篠辺のお狐様

梁瀬

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出会い 1 神童

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 節分も過ぎたというのに、まだまだ寒い日が続くのぉ…。
そんな中、いつもと変わらず境内の掃除、拝殿の掃除と黙々とこなしていく、あやつらを見ていると、出会った頃の事や、此処に来てからのあやつらの事を思い出す。

 あやつらと初めて会うたのは、確か子供の祝いじゃった。
もしかしたら、それ以前かも知れぬが、狐が覚えているのは、その時じゃ。

 真瀬ませ姉妹は3歳の祝いの時、両親に連れられてきた。
姉妹の両側に親が立ち、4人が手を繋いで、階段を上がって来たのを覚えておる。
その時は、何処にでもいる親子じゃったが、祈祷して、千歳飴とお守りを手に、双子が境内を散歩していた時の事じゃ。
 姉妹の姉の方が急に
「きれー。」
そう言ったかと思うと、犬の背を撫でていた。
 石像の犬によじ登って触るガキは多いが、朝霧は、あの犬に触れたんじゃ。

 それを見ていた当時の神主は、驚きのあまり口をパクパクさせて、まるで息の出来ぬ魚のようじゃった。
 何かしらの邪気があれば、犬も気付いたじゃろう。
何より容易く触れさせたりはさせぬ。
 恐らく、あの時一番驚いていたのは、犬だった筈じゃ。
何年…いや何百年ぶりに触られたじゃろうからのぉ。
 あの犬ですら、暫しの間、考えが及ばず動けずにおった。

 あの位のよわいでは見える者も多いが、触れる事…いや、触れようと思う者はおらん。
人の子の3歳といえど、やはり動物の子じゃ。見えておるものが、見慣れないものであれば警戒したり、不安に思うものじゃ。
 しかし、あの時の朝霧は残念だが〝馬鹿なのか?〟と思う程、自然に受け入れ、まるで妹の髪を触るように、犬の背中をそっとさすったんじゃ。

 東の手水舎の側で、何をするともなく、南の神木を見ておった犬に、朝霧は躊躇ためらいもなく素手で触れたんじゃ。
 当時の神主共は、何者かと朝霧に釘付けじゃった。
最初は犬の石像へ集まると体を丸めてかがみ、五葉松まで行き着くと左右から顔を出し、次は神籤掛みくじかけの裏に回り間からのぞくなど、いい歳の男共が、齢3つの女童を物陰から、穴が開く程、見入っておったんじゃ。
 場所が境内で、神主という身元だったから、事なきを得たようなもんじゃ。
一部始終を見ておる者がおったなら…もし通報されておったなら…一大事じゃった。
 物陰から様子を見ながら、恐らくは
「神童かも知れん…。」
などと、見ておったに違いない。

 神主と言えど、色々な気質の者が居る故、一括ひとくくりには出来ぬが、あの神主共は血筋は良いのだろうが、神職一筋で、世間知らずで、生真面目過ぎたんじゃ。
 神主以外の職についておったら、壺や数珠を買わされておったに違いない…。

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