夢の国のネガティブ王女

桜井 小夜

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第4章 開幕

20.脱出

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「本当に来やがったのか…」
 噛まされていた布から解放されたアランさんの第一声。
「何ですかそれ! 来いって言ったのはアランさんじゃないですか!」
 あまりの言い草に布でべしっとアランさんを叩いた。
 私がアランさんの相手をしている間、メラニーさんとジルさんは両方の部屋を行き来してドアや置いてある物とかの確認をしていた。
 ノーマくんは遠慮がちに私の後ろに立っている。
「今のところ、こちらに近づいてくる気配はないわね」
 そう言いながら戻ってきたメラニーさんが、アランさんの前に立った。
「あなたがアラン・コリウスね。ヴァネッサ様のご学友にして今回の事件の犯人。まさか捕らわれているとは驚いたわ」
「ふん、何とでも言え」
「ショウコに感謝することね。この子がいなかったら、こうして助けることなどできなかったでしょうから」
「…」
「やっと取れた!」
 私はというと、アランさんを縛っていた縄を解くのに必死だった。
 めちゃくちゃ堅いんだもん!
 王女様のきれいな爪割れたらどうしようかと思ったら、力尽くではできなくって。
 ノーマくんが横からすっと手をさしのべて手伝ってくれた。
「ありがとう」
「いえ…」
 うつむきがちなままだけど、ノーマくんの顔がちょっぴり明るくなった。
「さあ、アランさん! 王女様の魂を返してください!」
「できん」
 意気揚々と言った私に対してアランさんは仏頂面で一言。
「ええ?! なんでですか?」
「魔法具も何もなく魔法が使えると思うなよ。それに魂に関わる魔法だ。正確に行うには相応の魔法具が必要になるが、今は手元にない」
 アランさんは手をさすりながら立ち上がった。
 何も言わないけど、その手首には血がにじんでいる。
 どれだけつらい扱いを受けていたのかと思ったら、胸が苦しくなった。
「アランさん、まずは治療しないと…」
「こんなものその内治る。それより、俺の伝言はちゃんと伝えたんだろうな?」
「はい、必ず国王様に伝わっていると思います」
「その…、ナタリアのこともか」
「一応伝わったと思います。でも私たちも魔方陣で飛ばされる瞬間だったから、どこまでサマンサさんに伝わったかわかりません」
 伸ばしかけた私の手を払って、アランさんがメラニーさんとジルさんを見た。
「手短に事情を聞いてもいいかしら?」
「場合によっちゃてめぇを人質にするからな」
 メラニーさんは冷静に、ジルさんは魔法の杖を突きつけながら脅すようなことをまた言う。
 でもアランさんは平然としている。
 ジルさんの杖を見て、人を小馬鹿にするように鼻で笑った。
「魔法具士が粋がるな。その石じゃたいした魔法も使えねえくせに」
「何だって?!」
「二人とも、喧嘩している状況じゃないのよ。ジル、話が進まないから下がりなさい」
 メラニーさんがため息をつきつつ、ジルさんの杖を下ろさせる。
 この場にメラニーさんがいてくれて本当に良かったぁ。
「私たち、といってもショウコ以外はおまけでしょうけど、誘拐されて隣の部屋に閉じ込められていたのよ。私たちの最優先事項はショウコの身の安全と、ここから脱出してお城へ戻ること」
「…王女の魂を返す。だがそのためには魔法具がいる。あの女が用意したものは等級が低くて使い物にならねえ。唯一本物だったショーリアの羽も一枚しかなかったようだしな」
「つまり、あなたはヴァネッサ様の魂を返すために魔法具を必要としているってことね。それらがお城にあるとしたら?」
「…あるだろうな。それが一番確実だ」
「覚悟はできているっていうわけね」
「くそっ」
 メラニーさんとアランさんはどんどん会話していくけど、言外の思惑が多すぎて私にはさっぱりわからない。
「あの、どういうことですか?」
「私たちと彼の行き先が一致したって事よ」
「お城ですか? じゃあアランさんも一緒に脱出ですね!」
「なんで嬉しそうなんだよ…」
「助けに来てって言ったのアランさんじゃないですか」
「助けろなんて言ってねえ!」
 アランさんはすごく嫌そうだ。
 アランさんもジルさんも、とりあえず誰かに喧嘩売らないと気がすまない性分なのかな?
 でもなんでかな。
 私はアランさんのことちっとも嫌いになれない。
「ここにはドラセナの魔道士が少なくとも二人以上いるはずだ。それ以上に街にも散らばっているだろう」
「そいつらに気づかれないように脱出して街を抜けていかなきゃいけないって事ですね」
「その前に俺の杖がいる」
「それであたしたちを後ろから昏倒させようって気じゃねえだろうな?」
「おまえ馬鹿か? ヴァネッサの魂を返すのにヴァネッサの体を傷つける馬鹿がどこにいる?」
 またもや火花を散らす二人。
「もうアランさんいちいち言い返さないでください! ジルさん、どうしてそんなことばっかり言うんですか?」
「あんたらの正気を疑うね。そいつはサフィニアを裏切った敵だ。仲良しごっこなんざできるか!」
「アランさんは私を助けてくれました。王女様のことも守ろうとずっと一人で戦ってきたんですよ」
「それだけでお仲間意識ってか? おめでたくて反吐がでるね」
「…もう! どうしてそうひねくれて受け取るんですか?! 自分の周りは敵ばっかりって思い込んで関係ない人にまで攻撃して…、そんなのジルさんが苦しいだけです!」
「…! くるしい? あたしが? そんなわけないだろ!」
 ジルさんは否定するけど、私ははっきり言い返した。
「苦しいですよ。私がそうだったからわかります。自分の思い通りにならなくてないがしろにされてるって毎日思って。私に声をかけてくれる人みんな敵に見えてけんか腰になって。でもそれって、自分で自分に暗示かけてただけなんです。本当は仲良くなりたくて声をかけてくれたのかも知れない。私のこと心配してくれて、でもぶっきらぼうな言い方しかできない人だったのかも知れない。それを確かめもせず敵だって決めつけてずっと怒ってたら、苦しくなってどうにもならなくなって、自分が周りにしたことがみんな返ってきて自分をもっと苦しめるんです」
 両親のことも、クラスメイトのことも。
 ハンナさんや国王様、宰相さん。メラニーさんとイアンさんと、それに王女様。
 私が勝手に思い込んで攻撃して。
 でもやり直す機会をくれた人たち。
 大切だから、もう二度とあの苦しみの中に戻っちゃいけないんだ。
 ううん、戻りたくない。
 みんながいるから、前に進みたいんだ!
 私が一歩踏み出すと、ジルさんがとっさに一歩下がった。
「ジルさん、その輪の中にいたらだめです。ジルさんが苦しくなって倒れちゃいます。それって、周りの人みんなが望んでることですか? ジルさんが倒れたら、心配してくれる人、いませんか?」
 ジルさんが下がるより早く私は近づいて、ジルさんの手を握った。
「少なくとも私はジルさんが倒れたら心配します。ジルさんは口が悪くていじわるなことばかり言うけど、こうして傍にいるんです。知らないふりなんてできません」
「…! …あんたなんか嫌いだよ…」
「それでもいいです。だって、手、握ったままじゃないですか」
 いつもの調子だったらきっと手を振り払ってる。
 でもジルさんの手に力は入らない。
 それがジルさんの本当の気持ちなんだと思う。
 顔を背けたジルさんの表情はわからないけど、少しでも私の気持ち、届いたらいいな。
「…おまえ、不思議なやつだな」
 アランさんがぽつりと言った。
「似ても似つかん性格なのに、ヴァネッサみたいなことを言うやつだな」
「本当ですか? だとしたら嬉しいです」
 にっこり笑う私に、アランさんは「ふん」と首をかいていた。
「さて! 話もまとまったことでしょうし、行動に移すわよ!」
 メラニーさんの一声で、私たちの脱出劇が始まった。


