舌打ちをした。
ちょっと、シーラ。
それは誰に対する舌打ちよ。
まさか、大天使に舌打ちしたんじゃないでしょうね。
たしかに、始末書がどうのこうのと抜かす大天使には、私だって舌打ちしたいところではあるけどね。
シーラの強心臓っぷりに今さらながら驚いていると、目の前の空間がグニャリとゆがんだ。
眩い光とともに、大きな翼がバサッと広げられる音が響く。
光が収まるとともに、春を感じさせるやわらかな風がふわーっと巻き起こった。
何とも言えないほのかな温かさが体を包み込む。
まちがいない。
優しいほうの大天使だ。
私は眩く光る頭の上の輪っかに向けて、拝むように両手を組み合わせた。
『ふふふっ、元気そうね。聖剣を折っちゃったって聞いたけど、本当ね。綺麗に折れてるわね』
さすがは優しいほうの大天使だ。
声色すら春を感じさせる。
私は大天使の息吹を感じながら、大きく息を吸い込んだ。
「ごめんなさい、大天使様。魔族に聖剣を折られてしまったのです。それで、どう償ったらいいかお伺いするために、私がさらに聖剣を折ってみたのですが、いったい、どのように償えばよろしいでしょうか?」
優しいほうの大天使相手だと、言葉をすらすらと紡ぐことができる。
私は祈りを捧げんばかりに、両膝をついた。
『ふふふっ、いいのよ。そのぐらい、たいしたことないわよ。代わりの聖剣を持ってきてあげたから、これからはこれを使いなさい』
大天使はどこからともなく取り出した聖剣を、私の目の前にフワフワと浮かした。
エクスカリバーらしき剣と一緒に、小さな短剣が二本浮かんでいる。
私は、ははー、と言いながら三本の剣を手にした。
「そのー、大天使様。こんなにいただいてよろしいのですか?」
『短いほうの剣はあなた専用の聖剣よ。あなたって小さいから、大きな剣を使うのって大変でしょう? 両手で持って使うといいわ。その代わり、今後は魔族の武器を使ってはダメよ』
「ありがとうございます、大天使様! 大事に使います! このご恩は一生忘れません!」
恐さからではなく、感激のあまりブルブルと体が震える。
眩しさで直視できないながらも、何とか大天使様のご尊顔を拝し奉ろうとした私の目の前で、無情にも空間がグニャリとゆがんだ。
『ふふふっ、大袈裟ね。急いで始末書を書かないといけないから、もう行くわね。じゃあね』
ふわっとした優しい思念を残して、大天使は姿を消した。
はあー、ありがたやー、ありがたやー、と柄にもなく空を拝み続ける私の耳に、またしてもシーラの金切り声が突き刺さった。
「それでこそモランデル家の後継者よ! 私の目に狂いはなかったわ! よくやったわ! 聖剣を三つに折ったから、三本くれたの!? その短いの何!? おまけ!? じゃあ四つに折ったら四本くれるの!?」
シーラがモランデル家の宣伝も兼ねて、つかつかとこちらに歩み寄ってくる。
いつもながら短気な脳が暴走しかけているようだ。
えーっと、と説明しようとしたところで、ニルス王子がものすごい勢いで走ってきて、私にしがみついた。
「ねえねえ、さっきのが大天使様なんだよね!? すごかったね! ねえねえ、何を話してたの!? あっ! 償いってどうなったの!? 勇者様はどうなるの!? 新しい聖剣を貰ったってことは許してもらえたってことなの!?」
ニルス王子の矢継ぎ早の質問に圧倒されながらも、私は王様に向かって頭を下げ、シーラに話しかけた。
「優しいほうの大天使様が始末書を書いてくれるそうで、償いはしなくていいそうです。あと、代わりの聖剣を貰いました。ただ、短い二本の剣は私専用の聖剣だそうです。ただし、魔族の武器は今後使わないように言われました」
