篠辺のお狐様

梁瀬

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貧乏神 姉と再会

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 アレが隠れ潜むようになって、2か月が過ぎた。そろそろ良い頃合いじゃろう…。
黒闇天こくあんてん、腹は決まったか?】
狐は、裏山にある大きめの石の側で、落ち着いた声で話し掛けた。
(…まだ。)
小さな声と共に、黒闇天が姿を現した。
【いい加減、身を隠すのも飽きたじゃろう。篠辺の狐が吉祥天きっしょうてんに知らせてやる故、
姉妹で膝を突き合わせて話してみるのが良かろう。】
(…ぇ⁈まだ…決心がついて…ない。)
【そうか。早ければ二日の内に来るじゃろう。それまでに覚悟を決めておけ。】

 狐が立ち去ってからの黒闇天は、裏山をブツブツ言いながらウロウロと歩き回り、
時々、立ち止まったかと思うと天を仰ぎ、絶望したかのように脱力して座り込む。
 その間、左右の指を絡めて組み、両方の親指を互いにクルクルと忙しなく回して、
独り百面相をしていた。
 黒闇天には〝悲劇〟だろうが、その様子をはたから見ていれば〝喜劇〟でしかない。

 大鏡より倉稲を呼び出し、今までの経緯を説明し、吉祥天に伝えて貰った。
そして読み通り二日後には、倉稲と共に吉祥天が駆け付けた。

(…姉さま。ご無沙汰しております。)
⦅あぁ、黒ちゃん。無事で良かった…一緒に帰りましょう。⦆
そういって吉祥天は、手を差し出した。
(もう姉さまと一緒に居る事は出来ません。姉さまだけなら何処でも招き入れてくれます。…大事にもして貰えます。そうすれば…先日のように、風雨にさらされ体調を崩されるような事はありません。)
 黒闇天は俯いたまま話し、落涙らくるいした。

 姉さまは、美しく気品があり福徳を授ける、幸福の女神。
アタシは、醜くみすぼらしい。さらに災厄がおこす貧乏神。
 私たち姉妹は、いつも一緒に居る。どちらかを追い出せば、姉妹揃って出て行く。
そうやって吉祥天と黒闇天は、常に肩を並べて、共に過ごして来た。
 しかし、嫌われ遠ざけられているのは、醜くみすぼらしい貧乏神の、アタシだけ。
姉さまは、どこへ行っても歓迎されるのに、アタシと居るから一緒に追い出される。
 先日も追い出された結果、風雨にさらされた姉さまだけが、病にかかった。
アタシと一緒に居なければ、姉さまは幸せに暮らせる。
 だから…寂しくても辛くても、アタシは我慢出来る。大好きな姉さまの為だから。

⦅黒ちゃん…どうして…そんなことを言うの?…私たち姉妹は一緒だからこそ、存在
する意味があるの。どちらか片方だけでは欲と煩悩に取り込まれるか、災悪や災禍さいかに身を滅ぼすでしょう。私たち姉妹は、一心同体なのです。⦆
 吉祥天は、差し出したままの手を下ろそうとはせず、優しく微笑んだ。
(でも、アタシがいるから受け入れてくれた家の方々は、不幸になった。)
 長い時間を振り返って黒闇天は、再び泣き濡れた。 

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