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13.2024年のマリア2
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読んでいただきありがとうございます。
すみません。気分の悪くなる内容があります。
嫌な予感がしたり、辛かったりしたら、15まで飛んでください。マリアのエピソードが抜けますが、大筋にはそれほど関係ありません。
情報収集機をセットして数ヶ月も経つと、マリアは男たちの予定を空で言えるくらいになっていた。
男たちはみなノース出身者で、学校を卒業してから『望めばなんでも手に入る』という状況に戸惑っているらしかった。それなりの成績で卒業しているので、知識や理解力は標準以上にある。一般的な進路としては、学者や研究者といったところだ。
(どうして素直にその道に進まないのかしら)
平日の昼間はいつものアジトね、とマリアはモニターを切り替える。
「どういうことだよ!」
「最近、ついてないよなぁ」
「まったくだ! くそっ。余計にイライラする!」
男たちが計画するのを片っ端から邪魔しているのは、もちろんマリアだ。数ヶ月の間に立てた計画数は20件ほど。他の仕事もあるので、邪魔するマリアの方も疲れてきていた。マリアとしては、こんな男たちよりも憎い男をどうするか考えたいだけに、次の手を考えあぐねていた。
「計画が甘かったか?」
「そうだな。もう少しキチンと詰めよう」
「こんな計画を真剣に考えるなんて笑えるよなぁ」
まったくよ! とマリアもモニターを見ながら大きく頷く。
「次のターゲットは誰にする?」
「一回失敗すると警戒されるから、また別のヤツになるな」
「もー誰でもかまやしねえよ。このさい、『上』の子供じゃなくてもいいぜ」
「そうそう。楽しませてくれれば、な」
嫌な笑い声が響く。
(いっそコイツら殺した方が早いんじゃないかしら? あぁ次の依頼人が『ブラウン・マリア』に頼んでくれないかな)
ぼんやりと安易な考えにひたっていると、男たちの次のターゲットがモニターに映った。
「!」
それはマリアの憎む男の一人であるサイの子供のキリエだった。
「『上』のヤツじゃないから、警戒されてない。失敗することはまずないと思う」
「いいじゃん」
「それでいこう」
「じゃあ、くわしい計画としては……」
男たちの計画が練られるのを、マリアは複雑な気持ちで見ていた。
(どうしよう……いえ、今まで通り途中で失敗するように介入するべきよね。でも、それももう限界だわ。ここらで成功しないと、彼らの気持ちがおさまらない。そうなると、もっとひどいことになるかも)
「……違うわね。私が、私自身が、この計画の成功を望んでいるのよ」
マリアは歪んだ微笑みを浮かべると、情報収集機からの出力をすべて切った。
二週間後、傍観どころか無視を決め込んでいたマリアの元に『ブラウン・マリア』への依頼が来た。
依頼者はサイ。用件は『娘キリエについて』だった。
「…………」
マリアの気持ちとしては依頼がきたことさえ無かったことにしたいのだが、『ブラウン・マリア』への依頼はY博士とアンジュにも同時に知られている。地球人のデータを集めるという目的からも、初めての依頼者からの依頼を断るわけにはいかない。
仕方なしにマリアは、サイに「すぐ伺います」とメッセージを送り、今回訪れる時の格好を伝える。作業員のつなぎを着た男性の姿になり、変声器をセットすると、モニターで見知ったサイの家へと向かった。
「どうぞお入り下さい」
丁寧に作業服のマリアを迎えたのは、サイの妻キミコだった。質素な服を着ているが整った顔が美しい。
(この人、サイの過去を知っているのかしら?)
