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しおりを挟む「ただいま、香織」
物静かな声が、玄関から聞こえてくる。
「おかえり、陽一さん」
出迎えると嬉しそうに笑いかけてくれる。
「ただいま」
彼はもう一度言うと、私をゆっくりと抱き締めた。
***
家を出たのは三日前のことだ。荷物は全部持ち、離婚届を置いてきた。実家に戻るつもりでいたけれど、陽一に報告だけすると、やや強引に家に連れて来られた。
さすがにどうかとは思ったが、実家は多分和樹の味方だろう。だからどうしても行けなかった。
けれど唯一、私のことも考えてくれたお母さんには遠回しに伝えようとメールしたけれど、私の意図が伝わったかどうかは分からない。
和樹にしていたように、陽一が仕事から帰ってくるまでの間に掃除をして、選択と洗い物を済ませて、買い物に行く。そしてご飯を作り、陽一が帰ってきて、二人で手を合わせる。
陽一の一つ一つの言動を見るたびに、心が温まっていく。
朝のおはよう、ただいまとお帰り、些細なことへのお礼の言葉、少しのいさかいでも陽一は素直に謝ってくれた。きっと和樹なら自分から折れていただろう。
人間というのは単純なことだ。自分の作った料理の感想を言ってくれるたけで嬉しくなる。当たり前の『いただきます』も、言われると嬉しい。
和樹はそんなことを言う男ではなかった。
「…香織?どうした?」
「え?う、ううん、何でもない」
こうして些細なことでも聞いてくれる陽一が本当に大好きだった。
「…なぁ、香織」
「なぁに?」
「まだ特に手続きとかしてないんだろ?」
「え?」
「あのさ、……住所変更とか、もし、香織がよかったら、その…俺の、ところに…」
まどろっこしい陽一の提案に、少しだけ驚く。
「…嬉しい。…いいの?」
「当たり前だろ、…あと、」
少し考えるように、陽一が言葉を慎重に紡いだ。
「…離婚届が受理されたら、香織の実家に挨拶にいきたい。それで、香織にも来てほしい」
「あ…」
それは考えていたことだけれど、本当に陽一は私と結婚をすることを考えているのだ。
(…いいの、かな?)
陽一の両親のことは知っている。穏和な性格で陽一と似て優しいし、向こうも覚えているかもしれないけれど。昔付き合っていた女がバツをつけて自分の息子と結婚するなんて、どんな気持ちだろう。少なくとも嬉しくはないだろう。
「…そんな身構えなくてもいいよ」
「えっ?」
「香織のこと、話してるから」
「えぇ!?」
そんな話、聞いてない!
「話してるって、どこまで…!」
「親に見合い、勧められていたんだよ。香織と別れてから、マトモに付き合った子がいなかったから。でも香織を見つけて、絶対にまた俺のところに帰すって決めたから。だから親にもそう宣言した」
「さ、宣言したって…」
なにを?と、恐ろしくて聞けない。けれど陽一は分かったようだ。
「五年以内に香織を結婚相手として連れてくるって。親父もお袋も、香織が再婚だったとしても気にするような人じゃないし。それに、香織もそれを選んで無理強いしないなら好きにしろって言ってくれた。お袋は香織のこと気に入ってたし」
…なんということでしょう。そんなに断言したなら陽一の両親も、賛成せざるを得なかったのだろう。
「…けれど…」
「俺はお前と結婚することしか考えてないよ。遊びのまま、昔みたいに終わらせる気なら捕まえてない」
確かにそうだけれど。
少しだけ、嫌な予感がしたのだ。
和樹が離婚届を出してない、…みたいな。
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