「優しいほうって、後から出てきた大天使様? 始末書ってなによ? 誰に提出すんのよ? ああ、神様に出すの? そんな役所みたいなことになってんの? まあ、いいわ。とにかく、勇者の命は差し出さなくていいのね。で、短いほうがあんた専用の聖剣ってどういうこと? その短いので斬撃が放てるってこと? ちょっとやってみて」
王様の前だというのに、シーラは普段どおり私に向けて顎をしゃくって、空を指差した。
えー!? と戸惑いながら王様に視線を送ると、王様もふむふむと私にうなずきかけた。
私はニルス王子に左腕を絡まれたまま、短剣を鞘から引き抜き、真上に向かって軽く振った。
ビュンッ、という音とともに、斬撃が空を切り裂いて飛んでいく。
うんうん、聖剣だね。
それはそうか。
優しいほうの大天使様がウソをつくはずがないよねと、調子に乗ってビュンビュン斬撃を飛ばしていると、王様がすっと立ち上がって、こちらに歩いてきた。
「大天使様と交渉して勇者の命を救ったうえに、新たな聖剣をティトラン王国にもたらした褒美を与えなければならんな」
王様は王太子様と同じ空色の瞳に喜色を浮かべながら、私にではなくシーラに向かって貫禄に満ちた声を発した。
そして、シーラが善人面でうなずくのを見届けた後、ニルス王子に威厳あふれる笑みを向けた。
「褒美として、モランデル子爵とそなたの願いを聞き届けることとしよう」
クレアの召喚した白いペガサスに乗って王宮広場に舞い下りた私は、大きな二本の柱の間に吊るされた禍々しい刃を傍目に見ながら、貴族席へと続く階段に足を向けた。
広場をびっしりと埋め尽くした群衆が、柵の向こうで何事かと地鳴りのようなざわめきを起こす。
執行台の横に突っ立っていた勇者が、青白い顔をゆがめて、ようっ、と声をかけてきた。
「前は悪かったな。魔族とまちがえちまってよ。でも、笑っちまうよな。まさか魔族四天王の化けたのを人とまちがえるとはな。ふー、おかげでこのざまだよ。でもさ、俺がいなくなっても、お前がいれば何とかなるよな。四天王だってあっという間に倒しちまったもんな。後は頼むわ」
さすがは元気だけが取り柄の勇者だ。
から元気はまだ残っているらしい。
私は営業スマイルを全開にして、急ぎ足のまま手を振った。
「お断りだよ、勇者。ティトラン王国を守るのは、あなたの仕事でしょう? 私は自分のことで手いっぱいだからね。まだまだ、この国のために働いてもらうよ」
ポカーンと口を開けたままの勇者を置き去りにして、私は階段に足をかけた。
先に進むクレアが私の進路を開いてくれる。
たくさんの貴族が居並ぶ中を、クレアの背中をまっすぐ見つめたまま、私は一段一段着実に歩を進めた。
貴族ってずいぶんたくさんいるんだね、と場違いなことを思いながら、階段状に並ぶ貴族席を昇りつめる。
最上段の王族席を前にして、行く手をはばむ警護の騎士を押し退けようと、クレアがぐっと姿勢を屈めた。
「ありがとう、クレア。ここから先は私だけで行くから」
御武運をお祈りしております、と笑みを浮かべたクレアが一歩、脇へと避ける。
人壁を作って通路をふさいでいた四人を、私はまとめてぐいっと押しのけた。
絶対結界をまとった私をとめられる者など、人界には存在しない。
無理やり最上段へ立ち入った私に向けて、近くにいた騎士たちが殺到する。
私は歩みをゆるめることなくまっすぐに、折れた聖剣が置かれている四角い台座へと突き進んだ。
王族専属の護衛を何人か弾き飛ばしたところで、ニルス王子が、ハーモニー、お帰りー! とピョンピョン跳び上がりながら手を振った。
王太子様も立ち上がり、剣に手をかけている護衛たちを押しとどめた。
私のジャマをする者はいなくなり、思ったよりスムーズに台座のところまでたどり着いた。
魔術師の防御膜に守られた王様や王妃様が、いぶしげにこちらを見つめている。
私は王様に一礼した後、折れた聖剣を両手で掴んで高々と掲げた。
体にまとわれた絶対結界を意識しながら、聖剣を膝頭におもいっきり叩きつける。
キーン!