マリアは気さくな笑みを浮かべながら、すすめられるまま応接室に入った。大きな荷物を床に置いてマリアはソファに座る。向かいにサイ、その隣にキミコが座ったが、今のマリアはもうサイに怯えることはなかった。
苦しそうにサイが話し出した。
「今回のことは先の説明でご存じでしょうが、詳しく説明させていただきますと、うちの娘キリエが何者かに乱暴されました」
「キリエは今、私たちにすら怯えて部屋に閉じこもったままです。ご飯も食べず、もう一週間が経とうとしています。どうか、どうかキリエを助けてください」
「わかりました。では、契約の印にアダマスを接続します」
マリアは薄いスチール鞄のような機械を机に置いて開くと、コードを伸ばして二人に渡した。二人がアダマスにコードを近づけるとカチリと接続音がする。機械からアダマスへデータ要求の命令を送ると、素直にアダマスは個人データを送ってきた。しかしそれはまだ暗号化されていて読むことはできない。機械が微かにうなりを上げて解析を始める。ややあって、『正常データ』の印である緑の文字で二人のデータがモニターに表示された。
マリアがキーボードを操ると機械にデータが登録される。『正常終了』の表示にマリアはばくんとふたを閉める。
「契約は結ばれました。では、キリエさんの部屋に連れて行って下さい」
マリアはスチール鞄と床に置いていた大きなボストンバッグを持つとキミコの案内でキリエの部屋の前に行く。開き扉は押しても引いても開かなかった。
「鍵はないのですが、どうも中からなにかで塞いでいるようで、入れないのです」
「わかりました。下がってください」
キミコを下がらせると、マリアはヒップバッグからゴーグルを取り出してかける。
「……」
扉と壁を透過してキリエの部屋の様子が見える。部屋の中では物が散乱し、扉の前には重い荷物が積まれていた。キリエ本人は奥のベッドにいるようだ。ふくらみが見える。
マリアは1メートル程の縄状の道具を取り出し、扉に沿うように横に置いた。そして縄についているダイアル式メモリを回しスイッチを押した。
ヴゥ……ン
かすかな空気の振動が伝わる。マリアのゴーグルを通した視界には、部屋の中の荷物がゆっくりと奥へ動いたのがわかった。壁の厚みを超えた先に空気で連続壁を作って荷物を押したのだ。荷物が奥に移動したことで扉が少し開き、その隙間から重い荷物をのけると、扉はさらに開いた。マリアは扉の狭い隙間から滑り込むと、スチール鞄を引き寄せた。
部屋にはどこからか異臭が漂い、じっとりとした空気で澱んでいる。
作業着の肩ポケットからいくつか消臭機を取り出しスイッチを入れる。目に見えて匂いが無くなっていくようだ。マリアはベッドに近づいた。キリエからの反応はない。そっと掛け布団をめくると、そこにはやせて傷だらけの少女が身体を小さくしていた。目は閉じられていて、頬は涙が通った跡でぐちゃぐちゃだ。眠っているのか気絶しているのか、生きてはいるがキリエは無反応だった。
(まだこんなに幼いのに)
マリアは作業着の胸ポケットから注射を取り出すと、慣れた手つきで刺した。栄養剤と睡眠剤だ。そして機械からコードを引くと、キリエのアダマスに接続した。
(情報収集開始、事件時の記憶、それに少し前後する記憶)
キーボードから機械に送るように指示する。記憶がすべて送られると『仮封印』の命令をキリエのアダマスに送った。事件の記憶とその近辺の記憶を一時的に忘れさせるのだ。顔を上げると心配そうな顔をしたサイとキミコがいた。いつの間にか部屋の扉は先ほどより広げられていた。マリアはコードを引き抜くと説明を始めた。
「今日の直接的な対応はこれで終了です。くれぐれも発言には気をつけてください。今から目覚めるキリエさんは、事件にあっていないのです。記憶の封印は軽いものなので、ふとしたきっかけで解けることがあります。学校はしばらく休んで下さい。明日からは本格的に記憶を消去していきます。今から3時間ほど傷を治すために治療繭の中で眠ってもらいます。その間に、この部屋を掃除しましょう」
3人で協力して物が散乱している部屋の外にキリエを運び出すと、部屋の外に置いていた大きなボストンバッグから取り出した半透明の繭のようなもので包み込む。淡い光があふれる中で、キリエの傷が目に見えて癒されていくのがわかった。
透過ゴーグルや連続壁を作る紐、消臭器や治療繭は、どれも最初は地球外科学を応用したジーニィの発明品だった。それをY博士やユーリが発展させて今では実用化されている。
マリアはサイとキミコと一緒に、手際よく部屋をなにもなかった時の状態に戻していった。
黙々と作業を続けるサイが口を開いた。
「あの、ブラウン・マリアは秘密厳守なんですよね?」
「もちろんです。どんなことでも、決して漏らしません」
ブラウン・マリアとしてマリアは答えた。
「そうですか。あの、実は、私の依頼というのは、娘を回復してもらうことが第一なのですが、もう一つあるのです」
マリアは手を止めてサイの目を見つめた。
「娘を襲った男を見つけて」
(殺して欲しい?)
