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後編
やっと離宮に参ります?
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「え、ティーレマン子爵の元に嫁いだんですか?」
ローデリヒ様に手渡された書状を読んで、私は声を上げた。
私達はゆっくりの日程で離宮へと向かっていた。
ローデリヒ様は媚薬を盛られていたけれど、体調はすぐに回復。私の安定期を待っての事だった。
アーベルが深夜寝付かなくて生活リズムが崩れてしまったのか、当初の予定通りにはいかなくて、少し遅れてしまったけど。
「ああ。正確に言うと下賜だが……」
ティーレマン子爵と言うと……国王様よりも確か年上で、私達くらいの年頃の息子が三人くらいいた気がする。前に覚えた貴族名鑑の記憶から引っ張り出してきた情報だけど、優しそうなおじさんだった。
ティベルデ・フェルナンダ・キュンツェルって名前の国王様の側室の人の嫁ぎ先が、ティーレマン子爵らしい。
「温厚で公正な人柄。跡継ぎの心配もない。前の奥方は病気で先立たれてしまったそうだが、非常に仲のいい夫婦だったという事だ。後妻を迎えたというよりは、息子ばかりだったから娘が出来たようで嬉しいと言っていた」
「な……なるほど」
なんというか、私と同世代なので犯罪臭が凄いする。
前世だったらほぼアウトのようなものだよね。
「監視によると、元側室は最初はビクビクしていたが、今は穏やかに過ごせているとの事だった」
「それならいいんですけど……」
私は胸を撫で下ろした。そりゃあ、親戚がグルになって色々とローデリヒ様にちょっかい掛けてきた事に思うことはあるけど、そのせいで私と同世代の女の子が身売りみたいな事をされるとちょっと寝覚めが悪い。
一応未遂なのだし、あの子お茶会でもずっと顔色悪くしてたし……、という事であんまり重い罪にはしないで欲しいとお願いしておいた。側室って大変そうだよね。
国王様の後宮には沢山側室いるけど、ローデリヒ様には側室がいないし、本人に側室を迎える気がない。
私と結婚した時は十七歳だったのだし、一人か二人くらいは側室いてもおかしくはない年頃だったよなあと思いつつ、結婚してからも基本的に毎日一緒に寝ているので、この人に女の影が全く見えない事に気付いた。
……いや、流石に彼女の一人や二人くらいは……いたよね?無愛想だけど王太子だし、無愛想だけどイケメンだし。
「なんだ?そんなに気になるのか?」
ローデリヒ様は自身の膝を枕に寝ているアーベルの髪を梳きながら、眉間に皺を寄せる。
「いえ……、ローデリヒ様って恋人いた事あるんですか?」
「ない。一体何の話だ……?」
清々しいくらいの即答だった。「いえ、ちょっと気になったので……」と言葉を濁しながら、娼館の方を利用してたのか……?と推測を立てる。
「……逆に聞くが、アリサはいたのか?」
「え、いたことないですよそんなの。それどころじゃなかったですし……」
前世は女子高生までしか生きてなかったし、今世はそれどころじゃなかったし。彼氏いた事ないんだよね……、旦那はいるけど。
「そうか」
聞いた割にはあんまり興味が無さそうな返答が返ってくる。だけど、ローデリヒ様の眉間の皺が無くなっていた。……ん?ちょっと機嫌が良い……のか?
