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後編
15年後の国王様は?
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「さて――、詳しく話を聞かせろ」
ローデリヒ様は王太子の私室のソファで、ゆったりと足を組んだ。白い寝間着の上に暖かそうなガウンを羽織り、眉を寄せて難しそうな顔をしているものの、落ち着いているようにすら見える。
さっき、とても高級そうな茶器セットを割っていた人とは思えない。
王太子夫妻の寝室は陶器の破片が転がっているかもしれないという事で、私とローデリヒ様、謎の美少年と何故か着いてきた国王様の4人は場所を変える事にしたのだ。片付けは侍女達に任せてきた。
私はローデリヒ様の隣にガウンやら毛布やらで、グルグル巻きにされて座っていた。ローデリヒ様は長丁場になると思ったらしい。妊婦は身体を冷やすなと、私の世話をする彼は、まるで口うるさい母親みたいだった。
私達の向かいのソファに、謎の美少年は大人しく座っている。
謎の美少年――、と称しても、正体はおおよその見当はついているのだけれど……。異性に触っているのに拒否反応出ないし。
それよりも、こんな時に王太子の私室を荒らし始める国王様の方にちょいちょい目がいってしまう。
一体何しに来たのあの人……。
美少年も国王様の事が気になるようで、ちらちらと気にしながら居住まいを正した。
「は、はいっ。はじめまして……、とは違いますね。キルシュライト王国王太子ローデリヒ・アロイス・キルシュライトの第一子、アーベル・ホルスト・キルシュライトです。称号は王子を戴いております。……今年で16歳になりました」
背筋を伸ばして私とローデリヒ様を見比べる彼は、どこからどう見てもローデリヒ様にそっくり。ローデリヒ様のミニチュアみたいだと思ったことは何度もあったけど、成長しても似ているのはびっくりしたな……。
……なんて、そんな事を考えてしまうくらいには、この非現実的な状況に混乱している。
ローデリヒ様も似たようなもので、アーベル(16歳)の自己紹介に「そうか……」と言ったっきり悩むように口元に手を当てて黙り込んだ。
「父様、母様、申し訳ありません。いきなり僕が16歳になったなんて、信じられませんよね……」
しゅん、と落ち込む彼に、私は思わず手を振って否定した。
「いやいや!アーベルなんだろうなっていうのはなんとなく察してたんだけど、なんというか……アレですよね?!ローデリヒ様!!」
「あ、ああ……。急で驚いているだけだ」
衝撃的すぎて未だに頭が回らない私は、完全にローデリヒ様にぶん投げた。ローデリヒ様は私の勢いに気圧されながらも頷く。
「アーベル。お前のその能力は一体何だ?幼児がいきなり16歳になるなど聞いた事がない」
ローデリヒ様はアーベルをまじまじと見つめる。
1歳の姿のアーベルは寝間着を着ていた。16歳の姿のアーベルはキッチリと黒い軍服を着込み、同色の外套までも羽織っている。どう見ても部屋着ではない。外出する為の服である。
「はい……。僕の能力は非常に珍しい、時空を行き来出来る能力なんです」
「時空を……行き来出来る?」
ローデリヒ様はアーベルの言葉を反芻した。
時空を行き来出来るなんて、下手したら歴史が変わってしまうんじゃない?
