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終わりは着実に近づいていた。
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「なぎくん、今日調子悪い?」
バイトに入ってすぐ、店長から声をかけられた。
「昨日ホラー映画見ちゃって眠れなかったからかもしれないです」
「何かあったのかと思ったよ、バイト終わったらちゃんと休んでね。でも、ホラー映画なんて夜に見ちゃだめだよ~」
心配しつつも笑って話す店長に、すみませんと笑って返す。上手く出来ていたと思う。
眠れなかったのは本当だけど、ホラー映画を見たなんて嘘だ。
"また明日…"
昨日、寝る前に優しく言われた言葉。
ほぼ毎日かかってくる電話は、僕が寝るまで絶対に終わらない。
はじめは、眠くなる寸前に僕から切っていたのに、寝息が聞こえたら切るので安心して寝てくださいと言われて彼が終わらせるようになっていた。
"おやすみなさい"
だから、また明日に続くおやすみなさいが、あんな声で言われていたなんて知らなかった。
もうほとんど落ちかけていた意識が一気に覚めて、どうにか寝たフリをしてやり過ごしたけど、昨日はもう寝れなかった。
きっと彼は僕が聞いていたなんて知らない。
あんな甘い、ただどろどろに甘やかした、
とろりと垂らされた蜂蜜のように僕を堕とす声を。
僕も聞きたくなんてなかった。
いつもは忙しいレジが嫌いだけど今日は大歓迎だ。忙しい方が気を紛れさせられる。
淡々と商品をバーコードに通していく。もう途中から彼のことは頭の片隅に押しやることに成功していた。
「お待たせしまし…た」
――同じシャツ。
「あの?」
フリーズした僕にお客さんが怪訝そうに見ている。
慌てて、お会計を済ますと、その人が並んでいた最後のお客さんだったようでレジには誰も並んでいなかった。
いきなり暇になった僕の脳に彼の声が繰り返し繰り返し流れる。眠れなかった頭はもう歯止めが効かなくなっていた。
シャツのポケットに、小さく縫われたブランド名が可愛いね、なんて笑い合ったことを思い出す。
好き。
頭の中が好きで埋まっていく。ごめんなさい、好きです。好き。
――あ、ここが限界だ。
じんわり熱くなる目尻を、誰にも気付かれないように拭うと、遠くで店長が、一回休んだら?とジェスチャーしたのが見えた。
よほどひどい顔をしていたんだろう。
店長がレジに入ってくれたタイミングで、ありがとうございますと頭を下げて休憩室へ続くドアへ向かう。
早く、早く。
急ぐ気持ちは体と連動されて気づかないうちに駆け足になっていた。
休憩室には誰もいなかった。
急いでロッカーを開けて携帯を手に取って履歴を埋め尽くしている名前へかける。
液晶には"MIZUKI"という文字が光っていた。
「みずき、お願い。予約が空いている1番近い日で12時間コース予約して」
少しの沈黙のあと、明日の19時からなら空いていますと返事が返ってきた。
「じゃあ、あした。
明日の7時から明後日の7時まで、みずきの時間をちょうだい」
限界がきたら1日の半分を3万円で買って、もう会わない。臆病な僕はそう決めていた。
本当は、最初から胸は高鳴っていた。
初対面だから、緊張しているから、と言い訳していたけど、朝、おはようございますと笑った彼を見たとき、正直に好きだと告げていた。
ドキドキと鳴り止まない心臓を無理矢理閉じ込めて、厳重に鎖で巻いても、好きから、もうどうしようもなく好きになるのなんて一瞬だった。
2回目もただ会いたかった。恋人みたいに添い寝してもらいたくて彼の名前を探して予約した。
好きで好きでたまらなかった。会いたくて仕方なかった。
だけど、臆病な僕は僕のために終わりにすると決めた。
彼の12時間と僕の12時間を使って、この気持ちにさよならしようと決めていた。
12時間は自宅に行くシステムなんです、と言われてちょっとだけひるんだ僕に気付いたのか、なんか美味しいものでも食べましょうよ、何がいいですか?と明るい声が続いた。
いつもはない、こちらを伺うような声色に全部バレている気がして怖い。それでも、もう覚悟を決めていた僕は、明るくおすすめでいいよ、と答えた。