なんかアッサリと終わってしまったが、ローデリヒ様とまともな恋バナをしたのは初めてかもしれない。お互い恋人いた事がないという、話題のネタすらなかったけど。
振動が少なくなる魔道具に結界やら、何やらを取り付けられた馬車に揺られながら、アーベルはすぐにお昼寝を始めてしまった。まだまだ起きる気配がない。ローデリヒ様がずっとアーベルに膝を提供している状態だけど、やはり痺れているのかこっそり回復魔法を使っていた。ローデリヒ様の魔法の能力って本当に便利なの多いよね。私の能力だってレア物なのに、なんでこんなに不便なのかな。
ローちゃんは私とローデリヒ様、アーベルと向かいの座面を一匹で使用していた。なんて贅沢な……。
「あ、動いた」
唐突にお腹の中でポコ、と動くのを感じて私は声を上げた。ここ最近の大きな変化は、時々小さく動くのを感じられるようになったんだよね。やっぱりお腹の中に居るんだって実感がする。
「本当か……?!」
「触ります?」
「ああ」
ローデリヒ様が目を輝かせて、傍から見てもワクワクしながら私のお腹に手を当てる。骨張った手が私のお腹を撫でるけど、特に反応はなかった。
「……やはりタイミング良くとはいかないな」
「まあまあ、まだもうちょっとお腹にいますし」
ちょっとだけ難しい顔をするローデリヒ様。アーベルの時はこうした触れ合いはなかった。だから、ローデリヒ様は結構興味津々で最近お腹をよく触ってくる。
「少しずつだがお腹も膨らんできたな」
「そうですね。ちゃんと育ってくれているみたいで良かったです」
「魔力不足にもなっていないようで良かった」
「魔力だけは充分ありますからね……」
アーベルの時も魔力不足にはなった事がないし。
私が苦笑いをしている時に、ポコッとお腹が動いた。ずっと私のお腹の上に手を置いていたローデリヒ様もそれを感じたみたいで、パッと私を見る。
「う、動いた、……のか?」
「動きましたよ」
私が頷くと、ローデリヒ様の口元がじわじわと緩む。海色の瞳をゆっくりと細めた。
「父親だと分かったのだろうな。まだ幼いのに聡い子だ」
いや、違うと思う。
流石に幼いとかそういった事ではないと思う。ローデリヒ様はさらっと親バカ披露してるって事に気付いているのだろうか。
「アリサ、抱き締めてもいいか?」
「え、あ、えっ?!」
「急に抱き締めたくなった」
いきなりどうしたんだろう、と思いながら「いいですけど……」と頷く。ローデリヒ様はアーベルを起こさないように私の腰に片腕を回す。とは言っても隣にいるのでそんなに密着は出来ない。スリスリと頬をくっ付けて、こめかみにキスを落としてくる。
「……胸がいっぱいになった気分だ」
「胸がいっぱい?」
珍しく抽象的な表現をしたローデリヒ様を見上げる。普段の無愛想さが家出しているのか、穏やかな表情をしていた。
「アリサが健康で、子も順調に育っている。アーベルも大きな病気にかかる事なく、元気だからな」
ローデリヒ様が上機嫌そうに微笑む。見た目が王子様の嬉しそうな笑みはとても眩しかった。顔が良いって得だ……。
「昔は分からなかったんだが……、親になると分かるな。子供が健康でいてくれる事がどんなに貴重な事かが」
以前にゼルマさんが言っていた言葉とローデリヒ様の言葉が、被った。
――『……健康でいてくれればいいんです。…………健康で、幸せでいてくれれば、それで』
特別、優秀でなくてもいい。特別、尊敬される人にならなくてもいい。大多数の特別にならなくてもいい。
王族という立場では、許されないのだろう。
それでも、一番に願うのは健康と幸せなのだ。
「……ゼルマさんも言ってました。健康で、幸せでいてくれればいいんです。アーベルも、この子も」
やや膨らんできた腹部に手を当てる。隣のローデリヒ様がハッと息を呑んだ。腰に回されていた彼の手が強ばる。
「ローデリヒ様?」
私が首を傾げると、彼は「いや……、」と言葉を濁した。
「少しでも異変があれば言え。無理だけはするな」
「分かりました」
一人だけの体じゃないもんね。
「確かアーベルが妹だと言っていたな。次は女の子か……」
「言ってましたね。女の子かあ」
アーベルはローデリヒ様似だったし、次もローデリヒ様似かな?絶対美形だよね。無愛想なところが心配なんだけど、アーベルはニコニコしてたし、ここは本人の性格次第か。
「アリサ似だと良いな」
「どうしてです?」
「アリサに似たら美人だろう?」
サラッと自然に言われて私の動きが止まった。ローデリヒ様は本気で思っているみたいで、特にふざけた様子はない。……というか、ローデリヒ様が冗談言うようなタイプではないと知ってはいるのだけど。
「ちょ、いきなりなんですか?!」
一気に顔に熱が集まってくる。お風呂でのぼせたみたいだ。外見褒められるのは初めてじゃないし、ローデリヒ様以外にもあるのに……!
