魔王様と元 村人Aは一つ屋根の下

くろねこや

文字の大きさ
2 / 14
本編

1

「え…?」

魔王、ここにもいない? 


見上げると首が痛くなるほど高い天井。

磨き上げられた大理石みたいな床や壁。

青い絨毯が通路のように長く敷かれているのは、ツルツルの床で滑って転ばないための優しさだろうか?

だだっ広い部屋の最奥に置かれているのは、たった一脚の絢爛豪華な椅子。

間違いなく、これが王様の椅子…“玉座”ってやつだよな?


『ガッハッハ、よくぞここまで辿り着いたな、勇者よ』

この椅子に偉そうな感じで座って、そんなセリフを言うのが魔王だろ?

なのに、ここには誰もいない。

それどころか、これまで見てきた部屋のどこにも見つからなかった。

勇者が辿り着くまで待っててくれて、『よくぞここまで』なんて、めっちゃ労ってくれるあの小説の魔王様、かなり親切な方だったんだなって今思ってる。


魔王!一体どこにいるんだよ?!



オレ、はた 逹臣たつおみ28歳。

さっきからずっと魔王を探してるけど、オレは“勇者”じゃない。

ただの“村人A”。


名前で分かると思うけど、オレは日本人だ。

在宅で、フリーランスのしがないデザイナーをやってた。

広告代理店や大きなデザイン会社から依頼されて、ホームページやポスター、チラシなんかを作る仕事をしてた。所謂いわゆる下請したうけ”ってやつだね。


そんなオレが何故この“魔王の城らしき場所”にいるのか。

なんで『魔王…いない?』ってぽかっと間抜けに顎を落としているのか。


そしてこの時のオレは想像すらしていなかった。

そう遠くない未来、その“魔王様”と出会ったオレが、日本家屋で一つ屋根の下、一緒にのんびり暮らすことになるなんて。


そこに至るまでの経緯。

オレが“この世界に来た日”のこと。

まずはそこから話をさせてほしい。


先に謝っておくね。初めにちょっとだけ長い、愚痴を聞かせることになるけど…。


いきなり話は3年前に遡る。









「はぁ…」

死にたい…。

オレは絶望に落とされて、橋の上から夕陽にキラキラきらめく川面かわもを見ていた。遥か遠くには広大な海と貨物船。

『あたしの本命は別にいるの! これ以上付き纏うなら警察呼ぶから!』

そうオレに叫んだのは、高校1年の頃から10年間付き合って、婚約指輪まで渡した相手だった。

3ヶ月分の収入…よりさらに背伸びしてジャンプしなけりゃ手が届かない値段。彼女が欲しがったのは、そんな高額すぎるプラチナとダイヤの指輪だった。

それなのに。

なんと、昼食や夕食を削り続けてやっと買ったその指輪は、…ネットで売り払われていた。


「はぁ…」

絶望に、何度吐いたかか分からないため息をく。

『名前の刻印はいらないから。なんか縛られる気がしてイヤ』

なるほど? 

そういうことね…。

最初から売るつもりだった…と。


まあね?

これまでもさ、彼女に強請ねだられて渡したプレゼントは何度も何度も出品されてきたんだよ。

…なんで知ってるかって?

『あぁ、あの時計?飽きたからネットで売っちゃった』

あっけらかんと、そう言われて。

高かったあの腕時計は中古にされるといくらになってしまうのかな…なんて、ふと気になって。

フリマサイトで見ちゃったわけですよ。

そしたら、オレがよーく知ってるバッグやら香水やらネックレスやらが“偶然”とはとても言えないレベルでズラーッと揃ってる出品者がいてさ。

しかもそのアカウント写真は見慣れた彼女の後ろ姿。

驚いたのは値段だ。買った時より高く値が付けられている。それにも関わらず、全ての品が“sold out”…売り切れていた。


ちなみに彼女が言う“本命”は、ホストをしている。夜の街で女性に甘い言葉を囁く男性。

…高額なお金を対価として。

つまり?

オレが彼女に貢いできた金は、全てその男に流れていた…ってことだ。


愚かなオレは、そんな彼女の目を覚まさせようとした。

“ホストにハマった女性が借金漬けにされて…”なんていう痛ましい事件をよくニュースで見ていたから。

で、その結果が『これ以上付き纏うなら警察呼ぶから!』…だ。


いやいやいや、警察を呼ぶのはむしろこっちじゃね?

