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第5稿

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「その顔が答えだよ。分かってんだ。俺、才能ないって。俺の歌なんて素人に毛が生えたようなもんだ。声だって何オクターブも出ねえし、音域だって狭い。だから歌える歌も限られてる。でも俺、……歌が好きなんだ。悔しいけど……」
泣いていた。最後の言葉が音になっていなかった。こいつのこんなとこ。初めてみた。こいつが泣くなんて。
「それでも、お前の歌、俺は好きだぜ」
「うっせいよ……」
俺は、正直に言っただけだ。でも、それでも彼はまだ泣いていた。そして、彼が落ち着きを取り戻したのを見計らってから、俺達はその店を出た。
「俺、分かってんだよ。俺の歌じゃ人を感動させることは出来ない。俺は歌を歌う為に生まれて来た人間じゃないって。もちろん、プロの世界でってことだぜ。だから……この先は言わなくても分かるだろ」
「……でも、お前。本とにそれでいいのかよ」
「ああ、俺らもう潮時だよ。バンドは解散しようぜ」
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