「…いいぞ。まずは正面の部屋だ」
 魔法って具体的にどういうものなのかよくわからないけど、鍵開けはできても周りを探るなんて便利なことはできないみたい。
 だから私たちは地道に、ドアをうっすら開けて人がいないのを確認して、こそこそ近くの部屋に身を隠しながら脱出口を探した。
 初め、先頭にメラニーさんが行こうとしたんだけど、アランさんが「俺が行く」と先に行った。
「あら、案外紳士ね?」
 なんてメラニーさんがからかうと「勝手に言ってろ」って吐き捨ててたけど、あながち外れじゃないんだろうな。
「ここにもアランさんの杖、ないみたいですね」
 部屋を一つずつ覗いているのは、アランさんの杖を探すためだ。
 私たちとアランさんが閉じ込められていた部屋を出てから、二つ目の部屋まで来た。
 廊下は一本で、全部でドアが五つある。廊下の突き当たりは窓のない壁。反対側は出入り口がある大部屋だってアランさんが言ってた。
 残りの二部屋を探したけど、いくつもの寝袋が無造作に置かれているだけだった。
 たぶん魔道士の人たちが雑魚寝してるのかな?
 ベッドも何もなくいたの上に直接薄い毛布があるだけ。
 こんな所で何日も寝泊まりするとか、体痛くなりそう。
「大方そうだろうとは思っていたが、やつらが普段使っている部屋にあるんだろうな。くそっ」
「あなたの杖を手に入れるためには、敵に見つからなきゃいけないって訳ね。確認なのだけど、あなたの杖は置いて脱出するというのは?」
「素手でやつらと追いかけっこしろってか? 冗談じゃねえ。だったら今殴り飛ばす」
 メラニーさんが「困ったわねぇ」と頬に手を当てた。
 ジルさんとノーマくんは黙ってついてくる。
「ノーマくん、大丈夫? どこか痛いところある?」
 ずっと血の気の引いた顔をしているノーマンくんが心配で声をかけると「いいえ!」と飛び上がるように言った。
「そんな挙動不審にならなくても…」
 ちょっとショックだわ。
 そんなことを思っていたら、ノーマくんがおずおずといった感じで話しかけてくれた。
「…あ、あの、聞いてもいいでしょうか?」
「なに?」
「あなたは何者なのですか?」
「ん? 知ってるんじゃないの? 私のこと偽物って言ってたよね? あ! というか私も聞いていい?! どうして私が王女様じゃないってわかったの?」
 そうそう!
 ずっと気になってたんだよね!
 口外無用を受け入れてくれたユージン王子だけど、ノーマくんみたいに親しい人には伝えたのかなって。
 王子の性格を考えるとそれはないかなって思ってはいたんだけど、でも他は思い当たらないし。
「その、ある人から聞いたんです。お城で会う王女は偽物だって。本物のヴァネッサ様は偽物に殺されてなりすましみんなを騙していると。だからこのままユージン様がご結婚したらひどい目に遭わされるって」
「なにそれ! それ誰から聞いたの?」
「…カルミア卿の従者の方です。サフィニアとの国境を越える頃に宿泊した街で会って、僕だけにその話をされて。…あの魔法具もその人が用意したんです! 偽物の王女を城から排除するためだって! でもぼくにサイネリアの神話を尋ねてきたあなたはとても楽しそうで…、そんな人には見えなくて、何もわからなくなって…」
 そういうことだったんだ。
 なーんか、ちょっとずつわかってきたかも。
 元々ユージン王子の結婚に対して不安を抱いていたノーマくんの心につけいったんだ。
 その話しかけてきた人ってのが本当にカルミア卿の従者かっていうのも怪しいよね。
 だってこっそり潜り込んでそそのかすようなやり方、ドラセナっぽいもん。
 偏見?
 うん、でも今まであったドラセナの人、みんなそうなんだもん。
 清廉潔白な人っているの?って思っちゃうよね。
 それにしても、ヴァレリー王女って本当に用意周到というかねちっこいというか。
 いったいどれほどサフィニアやサイネリアに潜り込んでるんだろう。
 そこまでして、ドラセナを魔法大国にしたいってこと?
 だってドラセナには、薬師っていう他の国には負けないものがあるのにね。
 それだけじゃだめなのかな。
「ショウコ? いいかしら?」
「はい!」
「あなたたちもちょっといらっしゃい」
 メラニーさんはノーマくんも呼んだ。
「は、はい!」
 アランさんとメラニーさんは難しい顔してる。
「いいこと? 今私たちが彼と合流して部屋を出たことには気づかれていないわ。でもこの先、そうはいかなくなる」