という心地良い音が春の穏やかな空気を震わせ、聖剣が私の右手と左手に分かたれた。
台座に置かれたままの刃先と合わせ、これで三本になったね、と満足気に頷いた私の頭上で、空間がグニャリとゆがんだ。
眩い光が辺り一面を覆い、大きな翼が広がる。
お早いお出ましで大助かりだ。
ただ、覚悟していたにもかかわらず、全身の震えが止まらない。
はいつくばりたくなるほどの威圧感に抗ってはみたものの、体が言うことを聞かない。
私は思わず一歩二歩と後ずさって、頭をガクッと垂れた。
やっぱり、恐いほうの大天使だよね。
できれば優しいほうの大天使に来て欲しかったけど、そうはいかなかったか。
奥歯を噛みしめながら、なんとか頭を持ち上げて、大天使の様子を確認しようとした私の脳内に、心を凍らせるような声が響き渡った。
『ほーう、人の子の分際で聖剣を叩き折るとはな。くっくっくっくっ、おもしろいな。どのように始末を付けるつもりだ?』
頭のてっぺんから伝わった恐怖が体を素通りして、足元からはい上がってきた。
一瞬にして胸へと達したおびえが、心をポキッと折ったような気がした。
私は全身をガタガタと震わせながら、首を直角に曲げ、なんとか声のような、息のような音を肺から絞り出した。
「そ、そ、その、大天使様にあらせられましては、せ、せ、聖剣を折った償いが必要であると――」
恐怖のあまり声が続かず、私は激しく息を吸い込んだ。
固まった首をなんとか動かし、視線を横に逃がす。
視界に映り込んだすべての人が、うずくまってブルブル震えていた。
あー、失敗したかもしれない。
黙って勇者の命を差し出しとけばよかった、と一瞬思ったが、ここまできたら後には引けなかった。
観念した私は、なんとか視線を大天使の足元に向け、ため込んだ息をすべて声に換えて吐き出した。
「償いって何でしょう? どうしたら償えるんでしょうか?」
自分が発したとは思えないほどのうわずった声が、静まり返った広場にこだました。
勇者の処刑を見届けるために、大群衆が広大な王宮広場を埋め尽くしているというのに、小さな子供の声すら聞こえてこない。
泣いている赤ん坊すら泣きやむとはこのことかと、私は心の中でひとりつぶやいた。
『お前、△☆▲※◎の匂いがするな』
「はい、おっしゃるとおりです!」
私は弾かれたように直立不動の体勢をとった。
声も勝手に出た。
△☆▲※◎というのは優しいほうの大天使のことだろう。
何故だかわからないけど、恐いほうの大天使は、私が優しいほうの大天使と関係があることに気が付いたようだ。
『そうか。それは好都合だな。では、△☆▲※◎に押し付ければいいな。くっくっくっくっ。お前が聖剣を折ったわけだからな。それなら私が始末書を書かずに済む。いいだろう。ちょっと待っていろ』
次の瞬間、空間が再びグニャリとゆがんで、大天使の姿が消えた。
王宮広場を覆い尽くしていた耐えがたい重圧も同時に消え去り、群衆の肺から押し出される、はぁーという息が一斉に響き渡った。
いつの間にそこにいたのか、王族席の端の方から、シーラがいち早く金切り声を上げた。
「ちょっとー! あんた何してんのよー!? 心臓がとまるかと思ったわよ! どうなってんの!? もう終わりなの!? 何がおっしゃるとおりなのよ!?」
どうやら、大天使の思念は私にしか届いていないみたいだ。
みんな何がおこってるのかわからないといった様子で、うつろな視線を私に向けている。
見る限り、シーラが一番元気だ。
さすがは性悪女だ。
打たれ強いったらありゃしない。
「ちょっと待ってろって言われました!」
と応えると、あたりが再び緊迫感に包まれた。
シーラだけは眉をひそめて、ちっ! と舌打ちをした。
ちょっと、シーラ。
それは誰に対する舌打ちよ。
まさか、大天使に舌打ちしたんじゃないでしょうね。
たしかに、始末書がどうのこうのと抜かす大天使には、私だって舌打ちしたいところではあるけどね。
シーラの強心臓っぷりに今さらながら驚いていると、目の前の空間がグニャリとゆがんだ。
眩い光とともに、大きな翼がバサッと広げられる音が響く。
光が収まるとともに、春を感じさせるやわらかな風がふわーっと巻き起こった。
何とも言えないほのかな温かさが体を包み込む。
まちがいない。
優しいほうの大天使だ。
私は眩く光る頭の上の輪っかに向けて、拝むように両手を組み合わせた。
『ふふふっ、元気そうね。聖剣を折っちゃったって聞いたけど、本当ね。綺麗に折れてるわね』