マリアの目が細まる。
「助けて欲しいのです」
「!」
しばらくマリアは理解できなかった。
「……あの、サイさん? あなたは、その男になにかしたのですか?」
「いいえ。おそらくなにもしていないと思います。まぁ相手が誰だかすらわからないので、絶対ではありませんが」
「では、ブラウン・マリア以外の他に、いわゆる始末屋などを頼んだのですか?」
なんでも解決してくれる『ブラウン・マリア』の評判の良さに、似た業者がちらほら出始めていた。ただ評判は良くないので超一流とは言えないが、それなりに活動は活発だ。
「いいえ」
「それでは、なにから助けろと?」
「……なに、と具体的には言えません。犯人をそういう行動に走らせるもの、とでも言いますか。その……いえ、もちろん犯人が娘にしたことは許されることではありません! そういう意味では、今すぐ殺してやりたい! 八つ裂きにしても足りない気持ちです! ですが」
サイは少し言葉を切って、覚悟を決めたように口を開いた。
「正直に話します。私自身が、昔、犯人と同じことをしたのです。名も知らぬ少女を、私の娘と、同じ目に」
マリアはとっさに、そばにいたキミコの反応をうかがった。サイはすでに妻にも話していたらしく、キミコに驚いた様子はない。ただ、ぐっと力が入っただけだった。
「だから、今回のことは、自業自得だと言われているような気がします。因果ですね。今、私は犯人を憎む気持ちでいっぱいです。なぜ私の娘をこんな目に! できることなら時間を戻したい! 無かったことにしたい! それができないのなら、犯人を見つけ、この手で制裁を加えたい! しかし、この気持ちは、自分の妻や娘がいなかったら、私にはわからなかった……」
サイはキミコを見て、またマリアに向き直った。
「まったく同じではないのでしょうが、私には犯人の気持ちがわかるような気がするのです。あの、どうしようもない、苛立った、行き場のない想いが。持て余した宙ぶらりんな自分、生きていることが薄っぺらい現実に感じて、死のうか、いやいっそこの世界を壊そうか、自分がこんな気持ちなんだから幸せな誰かなんて許さない、と。少なくとも昔の自分はそんな気持ちでした。そんな気持ちのはけ口に、私は取り返しのつかないことをしたのです」
サイは息をついた。
「今更それがわかっても、犯人の気持ちがわかったところで、私には、どうしたらそんな自分を救えるのか、検討もつかないのです」
「……今のあなたは、ごく普通の家庭を築かれているように見えますが?」
マリアの言葉にサイは少し笑った。
「そうですね。普通の家庭、普通の家族……。私にとって、妻に出会ってからが本当の人間らしい時間になったと思います。だから昔の自分の事が、他人事のように思える時すらあるのです。私の罪は消えないのに。あぁ、キリエ、すまない。父さんがあんな事をしなければ、おまえがこんな目にあうこともなかっただろうに。キリエ……」
涙を流してうずくまるサイの背中をさすりながら、キミコが口を開いた。
「すみません、ブラウン・マリア。後は私たちでできます。また明日お会いしましょう」
「……わかりました。使用後の繭は破棄して下さい。では、また明日」
泣き崩れるサイとそれを支えるキミコを残して、荷物を手にしたマリアは、ごく普通の家に見えるサイ宅を後にした。
すみません。気分の悪くなる内容があります。