そんな考えが頭をよぎったものの、彼女とは長い付き合いで、あれでも学生の頃は優しくしてくれて…。


…はぁ。なんか心がやられすぎて、すごく面倒くさい。

力が出ない。

騙されて、貢がされたあげく、大きなお世話をしようとした。

オレがバカだったんだよな、って思った。


ひゅぅぅっと強い風の音がして、春とは思えない背中の寒さを急に自覚して。

もういい加減帰ろう。

あったかいお湯に浸かって、早めに布団に入ろう。


そう思った時だった。

ゴゴゴゴゴ…とすごい音が左の方から聞こえてきたのは。

ありえないスピードでドゴンドゴン車止めを薙ぎ倒し、歩道に乗り上げて向かって来たのは大きなトラック。ダンプ?みたいな化け物級のやつ。

やっば…。走って避けようとも多少の誤差って感じ!逃げられる気がしねー!!

クソ!こっちに来んのかよ!!

『死にたい』とさえ思っていた筈のオレなのに、生き残るための咄嗟とっさの判断で橋の欄干を乗り越え、川へ飛び降りた













……筈だったのだが。






パチャッ、

あんな高所から落ちたのに、めっちゃ優しい水音…。

全然痛くないし。

…お尻から落ちたから下半身がぐっしょり濡れて、冷たくて寒いけど。

橋から飛び降りた直後、怖くて目を瞑ってしまったから、一体何が起きたのかさっぱり分からない。

ただ、気がつけばオレは、流れ穏やかな川の真ん中に落ちていたのだ。


岸に上がると、幸い近くには小さな村があって、彫りが深い顔立ちの村人に出会った瞬間は“川に流されて外国に来ちゃった?”って思ったんだけどさ。

彼らに日本語が通じた瞬間、はっと思ったよね。“あれ?これ異世界転移ってやつじゃね?”って。


『村の端にある空き家と畑を好きに使っていい』と親切な村長さんに言ってもらい、

『濡れたままでは寒いだろう』と着替えまで貸してもらって。

その家には埃っぽいながらもベッドなどの家具や農具などが残されていて。

驚くほどとんとん拍子に、オレの農民としての楽しいスローライフが始まった!




…のだけれど。

オレの女難はまだまだ続く。
感想 0

あなたにおすすめの小説

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro
BL
「……僕、大人になったよ。だから……もう、───いいよね?」 最愛の人に先立たれて3年。今だ悲しみから立ち直れず、耐えられなくなった結(ゆい)はその生涯を終えようとする。しかし、次に目が覚めたのは、生命を見守る大樹がそびえ立つ異世界だった。 そこで亡き恋人の面影を持つ青年・ルークと出会う。 亡き恋人への想いを抱えながらも、優しく寄り添ってくれるルークに少しずつ惹かれていく結。そんなある日、ある出来事をきっかけに、彼から想いを告げられる。 「忘れる必要なんてない。誰かを想うユイを、俺はまるごと受け止めたい」 ルークの告白を受け入れ、幸せな日々を送る結だったが、それは突然終わりを迎える。 彼が成人を迎えたら一緒に村を出ようと約束を交わし、旅立つ準備を進めていた矢先、結は別の女性と口づけを交わすルークの姿を目撃してしまう。 悲しみの中で立ち止まっていた心が、異世界での出会いをきっかけに再び動き出す、救済の物語。 ※センシティブな表現のある回は「*」が付いてますので、閲覧にはご注意ください。   ストーリーはゆっくり展開していきます。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。

花屋の息子

きの
BL
ひょんなことから異世界転移してしまった、至って普通の男子高校生、橘伊織。 森の中を一人彷徨っていると運良く優しい夫婦に出会い、ひとまずその世界で過ごしていくことにするが___? 瞳を見て相手の感情がわかる能力を持つ、普段は冷静沈着無愛想だけど受けにだけ甘くて溺愛な攻め×至って普通の男子高校生な受け の、お話です。 不定期更新。大体一週間間隔のつもりです。 攻めが出てくるまでちょっとかかります。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

勇者になるのを断ったらなぜか敵国の騎士団長に溺愛されました

BL
「勇者様!この国を勝利にお導きください!」 え?勇者って誰のこと? 突如勇者として召喚された俺。 いや、でも勇者ってチート能力持ってるやつのことでしょう? 俺、女神様からそんな能力もらってませんよ?人違いじゃないですか?