婚約者を見限った令嬢は、1年前からやり直す。

伊月 慧

文字の大きさ
35 / 50
re;

20,戦況

しおりを挟む



 戦況は最悪だ。

 ライダス様の消息は今や不明。しかも戦場にいるサルマンス兵は半数が死んでいる。それに比べてターリック王国は少しの死者しか伴っていない。それに次いで、更にターリックの援軍が押し寄せているらしい。このままではこちらの領土を圧しきられてしまう。

 王都に攻め入られる前にどうにかしなくてはならない。

 とは言ったものの、サルマンスとターリックとではまず違いが多すぎる。ターリックはこの戦争に向けて、慎重に下準備をしてきたのだ。それに比べて、サルマンスはどうだ。ロクな武器もない。
 向こうは最新の武器を披露し、直接対戦などしない。遠距離の大砲を使い、一台で数十人を殺してしまう。
 こちらは大砲の準備もままならず、持っているのは銃と剣のみだ。

(さて、どうするか…)

「ルイス様」
「…調べたか?」

 どうせ、土台から違うのだ。ムキになって張り合い無駄な死者を出すくらいなら。
 初めから、頭で戦ってやる。
 ターリックはいつも、肝心なところで詰めが甘い。
 負けるかもしれない…死ぬかもしれないという恐怖に襲われた人間は、何だってするものだ。それを考えないとは。


***


 都に電報が打たれる。
 街が明るく包まれ、歓喜の声が発せられる。

「ルイス王子、万歳!」

 そう街の人々は叫ぶ。騒ぎ、騒ぎ、お祭り状態だ。

 それもそのはず。ルイスが一晩にして、戦況をひっくり返したのだ。
 サルマンス王国の国境近くに、絶壁の崖がある。崖が平らなので、登ることも不可能な壁だ。
 その崖の谷で、ターリック王国の兵士は夜営テントを張ったらしい。
 まさか、絶壁の崖をルイス達が登るなど、夢にも思わなかったのだろう。
 その戦略は、あまりにも無謀な方法だった。
 崖と云えども、そこまで高いわけではない。たかだか十メートルかそこらだ。
 けれど足を滑らせれば、確実に死んでしまう。
 そんな崖を、ルイス達は命綱無しで登ったそうだ。幸い死者が出なかったのは、武力に優れ、体力のある者を引き連れて登ったからだと言う。
 そしてターリック兵が夜営テントの見張りを交代する、その瞬間。
 何時間も待ち伏せしていたルイス達が一斉に火のついた矢を放ったとか。
 そして下には予め、油石が置いていた。油石とは、サルマンス王国にしかない資源だ。火がつくと一気に燃え上がるのが特徴だが、普通の石と大変見分けがつきにくい。
 けれど石は固く溶解することが出来ないため、特に使い道がなかった。

 そして谷に油石が大量に埋まっていたことが分かったのはつい最近だ。
 そのため、ターリック兵は何も知らずに夜営をそこに決めてしまったのだろう。

 油石は火がついた瞬間、燃え上がる。そしてそれが次々と他の油石に移り、ターリック兵が気付いた頃には火の海、しかも壁は絶壁。逃げられず囲まれ、そのまま焼け死んだという。
 ターリック王国はそれを聞き、援軍を一時退却させるそうだ。このまま進んだところで所詮援軍。死んだ勇義軍の強さとは程遠い。


 街の歓喜に満ちた様子をヒューリアは馬車の窓から眺めていた。
 思うのは二つ。ルイスは無事か、怪我をしていないか。危ないことをして、大丈夫だったのだろうか。
 そう心配するヒューリアに、最早あの事ーールイスも同じく、何度もやり直していたのを分かったことは、もう頭になかった。

 そして考えていた、もう一つ。

 どうして人が焼け死んだというのに、ここまで歓喜の声を上げられるのだろう。確かに仕掛けたのは向こうだ。けれど、数え切れないほどの人が亡くなった。
 皆、同じ人間なのだ。


(ライダス様は結局、重症状態で見つかったと言うし…そろそろ、ルイス様も帰って来られるかしら…?)

 ルイス様は何だかんだ優しい。人を殺してしまったことについて、自分を責めていなければいいけれど。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

処理中です...