終わりは着実に近づいていた。
バイトに入ってすぐ、店長から声をかけられた。
「昨日ホラー映画見ちゃって眠れなかったからかもしれないです」
「何かあったのかと思ったよ、バイト終わったらちゃんと休んでね。でも、ホラー映画なんて夜に見ちゃだめだよ~」
心配しつつも笑って話す店長に、すみませんと笑って返す。上手く出来ていたと思う。
眠れなかったのは本当だけど、ホラー映画を見たなんて嘘だ。
"また明日…"
昨日、寝る前に優しく言われた言葉。
ほぼ毎日かかってくる電話は、僕が寝るまで絶対に終わらない。
はじめは、眠くなる寸前に僕から切っていたのに、寝息が聞こえたら切るので安心して寝てくださいと言われて彼が終わらせるようになっていた。
"おやすみなさい"
だから、また明日に続くおやすみなさいが、あんな声で言われていたなんて知らなかった。
もうほとんど落ちかけていた意識が一気に覚めて、どうにか寝たフリをしてやり過ごしたけど、昨日はもう寝れなかった。
きっと彼は僕が聞いていたなんて知らない。
あんな甘い、ただどろどろに甘やかした、
とろりと垂らされた蜂蜜のように僕を堕とす声を。
僕も聞きたくなんてなかった。
いつもは忙しいレジが嫌いだけど今日は大歓迎だ。忙しい方が気を紛れさせられる。
淡々と商品をバーコードに通していく。もう途中から彼のことは頭の片隅に押しやることに成功していた。
「お待たせしまし…た」
――同じシャツ。
「あの?」
フリーズした僕にお客さんが怪訝そうに見ている。
慌てて、お会計を済ますと、その人が並んでいた最後のお客さんだったようでレジには誰も並んでいなかった。
いきなり暇になった僕の脳に彼の声が繰り返し繰り返し流れる。眠れなかった頭はもう歯止めが効かなくなっていた。
シャツのポケットに、小さく縫われたブランド名が可愛いね、なんて笑い合ったことを思い出す。
好き。
頭の中が好きで埋まっていく。ごめんなさい、好きです。好き。
――あ、ここが限界だ。
じんわり熱くなる目尻を、誰にも気付かれないように拭うと、遠くで店長が、一回休んだら?とジェスチャーしたのが見えた。
よほどひどい顔をしていたんだろう。
店長がレジに入ってくれたタイミングで、ありがとうございますと頭を下げて休憩室へ続くドアへ向かう。
早く、早く。
急ぐ気持ちは体と連動されて気づかないうちに駆け足になっていた。
休憩室には誰もいなかった。
急いでロッカーを開けて携帯を手に取って履歴を埋め尽くしている名前へかける。
液晶には"MIZUKI"という文字が光っていた。
「みずき、お願い。予約が空いている1番近い日で12時間コース予約して」
少しの沈黙のあと、明日の19時からなら空いていますと返事が返ってきた。
「じゃあ、あした。
明日の7時から明後日の7時まで、みずきの時間をちょうだい」
限界がきたら1日の半分を3万円で買って、もう会わない。臆病な僕はそう決めていた。
本当は、最初から胸は高鳴っていた。
初対面だから、緊張しているから、と言い訳していたけど、朝、おはようございますと笑った彼を見たとき、正直に好きだと告げていた。
ドキドキと鳴り止まない心臓を無理矢理閉じ込めて、厳重に鎖で巻いても、好きから、もうどうしようもなく好きになるのなんて一瞬だった。
2回目もただ会いたかった。恋人みたいに添い寝してもらいたくて彼の名前を探して予約した。
好きで好きでたまらなかった。会いたくて仕方なかった。
だけど、臆病な僕は僕のために終わりにすると決めた。
彼の12時間と僕の12時間を使って、この気持ちにさよならしようと決めていた。
12時間は自宅に行くシステムなんです、と言われてちょっとだけひるんだ僕に気付いたのか、なんか美味しいものでも食べましょうよ、何がいいですか?と明るい声が続いた。
いつもはない、こちらを伺うような声色に全部バレている気がして怖い。それでも、もう覚悟を決めていた僕は、明るくおすすめでいいよ、と答えた。
終わりは着実に近づいていた。
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