ローデリヒ様の方をまともに見れない。なんでこんなに緊張するの、なんでこんなに嬉しいの。
「ど、どうしたんだ?!まさか、具合が悪いのか?!」
「違います!!」
ローデリヒ様が他の馬車に乗っている医者を呼ぼうとした姿を見て、一気に体温はいつも通りに戻った。
ローデリヒ様に手渡された書状を読んで、私は声を上げた。
私達はゆっくりの日程で離宮へと向かっていた。
ローデリヒ様は媚薬を盛られていたけれど、体調はすぐに回復。私の安定期を待っての事だった。
アーベルが深夜寝付かなくて生活リズムが崩れてしまったのか、当初の予定通りにはいかなくて、少し遅れてしまったけど。
「ああ。正確に言うと下賜だが……」
ティーレマン子爵と言うと……国王様よりも確か年上で、私達くらいの年頃の息子が三人くらいいた気がする。前に覚えた貴族名鑑の記憶から引っ張り出してきた情報だけど、優しそうなおじさんだった。
ティベルデ・フェルナンダ・キュンツェルって名前の国王様の側室の人の嫁ぎ先が、ティーレマン子爵らしい。
「温厚で公正な人柄。跡継ぎの心配もない。前の奥方は病気で先立たれてしまったそうだが、非常に仲のいい夫婦だったという事だ。後妻を迎えたというよりは、息子ばかりだったから娘が出来たようで嬉しいと言っていた」
「な……なるほど」
なんというか、私と同世代なので犯罪臭が凄いする。
前世だったらほぼアウトのようなものだよね。
「監視によると、元側室は最初はビクビクしていたが、今は穏やかに過ごせているとの事だった」
「それならいいんですけど……」
私は胸を撫で下ろした。そりゃあ、親戚がグルになって色々とローデリヒ様にちょっかい掛けてきた事に思うことはあるけど、そのせいで私と同世代の女の子が身売りみたいな事をされるとちょっと寝覚めが悪い。
一応未遂なのだし、あの子お茶会でもずっと顔色悪くしてたし……、という事であんまり重い罪にはしないで欲しいとお願いしておいた。側室って大変そうだよね。
国王様の後宮には沢山側室いるけど、ローデリヒ様には側室がいないし、本人に側室を迎える気がない。
私と結婚した時は十七歳だったのだし、一人か二人くらいは側室いてもおかしくはない年頃だったよなあと思いつつ、結婚してからも基本的に毎日一緒に寝ているので、この人に女の影が全く見えない事に気付いた。
……いや、流石に彼女の一人や二人くらいは……いたよね?無愛想だけど王太子だし、無愛想だけどイケメンだし。
「なんだ?そんなに気になるのか?」
ローデリヒ様は自身の膝を枕に寝ているアーベルの髪を梳きながら、眉間に皺を寄せる。
「いえ……、ローデリヒ様って恋人いた事あるんですか?」
「ない。一体何の話だ……?」
清々しいくらいの即答だった。「いえ、ちょっと気になったので……」と言葉を濁しながら、娼館の方を利用してたのか……?と推測を立てる。
「……逆に聞くが、アリサはいたのか?」
「え、いたことないですよそんなの。それどころじゃなかったですし……」
前世は女子高生までしか生きてなかったし、今世はそれどころじゃなかったし。彼氏いた事ないんだよね……、旦那はいるけど。
「そうか」
聞いた割にはあんまり興味が無さそうな返答が返ってくる。だけど、ローデリヒ様の眉間の皺が無くなっていた。……ん?ちょっと機嫌が良い……のか?
