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第2章 ヤビコ迷宮の大騒乱

13:戦闘! 闇に紛れたオーク

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◆◆15◆◆

 闇に潜む危険な怪物が音も立てずにシャーリーを睨みつけている。今か今かと襲いかかるタイミングをうかがうそれは、とても不気味であった。

 そんな敵と対峙していることもあり、彼女は杖を強く握り戦闘態勢を取る。
 いつでも反撃できるように、と身構えているとドロシアが声をかけた。

『シャーリー、その杖の使い方を教えるわ。正確には組み込まれている仕組みを利用した戦い方だけどね』

「どうするの?」
『まずはそうね、なんでもいいから杖を使って思いっきり叩いて。そうすればドライブが駆動するわ』

 シャーリーは言われた通りに何かを叩こうとする。だがその瞬間、息をひそめていたオークが大声を放った。
 ドスドスと、嫌な地鳴りが響く。途端にドロシアが『右へ飛び込んで!』と叫んだ。

 シャーリーは言われた通りに右へ飛び込む。直後、何かが炸裂するかのような大きな音が響き渡った。
 思わず顔を上げ、彼女は確認する。すると先ほどまで立っていた場所が抉り取られたかのような大きな穴が空いていた。

『大丈夫?』
「う、うん」
『相変わらずの馬鹿力ね。でも動きは単調だから、冷静に観察すれば回避は簡単よ』
「でも、万が一攻撃が当たったら……」
『死ぬかもね。だけど大丈夫。私がいるし、それに運良くドライブも駆動したみたいだしね』

 ドロシアに言われ、シャーリーは杖を見る。先端がほのかな黄銅に輝いており、どこか美しい輝きを放っていた。
 どうやら攻撃を回避した時、偶発的に地面を強く叩いたようだ。

「わぁー、きれいー」
『感心している場合じゃないでしょ。来るわよ!』

 闇に紛れたオークが再び突進してくる。
 近づいてくる足音にシャーリーはあたふたし始めた。
 しかし、ドロシアはそんな彼女を見ても冷静に指示を出す。

『地面を叩いて!』
「え? 叩くの?」

 シャーリーは言われて杖で地面を叩く。するとどうだ、聞いたこともない轟音と共に目の前の地面が突起し、オークへ襲いかかった。
 突然の出来事にオークは反応が遅れる。
 そのまま突起した地面にぶつかり、後ろへと弾き飛ばされていった。

「すごーい! これ何なの?」

『元素集約錬成っていうわ。杖に登録した元素を周囲からかき集めて攻撃に応用、ってところかしらね。使い方次第で防御もできるし、迷宮のギミックも利用できるかもね。見た感じ、あのメガネが妙な改造をしているから魔石も組み込んで魔法に近い現象を起こせるわ』

「へぇー、アイザックさんすごいんだー」

 シャーリーはドロシアの解説を聞いて感心する。
 もしかすると他にも応用ができるかも、と考えているとほのかな輝きを放っていた杖の先端が点滅し始めた。

 どうしたんだろう、と思っているとドロシアがこんな説明を付け加える。

『ただ、技術としては未完成。ドライブが継続駆動できる時間は三十秒だけよ』
「短っ! モンスターに囲まれたらどうしようもないじゃん!」
『元々あなたは強くないでしょ? ま、できる限り不必要な戦闘は避けたほうがいいわ』

 ドロシアの言う通り、シャーリーは強くない。むしろとても弱い。
 だからこそシャーリーはシャーリーなりの探索の仕方を見つけなくてはいけないのだ。
 遠回しにそう伝えるドロシアに、シャーリーは「むぅー」と唸った。

「私だってカッコよくモンスターを倒したいのにー」
『いい、シャーリー。勇気と無謀は大きく違うのよ。あなたのお母さんがどれだけ強いかわからないけど、単に力を見せつけるだけで戦ったりはしないでしょ?』

「うん、そうだけど――」
『ならあなたは何のために戦うか、その意味を考えなさい。お母さんが立派な人ならとってもね』

 ドロシアの言いたいこと。それをシャーリーは汲み取りきれない。
 ひとまず無闇に戦うのはよろしくないとだけ受け取ることができた。

 しかし、それ以外は理解できない。だから彼女は少しだけ不服そうにしながらも引き下がる。

「グゥゥ」

 そんなやり取りをしている間に、後ろへ飛ばされたオークが戻ってきたようだった。
 シャーリーは思わず杖を強く握り、身構える。しかし、放たれる声はとても弱々しく力がない。

