虹色の召喚術師と魔人騎士

夏庭西瓜

文字の大きさ
上 下
9 / 15
2章:上限突破

しおりを挟む
「食材を召喚できたから1階に置いてもらったんだけど、どう?」

 1部屋しかない小屋の中。
 ただ広いだけで中央部分に机と椅子、傍に収納箱があるだけの、ほぼ何もない室内に。
 10種類の食材が置かれていた。
 
「…どうって言われてもな…」

 床に置かれていた物資は手つかずだ。
 ドーマンは私から物資へ視線を移して、それからティセルへ目をやった。
 
「文献で見たことはあります。砦の物資が尽きかけたその時、大量の矢や槍。それから水と麦を召喚したという話は。ただ…召喚術師が実際に食料を召喚して施したという話は聞いたことがありません」
「施しできるほどの量を召喚できないからじゃない?」
「ご主人様はすごい召喚術師だってことですよ!だから料理しましょーよ!はやく!」
「火種も無いのにどこで調理する気だ?」
「食べるなんて勿体ない!魚も肉も乾物ではなく生で凍っているのですよ?しかもこの魚、南方の高級魚シラゥオでは?」

 気楽に食べたい気持ちを言ったラーデルだったが、ティセルに気圧されて後ずさる。
 
「シラゥオはそこまで高級な魚じゃねぇぞ。ロンバー・ダルキアは北方に近いから珍しいかもしれねぇが」
「では南方では魚を凍らせる術が当たり前のように使えると?」
「そりゃ高位の術師なら使えるだろ」
「こちらの肉にしてもそうです。解体した後で凍らせるという手間をかけていると言うことは、高級品なのでしょう。ですが、何より、この!フェリオルペと虹色の実です」

 ティセルは興奮しているが、ドーマンも、ラーデルも、もちろん私も、その価値がよくわかっていない。
 
「虹色の実…?まさか、あれか?『神庭の果実』」
「はい。恐らくは」

 『虹色』は全属性を示す言葉だ。ティセルが言っている果物は、色ツヤが良く、天井からの照明を受けている箇所と陰になっている箇所との色は異なって見える。
 
「それって食用?」
「最高級品と言っても過言では無い果実です」
「本物かな?」
「一度だけ、間近で拝見したことがあります。その時と比べると色合いは異なっていると思いますが、虹色の実である事は間違いないかと」
「お前、鑑定スキル持ってんのかよ」
「…いえ。スキルとしては習得していませんが…」
「食べれば分かるんじゃないですか?食べてみましょうよ!」
「お前は食いたいだけだろ!」

 素材召喚の下級だから、希少品が出るとは思っていない。
 案内人に訊けばわかるだろうか?『果物2』としか言わなかったけど。
 
「シロ。この果物の名前はわかる?こっちが虹色の実で、そっちが…なんだっけ。フェリなんとか」
「フェリオルペです」
「そう、フェリオルペ。って言うらしいんだけど、合ってる?」
「アイテムの名称や効果は『鑑定スキル』を使うと分かるよ。ヴィータが鑑定した結果は、ボクにも分かるようになるよ」
「そんなスキル、私は持ってないんじゃないかな」
「レベルが10になったら『スキル』を1つ覚えるよ。一覧の中から好きな『スキル』を覚える事が出来るんだ。『鑑定スキル』を覚える事も出来るよ」
「…つまり、私もまだ鑑定できないらしい」

 そう伝えると、ティセルが柔らかそうな布を背嚢から取り出して、丁寧に2つの果実をそれぞれ包み始めた。
 
「虹色の実は、食べることで自らの持っている属性を強化する効果があると聞いています。サイズによって価格は異なりますが、巨大な実だと国家予算が動くとも言われています。これは小ぶりなのでそこまででは無いと思いますが、売るのではなく食べるのでしたら、ヴィータ様が召しあがるのは宜しいかと」
「みんなで分けたらいいじゃないですか」
「召喚術師殿が調達した食料だぞ。どう処理しようと俺らが口出しすることじゃねぇよ」
「別に何でも食べるけど、これはあなた達用に用意したものだよ。でも今すぐ食べられそうなのは果物だけだよね」
「火種は持っていますが、土間もない小屋ですし、調理は外でする事になると思います」
「正直、魔物がいそうなこんな山の中で、一夜明かすのも危険だろうがな」

 とうに夜は更けている。
 彼らにとって見知らぬ土地で、ドーマンいわく『ハードモード』な環境で、外に出て何かをする気は起こらないんだろう。
 
「シロ。この小屋の中に料理できる場所を作ることってできる?そこで料理しても小屋に火が燃え移らないような…そんな施設」
「召喚術師以外の生物が拠点の外に出れば、できるよ」
「厨房作るから、ちょっと外に出てくれる?多分一瞬で終わるから、そこの照明持って行って」