「杖、ですね」
「ええ。でもあなたを危険にさらすわけにはいかないわ」
 メラニーさんは私を見て言う。
 そんな私も!っていう気持ちが沸き上がるけど、結局何も言えない。
 私は魔法が使えないし、こういうときどう動くべきかって事もわからない。
 あるのは勢いだけ。
 それに王女様の体をこれ以上危険な所に置いちゃいけない。
「だからといって二手に分かれるわけにもいかないわ。私やジルはともかく、ショウコとノーマもいるんだもの」
「だが足手まといを連れて歩いてたら脱出できるわけがない」
 アランさんの言い方にむっとする。
「その足手まといに「助けて-!」って言ってきたのは誰でしたっけ?」
「てめぇ…!」
「はいそこ。けんかしない」
 メラニーさんにじろりと睨まれ、私とアランさんは視線だけで火花を散らす。
 その時、一番ドアの近くにいたジルさんが小声で叫んだ。
「誰か来るぞ!」
 一気に緊張が走る。
 壁に耳を近づけると、壁越しに声が聞こえた。
「もう明け方だ…、なぜヴァレリー様は来ない…?」
「サフィニア城で…、だが今はそれどころでは…」
 あれ、なんだか焦ってる感じ?
 短い廊下だ。
 すぐ部屋に入るかと思ったけど、廊下で立ち話ししてるっぽい。
「本当に伝令の見間違いではないのか?!」
「確かにドラセナの船を見たと。しかも掲げている旗は陛下の御旗に違いないと…」
「いかん。ヴァレリー様の計画を知られるわけには!」
「港までもう一時間もないだろう。どうする?」
 んんん?
 ちょっと待って、どういうこと?
 へいかって陛下?
 陛下ってことはドラセナの王様?
 王様がサフィニアの港にもうすぐ到着するって事?!
 たしか明日のお披露目式には招待されてないはずだけど?!
 その代理でヴァレリー王女が来ているはずだもん!
 しかも会話の様子からすると、ヴァレリー王女側にとっても予想外の事態って感じ?
「…計画を早めるしか…」
「たたき起こしてすぐに取りかかれば間に合うか?」
 計画ってユージン王子の魂を奪う魔法ってことかな。
 話し声からして今廊下にいるのは二人。
 部屋に入られたらアランさんがいないことがバレるし、たぶん隣の部屋の私たちがいないことも気づかれるはず。
 やばい!
「ジルさん。魔法で鍵が開けれたってことは、魔法で締めることもできますか?」
 私は小声でジルさんに言った。
「できるけど相手が魔道士だったら意味ねえぞ」
「でもチャンスです。ここで閉じ込めることができたら、あいつらの人数削れます!」
 がちゃっとドアが開く音がする。
「ならこうするまでだ。おいおまえ、ついてこい」
 言うやいなや、アランさんが部屋を飛び出した。
「いない?!」
「どういうことだ?!」
 男たちの驚きと焦りの声。
 そのすぐ後に、ガッ、ゴッという鈍い音がしてうめき声がする。
 私たちが慌てて廊下に出た時には、もうアランさんが二本の杖を持って飛び出してきたところだった。
「やれ!」
「命令すんじゃねえ!」
 と小声で叫びつつ、すぐさまジルさんがドアに魔法をかけた。
 私たちが閉じ込められていた部屋の鍵にも魔法をかける。
「ああもう仕方ないわね!」
 メラニーさんがやけくそ気味に走り出す。
「二人とも決して離れちゃだめよ!」
「はい!」
 私とノーマくんも後に続く。
 アランさんが手荒に最後のドアを開くと、目の前に目をまん丸くした黒マントの男が立っていた。
 たぶん物音に気づいて見に来たんだろうね。
 自分が開けようとした瞬間にアランさんが開けたから、一瞬呆気にとられていた。
「おまえ…」
 とその先を言われる前に、アランさんが男のこめかみを杖で強打する。
 どっと倒れた男には見向きもせず、アランさんは部屋の中央にダッシュした。
 うわー、アランさん強い。容赦ない。
 魔法の杖なくても戦えるんじゃない?
 部屋の中央にはなにやら魔方陣が描いてあって、魔方陣の外側に置かれたテーブルにいろいろ乗っていた。
 たぶん儀式で使う魔法具なのかな。
 その中にアランさんの杖があった。
 部屋には他に誰もいない。
 自分の杖を取り戻して振り返ったアランさんはもう不敵な顔だ。
「よし、行くぞ!」
 私たちは部屋の入り口から外へ飛び出した。
「あら、どこへ行こうというのかしら?」
 何でこのタイミング?!
 私たちの目の前には、お城で見たドレス姿のヴァレリー王女が仁王立ちしていた。