 だが、闘志は潰えていない様子だ。傷つき、弱りながらもシャーリーを打ちのめそうと迫ってくる。

『だいぶダメージを負ったみたいね』
「あれなら倒せそう」
『油断しちゃダメ。死にかけているからこそ何をしてくるかわからないわ』

 シャーリーは地面をもう一度叩く。すると杖に黄銅の輝きが宿った。
 今度は確実に仕留めるためにシャーリーがにじり寄る。
 ゆっくり、ゆっくりと近づき、そして射程範囲内に入った。

「くらえー!」

 シャーリーが杖を振り上げた瞬間だった。オークが持っていた棍棒をシャーリーに向けてぶん投げる。
 完全に油断していたこともあり、シャーリーは無防備だ。それに気づいたドロシアがシャーリーを守るために盾となった。

「ドロシアさん!」

 シャーリーは思わず駆け寄ろうとする。
 だがドロシアはそれを制止し、こう叫んで指示を出した。

『叩けぇぇぇぇぇ!』

 シャーリーは反射的に地面を叩く。
 杖に反応して地面が突起し、オークへ襲いかかるとそのまま巨体を持ち上げて後ろへと運んだ。
 オークは抵抗できないまま何かに打ちつけられ、そして事切れた。

 シャーリーはオークを倒したことを確認した後、急いでドロシアの元へ駆け寄る。その身体(表紙)は表面が裂けており、痛々しい姿となっていた。

「あ、あぁ……」
『ったく、今回の授業料は高くつくわよ』
「ごめんなさい。私、わたしぃ……」
『泣くな泣くな。これからこういうことをたくさん経験するんだから』
「でも、でもぉーっ」

 シャーリーは泣きながらドロシアを治す方法を考えていた。

 ポーションをかければいいかもしれない。しかし、ドロシアは本だ。そんなことをしてしまったら返って悪化する可能性がある。
 かといってシャーリーに本を修復する能力はない。

 泣きながら、どうしようと彼女は懸命に考える。そんなシャーリーを見ていた白いモコモコは、彼女の肩に乗って励ますように涙を舐め取った。

「ごめん、ありがとう」

 白いモコモコにシャーリーは感謝する。しかし、胸に抱いたドロシアは傷ついたままだ。

 どうしようもない状況の中、白いモコモコは肩から飛び降りる。そしてまた「にゃー」と鳴いた。
 その鳴き声は闇夜に響き渡る。数秒もすると違う場所から返事が返ってきた。

 そしてそれは三つ、四つと増えていく。気がつけばその鳴き声は大合唱となっており、どこか美しい歌のように聞こえた。

「君達が私を呼ぶとは珍しいな」

 澄んだ声が鼓膜を揺らした。
 思わず振り返ると、そこには美しい男性が立っている。
 闇に溶けそうな黒髪に、整った目鼻立ちはとてもではないがシャーリーの知る男性ではない。

 まるで神様でも見ているかのような気分になっていると、その男性に白いモコモコが駆け寄った。

「どうしたんだ? 言っておくが今の私はたいしたことはでき――」

 男性が顔を上げた瞬間、目を大きくした。
 抱えている本、そしてシャーリーを見て固まっている。しかしその驚きは僅かな時間だ。
 過ぎ去ると男性は嬉しそうに微笑んだ。

「運命とは数奇なものだ」

 男性は何かを呟き、シャーリーへ歩み寄る。彼女が思わず警戒心を抱き、ドロシアを守るように抱きしめると男性は微笑んだ。
 その顔はどこか、懐かしむような笑顔だった。

「私の名前は〈ダンダリオン〉だ。この世界の監視を任命されている使者。使える力は僅かだが、君の助けになろう」

 絶世の男性ダンダリオンが手を差し伸べる。シャーリーは一度その手を取るか迷ったが、握ることにした。

 罠でも何でもいい。どんなことがあってもドロシアを助けたい。
 そんな一心から来る大きな覚悟だった。
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