ともだちさがして

たかまつ よう

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戻ってきた

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 さとやまむらはいい季節です。アブの羽音が風に混じり、お日さまのあったかさと日陰のすずしさが交互に入り混じる山道には、黒い湿った匂いがあふれていて、タケノコたちが地面の中で元気良くつんつん土を動かしているのがわかります。

ひとりの青年が、大きな荷物を肩から下げて、そんなのどかな坂道を登っていきます。
しんたろうくん、29歳。子供のころからずーっと飼っていた、ヒキガエルを山へ返しに行くところです。実はしんたろうくん、今度ケッコンすることになったのです。
しんたろうくんのカノジョは生き物がにがて。「それを手放すこと」がケッコンするための約束なのでした。

「着いた、ここだった。」
 しんたろうくんは荷物を肩から降ろしてあたりを見回しました。
クーラーボックスを開けて、中から大きなヒキガエルを取り出し、そーっと地面に置きました。
 「きみはこの山の、まさにこの場所で、ぼくのバケツに入っていたんだよ。…覚えていないだろうけどね。ぼくが5歳のときだったよ。お店で買ってきた生き物は、外に放せないけど、君はここで出会ったんだもの、また、ここに返してあげられるよ。」
 しんたろうくんはヒキガエルのまわりに、住みやすそうな素焼きの植木鉢を置いて、下半分を土に埋めました。おいしいごはんも用意してきたのですが、悩みに悩んで、置くのを辞めました。

 だってこれからは、この子はひとりで生きて行かなくてはならないのです。人間界のものは最小限に控えないと、と、しんたろうくんはわかっていました。植木鉢のおうちは、突然放り出さないとならない、せめてものお詫びとして、置くことに決めたのです。もし使わなかったらあとで回収するつもりです。
「…じゃあね、元気で、たくましく暮らすんだよ。今までありがとう…ごめんね、…うわーん!」
 しんたろうくんは、まるで子供のように泣きながら走っていきました。

 このヒキガエルはジョセフィーヌ。たぶん、27さいくらいです。しんたろうくんのところで24ねん暮らしていました。ヒキガエルは運がいいと、とても長生きするのです。
 でもそのまえはこのさとやまむらの山の中で、たくさんのいきものたちと楽しく暮らしていたのでした。

「……」、
いつもいつも世話してくれていたしんたろうくんがいなくなっても、ジョセフィーヌはボーっとしていました。(なにしろとーってもおばあさんですからね)
 しんたろうくんの家にいたときは、ジョセフィーヌはおなかがすくことも、雨や風や嵐や冬の寒さの心配も、なーんにもなくて、一日中、一年中、ボーっとしていました。それこそ、何十年もそうやってボーっと過ごしていたのです。

 ジョセフィーヌは、あまりにもボーっとしすぎてしまい、けさ、しんたろうくんが泣きながらジョセフィーヌのいる水槽をあけ、そうっと自分のわきのしたに手を入れてクーラーボックスに移した時も、そのまま担がれて、ゆっさゆっさ揺られて運び出された時も、何にも感じませんでした。まるで心とからだの外側が、分厚いゴムで包まれているみたいに、自分に何が起きても遠くで起きた出来事と変わらない感じがしたのです。

 なので、いま、自分がいる場所が変わった事でさえ、ジョセフィーヌは何日も気づきませんでした。素焼きの植木鉢の中で、ジョセフィーヌは寝てるように、起きてるように、うつらうつらと時を過ごしていました。

 それでもさすがに三日たつと、ジョセフィーヌもすこーしおなかがすいてきました。いつもなら、まっすぐに三歩と半分歩くと、そこにたべもの(たいていはつやっつやでころころのミールワーム)が置いてあるのです。のそ…のそ…のそ…あれ?今日は何にも置いてない。ジョセフィーヌは首をひねって上を見上げました。そんなときはよく、しんたろうくんがピンセットにコオロギをはさんで、ひとつずつジョセフィーヌの前に置いてくれたのです。

…あれ?
ここはどこ?
頭の上は水槽のせまい四角い天井ではなく、大きな木の作り出す高い高い空間、そしてその先には夕焼け空。ジョセフィーヌはきょろきょろしました。鼻もくんくん、させました。

 突然、きゅーんとなつかしい気持ちがこみあげて、目の前のイヌシデの木を見つめました。木の幹は太く、根元には大きな隙間があります。そして枝のかなり高いところにぶら下がっているのは…ジョセフィーヌの時計と、カレンダー!なんであんな高いところに…?
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