 私は今まで神様って信じたことがない。
 ごく普通の日本人。
 亡くなったおじいちゃんはお坊さんがお経上げてたし、祖父母の結婚式は紋付き袴に白無垢角隠し。両親の結婚式の写真はタキシードにウエディングドレスで教会。クリスマスにはケーキ食べるし、年末には玄関先に門松を飾ってた。
 神仏ごちゃ混ぜのイベントが当たり前で、それは「イベント」であって「神仏への信仰心」みたいなものは全然入ってない。
 この世界に来て初めて、神様とか昔の伝承とかが今の生活に息づいてるんだなって感じたけど、やっぱり実際に見たわけでもない存在を「神様って本当にいるんだよ!」って信じるほどじゃなかった。
 でももしいたら、今この状況を一番恨んだかも。
 よりによって何でこのタイミングでヴァレリー王女がここにいるの?!
 タイミング良すぎるでしょ!
 なんか誰か見ててわざとやってない?!
 閉じ込められていた建物は、前に見た港の倉庫と同じ見た目だ。
 同じような外観の建物はいくつも建っているから、そのうちの使われていない建物を拠点にしてたんだろうね。
 空が白んできている。
 いつの間にか夜明けだ。
 右側の建物の向こうに、高いお城の屋根がうっすら見える。
 国王様も宰相さんも大丈夫かな。セリーナさんもいるし、大丈夫だよね。
 左側は建物以外何も見えないけど、なんとなく潮風が強い気がする。
 そして正面に仁王立ちのヴァレリー王女。
 その顔は怒りに染まっている。
 額に青筋が立ってて、見開いた目はなんか血走っている。
 顔立ちが整っているだけに、めちゃくちゃ怖い。
 ヴァレリー王女の周りには侍女らしき若い女性が三人と屈強そうな男が二人、それに黒いローブ姿の人が二人いる。その後ろに馬車が止まっていて、少し落ち着かない馬を御者がなだめていた。
 ちらっと見たら、アランさんがホッとした表情をしていた。
 たぶんアランさんが言ってたナタリアさんって人がいなかったのかな。
 だとしたら、サマンサさんに私の声が届いて無事に保護してくれたのかも。
「まともに閉じ込めておけないなんて、なんて役立たずなの?!」
 お城ではめちゃくちゃ余裕そうですました顔していたのに、今は感情も隠さずヒステリックに叫んでる。
 その印象の違いにびっくりした。
 こっちの方が素の姿なんだろうけど、幼く見えるなあ。
 確か王女様とあまり年齢変わらなかった気がしたけど、こういう姿を見ると王女様と大違いだ。
 頭が真っ白になりかけたけど、アランさんやメラニーさんの顔を見たら、不思議と気持ちがすっと落ち着いた。
 私は小声でアランさんに言った。
「アランさん、魔法で目くらましして逃げる、みたいなことできますか?」
「できる。だが隙がない。魔道士は俺の動きを見ているし王女も魔力持ちだ」
「魔力持ち…、魔道士とは違うんですか?」
「魔法の素養はあるけれど扱い方を習得していないってことよ」
 メラニーさんがささやくように教えてくれた。
「感情の高ぶりで魔法が暴発することがあるから、危険なのよ」
 ちょっとびっくり。
 だからヴァレリー王女は魔法に拘ってるのかな?
「じゃあ、隙を作ってアランさんが魔法を発動できればいいってことですね」
 絶体絶命。
 でもきっと何か道があるはず。
(大丈夫。まだ終わってない。なんとかなる!)
 私は前に踏み出した。
「ごきげんよう。ヴァレリー王女。先ほどぶりですね」
 あまり意味がないかもしれないけど、私は王女様の振る舞いで声を上げた。
 対して、王女はあざけるように笑った。
「こんな時まで王女のフリだなんて馬鹿なのかしら? …大人しく後ろに下がれば命だけは生かしてあげるわ」
 護衛の男と黒ローブが距離を詰めてくる。
 すごい殺気立ってて会話する気はゼロみたい。
 心臓がものすごくバクバクする。
 でも無理矢理笑った。
 どうか焦っているように見えませんように。
 王女様のように柔らかく、宰相さんみたいにちょっといじわるな感じで、メラニーさんみたいにからかうように、ハンナさんのように毅然と、そして国王様のように堂々と。
「あら。そんな悠長なことをしていていいのかしら?」
 ヴァレリー王女のこめかみがぴくっと動く。
「私の計画の邪魔はさせないわ。王女の魂はこちらにあるのよ!」
「その計画、ヴォートン王がお知りになったらいったいどうするのかしらね?」
「なんですって?」
 兄王の名前が出た瞬間、ビリビリッ!て肌が感じるくらい、ヴァレリー王女の形相が変わった。
 これは当たりだ!
「もうすぐヴォートン王はサフィニア港へ入港されます。そしてサフィニア城へ。昨晩の騒動についてすぐお耳に入るでしょう。陛下はすべてご存じです。ヴォートン王へもあなたの所行について厳しく問いただすこととなるでしょう。なにせ私とユージン王子のお披露目式をこのような形で汚したのですから。すべてをお聞きになってヴォートン王はいったいどうされるでしょうね?」
 たたみかければたたみかけるほど、ヴァレリー王女の体の震えが大きくなっていく。
 い、言い過ぎたかな?!
「…だめ。それだけはだめよ。お兄様にはすべての準備を整えた上で最強の魔法王として愚かな者どもの思い知らせなければならないというのに…」
 拳を強く握りしめ、激情で荒れ狂う目を向ける王女。
 心なしか王女の周りに陽炎が立っている気がした。
「邪魔などさせるものか。我らドラセナを見下してきたおまえたちに! 遙か神の世の時から幾星霜経とうと罪人と罵り暴力を振るうおまえたちを! 我らドラセナは決して許さない! 未来永劫呪い続けてやる!」
 ヴァレリー王女の叫びとともに、揺らめく陽炎が炎となって渦巻き立ち上った。
 なにこれ?!
 これも魔法なの?!
「下がれ!」
 アランさんが前に飛び出して杖を掲げる。
 杖の先から氷が生まれ、王女の炎とぶつかって激しい蒸気が爆発した。
 その向こうから、新たな赤黒い炎が飛びかかってくる。
「ショウコ!」
 爆発の衝撃で倒れた私の前にメラニーさんが立ちはだかる。
「メラニーさん!」
「ジル! 頼んだわよ!」
 叫ぶと、メラニーさんが胸に手を当てた。
 メラニーさんの胸から太陽みたいに強烈な光が迸った。
 光が炎を突き刺し蹴散らし、ヴァレリー王女たちを押しのける。
 光はほんの一瞬。
 あまりに強烈な光に、私は視界が真っ白になった。
「こっちだ! おい、男! 見えてんだろ手伝え!」
 ジルさんの叫び声。
「男じゃねえアランだ! くそ、こいつも魔力持ちだったのかよ! やるなら言え!」
 アランさんが悪態ついてる。
「僕の手を握ってください」
 耳元でそっとささやかれるノーマくんの声。
 私の手を握る温かい手に引っ張られるまま、私は立ち上がり走った。