 机の上に置かれたランタンを指差すと、3人は特別何も言うことなく、私の指示に従って外に出て行った。
 
「シロ。他の部屋に延焼しないような厨房と…あと、もしもこの拠点が攻撃されたときにそれを迎撃するような装置って、何かある?」
「『拠点装備』だね。『受けるダメージ』を『軽減』する装備と、『無効化』する装備と、『反射』する装備があるよ。どの装備も、発動中は幻力を『継続消費』するよ。『拠点装備』は、『拠点レベル』によって使える装備に制限があるよ」
「拠点レベル1で使えるものの中で、最高級に効果がある防衛、または迎撃する装備で」
「画面に表示するね」

 どうやら『画面』は1階の壁でも表示できるらしい。多分、他の人に見られていないことが条件なんだろう。
 壁一面に表示されたのは、装備の形状と思われる絵が中に描かれている正方形の図形が3つ。
 図形の下には長い説明が書かれている。
 
 『軽減装備』は一定量のダメージを軽減する。
 『無効化装備』は一定量のダメージまでを無効化する。
 『反射装備』は一定量のダメージまでを反射する。
 
 どれも、『一定量のダメージ』を超えた分のダメージは、まともに受けることになる。
 書いてある数字を見る限りだと、軽減装備が一番コストがかからないが、装備のレベルを上げても『割合』軽減なので、受けるダメージが0にはならない。ただ、装備のレベルを上げることも、装備の効果の維持も、一番ラクだ。
 
「…無効化かな。ちょっとした攻撃でも小屋にダメージが入ったら、彼らが気持ちよく寝れなさそうだ」
「『無効化装備』は『拠点レベル』と同じレベルまでレベルを上げる事が出来るよ。レベル1だと100までのダメージを無効化できるよ。効果の維持に必要な『幻力継続消費』は、1時間に5だよ」
「ダメージ100ってどれくらいなんだろ…。まぁ、とりあえずそれで」
「『無効化装備』の設置に必要な幻力は1000だよ。『厨房』の設置に必要な幻力は100だよ。拠点を変更していい?」
「よろしく」

 頷くと、小屋が一瞬揺れた。だがすぐに、出入り口の扉から見て右手の壁に、別の扉が現れる。
 
「『貯蔵幻力』は7050になったよ。『無効化装備』の効果維持は、ヴィータの部屋で発動したり停止したり出来るよ」
「わかった」

 3人を呼びに行き、彼らに新しくできた扉の奥を確認してもらっている間に、私は2階に移動した。
 いちいち案内人に頼むのも面倒だったので、銀の球に触れることで1階と2階の間を自由に移動できるようにしてもらう。
 無効化装備の効果を発動させてから1階に戻ると、新しい扉の奥のから歓声が聞こえてきた。

「おい!火種入れただけで火が点いたぞ!」

 私がその部屋を覗くと、真っ先にドーマンが興奮した声で叫ぶ。
 
「すぐ点くものじゃないの?」
「そんなわけねぇだろ!そりゃ点きはするが、風や脂使って火力を上げてやらなきゃならねぇ」
「鍋を置くための台もありますし、これは…網ですね。カマドの造りもかなり質が良い。大商人の家でもこんな高品質なカマドがあるかどうか」
「早く!早く鍋置きましょうよ!俺、肉食いたいです!」

 食材を見たときの倍以上喜んでるみたいだ。
 彼らにとってはきっと、とてもすごいことなんだろう。
 
「薪入れは小さいな…いや、厨房にこれがあるだけで充分か」
「充分ですよ。5日はもちます」
「肉いれま~す」
「おい、待て!」
「野菜持ってきます!ヴィータ様。果実以外は使ってもよろしいのですね?」
「果物も食べていいよ」

 一応そう言ったけど、多分ティセルの耳には入っていない。それくらい興奮しているってことなんだろう。
 慌ただしく動き始めた彼らをそのままにして、私は一旦外に出た。
 
 
 暗闇広がる中、夜空には星と2つの月が輝いている。
 空に月があるのは当たり前なのかもしれない。月光が照らし出す世界は、ぼんやりとした光に包まれている。
 
 小屋を見ると、僅かに何かの光を纏っているように見えた。
 小屋全体を覆っているから、これが『無効化装備』の効果なんだろう。
 でも…レベル1だし、効果は薄そうだ。
 
 屋根の上にあがって周囲を見回すと、離れたところに複数の熱源が見える。
 ひとつは大きいから、多分風龍だろう。どれも、こちらに向かってくる様子はない。
 夜の間に索敵に行きたいけど、その間、ダメージ100までしか耐えられないこの小屋は無防備になる。
 つまり、この夜の間に私がやれることは無い。
 
