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2:夢と幸せの定義
反転する空間の中で
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漆黒に染まった世界の中を駆ける存在がいた。
それもまた漆黒であり、そのため警戒に当たっていた敵は気づかないまま首をはねられ倒れていく。
音がないまま倒れるためにまた気づかれず、闇はひっそりと着実にそして風の如く敵地を駆け抜けていった。
そんな闇の背中に輝いているものがある。それは赤く輝いており、次第に昇り始めている太陽の光を反射し輝きを強めていく。
『まだ着かないの?』
『もう少しかかる。辛抱してくれ』
『待てない。もう強行突破して!』
赤い輝きを放つのは、子ブタの貯金箱リリアだ。
リリアは駆けるアルヴィレにそう指示を出すと、仕方ないといった様子を見せながら走り始める。
振り落とされないように懸命に毛を掴み、リリアは進んでいく。
ふと、走るアルヴィレがあることを訊ねてきた。それはリリアの解析についてだ。
『訊ねたいことがあるが、いいか?』
『いいよ、言って』
『厄災ガルダンの力を解析したと言っていたな。それは本当か?』
『信じてないの?』
『いや。だが奴の力は我が理解を超える。それを解析したとはどういうことか気になってな』
『そうなんだ。じゃあその種明かしをするね』
リリアは訊ねられたことを告げる。
おそらくクリスも気づいている、と前置きをしながら。
『あれは魔術だよ。とっても高度な魔術っていえばいいかな』
『魔術だと? しかし、私が知る魔術ではなかったぞ』
『人が扱うには高度すぎるものだからね。でも、やろうと思えばやれなくはない類いかな。そのガルダンなら簡単に扱えてるかもね』
『なるほど、それで理解ができなかったのか。それで、どんな魔術なんだ?』
『一言でいうなら〈反転〉を主軸にした魔術。いろいろと応用は利くけど、扱い方を間違えたら危険な魔術だよ』
『ほう、反転。それは一体どういうことができる?』
『効果を逆にする、っていえばいいかも。ダメージを受けたら回復して、回復しようとしたらダメージを受けるみたいな。相手にとって思いもしないことが起こせるから、ちょっとしたパニックを引き起こせるよ』
つまり、ガルダンと戦い傷ついたアルヴィレがさらに窮地に陥った原因でもある。
自身の回復を図り、身体を休めたことが逆効果となりダメージを受けた。だがアルヴィレはそれを知らなかったため、対策が打てないまま倒れてしまったという話だ。
『なるほど、理解をした。しかし、なぜ主はそれに気づける? 確かに攻撃を受けていたが』
『私で気づくんだからクリスならとっくに気づいているよ。あの子は天才の域を超えているし、もしかしたら賢者になっていてもおかしくない人だからね』
その言葉にアルヴィレは驚く。もしかすると思っている以上にクリスはとんでもない人物ではないのか、とさえ考えた。
リリアはそんなアルヴィレに一つの注意を言い放つ。それはクリスとはどんな人物なのか、ということにも繋がる。
『でも、だからといってあの子は特別扱いされるの嫌いだから。クリスは一人の人間として見てあげないとすぐにヘソを曲げるからね!』
それはそれで思いもしない言葉だ。だからアルヴィレは楽しげに笑ってしまう。
才覚は天才を凌駕するほどのものを持つ。しかし、クリスもまた人の子だ。だからこそ人として扱って欲しいのだろう、とアルヴィレは感じ取った。
『そうか、それは気をつけよう。さて、もう少し急ぐか。落ちるなよ』
アルヴィレは大地を強く蹴る。途端に加速し、風を切り始めた。
リリアは懸命にしがみつき、アルヴィレと共に進む。もしかすると戦いは終わっているかもしれない。
そんな予感を抱きながらクリスの身を案じていた。
◆◆◆◆◆
厄災ガルダンは驚いていた。
対峙するクリスはというと、とても涼しい顔をしている。
『なぜ、だ!』
ガルダンが放つ攻撃が全て防がれている。いや、その表現は正確性に欠けるものだ。