 どれくらい走った頃か、やっと視力が戻ってきた。
「いったん、止まる、ぞ…」
 ジルさんが荒く息をつく。
 まだ倉庫街を抜けきっていなかったけど、追いかけてくるような足音や声は聞こえない。
 ノーマくんは私の手を握ったまま。
 同じくぜぇぜぇ言っているアランさんがメラニーさんを肩に担いでいた。
「メラニーさん?!」
 私は血の気が引く思いで地面に下ろされたメラニーさんに駆け寄った。
 メラニーさんは目を閉じてぐったりしている。顔色も悪いし気絶してる。
「メラニーさん! どういうことですか?!」
「ちょ、まて…」
「ヴァレリー王女はどうなったんですか?! 私、もしかしてやり過ぎちゃったんじゃ…!」
「落ち着け!」
 パニックになった私の肩をアランさんがつかんだ。
「追っ手に関しては、多少の猶予はできただろう。この女のおかげでな」
「メラニーさん…、魔法使い、だったんですね…」
「正確に言うと魔力持ちだ。メラニーはちょっと特殊なんだ」
 まだ肩で息をしながらも、ジルさんはメラニーさんの顔や首筋に触れる。
「魔力だけなら桁外れ。ヴァネッサ王女以上の力を持ってるんだが、魔力が膨大すぎてほんの少し使うだけでも肉体が耐えられないんだよ」
「そんなことが、あるんですか…?」
「メラニー以外では聞いたこともない。王女に魔法を使うことを禁じられてんだが、あっちの王女の魔法からおまえを守ろうとして使ったんだよ。…制御はできてたんだな。気絶してるだけだ」
 ジルさんが少し安堵したように立ち上がった。
 私は呆然としてメラニーさんの傍に座り込んだ。
「メラニーさん…、ごめんなさい。また私暴走して、迷惑かけて…」
「少なくとも悪手ではなかっただろう」
 アランさんが倉庫の角から周囲を見回している。
 足音や声はまだ聞けないけど、きっとヴァレリー王女たちは追ってくるに違いない。
「あの女が冷静なままだったら、他の魔道士に命令して確実に俺たちを捕らえていただろ。動けない程度に肉体的ダメージを与えに来ただろうしな。おまえの挑発で冷静さを欠いて、予想外の人物から魔法を食らったんだ。しばらくは使い物にならないはずだ」
「でももっといいやり方があったはずです!」
「反省なんぞ事が終わってからにしろ。それともグチグチ悩んで時間を無駄にするか? この女が命をかけてつなげたチャンスを?」
「…!!」
 アランさんの言う通りだ。
 私は胸の前で手を握った。
 メラニーさんがくれたブレスレットがきらりと輝く。
 倉庫の合間から朝日が差し込み始めた。
 このままみんなでお城まで逃げることもできる。
 でもそれが一番いい方法?
 気絶しているメラニーさんを運ぶ人がいる。魔法が使えるのはアランさん。メラニーさんを運べるのもアランさん。ジルさんは魔法が少し使える。ノーマくんは魔法は使えない。武器も持ってない。
 そして私。
 魔法は使えない。
 でも体は王女様。
 ヴァレリー王女は焦ってるはず。
 そしてもうすぐヴァレリー王女のお兄さんでドラセナの王様が港に着く。
 国王様と宰相さんはきっとお城。
 イアンさんは…、私のこと、探してくれるかな?
 あの柔らかい笑顔が浮かぶ。
 もう長いことイアンさんと会ってない気がする。
「…アランさん、お城以外でメラニーさんを匿ってもらえる安全な場所、心当たりありますか? できればお城より近い場所で」
「…あるにはあるな。当てになるかはわからんが」
 私の唐突な問いに、アランさんは訝しみつつ応えてくれる。
「じゃあそこまでメラニーさんを運んでもらえますか?」
「足手まといだ。そいつを担いでいたら魔法もろくに使えん」
「だからジルさんとノーマくんも一緒に、です」
「はあ?!」
 ジルさんがまなじりをつり上げた。
「ふざけんなよなんでこいつと!」
「今メラニーさんを安全なところまで運んでもらえるのはアランさんしかいません。でもジルさんはアランさんのこと、信用してないんですよね? だったらアランさんの監視役としてついて行ってください。…それなら襲われたとしてもなんとかなりますよね?」
 最後の一言はアランさんに問いかける。
「……魔法に関しちゃ、俺もそいつを信用してねぇんだけどな」
 ものすごく嫌そうな顔をして、でも否定してこない。
「そのガキも連れて行けってか。足手まといが増えるだけじゃねえか」
 ノーマくんがびくっと身をすくめた。
「でも私といるよりマシです。私は魔法が使えませんから」
 私はノーマくんの隣にしゃがんで手を握った。
「ノーマくん、さっきはありがとう。ずっと私の手を握って走ってくれて。目が見えなかったけど、ノーマくんが上手に誘導してくれたから転ばずにここまで来れたよ」