私の人の強く考えてる事が伝わってくる能力よりも、もしかしたら珍しいかもしれない。
「勿論、無条件で時空を行き来出来る訳ではありません。過去、あるいは未来の自分との入れ替わりという形で時空を移動しているので、自分の生きていない時代には行けません。そして、移動した時代に留まり続けられるのは1日のみ。それ以上の滞在は出来ません。あとは魔力の消費が激しすぎるなどといった制約は色々あります」
「そうか……、それもそうか。時空を移動出来るなんて、世界を大きく変えてしまうからな」
納得したように頷いたローデリヒ様に続いて、私はアーベルに問い掛けた。
「……あの、つまり、話からすると、1歳のアーベルが16歳に急成長した訳じゃなくて、1歳のアーベルは15年後にいるってことだよね?」
「ええ。でも、母様のご心配には及びませんよ。能力を使う時は周囲に話してから使っているので、今頃未来の方で面倒を見てもらっているはずです」
その言葉を聞いて少し胸を撫で下ろす。目の前にいるのは息子だと分かっているのに、急成長しすぎて頭がついていけていない。でも、何故か本能は納得している。不思議な感覚。
「ところで、未来から今日に移動してきた目的はなんだ?」
あ。色々制約があっての上で時空を移動してきたのなら、今日に何か大事な目的があって来たと考えるのが自然か。
ローデリヒ様の質問に、アーベルはちょっと気まずそうに頬をかいて苦笑いをする。
そして、この騒動の原因をあっさり白状した。
「実は――、間違っちゃったんです。移動するはずだった日を」
「……は?」
「……え?」
ローデリヒ様と私の声がぴったりと重なる。
間違った……、なるほど。間違っちゃったのか。
…………えっと、まあ、そんな事もあるよね。
私もローデリヒ様に出されたお菓子、間違って食べちゃうことよくあるし。
この後どうするのか、と聞こうとした時、呑気な声があがった。
「なあなあ、ローデリヒ。お主、どこにエロ本隠し持っておるのじゃ?」
「そんなもの持ってません!父上はここに何しに来たんですか?!」
「男のバイブルを持ってない……じゃと……?!」
私室を漁っていた国王様の声に、ローデリヒ様は半ば反射的に返す。ローデリヒ様の返事に何やら愕然とした表情を浮かべた国王様だったけど、私としてもこの空気の中、よくエロ本探し出来たなって思う。
マイペースが過ぎる国王様にローデリヒ様の機嫌が下がったのを肌で感じるけど、どうやってもフォロー出来ないよ……。
「あの、貴方のお名前を伺っても?」
さっきからしきりに国王様の事を気にしていたアーベルが、ちょっと警戒しつつ問いかける。
……え、ちょっと待って。
アーベルが祖父である国王様の事が分からないって、そんなまさか。
まさか、15年後の未来には――。
隣のローデリヒ様も息を飲んだ。
私達がハラハラする中、国王様はニンマリと笑って堂々と口を開く。
「ワシはキルシュライト国王、ディートヘルム・エリーアス・キルシュライトじゃ」
「あっ、祖父様でしたか。申し訳ありません。今と随分体型が違っていたので……。昔は太……いえ、ふくよかだったと父様が仰っていたのは本当だったんですね」
アーベルが納得したようにニコニコと微笑む。予想していた反応とは違って、私は無意識に張り詰めていた息を吐いた。ローデリヒ様も脱力していた。
「……という事は、15年後の父上はお痩せになっているということか?」
「はい。……痩せているというか、随分と鍛えているようなので、筋肉隆々としていらっしゃいます」
「ち……、父上が、筋肉隆々……っ?!」
海色の瞳を大きく見開くローデリヒ様は、たぶん今までの話の中で一番驚いているらしかった。
「実は……妹が、筋肉隆々とした老年騎士と結婚したいと言ったらしく、それを聞いた祖父様が急に鍛えだして……、今では騎士団に混じって訓練をしています」
「妹……」
「妹……?」
