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「好き!付き合って!」
しおりを挟む「好き!付き合って!」
俺のシャツの裾をぎゅっと握りしめた稔くん。朝も見た光景にデジャブを感じる。
「お試しでもいいから!とりあえず付き合って!」
「この間お試ししたじゃないですか」
「たった1日じゃん!しかも、バイト終わったの22時だったからほぼ一緒にいれなかったし…」
「それでもいいって言ってたじゃん」
「そうは言ったけどさ、デートとかしたかった!」
ぷくっとほっぺを膨らませて、服の裾をいじいじして不満を訴えられても、答えられないものはどうしようもない。
「付き合うって言ってくれるまで今日は離さないからね!」
口をとがらせて宣言する稔くんはシャツを握ったまま、こっちを見上げている。
困った。
今、俺たちがいるのはサークルの部室。活動が終わって帰ろうとしたところで稔くんに捕まった。
面倒な展開になる前に逃げ出したい、そう切実に思うのに、稔くんの手は動く気配がない。
すでに先輩たち目は俺たちに集中していて、その興味津々な視線に嫌な予感がする。
「奏多、付き合ってやれよ」
ほら、うるさい稔くんにしびれを切らした1人の先輩が適当なことを言い出した。前も、付き合ってとわめく稔くんに、お試しくらいしてやったら?と助け船を出したのもこの人だった。
「先輩もそう言ってるし付き合ってよ!」
「なんで先輩に言われたから付き合わなきゃいけないんですか」
「けち」
あからさまにチッと舌打ちする稔くん。さっきまであんなに上目遣いでアピールしていたくせに、今はただのヤンキーへなり替わっている。
「こーんなにみのちゃん可愛いのになんで付き合ってあげないの~?」
後ろからよしよしと稔くんの頭を撫でるのはさっきと他の先輩。
そうやっていつも甘やかすから、この人がつけあがるってこと分からないのかな。
現に、さっきまでヤンキーだった稔くんが、期待を込めた瞳でこっちを見ていた。
「じゃあ、先輩が付き合えばいいじゃないですか」
「奏多じゃなきゃいや!」
間髪入れず断られた先輩は、「告白してないのに振られた…」とがっくり肩を落している。甘やかすからですよ、と声に出して言わなかったのを褒めて欲しい。
「どうして付き合ってくれないの!こんなに好きなのに!」
…どうしてそんなこと言えるんですか!とっさに声に出しそうになって飲み込む。
「とりあえず、バイトあるんで今日は帰ります」
足早に去った部室からは、大声で文句をいう稔くんの声と、適当になだめている先輩たちの声が聞こえた。
---
先輩たちはなにも知らないから適当なことを言えるんだ。
3か月くらい前、実は俺と稔くんは付き合っていた。
告白されたときは本当に嬉しくて、即答、いや、食い気味に返事をした。だって、俺も好きだったから。その日は嬉しくて一晩中泣いた。
そして、付き合っていたころの稔くんは本当に可愛かった。3歩あるくのに手を繋ぎ、座るときは絶対に俺の上。にやつく顔を必死に押さえても、稔くんは次から次に俺に触れてきて、甘えるように好きと言う。
そんなの落ちるとこまで落ちるに決まっている。天使の顔で笑う小悪魔な彼にメロメロだった。
だけど、稔くんは、なんか違った~と軽く俺を振った。
俺の太ももに顔をのせた状態で。
たった2週間と3日で。
なんかってなんだ。
明確な理由もないまま一瞬で地獄に落されて、俺はまた一晩中泣いた。
それからの1か月、稔くんを避けて避けて避け倒した。
近くにいると好きだと言いそうになって、顔を見たらまた付き合ってと縋りそうになる。そんな自分を見られたくなくて、目を合わさないように、一緒に行動しないように、意識して避け続けた。
そのお陰か、あんなに好きで好きでたまらなかった気持ちは、1か月くらいでだんだんと落ち着いて、少し痛む胸に気付かないふりをするだけで元の俺に戻れるようになっていた。
失恋は時間が解決する、まさにその言葉通りだった。
だけど俺の見通しは甘かった。
普通に話せるようになって、やっと、この痛みから解放される、そう思っていたときに、可愛かった小悪魔から悪の大魔王へ成り上がった稔くんが言い放ったのだ。
「好き!付き合って!」と。
勘弁してください、それが俺の正直な気持ちだった。また地獄に落されるのはごめんだった。
それなのに、毎日毎日稔くんは好きだと言う。俺の気持ちをあざ笑うかのように、するりと口から好きと吐き出していく。
そのアピールは付き合った月日をとっくに過ぎた今も続いていた。
---
明るく光る部屋を見て、またか、とため息をつく。
サークルに入ってすぐぐらいから、俺のいない間に勝手に合鍵を作った稔くんが部屋にいることがあった。
付き合う前はそれが嬉しくて、付き合ってからは俺が彼の部屋に行くことが増えたからなくなって、振られてからはさすがの稔くんも来なくなっていた。