「そんな、僕は…。あの方が視界を塞いでくださったおかげで目を潰されずにすんだんです」
「ジルさんも、ありがとうございます。ノーマくんを助けてくれて」
「ふん。あたしは非力なんだよ。ガキなんか担いで走れるか」
「あ、あなたはどうするんですか?!」
 そんなの決まってる。
 私はノーマくんの手を離して、すっくと立ち上がった。
「私は、私にできることをします。アランさん、私たちどっちの方から逃げてきましたか?」
「あっちだが…。おいちょっと待て。さすがにそれは寝覚めが悪すぎる!」
「でも、一番確実に逃げられる方法、ですよね?」
 苦虫を噛み潰したような顔のアランさんに、にっこり笑いかける。
「交渉材料として、向こうにとってこの中で一番傷つけにくいのは私です。そして一番捕まえたいのも。もちろん捕まる気はないですよ? これでも負けず嫌いなんですから! アランさん、みんなのことお願いします!」
 一息に言い切って、私はアランさんの指した方へ走り出した。
 ジルさんの叫び声が聞こえたけど、振り返らない。
 だって、わかっていたって怖い。
 一度止まっちゃったら、もう動けなくなりそう。
 だから、立ち止まらない。
 ああ、それにしてもドレスって本当に走りづらい!
 こんな所で学校の運動着が恋しくなるなんて!
 運動着じゃなくても、向こうの服って動きやすい服だったんだなぁ。
 ドレスでこれだけ動けるんなら、向こうに帰ったらもっと運動神経良くなってそう。
 そんなことを思いついて、くすっと笑った。
 倉庫街をまっすぐ走る。
 倉庫一つ一つは、中に部屋が三つ四つ入るくらい大きい。
 よく見る一軒家より一回り大きいくらい。
 それを五つくらい通り過ぎたところで、横から声が聞こえた。
「いたぞ!」
 魔道士じゃない。
 剣を持った男たちだ。
 魔法が飛んでこないのはうれしいけど、ピンチはピンチ。
 私は方向を変えて走り出した。
 お城に背を向けて。
 アランさんたちがいる方向と違う方へ。
「待て!」
 待てって言われて誰が待つのよ!
 男たちの声と足音がどんどん大きくなる。
 やっぱり向こうの方が早いよね。
 なんたってこっちはドレスにハイヒールなんだから!
 王女様になって初めて履いたハイヒール。もちろん、元の世界では一度も履いたことはない。
 自分でもびっくりだけど、今のところ一度も転ばずに走れている。
 ハンナさんの猛特訓のおかげだ。
 もしハイヒール世界選手権とかあったら私絶対一位になる自信があるわ!
 妙な自信を漲らせて、私は走り続けた。
 ていうかハイヒール脱いで走れば良かったんじゃない?!
 なんで飛び出す前に思いつかなかったんだろう!
 今更立ち止まれないじゃん!
 軽くパニックになりながら走っていたら、潮の香りが風に乗って吹いてきた。
 よし!
 だいぶ海に近づいたのかも!
 次の倉庫で曲がろうと思った時、足下で地面が爆ぜた。
 うそ!
 魔道士もいる?!
 慌てて曲がろうとした時、今度は倉庫に魔法が当たった。
 砕けた欠片と爆風が真横からきて、簡単に吹き飛ばされる。
 あ、やばい。
 立ち上がれない。
 息が苦しい。
 なんとか顔を上げようとして、腕を無理矢理捕まれた。
 痛い痛い痛い!
「おい、急げ!」
「気絶させた方がいいか?」
「もうその力も残っていないだろう。それより早く戻らなければ。でなければまもなく港に…」
 剣の男が二人。
 魔道士が一人。
 ああ、あんまり釣れなかった。
 アランさんたち、見つからずに逃げれてるかな…
 ヴァレリー王女の元に連れて行かれたらどうなるのかな、私…
 一瞬、元の世界での最後の光景が思い浮かんだ。
 私をいじめる主犯格の女子生徒とヴァレリー王女の顔が重なって見える。
 冗談、と笑い飛ばしたかったけど、顔が引きつる。
 心臓がうるさくなる。
「……さいあく」
 かろうじて呟く私の体を、男が訝しみながら担ぎ上げた。
 その時だ。
「ぐあっ…」
 魔道士が突然悲鳴を上げて倒れた。
「貴様!」
 え、なに?
 誰かいるの?
 でももう一人の男の影になって見えない。
 男が剣を抜こうとするけど、それより早く頭に何かが当たって横に吹き飛ぶ。
 その向こうに、剣を持った人がいた。
(ああ…)
 その人が走り込んでくる。
 私を担ぐ男が、片手で剣を構えた。
 そうはさせない!
 私はお腹に力を入れて、男の顔を思い切り引っぱたいた。
 そこへ、剣の柄が男のこめかみに打ち込まれる。
 男と一緒に倒れそうになった私は、地面にぶつかる直前に抱きしめられた。
「…イアンさん、すごくかっこいいよ」
「君は本当に無茶をする…」
 護衛騎士の少年は、そう言って柔らかく微笑んだ。


