never coming morning

高山小石

文字の大きさ
11 / 31

10.天才の横顔

しおりを挟む
 人工の白い清潔な光が廊下を照らしている。
(いつ来てもよそよそしい感じがするのは僕だけかな?)
 ユーリは人気のない廊下に足音を響かせて、病院内のVIPルームに向かっていた。
 昼過ぎに研究室を出たというのに、自室で細々した用事を済ませていたので、夕方にさしかかる時間になっていた。
(僕も往生際が悪いよね)
 目的の部屋の前についている青いプレートに右手を当てると、カチャリと鍵があいた。
 硬いノックを響かせて、ゆっくりとドアを開く。
「失礼します」
 広い、まるで応接室のような部屋には、50を過ぎたくらいの夫婦がいた。並んでソファに座っていた2人は顔を上げた。その肌は金属のような色味と光沢を帯びている。
「まぁユーリ」
「久しぶりだな、ユーリ」
「お久しぶりです、お父さんお母さん。お元気でしたか?」
 微笑みを浮かべ、ユーリは二人に向かい合うようソファに腰を下ろした。
「ええ、ええ、元気ですとも」
「ただ、ここは退屈だ。なんの変化もなく一日が終わる」
「それは幸せなことですよ」
 突然、父親は立ち上がり激昂した。
「なにを言うユーリ! おまえはそんなつまらない人生をおくるつもりか? 戦って、勝ち取って、日々変化していかなければ、人として生きているとは言えん!」
「まぁまぁお父さん。ユーリは私たち、病気の体を気遣って言ったんですよ」
「……そうか。そうだな」
 なだめる母親に、ふぅ、と息をつきソファに落ち着いた父親は、横柄に続けた。
「しかしおまえはまだ若い。今は戦争もない。おまえは運命にすら勝ったのだから、なんだってできるはずだ。期待している」
「そうよ。ユーリ、あなたは神様に愛されている子。あなたもその愛に応えなければね。頑張ってね、病気の私たちの分も、死んでしまった他の子たちの分も」
「ええ、お父さんお母さん」

 それから何を話したのか、ユーリははっきりとは覚えていない。
 いつもの通り、両親がこぼす病院の外へ出られない苛立ちや、宇宙人への愚痴を聞き、昔は良かったというもう何度聞いたかわからない昔話を聞いていたはずだ。
 気がつくとユーリは、鍵がかかった扉を背に、ぼんやりと立ちつくしていた。
(……いつものこと、いつものことだ。奇跡的に生き延びてる僕、宇宙人移植の適応検査のために犠牲になった両親、移植で助からなかった顔も知らない同期たち……。わかってる。だから僕は走り続けている。親の分も、みんなの分も。僕しかいないから、僕が頑張らなきゃって。僕が生きてるのはすごいことだからって)
 うつろな黒い瞳が、虚空を見る。
(でも……いつまで頑張ればいいんだろう? 地球外科学を地球科学に変換し、天才ユークリッド博士と言われても、まだ足りないのか? まだまだ頑張らなくちゃいけないのか? いったいどうしたらお父さんとお母さんは喜んでくれるんだ?)
「……カラッポだ…………」
 こぼれた言葉にすら気づかないで、ユーリはしばらく動けないでいた。

 体が覚えているのか、ようやく動けるようになると、自然と足が赤道地下の研究室に向かっていた。ユーリ個人の部屋は別にあるのだが、そっちへは資料や着替えを取りに帰るくらいだった。
「ユーリ」
 研究室の前でユーリを呼び止めたのはアンジュだった。
「あれ、まだいたのアンジュ?」
「ふふ。これを渡そうと思って待っていたのよ」
 アンジュはお菓子を詰めた缶を渡した。
「ユーリもあまり食べられなかったでしょ? ユーリの好きなのだけ入れておいたから、良かったら食べてね」
 あたたかな笑顔にユーリの固まっていた表情が柔らかくなる。
「ありがとう。……アンジュって僕よりお姉さんみたいだ」
「ユーリ。それって褒めてないわよ」
「あはは。ごめんごめん」
 8つ以上もさばを読まれてふくれるアンジュに、ユーリは自然に笑えた。
「ユーリ、いつもありがとう。明日もよろしくね」
「もちろん、お姫様」
「っれー? 二人ともまだいたの?」
 大きな荷物を抱えたジーニィにユーリが聞き返す。
「ジーニィこそ。まだ研究していたのかい?」
「そう。ちょうど良かった。ユーリ手伝ってよ~」
「ええ? 今から?」
「ジーニィ明日にしたら?」
 もう午後7時を過ぎている。
「う~。俺としては早くやっちゃいたいんだけど」
 うずうずしているジーニィに、ユーリは目を細めた。
「いいよ。どうせ僕もまだ研究室にいるつもりだったし、ジーニィからの『お願い』なんて珍しいからね」
「今回は特別!」
 ジーニィは悔しそうだ。
「わかったわ。でもひとまず夕飯を食べましょうよ。ユーリも一緒にどう?」
「嬉しいな。一度部屋に戻って用意してくるよ」
「家で待ってるわ」
「腹ぺこだから急いで来てよ」
 笑って頷くとユーリは部屋へと急ぎ、ジーニィは断熱布に包んだ『白馬の王子様』を研究室に入れた。
 身軽になったジーニィとアンジュは2人の家に向かう。
「アンジュ……父さんは?」
「今日も研究室で食べるって」
「そっか。忙しいもんな、今の仕事。最近ぜんぜん一緒にご飯食べてないような気がする」
「そうね。でも、ほら、通信やメールはよく来るじゃない」
 メールだけじゃん、とジーニィはふくれた。
「俺が『アース』に関わってないせいか、なかなか直接会えないだよな。父さん、元気?」
「元気よ。ジーニィが寂しがってるって伝えとこうか?」
「いい。忙しいのわかってるから、ムリは言いたくない。元気なら、いいんだ」
 うつむいて話すジーニィは、いつもの自信満々な天才少年とは別の顔をしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...