でも、何回目かの告白のあと「好きだからこの部屋にも入っていいよね?」という謎理論で再び侵入してくるようになったのだ。
扉を開けると案の定稔くんが、当たり前のように座っていた。いつものように注意しようと口を開いた瞬間、白く滑らかな太ももに視線を奪われる。
「おかえり!奏多、膝枕してあげる!」
明るく膝をぽんぽんして笑っている彼に、今までしてくれたことなんてなかったじゃんと心の中の俺が文句を言ったのは仕方がないと思う。
ーーー膝枕は恋人の特権だよ!だから膝は絶対に好きな人にしか貸さないの。
夢見るような瞳でうっとりと告げられたのは付き合ってすぐ。
それなのに俺に膝枕をしてくれることはなかった。
そのくせ、俺にはなんども膝枕をねだったずるい稔くん。自分は絶対に好きな人にしか貸さないけど、自分を好きな俺には借りる。
無邪気に笑う稔くんは可愛くて、無邪気に俺を傷つけた。
「ねっ!早くおいで!聞いてる?」
動揺してフリーズした俺に焦ったのか、何度も早くを繰り返す稔くん。
俺の部屋で勝手に座っている光景には慣れたものだけど、こうやって必死にお願いする彼は初めて見たかもしれない。
上目遣いでこっちに差し出している腕へ無意識に手が伸びそうになって慌ててひっこめる。
ここは危険だ。
気持ちを落ち着かせるために無言で扉へ踵を返したとき、ずずっと小さな音が耳に入った。
「なんで無視するの、膝枕するって言ってるのに。意味分かるでしょ?かなたぁ…お願い、わかってよ」
鼻をすんすんと鳴らしていまにも泣き出しそうな稔くんは、いつもの付き合ってと強請ってくる稔くんじゃなくて、心細くて泣いている子どもみたいだった。
「…好き、好きだからっ…付き合って…よっ!前はすぐに付き合ってくれたのに!なんで…付き合ってくれないの!!」
とうとう稔くんは泣き出した。
「付き合ってよ、ほんとに、ほんとに好きなの…」
分かってるよ。
そんなこと稔くんに言われてなくても、稔くんが俺の事を本気で好きなことくらいとっくの昔に知ってるよ。
わざと先輩たちの前で好きだと告げたのは、もう2人で会うと気持ちが溢れてしまうと自覚したからだろうし、俺を見る表情は、俺に告げる声色は、俺を見る視線は、俺をどうしようもなく好きで手に入れたいと叫んでいたから。
わがままでちょっと鈍い彼は、自分の気持ちを上手く理解できていなかったんだろうなって分かってる。
好きだから付き合って、なんか違うなって思ったから別れた。それだけだって頭では分かっていたけど、俺は別れに耐えられなかった。だから、許していない。
「稔くん、俺のこと好き?」
「好きっ!」
「でも振ったじゃん」
地獄に落とされたのは俺なのに、傷ついた顔をしたのは稔君だった。
だけど、俺のことを好きなくせに軽く振った彼を、俺はまだ恨んでいるから慰めてやる気はない。
「でも好きなの!付き合ってよ!また僕の事好きって言ってよ!」
もはや半ギレで付き合ってよ!と地団太を踏む稔くん。
簡単に俺を振った。地獄に落とした。膝枕もしてくれなかった。
恨み言が心をぐるぐる回るのに、子どもみたいに癇癪を起こす彼に思考が逆方向にぐるぐる回っていく感覚がする。
「ねえ!好き!好きなの!!!」
カチリ。駄々をこねる稔くんの声に思考が止まった。
ああ、もう可愛い。降参です。
逆方向にぐるぐる回った思考は、見事、稔くんを好きな俺の気持ちへぴたりと止まった。
ヤンキーみたいに睨む顔も、わがままが通らなくて怒っている顔も、声も、動きも、鼻をすする音さえ可愛い。
「奏多も僕のこと好きでしょ!」
はい、好きです。
俺に自分をみっともなく曝け出す稔くんはずるい。そんなの嬉しくなるに決まっている。俺にはそんなところも簡単に見せてくれるんだと興奮してたまらなくなる。
座っている彼の視線に合わせるように腰をかがめると、びっくりしてきょとんとした顔の稔くんと目が合った。
「稔くん、チャンスをあげる」
濡れた瞳でぐずぐずになっている稔くんへ、
白旗を揚げた俺に、まだ許してない俺が待ったをかけて誕生した、ちょっとだけ意地悪な俺がわざと優しく囁く。
---あと2回頑張ったら好きになってあげてもいいよ。ほら、稔くん、上手に告白しようね?
ずいぶん上からの言葉に、彼はあからさまに嫌そうな顔をしながらも、好きと小さく告げた。
あと1回。
また、地獄へのカウントダウンが聞こえた気がしたけど、「あと1回でほんとに好きになってくれる?」とおそるおそる聞いてきた可愛い稔くんでプラマイゼロにする。
「もう別れないでね」
自分で振ったくせに、稔くんの中では俺のせいらしい。
「もう振らないでくださいね」
俺の言葉にくすくすと笑う稔くんが憎たらしいのに愛おしい。
「好き…付き合って」
勝利を確信した顔で告げた稔くんを、引き寄せて腕の中へ閉じ込める。
「俺も好きです」
俺の中で僕もと笑った稔くんは、今までで一番可愛かった。
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