「怪我はない?」
「はい。大丈夫です…」
 男たちを縛り上げた後、私とイアンさんは倉庫の陰に隠れていた。
 ちなみに何で縛ったかというと、男たちが腰に巻いていたベルトだ。
 イアンさん、躊躇なくベルト剥いで容赦なくめちゃくちゃ強く縛り上げていた。
 普段の優しい表情からは想像できない荒々しい手仕事に、ちょっとびっくりした。
 それから、一旦近くの倉庫に隠れたところだった。
 こんな時だっていうのに、私の頭はもう真横に座る人のことでいっぱいになっていた。
 ああ、やばい。
 私どういう顔すればいい?!
 だってこの至近距離、あの時以来だよ?!
 私がひどい言葉を投げつけたあの夜から!
 ユージン王子が滞在しているお屋敷でも舞踏会でも傍にいてくれたけど、あれは王女様と護衛っていう立場でのこと。
 ヴァルコニーで会っていた時みたいに、私が王女様のフリじゃなくて私自身としてイアンさんとこうして話すのは、本当に久しぶりに感じる。
 もう何週間も会っていないような気分。
 しかも最後の別れ方は、最悪の一言。
 メラニーさんにのおかげで立ち直ることができたけど、いざこうして真横にいるイアンさんを見ると心臓がバクバクする!
「あの!」
「きみは…」
「…」
「…」
 勇気を振り絞ったらイアンさんとの声と被った…
 穴があったら入りたい…
 顔が赤くなるのを自覚してたら、隣から「ふふ」と笑い声が聞こえた。
「まるであの時のようだね。そう月日は立っていないのに、ずいぶん昔のことのように感じるのは不思議だな」
 言われて思い出す。
 私がずっと夢の世界だと思っていたこの世界が本当で、私のほうがまるで幻のような存在なんだって思い知って逃げ出したあの日。
 イアンさんが私を見つけ出して、立ち上がる勇気をくれた日だ。
 私もつい思い出し笑いしちゃった。
「イアンさんは私を見つけるのが得意ですね」
「ずっと君を見ていたから」
 イアンさんが懐から小箱を取り出す。
「君の護衛として街に降りた日から、ずっとこれを君に渡したかった」
 現れたのは、3粒の宝石があしらわれたシルバーの翼のイヤリング。
「一つは僕が。一つは君に。受け取ってもらえますか?」
 小箱を持ったまま片膝をつくイアンさん。
 手を伸ばしかけた私は、あることに気が付いて全身に火が付いたかと思うほど熱くなった。
 え、ちょっと待って。これって…!
 トムさんが言ってたショーリアの羽飾りのこと?!
 結婚を申し込むときに恋人に渡すショーリアの羽飾り?!
「あの! でも私っ、あの?!」
「ふふ、君が困るから、今は魔除けの飾りということにしておいてくれるかな?」
 そう言うイアンさんはまるで面白がっているみたい。
「なんで、私なんか…。イアンさんより年下だし、貴族じゃないし、おしとやかでもないよ?」
「貴族とか騎士とか、そういうものではなく、君はイアン・サントリナをまっすぐ見てくれた。僕にとっては、それが何よりも代えがたい喜びだったんだ」
「? イアンさんはイアンさんでしょう?」
「そう言ってくれる君だから、僕は好きになったんだよ」
 イアンさんがイヤリングを小箱から取り出して私の手の上に置く。
「君はとても一生懸命でヴァネッサ様を大切にしているから、きっと君を困らせる。そう思って今まで渡すのをためらってきた。でも、どうか今世ではなく来世のこととして受け止めてもらえないだろうか?」
「…気の長い話ですね。もしかしたらどこかになくしちゃうかもしれませんよ?」
 私が冗談めかして言えば、イアンさんもにっと笑う。
「そうしたら何度でも君に好きだと伝えるよ。…それに、案外そう遠くないかもしれないよ?」
 茶目っ気たっぷりのイアンさんに、私もつい頬が緩む。
「…ありがとうございます。大切にします」
 私は両手でそっとイヤリングを抱きしめた。