嫌な予感がしたり、辛かったりしたら、15まで飛んでください。マリアのエピソードが抜けますが、大筋にはそれほど関係ありません。
情報収集機をセットして数ヶ月も経つと、マリアは男たちの予定を空で言えるくらいになっていた。
男たちはみなノース出身者で、学校を卒業してから『望めばなんでも手に入る』という状況に戸惑っているらしかった。それなりの成績で卒業しているので、知識や理解力は標準以上にある。一般的な進路としては、学者や研究者といったところだ。
(どうして素直にその道に進まないのかしら)
平日の昼間はいつものアジトね、とマリアはモニターを切り替える。
「どういうことだよ!」
「最近、ついてないよなぁ」
「まったくだ! くそっ。余計にイライラする!」
男たちが計画するのを片っ端から邪魔しているのは、もちろんマリアだ。数ヶ月の間に立てた計画数は20件ほど。他の仕事もあるので、邪魔するマリアの方も疲れてきていた。マリアとしては、こんな男たちよりも憎い男をどうするか考えたいだけに、次の手を考えあぐねていた。
「計画が甘かったか?」
「そうだな。もう少しキチンと詰めよう」
「こんな計画を真剣に考えるなんて笑えるよなぁ」
まったくよ! とマリアもモニターを見ながら大きく頷く。
「次のターゲットは誰にする?」
「一回失敗すると警戒されるから、また別のヤツになるな」
「もー誰でもかまやしねえよ。このさい、『上』の子供じゃなくてもいいぜ」
「そうそう。楽しませてくれれば、な」
嫌な笑い声が響く。
(いっそコイツら殺した方が早いんじゃないかしら? あぁ次の依頼人が『ブラウン・マリア』に頼んでくれないかな)
ぼんやりと安易な考えにひたっていると、男たちの次のターゲットがモニターに映った。
「!」
それはマリアの憎む男の一人であるサイの子供のキリエだった。
「『上』のヤツじゃないから、警戒されてない。失敗することはまずないと思う」
「いいじゃん」
「それでいこう」
「じゃあ、くわしい計画としては……」
男たちの計画が練られるのを、マリアは複雑な気持ちで見ていた。
(どうしよう……いえ、今まで通り途中で失敗するように介入するべきよね。でも、それももう限界だわ。ここらで成功しないと、彼らの気持ちがおさまらない。そうなると、もっとひどいことになるかも)
「……違うわね。私が、私自身が、この計画の成功を望んでいるのよ」
マリアは歪んだ微笑みを浮かべると、情報収集機からの出力をすべて切った。
二週間後、傍観どころか無視を決め込んでいたマリアの元に『ブラウン・マリア』への依頼が来た。
依頼者はサイ。用件は『娘キリエについて』だった。
「…………」
マリアの気持ちとしては依頼がきたことさえ無かったことにしたいのだが、『ブラウン・マリア』への依頼はY博士とアンジュにも同時に知られている。地球人のデータを集めるという目的からも、初めての依頼者からの依頼を断るわけにはいかない。
仕方なしにマリアは、サイに「すぐ伺います」とメッセージを送り、今回訪れる時の格好を伝える。作業員のつなぎを着た男性の姿になり、変声器をセットすると、モニターで見知ったサイの家へと向かった。
「どうぞお入り下さい」
丁寧に作業服のマリアを迎えたのは、サイの妻キミコだった。質素な服を着ているが整った顔が美しい。
(この人、サイの過去を知っているのかしら?)
