聖火

青山喜太

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嘘をついた

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「きゃああああ!」

 見られてしまった、バレてしまった。その羞恥と恐怖からリリベルは叫ぶ。
 そして、叫んだ後気づく。

 しまった、と。

 一通りの静けさが過ぎ去り、下から階段を駆け上がる音が聞こえてくる。
 おそらく悲鳴を聞きつけて、誰かが駆けつけてきている。

 どうすれば、どうすれば、と考え、迷えども、リリベルは打開策が頭の中に浮かばない。それどころか体も思考も硬直してしまう。
 その時だ、突如、視界が暗くなる。

「もわ!」

 どうやら布が頭の上に被さったらしい、リリベルはその布を顔をから剥がした。
 リリベルからしてみれば、大きいおそらく大人用の暗い青の服。

 どこから飛んできたのだろうと、勘繰っていると、

「君、それを着ろ」

 目の前の男がそう言った、いつのまにか上半身が裸だ。
 この服はこの男の物なのか、そうリリベルが納得した様子を見ると男は話を続ける。

「早く! バレたら困るんだろ?」

「は、はい……!!」

 リリベルは男から渡された服を急いで着込む。幸い男の身長が大きかったおかげで服も大きい。上半身から膝上まで隠すことができた。

 そしてそのことに安堵の息をついた瞬間だった。

「だ、大丈夫!? 女の子の叫び声が、ここら辺から聞こえたんだけ……ど……!」

 扉の影から姿を表したのはミケッシュと、

「おかしいなぁ、女の子は入院していない筈なんだけど……あら……」

 衛生士官のアーシェだった。
 半裸の男に、丈の合わない上着をきたリリベル。
 ミケッシュとアーシェは目の前に映る光景に困惑したまま固まる。

「えっと……先生? 何を?」

 ミケッシュは表情をこわばらせながら、そう尋ねる。
 先生と呼ばれたリリベルに服を投げた男は、若干汗を垂らしながらも笑う。

「いや、そのな……そう! 挨拶しにきたんだよ、リリベルという勇敢な少年にな! ははは……」

「いや、それは知ってるよ。リリベルが目覚めたから、先生を連れてきたんだし」

「……そうだよな」

 すると、アーシェは「そんなことより」と、話の流れを切り替える。

「ドンキホーテ先生? ここら辺で女の子を見ませんでした?」

 ドクン、とリリベルの心臓が飛び跳ねる。ついに言及される、リリベルは震えが止まらなかった。

「いや見てないな」

「しかし、位置的に真上から声がしたので、多分ここからなんですよ」

 アーシェは引き下がってくれない。どうすればいい、下手な嘘を言えば返って怪しまれる。大きな声だった、例えこの場を切り抜けたとしても、他の病室からの証言でここの部屋を再び怪しまられれば終わりだ。

 そんな時だ、ドンキホーテ先生と呼ばれたリリベルに服を与えた男は腕を上げ、親指を自分自身に向ける。

「ああ、それは──」

 そして、自信満々に口を開いた。

「俺の声です、アーシェさん」

(いや! 無理があるよぉぉぉぉ!!)

 リリベルは心の中で絶叫した。
 無理がある。
 ドンキホーテの声はどう考えても男性らしいものだ。

 しかし当の彼はその嘘を突き詰めていくらしい。表情に現れた根拠のない自信は未だ失われていなかった。

「え……しかしどう聞いても……女の子の声が……ていうかこの状況なんですか……?」

 不審がるアーシェにドンキホーテは畳み掛ける。

「俺の苦手な蜘蛛が……それも毒蜘蛛が現れましてね、触るのが嫌なので、服を使ってぶん殴っていたら、服が手からスッポリと……そのままリリベルくんにホールインワンですよ」

(いや、その説明も無理が……)

「そうなのですね……」

(信じた……?)

「で、でも、実際に女の子としか思えない声が聞こえたのですが」

 しかしアーシェは引き下がらない。

(だめだ!)

「ですから、それは俺です」

「でも……」

「俺です、変声期を迎えたんです」

「迎えないでしょ先生の歳じゃ?」

「迎えます、虫に出会った時、男はソプラノに帰るんですよ」

(なにその変な嘘……)

 無理がある嘘にアーシェは流石に怪しんだのかズイ、とドンキホーテに近づく。
 おそらく身長180センチくらいのドンキホーテと、160センチくらいのアーシェ。明らかに圧迫感があるのはドンキホーテだというのに、推し負けているのは、不思議なことにドンキホーテだった。

 不思議なことに、というか当たり前なのだが。

「本当ですか?」

「疑ってるんですか? アーシェさん?」

「いえ、でも先生なんか──」

 アーシェは間を置いた後、言った。

「──嘘……ついてません?」

 放り込まれた火の玉という真実は、話の的のど真ん中をぶち抜き、的そのもの破壊するかの勢いで爆発する。
 これにはドンキホーテも汗を流した。

「う う う う う 嘘ついてませんよ? な な 何を言ってんすか!?」

(ど ど ど 動揺やばい)

 明らかに取り乱すドンキホーテ。
 このままではまずい、そう思ったリリベルは口を開こうとした。
 その時だ。チラリと、ドンキホーテがこちらを見た、そして、続けて左目でウインク。

 任せろ、そう言っているような気がした。リリベルは口を閉じる。

「アーシェさん、俺は本当に──」

「あ、先生、右手に蜘蛛」

「えっ?」

 唐突に来たミケッシュの指摘に、ドンキホーテは思わず右手を見る。
 うぞうぞと蠢く。おそらくハエトリ蜘蛛がそこにはいた

「ま°あ°あ°あ°あ°あ°あ°!!!」

 ドンキホーテの甲高い声が建物中に響く。

 訪れる静寂。
 死ぬほどの困惑。
 雰囲気の膠着と同時にその場のいた全員が硬直。

「「「「……」」」」

 そして、星の生誕から生命の誕生ぐらいのとてつもない時間が流れたかと勘違いをするほどの長い沈黙の後。
 ドンキホーテは、すました顔で言った。

「ね?」

(ね?)

(ね?)

(ね?)

 なにが、ね? なのか意味がわからぬまま、ドンキホーテは話を続ける。

「今の声を聞いても、信じられませんか?」

 いつのまにか、ハエトリ蜘蛛も呆れたのかどこかへ消えた。
 そしてドンキホーテのその言葉に、アーシェは頷いた。

「確かにあんな甲高い声が出るなら……」

(いけたぁぁぁ!)

 アーシェの言葉にリリベルの心が再び叫びを上げた。
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