クリスは防御姿勢を取っていない。ガルダンが放つ攻撃を無防備に受けている。真正面から叩かれようが、突きをされようが、刃を振るわれようが、何ごともなかったかのように足を進ませた。
何が起きているのかわからず、ガルダンは目を大きくする。反転は使っていないのに一体どうして、と心の中で叫んだ。
そんなガルダンの心を見透かしているのか、クリスは静かに告げ始める。
「よく考えて作った魔術だと思う。普通の人なら、絶対に作り上げられないよ。いいことに利用すればよかった。でも、あなたはそうしなかった」
クリスが一歩踏み出す。
無表情のはずなのに、怒気が混じった言葉がガルダンに放たれる。
その言葉を受けてか、厄災ガルダンはたじろいだ。気づけば一歩だけ後ずさりをしていた。
「もしあなたが私利私欲のために動かなければ、この魔術はさらなる発展があったかもしれない。だけど、そうしなかった。それがとても残念だと思う」
ガルダンは近づいてくるクリスを睨みつけ、手として使っていた触手で地面を叩いた。
途端に魔術が発動し、空間一体に幻想文字が浮かび上がる。
しかし、クリスは恐れない。足を止めることなく、ガルダンへ近づいていく。
『なぜだ。なぜ止まらない! 近づいてきているなら、離れていってもいいだろう!』
「ならその反対を考えればいい。反転するって、そういうことでしょ?」
『――ッ!』
ガルダンは恐れを抱いた。
目の前にいる少女は、自分の想像を遙かに超えるバケモノだ。
思わず逃げだそうと考える。しかし、おかしなことにガルダンはクリスへ近づいてしまった。
『なっ』
そう、今は辺り一帯が反転を起こしている。
その対象はガルダンも含まれるのだ。つまり、逃げようと考えれば考えるほどクリスに近づく。
それに気づいたガルダンは、思考を変えようとした。しかし、急に切り替えるなんてことはできない。
『うあぁー!』
ガルダンはクリスへ近づいてしまう。望んでいない戦闘を仕掛け、その身体を叩きつけようとした。
クリスはというと、その攻撃を真正面から受け止めようとする。しかし身体は攻撃を紙一重で躱し、そのまま後ろに下がった。
ナイフを収めようとするとガルダンにそれを投げつける。大きな目玉に迫るナイフを回避しようとするが、ガルダンの意志に反し身体は防御姿勢を取ってしまった。
『ぐあぁあああぁぁぁぁぁッッッ!』
気がつけばガルダンは叫んでいた。何が起きたかわからないまま、目に突き刺さったナイフに苦しんでいた。
とにかく魔術を止めようとする。しかし、反転の魔術は止まらない。
だんだんと思考がパニックに陥っていく中、クリスはガルダンを見下ろした。
そして突き刺さったナイフを掴み、こんな言葉を告げる。
「本当に、残念」
おかしい、とガルダンは考えていた。
この空間であればダメージは反転し、回復するはず。しかし今、猛烈な痛みが自身に襲いかかってきている。
どうして、と考えているとクリスがその答えを告げた。
「このナイフ、フローラからもらったものなんだ」
その名前を聞き、ガルダンは気づく。
フローラ。またの名を〈慈悲深き聖少女〉と呼ばれる存在。
フローラが持つ武器や道具の全てには彼女の慈悲が込められており、全てに回復効果を持っている。
その回復効果はどれも絶大なものだ。
『キサマァァァァァ!』
ガルダンは気づく。この反転した空間の中で使われた武器は、圧倒的な死をもたらすものだと。
このままでは本当に死んでしまう。そう考え、どうにか逃げようとした。
しかし、それをクリスは許さない。
「私、嫌いなものがいろいろある。そのうちの一つが、高慢的な人かな。あなたみたいな人、大っ嫌い。一回でいいから、メッタ刺しにしてみたいと思ってた」
『や、やめろ! やめてくれ! わかった、もうこんなことはしない。だから許し――』
「あともう一つ嫌いなものがある。嘘を簡単につく人。あなたは嘘つきかもしれないから、許さないよ」
ガルダンは絶望するしかなかった。
あまりにも救いがない状況で、笑ってしまう。
クリスはそんなガルダンを冷ややかに見つめる。
ただただ笑うしかないバケモノを見て、一度ナイフを引き抜くとそのまま静かに振り上げた。
そして最後に、バケモノに別れを言い放つ。
「さようなら」