さすがは優しいほうの大天使だ。
声色すら春を感じさせる。
私は大天使の息吹を感じながら、大きく息を吸い込んだ。
「ごめんなさい、大天使様。魔族に聖剣を折られてしまったのです。それで、どう償ったらいいかお伺いするために、私がさらに聖剣を折ってみたのですが、いったい、どのように償えばよろしいでしょうか?」
優しいほうの大天使相手だと、言葉をすらすらと紡ぐことができる。
私は祈りを捧げんばかりに、両膝をついた。
『ふふふっ、いいのよ。そのぐらい、たいしたことないわよ。代わりの聖剣を持ってきてあげたから、これからはこれを使いなさい』
大天使はどこからともなく取り出した聖剣を、私の目の前にフワフワと浮かした。
エクスカリバーらしき剣と一緒に、小さな短剣が二本浮かんでいる。
私は、ははー、と言いながら三本の剣を手にした。
「そのー、大天使様。こんなにいただいてよろしいのですか?」
『短いほうの剣はあなた専用の聖剣よ。あなたって小さいから、大きな剣を使うのって大変でしょう? 両手で持って使うといいわ。その代わり、今後は魔族の武器を使ってはダメよ』
「ありがとうございます、大天使様! 大事に使います! このご恩は一生忘れません!」
恐さからではなく、感激のあまりブルブルと体が震える。
眩しさで直視できないながらも、何とか大天使様のご尊顔を拝し奉ろうとした私の目の前で、無情にも空間がグニャリとゆがんだ。
『ふふふっ、大袈裟ね。急いで始末書を書かないといけないから、もう行くわね。じゃあね』
ふわっとした優しい思念を残して、大天使は姿を消した。
はあー、ありがたやー、ありがたやー、と柄にもなく空を拝み続ける私の耳に、またしてもシーラの金切り声が突き刺さった。
「それでこそモランデル家の後継者よ! 私の目に狂いはなかったわ! よくやったわ! 聖剣を三つに折ったから、三本くれたの!? その短いの何!? おまけ!? じゃあ四つに折ったら四本くれるの!?」
シーラがモランデル家の宣伝も兼ねて、つかつかとこちらに歩み寄ってくる。
いつもながら短気な脳が暴走しかけているようだ。
えーっと、と説明しようとしたところで、ニルス王子がものすごい勢いで走ってきて、私にしがみついた。
「ねえねえ、さっきのが大天使様なんだよね!? すごかったね! ねえねえ、何を話してたの!? あっ! 償いってどうなったの!? 勇者様はどうなるの!? 新しい聖剣を貰ったってことは許してもらえたってことなの!?」
ニルス王子の矢継ぎ早の質問に圧倒されながらも、私は王様に向かって頭を下げ、シーラに話しかけた。
「優しいほうの大天使様が始末書を書いてくれるそうで、償いはしなくていいそうです。あと、代わりの聖剣を貰いました。ただ、短い二本の剣は私専用の聖剣だそうです。ただし、魔族の武器は今後使わないように言われました」
「優しいほうって、後から出てきた大天使様? 始末書ってなによ? 誰に提出すんのよ? ああ、神様に出すの? そんな役所みたいなことになってんの? まあ、いいわ。とにかく、勇者の命は差し出さなくていいのね。で、短いほうがあんた専用の聖剣ってどういうこと? その短いので斬撃が放てるってこと? ちょっとやってみて」
王様の前だというのに、シーラは普段どおり私に向けて顎をしゃくって、空を指差した。
えー!? と戸惑いながら王様に視線を送ると、王様もふむふむと私にうなずきかけた。
私はニルス王子に左腕を絡まれたまま、短剣を鞘から引き抜き、真上に向かって軽く振った。
ビュンッ、という音とともに、斬撃が空を切り裂いて飛んでいく。
うんうん、聖剣だね。
それはそうか。
優しいほうの大天使様がウソをつくはずがないよねと、調子に乗ってビュンビュン斬撃を飛ばしていると、王様がすっと立ち上がって、こちらに歩いてきた。
「大天使様と交渉して勇者の命を救ったうえに、新たな聖剣をティトラン王国にもたらした褒美を与えなければならんな」
王様は王太子様と同じ空色の瞳に喜色を浮かべながら、私にではなくシーラに向かって貫禄に満ちた声を発した。
そして、シーラが善人面でうなずくのを見届けた後、ニルス王子に威厳あふれる笑みを向けた。
「褒美として、モランデル子爵とそなたの願いを聞き届けることとしよう」
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