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第二章
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しおりを挟む「なんだか、こうしているのもつまらなくなってきたわ」
更に数ヵ月が過ぎた頃。
ロマン・トゥルダの人々の間に、そんな言葉が囁かれるようになった。いままで、己自身に対して疑念など思い浮かぶことすらなかったのに。
周囲の色が褪せるように、舞踏会に参加する彼らの顔は、次第に冷めたものになる。夜会に顔を出す者が、日を重ねるごとに少なくなった。
こころなしか、楽園を駆け抜ける風も、冷たくなったようだ。
人々は最近思うようになった。
夜ごと恋人を変えるのは、本当の愛を知らないからではないのか。
では、―――本当の愛とは、なに?
愛とは?
その日によって恋人を変えないこと?
たったひとりのひとと、寄り添い続けること―――。
レーナとヨアンのように、強い繋がりを持つことが羨ましいと思った。
彼らの姿こそが本当の愛の姿ではないのか。
彼らは次第に不安に駆られるようになった。
もしかしたら、レーナの言っていたことは意味があるのかも、しれない。
神は―――。
神とは……?
ロマン・トゥルダを創り、我々人間を選んだ神は、いったいどんな意図をもってこれを為したのか。
―――選ばれなかった者は、どうなったのか。どこに行き、どんな運命を辿ったのだろう。
それとも本当に、我々は選ばれたのだろうか。〝選ばれた〟のではなく、初めから我々しか存在しなかったのでは?
では、―――ならばいったいロマン・トゥルダとはなんなのか。
快楽だけの毎日を、何故神は我ら人間に与えたのだろう。
その、意味、とは?
―――判らない。
顔を互いに見合わせても、なにを見てもなにかにすがろうにも、手のひらで摑めるものは虚しさと場当たりな誤魔化しばかりで答えは見つからない。
―――神の考えが、判らない。
何故、快楽を求めるのかが判らなくなる。あれほどまでに浸かりきっていたのに、もはや虚しいだけとなった快楽の日々。
ああ、レーナが難しい顔をして訴えていたのは、こういうことだったのか。
いまさらながらに人々は知る。知っても、なにができるわけでもない。
これからどうすればいいのか。快楽の追求を見失ってなにが残るのだろう。果てることのない遠大な時間を、どう過ごしていけばいい?
目の前に突如として現れた巨大で険しい山のような―――けれど空虚な現実に、人々はなすすべを持たない。
ただ快楽だけが生きるすべてだったから。
我々は日々の生活を、どうしていたのだろう?
食糧は?
水は?
装飾品などを購入するための金銭は?
蝋燭はいったいどこから?
―――生まれてしまった心の空白を埋めてくれる愛しいひとは、どこにいるのか。
気付いてみると、自分たちのまわりには、なにもない。ひとりきり。孤独だった。
ただひたすらに孤独だった。
心が、寒い。
胸の奥に、苦りきった思いがわだかまっている。
どこかにそれを放出させたい。爆発させたい。このままでは、気が変になってしまう。
助けて欲しい。
誰か。
どうして誰もいない? どうして誰も答えてくれない?
昨日、隣で微笑んでいたあのひとはどこにいった?
―――ああ、そうか。
あいつがいるからか。
だから、あのひとは昨日のように抱き締めてこの心の寒さを埋めてくれないのか。
あいつがいなければ、あのひとは自分に手を差し伸べてくれるはず。
誰かを独占したい。いつも自分だけを見ていて欲しい。他の誰も見て欲しくない。自分だけをただ一途に愛して欲しい。
あいつは、いらない。
突然生じたひととひととの愛憎関係。
ロマン・トゥルダの人々の中に、初めて昏い感情が生まれた。
裏切り。憎しみ、妬み。
騙し合い―――殺人。
―――死。
それまでロマン・トゥルダに死の概念はなかった。誰も命を落とすことがなかったから。
けれど、もう違う。
人々は殺意を知ってしまった。
死の存在が生の裏側にあると人々は知ってしまった。
人間というのは、なんとあっけなく命を手放すのか。階段の踊り場から背を押すたったそれだけで、瞬きひとつしない邪魔なモノになってしまうのだ。
我々人間は、こんなにも浅い存在だったとは。
ロマン・トゥルダの者たちは、誰からともなく自らの存在を嘆いた。
そして、あまりにも身近すぎる死に対し、純粋すぎたが故に、生に対し猛烈な執着を示した。
他人などどうでもいい。自分だけはなんとしても生き抜いてやる。
ひとびとの目が、表情が、剥き出しの本能を映し出す。その場限りの薄い笑みを貼り付けただけの仮面は、いつしか皆脱ぎ捨ててしまっていた。
ロマン・トゥルダは、乱れに乱れた。
神聖なる楽園が俗物に落ちてゆくのに、時間はかからなかった。
人々の鬱憤とやり場のない苛立ち。それらは次第に、冬枯れたロマン・トゥルダを嘆く聖職者たちの怒りに呼応していった。
―――すべての始まり、レーナを処刑すべきだ、と。
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