その言葉はバケモノに届かない。
しかし、クリスは躊躇いもなく刃を振り下ろしたのだった。
それもまた漆黒であり、そのため警戒に当たっていた敵は気づかないまま首をはねられ倒れていく。
音がないまま倒れるためにまた気づかれず、闇はひっそりと着実にそして風の如く敵地を駆け抜けていった。
そんな闇の背中に輝いているものがある。それは赤く輝いており、次第に昇り始めている太陽の光を反射し輝きを強めていく。
『まだ着かないの?』
『もう少しかかる。辛抱してくれ』
『待てない。もう強行突破して!』
赤い輝きを放つのは、子ブタの貯金箱リリアだ。
リリアは駆けるアルヴィレにそう指示を出すと、仕方ないといった様子を見せながら走り始める。
振り落とされないように懸命に毛を掴み、リリアは進んでいく。
ふと、走るアルヴィレがあることを訊ねてきた。それはリリアの解析についてだ。
『訊ねたいことがあるが、いいか?』
『いいよ、言って』
『厄災ガルダンの力を解析したと言っていたな。それは本当か?』
『信じてないの?』
『いや。だが奴の力は我が理解を超える。それを解析したとはどういうことか気になってな』
『そうなんだ。じゃあその種明かしをするね』
リリアは訊ねられたことを告げる。
おそらくクリスも気づいている、と前置きをしながら。
『あれは魔術だよ。とっても高度な魔術っていえばいいかな』
『魔術だと? しかし、私が知る魔術ではなかったぞ』
『人が扱うには高度すぎるものだからね。でも、やろうと思えばやれなくはない類いかな。そのガルダンなら簡単に扱えてるかもね』
『なるほど、それで理解ができなかったのか。それで、どんな魔術なんだ?』
『一言でいうなら〈反転〉を主軸にした魔術。いろいろと応用は利くけど、扱い方を間違えたら危険な魔術だよ』
『ほう、反転。それは一体どういうことができる?』
『効果を逆にする、っていえばいいかも。ダメージを受けたら回復して、回復しようとしたらダメージを受けるみたいな。相手にとって思いもしないことが起こせるから、ちょっとしたパニックを引き起こせるよ』
つまり、ガルダンと戦い傷ついたアルヴィレがさらに窮地に陥った原因でもある。
自身の回復を図り、身体を休めたことが逆効果となりダメージを受けた。だがアルヴィレはそれを知らなかったため、対策が打てないまま倒れてしまったという話だ。
『なるほど、理解をした。しかし、なぜ主はそれに気づける? 確かに攻撃を受けていたが』
『私で気づくんだからクリスならとっくに気づいているよ。あの子は天才の域を超えているし、もしかしたら賢者になっていてもおかしくない人だからね』
その言葉にアルヴィレは驚く。もしかすると思っている以上にクリスはとんでもない人物ではないのか、とさえ考えた。
リリアはそんなアルヴィレに一つの注意を言い放つ。それはクリスとはどんな人物なのか、ということにも繋がる。
『でも、だからといってあの子は特別扱いされるの嫌いだから。クリスは一人の人間として見てあげないとすぐにヘソを曲げるからね!』
それはそれで思いもしない言葉だ。だからアルヴィレは楽しげに笑ってしまう。
才覚は天才を凌駕するほどのものを持つ。しかし、クリスもまた人の子だ。だからこそ人として扱って欲しいのだろう、とアルヴィレは感じ取った。
『そうか、それは気をつけよう。さて、もう少し急ぐか。落ちるなよ』
アルヴィレは大地を強く蹴る。途端に加速し、風を切り始めた。
リリアは懸命にしがみつき、アルヴィレと共に進む。もしかすると戦いは終わっているかもしれない。
そんな予感を抱きながらクリスの身を案じていた。
◆◆◆◆◆
厄災ガルダンは驚いていた。
対峙するクリスはというと、とても涼しい顔をしている。
『なぜ、だ!』
ガルダンが放つ攻撃が全て防がれている。いや、その表現は正確性に欠けるものだ。
クリスは防御姿勢を取っていない。ガルダンが放つ攻撃を無防備に受けている。真正面から叩かれようが、突きをされようが、刃を振るわれようが、何ごともなかったかのように足を進ませた。
何が起きているのかわからず、ガルダンは目を大きくする。反転は使っていないのに一体どうして、と心の中で叫んだ。