マリアは気さくな笑みを浮かべながら、すすめられるまま応接室に入った。大きな荷物を床に置いてマリアはソファに座る。向かいにサイ、その隣にキミコが座ったが、今のマリアはもうサイに怯えることはなかった。
苦しそうにサイが話し出した。
「今回のことは先の説明でご存じでしょうが、詳しく説明させていただきますと、うちの娘キリエが何者かに乱暴されました」
「キリエは今、私たちにすら怯えて部屋に閉じこもったままです。ご飯も食べず、もう一週間が経とうとしています。どうか、どうかキリエを助けてください」
「わかりました。では、契約の印にアダマスを接続します」
マリアは薄いスチール鞄のような機械を机に置いて開くと、コードを伸ばして二人に渡した。二人がアダマスにコードを近づけるとカチリと接続音がする。機械からアダマスへデータ要求の命令を送ると、素直にアダマスは個人データを送ってきた。しかしそれはまだ暗号化されていて読むことはできない。機械が微かにうなりを上げて解析を始める。ややあって、『正常データ』の印である緑の文字で二人のデータがモニターに表示された。
マリアがキーボードを操ると機械にデータが登録される。『正常終了』の表示にマリアはばくんとふたを閉める。
「契約は結ばれました。では、キリエさんの部屋に連れて行って下さい」
マリアはスチール鞄と床に置いていた大きなボストンバッグを持つとキミコの案内でキリエの部屋の前に行く。開き扉は押しても引いても開かなかった。
「鍵はないのですが、どうも中からなにかで塞いでいるようで、入れないのです」
「わかりました。下がってください」
キミコを下がらせると、マリアはヒップバッグからゴーグルを取り出してかける。
「……」
扉と壁を透過してキリエの部屋の様子が見える。部屋の中では物が散乱し、扉の前には重い荷物が積まれていた。キリエ本人は奥のベッドにいるようだ。ふくらみが見える。
マリアは1メートル程の縄状の道具を取り出し、扉に沿うように横に置いた。そして縄についているダイアル式メモリを回しスイッチを押した。
ヴゥ……ン
かすかな空気の振動が伝わる。マリアのゴーグルを通した視界には、部屋の中の荷物がゆっくりと奥へ動いたのがわかった。壁の厚みを超えた先に空気で連続壁を作って荷物を押したのだ。荷物が奥に移動したことで扉が少し開き、その隙間から重い荷物をのけると、扉はさらに開いた。マリアは扉の狭い隙間から滑り込むと、スチール鞄を引き寄せた。
部屋にはどこからか異臭が漂い、じっとりとした空気で澱んでいる。
作業着の肩ポケットからいくつか消臭機を取り出しスイッチを入れる。目に見えて匂いが無くなっていくようだ。マリアはベッドに近づいた。キリエからの反応はない。そっと掛け布団をめくると、そこにはやせて傷だらけの少女が身体を小さくしていた。目は閉じられていて、頬は涙が通った跡でぐちゃぐちゃだ。眠っているのか気絶しているのか、生きてはいるがキリエは無反応だった。
(まだこんなに幼いのに)
マリアは作業着の胸ポケットから注射を取り出すと、慣れた手つきで刺した。栄養剤と睡眠剤だ。そして機械からコードを引くと、キリエのアダマスに接続した。
(情報収集開始、事件時の記憶、それに少し前後する記憶)
キーボードから機械に送るように指示する。記憶がすべて送られると『仮封印』の命令をキリエのアダマスに送った。事件の記憶とその近辺の記憶を一時的に忘れさせるのだ。顔を上げると心配そうな顔をしたサイとキミコがいた。いつの間にか部屋の扉は先ほどより広げられていた。マリアはコードを引き抜くと説明を始めた。
「今日の直接的な対応はこれで終了です。くれぐれも発言には気をつけてください。今から目覚めるキリエさんは、事件にあっていないのです。記憶の封印は軽いものなので、ふとしたきっかけで解けることがあります。学校はしばらく休んで下さい。明日からは本格的に記憶を消去していきます。今から3時間ほど傷を治すために治療繭の中で眠ってもらいます。その間に、この部屋を掃除しましょう」
3人で協力して物が散乱している部屋の外にキリエを運び出すと、部屋の外に置いていた大きなボストンバッグから取り出した半透明の繭のようなもので包み込む。淡い光があふれる中で、キリエの傷が目に見えて癒されていくのがわかった。
透過ゴーグルや連続壁を作る紐、消臭器や治療繭は、どれも最初は地球外科学を応用したジーニィの発明品だった。それをY博士やユーリが発展させて今では実用化されている。
マリアはサイとキミコと一緒に、手際よく部屋をなにもなかった時の状態に戻していった。
黙々と作業を続けるサイが口を開いた。
「あの、ブラウン・マリアは秘密厳守なんですよね?」
「もちろんです。どんなことでも、決して漏らしません」
ブラウン・マリアとしてマリアは答えた。
「そうですか。あの、実は、私の依頼というのは、娘を回復してもらうことが第一なのですが、もう一つあるのです」
マリアは手を止めてサイの目を見つめた。
「娘を襲った男を見つけて」
(殺して欲しい?)
