死に行く前に

yasi84

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第3章 祖母

秋山への疑念

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 翌日は午前中から捜索を行った。秋山さんは言っていた通りお店にも居らず、私と伊藤渚で捜索をすることになった。
「すみません。秋山さん、用事があるみたいで」
「いえ、いいんです。無理言って頼んでるのは私ですから」
 今日は朝から天気は良くなく、厚い雲が空を灰色に染めていた。今にも雨が降りそうな天気だが、天気予報では雨は降らないとのことだった。
 今年の冬は例年よりも寒く、陽が出ていても震えるほどの寒さだったが、曇りだとなお寒い。こうゆうとき、太陽のありがたさが身に染みる。太陽があっても寒いが、太陽があったからこそあれくらいの寒さで済んでいたのか、としみじみ思う。
 海沿いの住宅街を2人で歩く。冷たい風に潮の香りが混ざっていた。
「なかなか情報がでてこないですね」
 今日だけでも数十軒の家やお店で聞き込みを行っているが未だに情報はでてこない。
「この寒い中、本当、すみません」と伊藤渚は申し訳無さそうに言う。
「何言ってるんですか。探すって約束したのはこっちですから、そんなに謝らないでくださいよ」と微笑んで返すが伊藤渚は依然暗い顔のまま「はい」とだけ言った。
 それからも数軒聞き込みをしたが情報は出てこず、休憩がてらファミレスに入った。
 暖房の暖かい空気が体を包み込む。夏になると冬の寒さを忘れ、冬になると夏の暑さを忘れるように、私は外の寒さを忘れた。
 案内された窓側の席からは海が見えた。曇り空の下の海はどこか哀しく寂しげだった。天気が良ければきっといい景色だったのかもしれない。
「山上さんは、嘘をつくのは得意ですか?」と伊藤渚が言ったのは、注文したホットコーヒーが来た直後だった。
 突然の質問に戸惑いつつ「そうでもないですけど、顔にでちゃうし」と、答えた。
「私と同じですね。私も、嘘をつくのは苦手で、顔にすぐ出ちゃうんです」伊藤渚は少し微笑んだ。
「確かに伊藤さんはそんな感じですよね」
「だから、源さんによく怒られるんです」伊藤渚は息を吐き出してホットコーヒーを冷ましている。ため息をつくようにもみえた
「怒られる? 嘘をつくのが下手だからですか?」
「ええ」
「嘘をつくと怒られる、のは分かるんですけど、つけないから怒られるってどうゆうことなんですか?」
「ついに私が寝た切りになって外が拝めなくなったら、あんたは外で雨が降ってても、私にはとても晴れてますよ、と言ってくれ」伊藤渚は何度も読んだ詩を諳んじるように言った。
「源さんに言われたんです。何回も。それで決まって次に、嘘をつかないのは良いことかもしれない、けど、嘘をつけない、は必ずしも良いことじゃないんだって言うんです」
「嘘をつけないのはいいことじゃない」私は繰り返す。
「面白いですよね。普通は嘘をついちゃだめだよって教えられるのに、源さんは嘘をつけって言うんですよ」
「それで怒られちゃうんですか」
「怒られちゃうんですよ」言葉とは裏腹に嬉しそうな顔をしている。
「最近はほとんどベッドから体を起こせないので、外の天気を私が教えるんです。今日も、よく晴れてますよって言うんですけど、すぐにバレるんです。お前の嘘はすぐわかるって」
 伊藤渚は冷ましたホットコーヒーを飲み込んだ。きっとまだ少し、飲むには暑すぎたと思う。だけど伊藤渚はホットコーヒーを飲みこんだ。溢れ出そうになったなにかと一緒に。