そんなガルダンの心を見透かしているのか、クリスは静かに告げ始める。
「よく考えて作った魔術だと思う。普通の人なら、絶対に作り上げられないよ。いいことに利用すればよかった。でも、あなたはそうしなかった」
クリスが一歩踏み出す。
無表情のはずなのに、怒気が混じった言葉がガルダンに放たれる。
その言葉を受けてか、厄災ガルダンはたじろいだ。気づけば一歩だけ後ずさりをしていた。
「もしあなたが私利私欲のために動かなければ、この魔術はさらなる発展があったかもしれない。だけど、そうしなかった。それがとても残念だと思う」
ガルダンは近づいてくるクリスを睨みつけ、手として使っていた触手で地面を叩いた。
途端に魔術が発動し、空間一体に幻想文字が浮かび上がる。
しかし、クリスは恐れない。足を止めることなく、ガルダンへ近づいていく。
『なぜだ。なぜ止まらない! 近づいてきているなら、離れていってもいいだろう!』
「ならその反対を考えればいい。反転するって、そういうことでしょ?」
『――ッ!』
ガルダンは恐れを抱いた。
目の前にいる少女は、自分の想像を遙かに超えるバケモノだ。
思わず逃げだそうと考える。しかし、おかしなことにガルダンはクリスへ近づいてしまった。
『なっ』
そう、今は辺り一帯が反転を起こしている。
その対象はガルダンも含まれるのだ。つまり、逃げようと考えれば考えるほどクリスに近づく。
それに気づいたガルダンは、思考を変えようとした。しかし、急に切り替えるなんてことはできない。
『うあぁー!』
ガルダンはクリスへ近づいてしまう。望んでいない戦闘を仕掛け、その身体を叩きつけようとした。
クリスはというと、その攻撃を真正面から受け止めようとする。しかし身体は攻撃を紙一重で躱し、そのまま後ろに下がった。
ナイフを収めようとするとガルダンにそれを投げつける。大きな目玉に迫るナイフを回避しようとするが、ガルダンの意志に反し身体は防御姿勢を取ってしまった。
『ぐあぁあああぁぁぁぁぁッッッ!』
気がつけばガルダンは叫んでいた。何が起きたかわからないまま、目に突き刺さったナイフに苦しんでいた。
とにかく魔術を止めようとする。しかし、反転の魔術は止まらない。
だんだんと思考がパニックに陥っていく中、クリスはガルダンを見下ろした。
そして突き刺さったナイフを掴み、こんな言葉を告げる。
「本当に、残念」
おかしい、とガルダンは考えていた。
この空間であればダメージは反転し、回復するはず。しかし今、猛烈な痛みが自身に襲いかかってきている。
どうして、と考えているとクリスがその答えを告げた。
「このナイフ、フローラからもらったものなんだ」
その名前を聞き、ガルダンは気づく。
フローラ。またの名を〈慈悲深き聖少女〉と呼ばれる存在。
フローラが持つ武器や道具の全てには彼女の慈悲が込められており、全てに回復効果を持っている。
その回復効果はどれも絶大なものだ。
『キサマァァァァァ!』
ガルダンは気づく。この反転した空間の中で使われた武器は、圧倒的な死をもたらすものだと。
このままでは本当に死んでしまう。そう考え、どうにか逃げようとした。
しかし、それをクリスは許さない。
「私、嫌いなものがいろいろある。そのうちの一つが、高慢的な人かな。あなたみたいな人、大っ嫌い。一回でいいから、メッタ刺しにしてみたいと思ってた」
『や、やめろ! やめてくれ! わかった、もうこんなことはしない。だから許し――』
「あともう一つ嫌いなものがある。嘘を簡単につく人。あなたは嘘つきかもしれないから、許さないよ」
ガルダンは絶望するしかなかった。
あまりにも救いがない状況で、笑ってしまう。
クリスはそんなガルダンを冷ややかに見つめる。
ただただ笑うしかないバケモノを見て、一度ナイフを引き抜くとそのまま静かに振り上げた。
そして最後に、バケモノに別れを言い放つ。
「さようなら」
その言葉はバケモノに届かない。
しかし、クリスは躊躇いもなく刃を振り下ろしたのだった。
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