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本編
1
「え…?」
魔王、ここにもいない?
見上げると首が痛くなるほど高い天井。
磨き上げられた大理石みたいな床や壁。
青い絨毯が通路のように長く敷かれているのは、ツルツルの床で滑って転ばないための優しさだろうか?
だだっ広い部屋の最奥に置かれているのは、たった一脚の絢爛豪華な椅子。
間違いなく、これが王様の椅子…“玉座”ってやつだよな?
『ガッハッハ、よくぞここまで辿り着いたな、勇者よ』
この椅子に偉そうな感じで座って、そんなセリフを言うのが魔王だろ?
なのに、ここには誰もいない。
それどころか、これまで見てきた部屋のどこにも見つからなかった。
勇者が辿り着くまで待っててくれて、『よくぞここまで』なんて、めっちゃ労ってくれるあの小説の魔王様、かなり親切な方だったんだなって今思ってる。
魔王!一体どこにいるんだよ?!
オレ、小畑 逹臣28歳。
さっきからずっと魔王を探してるけど、オレは“勇者”じゃない。
ただの“村人A”。
名前で分かると思うけど、オレは日本人だ。
在宅で、フリーランスのしがないデザイナーをやってた。
広告代理店や大きなデザイン会社から依頼されて、ホームページやポスター、チラシなんかを作る仕事をしてた。所謂“下請け”ってやつだね。
そんなオレが何故この“魔王の城らしき場所”にいるのか。
なんで『魔王…いない?』ってぽかっと間抜けに顎を落としているのか。
そしてこの時のオレは想像すらしていなかった。
そう遠くない未来、その“魔王様”と出会ったオレが、日本家屋で一つ屋根の下、一緒にのんびり暮らすことになるなんて。
そこに至るまでの経緯。
オレが“この世界に来た日”のこと。
まずはそこから話をさせてほしい。
先に謝っておくね。初めにちょっとだけ長い、愚痴を聞かせることになるけど…。
いきなり話は3年前に遡る。
◇
「はぁ…」
死にたい…。
オレは絶望に落とされて、橋の上から夕陽にキラキラ煌めく川面を見ていた。遥か遠くには広大な海と貨物船。
『あたしの本命は別にいるの! これ以上付き纏うなら警察呼ぶから!』
そうオレに叫んだのは、高校1年の頃から10年間付き合って、婚約指輪まで渡した相手だった。
3ヶ月分の収入…よりさらに背伸びしてジャンプしなけりゃ手が届かない値段。彼女が欲しがったのは、そんな高額すぎるプラチナとダイヤの指輪だった。
それなのに。
なんと、昼食や夕食を削り続けてやっと買ったその指輪は、…ネットで売り払われていた。
「はぁ…」
絶望に、何度吐いたかか分からないため息を吐く。
『名前の刻印はいらないから。なんか縛られる気がしてイヤ』
なるほど?
そういうことね…。
最初から売るつもりだった…と。
まあね?
これまでもさ、彼女に強請られて渡したプレゼントは何度も何度も出品されてきたんだよ。
…なんで知ってるかって?
『あぁ、あの時計?飽きたからネットで売っちゃった』
あっけらかんと、そう言われて。
高かったあの腕時計は中古にされるといくらになってしまうのかな…なんて、ふと気になって。
フリマサイトで見ちゃったわけですよ。
そしたら、オレがよーく知ってるバッグやら香水やらネックレスやらが“偶然”とはとても言えないレベルでズラーッと揃ってる出品者がいてさ。
しかもそのアカウント写真は見慣れた彼女の後ろ姿。
驚いたのは値段だ。買った時より高く値が付けられている。それにも関わらず、全ての品が“sold out”…売り切れていた。
ちなみに彼女が言う“本命”は、ホストをしている。夜の街で女性に甘い言葉を囁く男性。
…高額なお金を対価として。
つまり?
オレが彼女に貢いできた金は、全てその男に流れていた…ってことだ。
愚かなオレは、そんな彼女の目を覚まさせようとした。
“ホストにハマった女性が借金漬けにされて…”なんていう痛ましい事件をよくニュースで見ていたから。
で、その結果が『これ以上付き纏うなら警察呼ぶから!』…だ。
いやいやいや、警察を呼ぶのはむしろこっちじゃね?