 一応の確認を終えたので、私は小屋の中に戻ることにした。
 『私』がやれることは少ないけど、『召喚術師』がやることは、まだまだたくさんある。
 
 --------------------

 室内に入ると、机の上には食器が置かれていた。
 木製の器はどれも不格好で、職人が作ったものじゃないんだろう。厨房に置かれていたものでもなさそうだ。

「あ。ご主人様!外は真っ暗なのに大丈夫なんですか?」

 スープらしきものを入れた器を運んでいたラーデルが、それを机の上に置く。
 ラーデルの声が聞こえたのか、厨房からティセルが姿を見せた。
 
「外にいらっしゃったのですね。夜にお1人は危険です。特に山岳地帯は魔物も多いですし、まだ周囲の脅威が把握できていないのですから、あまりご無理は」
「俺達が居たところで、こんな所に出る魔物に勝てるわけねぇだろ」

 最後に出てきたドーマンは、水樽を抱えている。それを持ったまま栓を抜いて、器に水を注いだ。
 見た目は不器用そうだけど、あの体勢でこぼさず水を注ぐことが出来るんだから器用だ。大工だからなのかな?私なら絶対にこぼすんだけど。
 
「皿はティセルが4枚持ってたんだが、コップは1個しか無くてな。今日は回し飲みになるが我慢してくれ」
「私は気にしないよ」
「ヴィータ様が大らかでいらっしゃるので、助かります」
「ご主人様はこの席ですよ」

 満面の笑みのラーデルが引いてくれた椅子に腰かける。
 
「シラの葉とラデの実。それから肉を煮込んで塩で味付けしたスープで、粉があったので少し入れてとろみをつけています。本当は麦粉を丸めて焼きたかったのですが、時間が無かったので明日にでも」
「すごいね。焼いたりできるんだ」
「焼くだけならドーマンでも出来ますよ。さぁどうぞ、お召し上がりください」

 3人も席に着いたが、私が食べ始めるのを待っているようだ。
 器の前にスプーンもフォークも箸も無いから、多分そのまま器に口を付けて食べろってことなんだろうけど。
 
「熱いの苦手なんだ。先に食べてよ」
「アツアツで食べるのが美味しいのに!」
「押し付けんな。食えないなら仕方ないだろ」
「では、お先に頂きます」

 3人はほぼ一斉に食器を手に取った。そのまま飲むように食べ始める。
 …私にはムリだな。
 
「あ、そうだ。肉を凍らせてた氷ってまだある?」
「…はい。氷室に使おうかと思いまして、厨房の棚の上に」
「…なぁ、召喚術師殿。術は使えないのか?」

 持っていた皿を机に置いて、ドーマンが私を見つめた。
 
「どうだろ。他の星に居たときに使っていた術は使えないらしいんだよね」
「…使ってたヤツは居たけどな」
「そうなんだ」
「ヴィータ様はご自分の属性をご存知ですか?所持している属性と同じ属性の術しか使うことが出来ませんが、町に行けば術本を売っていますよ。より高度な術は、特別な施設で覚える必要がありますが」
「神殿とか?」
「大きな町には書庫があります。条件を満たせば教えてもらえるそうですよ。神殿も同じです」
「俺らには縁がねぇけどな。召喚術師なら問題ないだろ」
「俺の属性は『地』ですけど、召喚術師ってたくさん属性持ってるんですよね?どれくらいあるんですか?」

 興味津々という表情でラーデルは尋ね、ティセルも期待するような表情をしている。ドーマンだけが眉を顰めていた。
 
「私は虹色の召喚術師らしいよ」
「に…にににじいろ!?」
「…やはり、そうなのですね!虹色の実を用意できるだけの術力をお持ちなのですから、当然の事だと思います」
「…虹色か」

 驚き椅子から立ち上がったラーデル。感嘆の声を上げたティセルと比べると、微動だにしないドーマンは対称的だ。
 
「虹色になんか因縁でもある?」
「…そういうわけじゃねぇが」

 そう答えた後に軽く首を振り、彼は小さく呟く。
 
「虹色の召喚術師には…ロクなヤツがいねぇ」
「へぇ?」
「…っていう噂だ」

 ルーリアに召喚されてた時の記憶はないように思えたドーマンだけど、彼の中では何か思い当たることがあるのだろうか。
 それとも、他にもいるという虹色の召喚術師も問題児なのかな。
 
「まぁ…私自身も。『ロクでもない』ことに心当たりはあるよ。自分がありきたりじゃないことは自覚してる」
「それでも、俺達に拒否権はねぇ。お前を守り、お前の進む道を切り開く。それが俺たちの役目だ」
「貴方がどうであれ、私は貴方に従います。『虹色の召喚術師』に仕えることが出来る栄誉に勝るものなどありません」
「お、俺も!俺もです!」

 虹色の召喚術師は、星外から来た召喚術師じゃないかとルーリアは言っていた。
 異星人ならこの星の常識など知らないだろう。自分本位に我儘に振舞ったのかもしれない。
 ルーリアは、この星での出来事をゲームと捉えていたし、他の虹色の召喚術師たちも、そうなのかもしれないな。
 
「とりあえず、術のこともそうだけど、明日の朝に山を下りてから考えようか」

 時間が経って多少冷めた器を両手で持ち、私はようやくそのスープに口を付けた。
しおりを挟む

処理中です...