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第56話 エリナとして side:エリナ・シュリデルト

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 中央管理塔、管理室。

 通信用の魔導品や、周辺の状況を確認することができる遠距離投影用のモニター型魔導品などが所狭しと並べられている。

「都市長! 魔魂誘導砲により市街の敵勢力、95%の掃討を確認。やりましたね、あとは残党を倒すのみです!」

『………………』

 その部屋の中心で、珍しく歓喜の感情を見せたエリナの呼びかけに対し、中央管理塔最上階にいるはずの都市長、カリア・オルトベイルからの返答はなかった。

「……都市長? お疲れになってしまいましたか? 大丈夫です。もう魔魂を使う必要はないですよ。あとは都市の防衛設備で――」

 魔導品に向かって再度呼びかけるエリナ・シュリデルト、その彼女の正面に設置された管理モニターに赤い警告ウィンドウが表示される。

 彼女はそこに並んだ文字を目で追いながらも、呼びかけることをやめない。

「もう……もう終わったんですよ、都市長。そうだ、街が平和になったら一緒にどこかへ出かけませんか? 『サポーター』としてではなく、普通のエリナとしてご一緒させてください。私だって普段は普通の女の子なんです……たまには、綺麗な景色なんかも見たいです」

 赤い警告ウィンドウは消えない。

 モニター全面を大きな表示で占拠している。

「まだやりたいこと、いっぱいです。都市長と街の巡回をしたいし、これからも街を一緒に守りたい。ご飯なんかも一緒に食べたいですし、テリアさまも入れて、三人で……なにか……料理でも……」

 言葉の語尾が大きく震えた。

 これ以上、平静を装うことは無理だった。

 赤い警告ウィンドウに浮かぶのは――『カリア・オルトベイル死亡』の文字。

 リディガルードへの魔魂の供給が断たれ、全てのシステムが停止したことによるエラーウィンドウ。

「うわああああああああっ!!」

 エリナの嗚咽が管理室中に響きわたる。

 モニターには彼女の涙が流れ落ちていく。

 もう呼びかけても応答のない魔導品に向かって、彼女は大好きな都市長の名前を何度も、何度も叫び続ける。

 これは自分の失態だ。

 都市長を酷使し、死に追いやるなど「サポーター」として許されるはずがない。だが一方で、こんな結末を迎えるだろうということを、彼女はうっすらと予想してもいた。

 たとえ自分の命を失っても。
 
 それでも街を守るのが、自分の憧れた都市長カリア・オルトベイルだということをわかっていたからだ。

 モニターが新たな警告ウィンドウを表示した。

 中央管理塔一階で、爆発的な魔魂の発生を感知したようだった。

 また、管理塔上層階への敵の侵入を確認した報告も合わせて入る。

 爆発的な魔魂の発生も気になるが、エリナが早急に対処しなくてはならないのは、上層階へ侵入した敵の方だ。

 敵の残党は魔魂誘導砲、またその供給システムを狙っている。

 となれば、敵は確実に最上階を目指すだろう。

「都市長には、触れさせない……!」

 涙を拭いて、エリナ・シュリデルトはふらつきながら立ち上がる。

 本来、「サポーター」は支援業務中に管理室を出ることはない。だが、彼女は管理室のドアを勢いよく押し開けた。管理室のあるフロアから二つ上がったところが最上階。

 エリナは泣き腫らした無様な顔で、無様な走り方で、階段を駆け上がっていく。ここで都市長の死を悲しみ、立ち止まってはいけない。
 
 そんなことを許してくれるような甘い人じゃないのだ。

 エリナが尊敬した都市長は。

 息を切らしながら、最上階に辿り着く。まだ敵の姿はない。

 あるのは、大きな一つの扉だけだ。扉の向こうに都市長がいる。

 だが、今はまだ会う時ではない。
 
 全てが終わったら、その時は。

「最後まで、都市長のことは私が守ります……っ!」

 大きな扉に手を当ててそう言った彼女に、無感情で冷静な「サポーター」の面影はない。

 そこにいるのは、かつて都市長に憧れた無垢な少女だ。

 背後から、複数の粗暴な足音が聞こえた。
 
 エリナ・シュリデルトは振り返る。「サポーター」としてではない。

 都市長を尊敬し、最後まで愛した一人の少女、エリナとして。


「……偉大な都市長の亡骸を愚弄することは許しません。ここは――このエリナ・シュリデルトが通さない」
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