そんな考えが頭を過ったものの、彼女とは長い付き合いで、あれでも学生の頃は優しくしてくれて…。
…はぁ。なんか心がやられすぎて、すごく面倒くさい。
力が出ない。
騙されて、貢がされたあげく、大きなお世話をしようとした。
オレがバカだったんだよな、って思った。
ひゅぅぅっと強い風の音がして、春とは思えない背中の寒さを急に自覚して。
もういい加減帰ろう。
あったかいお湯に浸かって、早めに布団に入ろう。
そう思った時だった。
ゴゴゴゴゴ…とすごい音が左の方から聞こえてきたのは。
ありえないスピードでドゴンドゴン車止めを薙ぎ倒し、歩道に乗り上げて向かって来たのは大きなトラック。ダンプ?みたいな化け物級のやつ。
やっば…。走って避けようとも多少の誤差って感じ!逃げられる気がしねー!!
クソ!こっちに来んのかよ!!
『死にたい』とさえ思っていた筈のオレなのに、生き残るための咄嗟の判断で橋の欄干を乗り越え、川へ飛び降りた
……筈だったのだが。
パチャッ、
あんな高所から落ちたのに、めっちゃ優しい水音…。
全然痛くないし。
…お尻から落ちたから下半身がぐっしょり濡れて、冷たくて寒いけど。
橋から飛び降りた直後、怖くて目を瞑ってしまったから、一体何が起きたのかさっぱり分からない。
ただ、気がつけばオレは、流れ穏やかな川の真ん中に落ちていたのだ。
岸に上がると、幸い近くには小さな村があって、彫りが深い顔立ちの村人に出会った瞬間は“川に流されて外国に来ちゃった?”って思ったんだけどさ。
彼らに日本語が通じた瞬間、はっと思ったよね。“あれ?これ異世界転移ってやつじゃね?”って。
『村の端にある空き家と畑を好きに使っていい』と親切な村長さんに言ってもらい、
『濡れたままでは寒いだろう』と着替えまで貸してもらって。
その家には埃っぽいながらもベッドなどの家具や農具などが残されていて。
驚くほどとんとん拍子に、オレの農民としての楽しいスローライフが始まった!
…のだけれど。
オレの女難はまだまだ続く。
魔王、ここにもいない?
見上げると首が痛くなるほど高い天井。
磨き上げられた大理石みたいな床や壁。
青い絨毯が通路のように長く敷かれているのは、ツルツルの床で滑って転ばないための優しさだろうか?
だだっ広い部屋の最奥に置かれているのは、たった一脚の絢爛豪華な椅子。
間違いなく、これが王様の椅子…“玉座”ってやつだよな?
『ガッハッハ、よくぞここまで辿り着いたな、勇者よ』
この椅子に偉そうな感じで座って、そんなセリフを言うのが魔王だろ?
なのに、ここには誰もいない。
それどころか、これまで見てきた部屋のどこにも見つからなかった。
勇者が辿り着くまで待っててくれて、『よくぞここまで』なんて、めっちゃ労ってくれるあの小説の魔王様、かなり親切な方だったんだなって今思ってる。
魔王!一体どこにいるんだよ?!
オレ、小畑 逹臣28歳。
さっきからずっと魔王を探してるけど、オレは“勇者”じゃない。
ただの“村人A”。
名前で分かると思うけど、オレは日本人だ。
在宅で、フリーランスのしがないデザイナーをやってた。
広告代理店や大きなデザイン会社から依頼されて、ホームページやポスター、チラシなんかを作る仕事をしてた。所謂“下請け”ってやつだね。
そんなオレが何故この“魔王の城らしき場所”にいるのか。
なんで『魔王…いない?』ってぽかっと間抜けに顎を落としているのか。
そしてこの時のオレは想像すらしていなかった。
そう遠くない未来、その“魔王様”と出会ったオレが、日本家屋で一つ屋根の下、一緒にのんびり暮らすことになるなんて。
そこに至るまでの経緯。
オレが“この世界に来た日”のこと。
まずはそこから話をさせてほしい。
先に謝っておくね。初めにちょっとだけ長い、愚痴を聞かせることになるけど…。
いきなり話は3年前に遡る。
◇
「はぁ…」
死にたい…。
オレは絶望に落とされて、橋の上から夕陽にキラキラ煌めく川面を見ていた。遥か遠くには広大な海と貨物船。
『あたしの本命は別にいるの! これ以上付き纏うなら警察呼ぶから!』
そうオレに叫んだのは、高校1年の頃から10年間付き合って、婚約指輪まで渡した相手だった。
3ヶ月分の収入…よりさらに背伸びしてジャンプしなけりゃ手が届かない値段。彼女が欲しがったのは、そんな高額すぎるプラチナとダイヤの指輪だった。
それなのに。
なんと、昼食や夕食を削り続けてやっと買ったその指輪は、…ネットで売り払われていた。
「はぁ…」
絶望に、何度吐いたかか分からないため息を吐く。
『名前の刻印はいらないから。なんか縛られる気がしてイヤ』
なるほど?