 その後も何軒かの家と何人かの人に聞き込みを行ったが源恵の情報は見つからなかった。
 午後からは伊藤渚が病院の勤務があるということで、捜索は私1人で行うことになったのだが、どうも情報が出てくる気配がなく、半ば自棄気味に目に入った家のインターホンを押した。これで情報が出てこなければ病院に行ってみよう、と考えていた。もう一度、源文枝に話を聞いてみようと思ったのだ。
 インターホンから警戒の混じった声が聴こえる。
『今、親いないんです』低くくぐもった声だった。男性の声のようにも女性の声のようにも聴こえる。
「あ、いえ訪問販売とかじゃなくて、ちょっと人を探してて、お聞きしたいことがあって」
 たいていの場合はこのままインターホン越しで会話を続けるのだが、その家の住人は暫く返事の間があり、『ちょっと待ってください』と言いインターホンを切った。玄関まで直接来て話を聞いてくれるなんて良い人だなと思う反面少し恐縮してしまう。なんとはなしにインターホン横の表札を見る。『三崎』と書かれていた。
 ガチャリとドアが開き、恐る恐ると言った様子で出てきたのは髪の長い女性だった。目のクマが目立つ。
「あ、すみませんわざわざ出てきてもらって」
 女性と一瞬目が合う。どこかで見たような気がするな、と思ったのと同時に、女性の目は大きく開かれた。その目には誰が見てもわかるほどの怯えや恐怖があった。
「あ、あの」と声をかける。
「ごめんなさい」
「え?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」女性は狂ったように何度も私に向けて謝罪を繰り返す。
「え、ちょっとどうしたんですか」私はそんなに怖い顔をしていただろうか、と不安になってしまうほど女性は怯えていた。
「絵梨!」と突然背後から女性の声が聞こえる。
 絵梨? と思っていると絵梨と呼んだ女性は今なお謝り続けている女性に駆け寄った。
 年齢的に、絵梨と呼ばれた女性の親だろうか。
 それよりも思うことがあり、表札にもう一度目をやる。
 三崎、絵梨。まさか、もしかして。
「あなた、三崎さん?」
 肩がびくっと強張ったことが、肯定の証だった。三崎絵梨は高校の頃の同級生で、明美へのいじめの主犯の疑いのある人物だ。もう一度よく顔を見てみると、大人しそうな見た目は変わっていなかった。
「ごめんなさい」と何度も三崎絵梨は謝り続ける。
「この子、少し前から精神的にストレスが掛かっちゃってて、落ち着いてきていたんだけど、これ以上はちょっと」と三崎絵梨の肩を撫でながら三崎絵梨の母親が言った。
 だが、ここで引き下がるわけにもいかなかった。三崎絵梨の謝罪は、明美のことと何か関係があるような気がしてならなかったからだ。
「三崎さん、あなた、明美のこと何か知っているの?」
 その言葉を皮切りに、三崎絵梨はピタッと謝るのを辞め、私の顔をまじまじと見つめた。
「今日は、これくらいで」と悲痛な声とともに三崎絵梨の母親が玄関のドアを閉じかけた時だった。
「私は、何もしてない」と消え入りそうな声で三崎絵梨は言った。
「それ、どうゆう」ガチャリ、と私が言い終わる前に扉は閉められてしまった。なぜだかポツンと世界に一人取り残されたような孤独がやってくる。相変わらずの曇天が孤独をさらに大きくした。
「三崎さん、お願い、どうゆうことなの! 明美について、何か知ってるの!?」孤独から逃れようと必死に扉越しの三崎絵梨に声を届けようとした。返事はない。何度声をあげても、扉から声は聞こえなかった。
 三崎絵梨は慎也さんの事件に何か関わりがあるのだろうか、私は何もしていない、という言葉はどうゆう意味なのだろう。事件に関してなにもしていないということなのか、明美に対してなにもしていないということなのか、そしてあの謝罪の真意は……。考えれば考えるほど深い謎に包まれていく。どうしたら良いのかわからなかった。
 『プツン』という音がどこからかした。音の出所を探ろうと辺りを見渡すとインターホンの電源が入っていた。
『秋山さんが、知ってる』…プツン、とそのまま電源は切られた。
 声は三崎絵梨のものだった。
 今、確かに秋山さん、とそう言った。秋山さんが知ってる。なぜ、三崎絵梨が秋山さんのことを知っているのだ。
 秋山さんと三崎絵梨に面識があるのだろうか? でも、それならなぜ秋山さんは私の三崎絵梨の話をしなかったのか。秋山さんはなにを知っているのか。風が吹けば崩れてしまうように、私の心は不安定だった。
 そんな謎から逃げるように、私は当初の予定通り源文枝の病院へと向かっていた。考えていても分からないなら、今やるべきことをした方が良いと思った。
 だけど、無意識のうちに私は病院の4階に来ていた。4階は名古屋さんが入院していた階で外科病棟だった。緩和ケア病棟は2階にあった。名古屋さんのお見舞いに行っていたときの癖でエレベーターの階数を押し間違えてしまったらしい。いろいろなことを考えていたからというのもあったのかもしれない。
 慌てて戻ろうとした時、1人の看護師が私を見ていた。見たことのない顔だった。歳は40歳になっていないくらいだろうか。どこか上品な感じで、背すじが伸びていて綺麗な佇まいだった。
 看護師は私の方に近づいてこようとする仕草を見せたが、患者なのか先輩の看護師なのかはわからないが誰かに名前を呼ばれ、少し迷ったように呼ばれた方に小走りで向かった。
 看護師は波多野、と呼ばれていた。