アーベルの話した内容の一単語だけを拾い上げた国王様とローデリヒ様は、バッと私の方を振り向く。
正確には、私のお腹の方へと視線を向けた。
「……アーベル、その老年騎士は一体誰だ?娘と出会わないように今から手を打って置かなければならないからな」
「孫娘を誑かす野郎はどいつじゃ?ワシの国王特権でけちょんけちょんにしてやるわい」
ジリジリとアーベルに詰め寄る二人を見ながら、私はお腹を撫でる。
まさかこんな感じで性別が分かるとは思ってなかったけど、この子は女の子なのかあ……。
「祖父様、父様、そんなんだから妹に鬱陶しいって言われるんですよ……」
ちょっとげんなりしているアーベルの言葉に、国王様とローデリヒ様は二人してショックを受けたように肩を落とした。
そんな光景を見て、私は思わず笑みが零れる。
生まれる前から随分と愛されてるみたいだよ、赤ちゃん。
ローデリヒ様は王太子の私室のソファで、ゆったりと足を組んだ。白い寝間着の上に暖かそうなガウンを羽織り、眉を寄せて難しそうな顔をしているものの、落ち着いているようにすら見える。
さっき、とても高級そうな茶器セットを割っていた人とは思えない。
王太子夫妻の寝室は陶器の破片が転がっているかもしれないという事で、私とローデリヒ様、謎の美少年と何故か着いてきた国王様の4人は場所を変える事にしたのだ。片付けは侍女達に任せてきた。
私はローデリヒ様の隣にガウンやら毛布やらで、グルグル巻きにされて座っていた。ローデリヒ様は長丁場になると思ったらしい。妊婦は身体を冷やすなと、私の世話をする彼は、まるで口うるさい母親みたいだった。
私達の向かいのソファに、謎の美少年は大人しく座っている。
謎の美少年――、と称しても、正体はおおよその見当はついているのだけれど……。異性に触っているのに拒否反応出ないし。
それよりも、こんな時に王太子の私室を荒らし始める国王様の方にちょいちょい目がいってしまう。
一体何しに来たのあの人……。
美少年も国王様の事が気になるようで、ちらちらと気にしながら居住まいを正した。
「は、はいっ。はじめまして……、とは違いますね。キルシュライト王国王太子ローデリヒ・アロイス・キルシュライトの第一子、アーベル・ホルスト・キルシュライトです。称号は王子を戴いております。……今年で16歳になりました」
背筋を伸ばして私とローデリヒ様を見比べる彼は、どこからどう見てもローデリヒ様にそっくり。ローデリヒ様のミニチュアみたいだと思ったことは何度もあったけど、成長しても似ているのはびっくりしたな……。
……なんて、そんな事を考えてしまうくらいには、この非現実的な状況に混乱している。
ローデリヒ様も似たようなもので、アーベル(16歳)の自己紹介に「そうか……」と言ったっきり悩むように口元に手を当てて黙り込んだ。
「父様、母様、申し訳ありません。いきなり僕が16歳になったなんて、信じられませんよね……」
しゅん、と落ち込む彼に、私は思わず手を振って否定した。
「いやいや!アーベルなんだろうなっていうのはなんとなく察してたんだけど、なんというか……アレですよね?!ローデリヒ様!!」
「あ、ああ……。急で驚いているだけだ」
衝撃的すぎて未だに頭が回らない私は、完全にローデリヒ様にぶん投げた。ローデリヒ様は私の勢いに気圧されながらも頷く。
「アーベル。お前のその能力は一体何だ?幼児がいきなり16歳になるなど聞いた事がない」
ローデリヒ様はアーベルをまじまじと見つめる。
1歳の姿のアーベルは寝間着を着ていた。16歳の姿のアーベルはキッチリと黒い軍服を着込み、同色の外套までも羽織っている。どう見ても部屋着ではない。外出する為の服である。
「はい……。僕の能力は非常に珍しい、時空を行き来出来る能力なんです」
「時空を……行き来出来る?」
ローデリヒ様はアーベルの言葉を反芻した。
時空を行き来出来るなんて、下手したら歴史が変わってしまうんじゃない?