 朝日が当たって港町の鮮やかな屋根が次々に輝きだす。
 お城の屋根が一際強く照らされた。
「イアンさん、お願いがあります」
 私の顔を見て、イアンさんが不敵にほほ笑む。
「なんなりと、お姫様」
「もうすぐヴァレリー王女のお兄さんのヴォードン王が船で到着するはずなんです。ヴァレリー王女よりも早くお兄さんに会って話したいんです!」
 イアンさんは一瞬目を見開いたものの、すぐに腰を折った。
「おおせのままに」
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みんなの感想(1件)

ねむ
2020.12.18 ねむ

面白くて一気に読んでしまいました!翔子ちゃんが成長していくにつれてどんどんかわいくなっていって、これからこのお話がどうなっていくのか楽しみです。

桜井 小夜
2021.01.03 桜井 小夜

初めまして。
桜井小夜と申します。

まずは、お返事が遅くなって申し訳ありません。
今まで軽く読めるものを意識して書いてきましたが、他の方から見て面白いのかつまらないのか迷いながらの投稿でした。
今回、ねむさんに「面白い」とおっしゃっていただいて、本当に嬉しく思います。
少しずつ書き溜めた分を投稿し終え、今は僅かな時間に書いて投稿していますので、次の投稿までに随分時間がかかってしまい申し訳ありません。
ですがお気に入り登録してくださった皆さまの存在を励みに、最後まで書いていきたいと思いますので、どうか気長にお付き合いください。
感想を書いていただいて本当にありがとうございました。

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