 気を取り直して緩和ケア病棟に向かった。源文枝の病室に向かい歩くと、別の病室から伊藤渚がでてきた。
「あ、伊藤さん」と声をかける。
「あれ、山上さん。どうしたんですか?」
「いや、やっぱり情報が全然出てこなくて。ちょっと源さんに話を聞こうかなと思って」
 伊藤渚の表情が少し曇った。
「ごめんなさい。今、ちょっと調子が良くないみたいで。出来れば休ませてあげたいんです」苦々しい表情で言うので心配になり「大丈夫なんですか?」と声をかける。
「少し疲れが出ただけだと思うので、大丈夫だと思うんですけど」
「そうなんですか…」
「すみません、良くなったらまた」
「いえ、私も急に来ちゃったので。改めてまた来ますね」と言い来た道を引き返した。
 やはり、源文枝は確実に余命が近づいているのだ。1日1日を生きていく、というよりも死に向かっていく。それは私たちも同じかもしれない。だけど質が違う。私たちの考える死は、ずっと先だ。まさか明日自分が死ぬとは思わないだろう。でも、源文枝は今この瞬間に息が止まってもおかしくないのだ。痛みや辛さの緩和をいくらしても、死が間近にあるという恐怖は、克服できるものなのだろうか。
「あなた、伊藤さんに依頼されてる人よね」と見知らぬ看護師に声を掛けられたのはエレベーターに乗ろうとしていた時だった。エレベーターが開くがその時は私以外に乗り込む人も既に乗っていた人も居らず、さらには呼び止められた私も乗り込まなかったのでエレベーターはなんなんだよとでも言うように扉を閉じた。
 振り向き「そうですけど」と返事をする。そこにいたのは40代後半ほどの短髪がよく似合う小柄な女性だった。
「いきなり変な質問するんだけどね」と女性は前置きしてから「伊藤さんから、どれくらいお金貰ってるの?」と声を小さくし言った。
「へ?」
「やっぱりそうゆう人探しって結構な額行くのかしら。何十、何百万とか」
「そ、そんな貰うわけないじゃないですか。そもそも私たち人探し専門じゃなくて素人ですし」と慌てて返す。
「そうよねぇ」と女性は納得したように頷き、やっぱりねぇ、とも言った。
「やっぱり?」
「実はね、いや、でもこれ、話していいのかしら?」
 そんなこと私に聞かれても困る、と思ったが、言葉とは裏腹に女性は話したくて仕方がない様子だったのでなにも言わずに黙っていた。
 まぁ教えたほうがいいわよね、であるとか、知らないと損よね、であるとかぶつくさ自分を納得させながら女性は口を開いた。
「ここだけの話」と女性は言ったがきっとここだけの話を私にしているということはいろいろな場所でいろいろな人に、ここだけの話、をしているのだろう。
「源文枝さん、結構な貯えがあるのよ」
「貯え?」と怪訝な顔をし答える。
「そう。でね、娘さん探しのために伊藤さんにその貯えのほとんどをあげたらしいのよ」
 そんなはずはない、と私は否定した。伊藤渚は確かに、源さんは貯えが少なく、ちゃんとした業者に頼れなかったから私たちを名古屋さんの紹介の元頼った、と言っていたはずだ。
「やっぱり、あなたたちも騙されてるのね」と女性は哀れむような口調で言った。
「源文枝さんがかなり貯えていて、それを伊藤さんに預けたのは事実なのよ。何人かの人が源文枝さんと伊藤さんがそうゆう話をしているのを聞いてる人がいるの」
「そんな」
「それでね」と私の言葉を遮り続ける。
「私達の中でいろいろ噂があるのよ」
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