マリアの目が細まる。
「助けて欲しいのです」
「!」
しばらくマリアは理解できなかった。
「……あの、サイさん? あなたは、その男になにかしたのですか?」
「いいえ。おそらくなにもしていないと思います。まぁ相手が誰だかすらわからないので、絶対ではありませんが」
「では、ブラウン・マリア以外の他に、いわゆる始末屋などを頼んだのですか?」
なんでも解決してくれる『ブラウン・マリア』の評判の良さに、似た業者がちらほら出始めていた。ただ評判は良くないので超一流とは言えないが、それなりに活動は活発だ。
「いいえ」
「それでは、なにから助けろと?」
「……なに、と具体的には言えません。犯人をそういう行動に走らせるもの、とでも言いますか。その……いえ、もちろん犯人が娘にしたことは許されることではありません! そういう意味では、今すぐ殺してやりたい! 八つ裂きにしても足りない気持ちです! ですが」
サイは少し言葉を切って、覚悟を決めたように口を開いた。
「正直に話します。私自身が、昔、犯人と同じことをしたのです。名も知らぬ少女を、私の娘と、同じ目に」
マリアはとっさに、そばにいたキミコの反応をうかがった。サイはすでに妻にも話していたらしく、キミコに驚いた様子はない。ただ、ぐっと力が入っただけだった。
「だから、今回のことは、自業自得だと言われているような気がします。因果ですね。今、私は犯人を憎む気持ちでいっぱいです。なぜ私の娘をこんな目に! できることなら時間を戻したい! 無かったことにしたい! それができないのなら、犯人を見つけ、この手で制裁を加えたい! しかし、この気持ちは、自分の妻や娘がいなかったら、私にはわからなかった……」
サイはキミコを見て、またマリアに向き直った。
「まったく同じではないのでしょうが、私には犯人の気持ちがわかるような気がするのです。あの、どうしようもない、苛立った、行き場のない想いが。持て余した宙ぶらりんな自分、生きていることが薄っぺらい現実に感じて、死のうか、いやいっそこの世界を壊そうか、自分がこんな気持ちなんだから幸せな誰かなんて許さない、と。少なくとも昔の自分はそんな気持ちでした。そんな気持ちのはけ口に、私は取り返しのつかないことをしたのです」
サイは息をついた。
「今更それがわかっても、犯人の気持ちがわかったところで、私には、どうしたらそんな自分を救えるのか、検討もつかないのです」
「……今のあなたは、ごく普通の家庭を築かれているように見えますが?」
マリアの言葉にサイは少し笑った。
「そうですね。普通の家庭、普通の家族……。私にとって、妻に出会ってからが本当の人間らしい時間になったと思います。だから昔の自分の事が、他人事のように思える時すらあるのです。私の罪は消えないのに。あぁ、キリエ、すまない。父さんがあんな事をしなければ、おまえがこんな目にあうこともなかっただろうに。キリエ……」
涙を流してうずくまるサイの背中をさすりながら、キミコが口を開いた。
「すみません、ブラウン・マリア。後は私たちでできます。また明日お会いしましょう」
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