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4:運命とは偶然と必然が混ざること

ひだまりの中の仮面

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 声に誘われるまま歩くこと数分、レミア先生は妙に明るい空間へと出た。そこは通ってきた薄暗い通路とは違い、温かな光で満ちている。
 その場にいるとどこか心まで温かさに包まれるような気がしていると、彼女はあるものを見つけた。

 空間の真ん中、いわゆる光が一番満ちている場所に一つの仮面がある。
 おかしなことにそれはレミア先生を見ており、まるでずっと待っていたかのように見えた。

『ああ、やっと来てくれましたか』

 彼女がその仮面を見ていると優しい声が放たれた。どうやら先ほど声の主はこの仮面のものらしい、と気づく。
 レミア先生はやれやれと頭を振った。見たところ、仮面は助けが必要ではなさそうに見える。どこか傷ついている様子はなく、それどころか封印の類もない。
 ではなぜ、これはレミア先生を呼んだのか。
 そのことを考えていると仮面はこう告げた。

『おねがいしたいことがあります。私のお腹を満たしてほしいです』

 レミア先生はその言葉を聞き、深くため息を吐いた。
 どうやらこの仮面はただの魔術道具ではない。それどころか、対価を得て力を発揮するいわゆるいわく付きの代物だ。
 おそらくどっかの誰かが扱いきれなく捨てた、もしくは力尽きてしまい彷徨ってしまったかのどちらかだろう。
 どっちにしてもはた迷惑であることに違いない。

「それはアンタの返答次第ってところかしら?」

 レミア先生はこの類の扱い方は知っている。だから交渉の一環として彼女は仮面に能力について聞くことにした。
 見合った対価で有用であれば契約、それほど魅力が感じられなかったら他をあたってもらう。魔術師なら常識的な交渉である。
 それは意思を持つ魔術道具でも常識的なことなのだが、この仮面は少し違った。

『なんでもできます! 暗殺に正面突破、回復に解毒、催眠から身体強化までなんでも! だからおねがいします! 契約してください!』

 とても追い詰められているのか、それとも単なるバカなのか。
 ひとまずこのやり取りは交渉ではなかった。いや、もしかしたらバカなふりをして嘘の申告をしているかもしれないが、この場では逆効果だ。
 おそらく前者だろう、と考えつつレミア先生は話を進めることにした。

「アンタねぇ、いくらお腹が空いているからといってそれはないでしょ? というかそんな能力があるの?」
『あります! ありまくります! できますし、対価がもらえたら他にもできますよ! ただ、その分だけ燃費がかかるんですよ。おねがいします、助けてください。もうお腹がペコペコで死にそうなんですぅ~』
「わかったわかった、話は信じてあげるから」

 そう言ってみたはいいものの、とレミア先生は考える。
 現状、生活に必要な最低限の代物で十分だ。そもそも魔術道具が必要になることは現在あまりない。必要なものは持っているし、禁書の解読に時間を費やさないといけないこともあって相手をしている暇はない。
 そうだ、とレミア先生はあることを閃く。それは仮面が持つ知識についてだ。

「ねぇ、アンタ。オーロンの知識って持ってる?」
『オーロンですか? あの偏屈で変態な魔術師がどうしたんですか?』
「十分。それなら偏った正義感と間違った倫理観の知識も持ってそうね」
『一応は。なんなら異常な守備範囲の女性遍歴もわかりますよ』
「オッケー、合格。契約してあげるわ」

 仮面はよくわかっていなかったが、やったぁーと喜んでいた。これから訪れる変態が作った禁忌の魔術書を解読しないといけないことを知らないまま。
 レミア先生はひとまずそのことを伏せておき、契約を進める。宙に浮いている仮面を手に取り、契約するために被ろうとした。

「あ、そうだ。まだ名前を聞いてなかったわね」
『ごめんなさい。今はないです』
「どうして?」
『その、前の主人に契約解除と一緒に取られてしまいまして。よろしければつけてくれませんか?』

 仮面の申し出を受け、レミア先生は考える。
 ひだまりの中にいたので、それらしい名前でもいいかもしれない。太陽、光、温かさ、と考えていき、ある名前に辿り着く。
 その名前は愛らしく、この仮面には似合わない名前だ。

「サンってのはどう? ちょっと安直かもしれないけど」
『いいですね! とてもいいです。気に入りました!』
「じゃあアンタは今日からサンね」

 レミア先生はそう宣言し、仮面であるサンを被る。途端に身体から温かな光が放たれ、感じたことのない力が湧き出てきた。
 どうやらとても強力な魔術道具らしい。反動は怖いけど、何かあったら助かるかも。
 そう考えていると、サンがうっとりとした声をこぼした。

『これはなんて美味しい――例えるなら水飴みたいなとろけるような甘さが』

 どうやらサンはサンでレミア先生の魔力を味わっているようだ。
 そのうっとりした様子は、契約者になった彼女が気味悪さを感じるほどのものである。

『ああ、なんて美味しいのですか。こんな魔力、初めてです。ずっと啜っていたい』
「それはどうも。それより離れてくれない? 前が見えにくいんだけど」
『嫌です! もっと味あわせてくださいよ! それに私、久々のご飯なんですよ!』
「私のことも考えろ。ったく、もうすぐ用事の時間だってのに」
『用事? 何かするんですか?』
「人と会うの。だから離れろ」

 レミア先生は無理矢理サンを引き剥がし、深呼吸を始めた。
 サンは『ご無体なぁ!』と泣いていたが無視をする。ひとまずそのままバックにサンをしまい、目的地へ向かう。

「ったく、休日なのに嫌になるわね」

 本日は仕事がない日。羽を伸ばせる休日だ。
 だが、そんな日を狙って声をかけてきた者がいる。無碍にはできないそれに会うために、レミア先生は集合場所であるカフェへ向かったのだった。
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