なんかアッサリと終わってしまったが、ローデリヒ様とまともな恋バナをしたのは初めてかもしれない。お互い恋人いた事がないという、話題のネタすらなかったけど。
振動が少なくなる魔道具に結界やら、何やらを取り付けられた馬車に揺られながら、アーベルはすぐにお昼寝を始めてしまった。まだまだ起きる気配がない。ローデリヒ様がずっとアーベルに膝を提供している状態だけど、やはり痺れているのかこっそり回復魔法を使っていた。ローデリヒ様の魔法の能力って本当に便利なの多いよね。私の能力だってレア物なのに、なんでこんなに不便なのかな。
ローちゃんは私とローデリヒ様、アーベルと向かいの座面を一匹で使用していた。なんて贅沢な……。
「あ、動いた」
唐突にお腹の中でポコ、と動くのを感じて私は声を上げた。ここ最近の大きな変化は、時々小さく動くのを感じられるようになったんだよね。やっぱりお腹の中に居るんだって実感がする。
「本当か……?!」
「触ります?」
「ああ」
ローデリヒ様が目を輝かせて、傍から見てもワクワクしながら私のお腹に手を当てる。骨張った手が私のお腹を撫でるけど、特に反応はなかった。
「……やはりタイミング良くとはいかないな」
「まあまあ、まだもうちょっとお腹にいますし」
ちょっとだけ難しい顔をするローデリヒ様。アーベルの時はこうした触れ合いはなかった。だから、ローデリヒ様は結構興味津々で最近お腹をよく触ってくる。
「少しずつだがお腹も膨らんできたな」
「そうですね。ちゃんと育ってくれているみたいで良かったです」
「魔力不足にもなっていないようで良かった」
「魔力だけは充分ありますからね……」
アーベルの時も魔力不足にはなった事がないし。
私が苦笑いをしている時に、ポコッとお腹が動いた。ずっと私のお腹の上に手を置いていたローデリヒ様もそれを感じたみたいで、パッと私を見る。
「う、動いた、……のか?」
「動きましたよ」
私が頷くと、ローデリヒ様の口元がじわじわと緩む。海色の瞳をゆっくりと細めた。
「父親だと分かったのだろうな。まだ幼いのに聡い子だ」
いや、違うと思う。
流石に幼いとかそういった事ではないと思う。ローデリヒ様はさらっと親バカ披露してるって事に気付いているのだろうか。
「アリサ、抱き締めてもいいか?」
「え、あ、えっ?!」
「急に抱き締めたくなった」
いきなりどうしたんだろう、と思いながら「いいですけど……」と頷く。ローデリヒ様はアーベルを起こさないように私の腰に片腕を回す。とは言っても隣にいるのでそんなに密着は出来ない。スリスリと頬をくっ付けて、こめかみにキスを落としてくる。
「……胸がいっぱいになった気分だ」
「胸がいっぱい?」
珍しく抽象的な表現をしたローデリヒ様を見上げる。普段の無愛想さが家出しているのか、穏やかな表情をしていた。
「アリサが健康で、子も順調に育っている。アーベルも大きな病気にかかる事なく、元気だからな」
ローデリヒ様が上機嫌そうに微笑む。見た目が王子様の嬉しそうな笑みはとても眩しかった。顔が良いって得だ……。
「昔は分からなかったんだが……、親になると分かるな。子供が健康でいてくれる事がどんなに貴重な事かが」
以前にゼルマさんが言っていた言葉とローデリヒ様の言葉が、被った。
――『……健康でいてくれればいいんです。…………健康で、幸せでいてくれれば、それで』
特別、優秀でなくてもいい。特別、尊敬される人にならなくてもいい。大多数の特別にならなくてもいい。
王族という立場では、許されないのだろう。
それでも、一番に願うのは健康と幸せなのだ。
「……ゼルマさんも言ってました。健康で、幸せでいてくれればいいんです。アーベルも、この子も」
やや膨らんできた腹部に手を当てる。隣のローデリヒ様がハッと息を呑んだ。腰に回されていた彼の手が強ばる。
「ローデリヒ様?」
私が首を傾げると、彼は「いや……、」と言葉を濁した。
「少しでも異変があれば言え。無理だけはするな」
「分かりました」
一人だけの体じゃないもんね。
「確かアーベルが妹だと言っていたな。次は女の子か……」
「言ってましたね。女の子かあ」
アーベルはローデリヒ様似だったし、次もローデリヒ様似かな?絶対美形だよね。無愛想なところが心配なんだけど、アーベルはニコニコしてたし、ここは本人の性格次第か。
「アリサ似だと良いな」
「どうしてです?」
「アリサに似たら美人だろう?」
サラッと自然に言われて私の動きが止まった。ローデリヒ様は本気で思っているみたいで、特にふざけた様子はない。……というか、ローデリヒ様が冗談言うようなタイプではないと知ってはいるのだけど。
「ちょ、いきなりなんですか?!」
一気に顔に熱が集まってくる。お風呂でのぼせたみたいだ。外見褒められるのは初めてじゃないし、ローデリヒ様以外にもあるのに……!
ローデリヒ様の方をまともに見れない。なんでこんなに緊張するの、なんでこんなに嬉しいの。
「ど、どうしたんだ?!まさか、具合が悪いのか?!」
「違います!!」
ローデリヒ様が他の馬車に乗っている医者を呼ぼうとした姿を見て、一気に体温はいつも通りに戻った。
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