私の人の強く考えてる事が伝わってくる能力よりも、もしかしたら珍しいかもしれない。
「勿論、無条件で時空を行き来出来る訳ではありません。過去、あるいは未来の自分との入れ替わりという形で時空を移動しているので、自分の生きていない時代には行けません。そして、移動した時代に留まり続けられるのは1日のみ。それ以上の滞在は出来ません。あとは魔力の消費が激しすぎるなどといった制約は色々あります」
「そうか……、それもそうか。時空を移動出来るなんて、世界を大きく変えてしまうからな」
納得したように頷いたローデリヒ様に続いて、私はアーベルに問い掛けた。
「……あの、つまり、話からすると、1歳のアーベルが16歳に急成長した訳じゃなくて、1歳のアーベルは15年後にいるってことだよね?」
「ええ。でも、母様のご心配には及びませんよ。能力を使う時は周囲に話してから使っているので、今頃未来の方で面倒を見てもらっているはずです」
その言葉を聞いて少し胸を撫で下ろす。目の前にいるのは息子だと分かっているのに、急成長しすぎて頭がついていけていない。でも、何故か本能は納得している。不思議な感覚。
「ところで、未来から今日に移動してきた目的はなんだ?」
あ。色々制約があっての上で時空を移動してきたのなら、今日に何か大事な目的があって来たと考えるのが自然か。
ローデリヒ様の質問に、アーベルはちょっと気まずそうに頬をかいて苦笑いをする。
そして、この騒動の原因をあっさり白状した。
「実は――、間違っちゃったんです。移動するはずだった日を」
「……は?」
「……え?」
ローデリヒ様と私の声がぴったりと重なる。
間違った……、なるほど。間違っちゃったのか。
…………えっと、まあ、そんな事もあるよね。
私もローデリヒ様に出されたお菓子、間違って食べちゃうことよくあるし。
この後どうするのか、と聞こうとした時、呑気な声があがった。
「なあなあ、ローデリヒ。お主、どこにエロ本隠し持っておるのじゃ?」
「そんなもの持ってません!父上はここに何しに来たんですか?!」
「男のバイブルを持ってない……じゃと……?!」
私室を漁っていた国王様の声に、ローデリヒ様は半ば反射的に返す。ローデリヒ様の返事に何やら愕然とした表情を浮かべた国王様だったけど、私としてもこの空気の中、よくエロ本探し出来たなって思う。
マイペースが過ぎる国王様にローデリヒ様の機嫌が下がったのを肌で感じるけど、どうやってもフォロー出来ないよ……。
「あの、貴方のお名前を伺っても?」
さっきからしきりに国王様の事を気にしていたアーベルが、ちょっと警戒しつつ問いかける。
……え、ちょっと待って。
アーベルが祖父である国王様の事が分からないって、そんなまさか。
まさか、15年後の未来には――。
隣のローデリヒ様も息を飲んだ。
私達がハラハラする中、国王様はニンマリと笑って堂々と口を開く。
「ワシはキルシュライト国王、ディートヘルム・エリーアス・キルシュライトじゃ」
「あっ、祖父様でしたか。申し訳ありません。今と随分体型が違っていたので……。昔は太……いえ、ふくよかだったと父様が仰っていたのは本当だったんですね」
アーベルが納得したようにニコニコと微笑む。予想していた反応とは違って、私は無意識に張り詰めていた息を吐いた。ローデリヒ様も脱力していた。
「……という事は、15年後の父上はお痩せになっているということか?」
「はい。……痩せているというか、随分と鍛えているようなので、筋肉隆々としていらっしゃいます」
「ち……、父上が、筋肉隆々……っ?!」
海色の瞳を大きく見開くローデリヒ様は、たぶん今までの話の中で一番驚いているらしかった。
「実は……妹が、筋肉隆々とした老年騎士と結婚したいと言ったらしく、それを聞いた祖父様が急に鍛えだして……、今では騎士団に混じって訓練をしています」
「妹……」
「妹……?」
アーベルの話した内容の一単語だけを拾い上げた国王様とローデリヒ様は、バッと私の方を振り向く。
正確には、私のお腹の方へと視線を向けた。
「……アーベル、その老年騎士は一体誰だ?娘と出会わないように今から手を打って置かなければならないからな」
「孫娘を誑かす野郎はどいつじゃ?ワシの国王特権でけちょんけちょんにしてやるわい」
ジリジリとアーベルに詰め寄る二人を見ながら、私はお腹を撫でる。
まさかこんな感じで性別が分かるとは思ってなかったけど、この子は女の子なのかあ……。
「祖父様、父様、そんなんだから妹に鬱陶しいって言われるんですよ……」
ちょっとげんなりしているアーベルの言葉に、国王様とローデリヒ様は二人してショックを受けたように肩を落とした。
そんな光景を見て、私は思わず笑みが零れる。
生まれる前から随分と愛されてるみたいだよ、赤ちゃん。
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