そういうことね…。
最初から売るつもりだった…と。
まあね?
これまでもさ、彼女に強請られて渡したプレゼントは何度も何度も出品されてきたんだよ。
…なんで知ってるかって?
『あぁ、あの時計?飽きたからネットで売っちゃった』
あっけらかんと、そう言われて。
高かったあの腕時計は中古にされるといくらになってしまうのかな…なんて、ふと気になって。
フリマサイトで見ちゃったわけですよ。
そしたら、オレがよーく知ってるバッグやら香水やらネックレスやらが“偶然”とはとても言えないレベルでズラーッと揃ってる出品者がいてさ。
しかもそのアカウント写真は見慣れた彼女の後ろ姿。
驚いたのは値段だ。買った時より高く値が付けられている。それにも関わらず、全ての品が“sold out”…売り切れていた。
ちなみに彼女が言う“本命”は、ホストをしている。夜の街で女性に甘い言葉を囁く男性。
…高額なお金を対価として。
つまり?
オレが彼女に貢いできた金は、全てその男に流れていた…ってことだ。
愚かなオレは、そんな彼女の目を覚まさせようとした。
“ホストにハマった女性が借金漬けにされて…”なんていう痛ましい事件をよくニュースで見ていたから。
で、その結果が『これ以上付き纏うなら警察呼ぶから!』…だ。
いやいやいや、警察を呼ぶのはむしろこっちじゃね?
そんな考えが頭を過ったものの、彼女とは長い付き合いで、あれでも学生の頃は優しくしてくれて…。
…はぁ。なんか心がやられすぎて、すごく面倒くさい。
力が出ない。
騙されて、貢がされたあげく、大きなお世話をしようとした。
オレがバカだったんだよな、って思った。
ひゅぅぅっと強い風の音がして、春とは思えない背中の寒さを急に自覚して。
もういい加減帰ろう。
あったかいお湯に浸かって、早めに布団に入ろう。
そう思った時だった。
ゴゴゴゴゴ…とすごい音が左の方から聞こえてきたのは。
ありえないスピードでドゴンドゴン車止めを薙ぎ倒し、歩道に乗り上げて向かって来たのは大きなトラック。ダンプ?みたいな化け物級のやつ。
やっば…。走って避けようとも多少の誤差って感じ!逃げられる気がしねー!!
クソ!こっちに来んのかよ!!
『死にたい』とさえ思っていた筈のオレなのに、生き残るための咄嗟の判断で橋の欄干を乗り越え、川へ飛び降りた
……筈だったのだが。
パチャッ、
あんな高所から落ちたのに、めっちゃ優しい水音…。
全然痛くないし。
…お尻から落ちたから下半身がぐっしょり濡れて、冷たくて寒いけど。
橋から飛び降りた直後、怖くて目を瞑ってしまったから、一体何が起きたのかさっぱり分からない。
ただ、気がつけばオレは、流れ穏やかな川の真ん中に落ちていたのだ。
岸に上がると、幸い近くには小さな村があって、彫りが深い顔立ちの村人に出会った瞬間は“川に流されて外国に来ちゃった?”って思ったんだけどさ。
彼らに日本語が通じた瞬間、はっと思ったよね。“あれ?これ異世界転移ってやつじゃね?”って。
『村の端にある空き家と畑を好きに使っていい』と親切な村長さんに言ってもらい、
『濡れたままでは寒いだろう』と着替えまで貸してもらって。
その家には埃っぽいながらもベッドなどの家具や農具などが残されていて。
驚くほどとんとん拍子に、オレの農民としての楽しいスローライフが始まった!
…のだけれど。
オレの女難はまだまだ続く。
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