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今日は私の失恋の話をしようと思う。
世の中には稀に前世の記憶らしいものがある人がいる。そして、私はどうやらそれがある人間だった。
と言っても、今はほとんど覚えていない。思春期辺りまではかなりはっきりあったあの記憶は、どんどん薄らいでいっている。薄いベールの向こうにあるいつか見た夢のようだ。
その夢自体は忘れてしまったけれど、どんな夢だったかはよく覚えている。それは思春期にこの記憶は何だろうと悩んで、苦しんだ記憶があるからだ。
前世の私は全てを持っていた。高貴な生まれに美しさ、カリスマ性に人を統べる能力、そしてそんな私に張り合えるライバルも。
ベルは私とは違う魅力を持っていた。平民出身の彼女は真面目で正義を愛し、雑草のように逞しかった。
そして、それは大自然のような美しさだと私のフィアンセは言った。
貴族の世界で育った私にとって、学園でベルが話す理想は机上の空論ばかりだった。
彼女は正しすぎて、必要悪を知らない。悪人を必要とする社会を理解していない。
本当に国の体質を変える力があるのなら、私程度からフィアンセを奪うくらい造作無く出来て当然でしょう。そして、正義でフィアンセを奪えたなら、王子フィアンセは国も変えるでしょう。
だから私は、私を倒してご覧なさいよとベルの前に立ち塞がった。
彼女は頭は悪く無かった。だんだんと計略を練れるようになり、私の策略をかわし続けた。後にも先にもこんなに手応えのある相手は居なかった。
けれど、卒業パーティーで床に這いつくばう目にあったのはベルだった。
私が嵌めたのなら彼女は擦り抜けただろうけど、あれはそうじゃ無かった。ベルを想う、とある貴族の男が命を絶ったのだ。私は自殺だったと知っているけど、現場にいた彼女が犯人と疑われた。死んだ男は恋煩いなんかで自殺してはならない身分で、犯人が必要だった。そして彼女は純粋に彼の死を悼んで、上手く言い逃れる事が出来なかった。
処刑で無く国外追放になるよう裏で手を引いた。能力はあるんだから、私の下で働くなら新しい名前くらい用意できるわよ。そう言った私に「貴女良い人だったのね。」と彼女は言って国を出てしまった。
その後の行方は知れない。
数年後私は王子と結婚し、そして王妃となった。王子を産んだ私に彼は『これで君の望みは叶っただろう。満足かい?』と私に尋ねて、翌日姿を消した。ベルを探しに行ったのかもしれない。
果てしなく責任感のない男だった。けれど、私に必要なものは全て置いていった。残された私は国を守り、整え、時間をかけて彼女の理想の国へと変えていった。
国に尽くして一生を終える頃には、私の彼女への侮蔑は尊敬の裏返しであった事に気づいていた。最早探しに行く事もままならず、願わくば来世ではと祈った所から記憶は途切れる。
私は前世で手に入らないものは無かった。最後の願いすら叶ったようだった。
そして私と彼女は同い年のいとことして生まれ変わった。母親同士が仲の良い一卵性双子で家も隣家である。しかも出産時期が近い事で頭がお花畑になった母親達は先に生まれた彼女にミレ、後に生まれたアムというような名前を付けた。二人合わせて『ミレニアム』のようなそんな名前だ。気持ちを察して欲しい。
何故ミレが彼女だと分かったかと言うと、ミレにも前世の記憶があったからだった。
ミレの前世の記憶は夜夢に見ると言うものだった。幼子には過分な夢だったので、見る度に私や親に話していたのだが、語彙が増えるにつれてその克明な夢の話を母親達は気味が悪がるようになった。私は懐かしく思っただけだから、褒めながらミレの話に耳を傾けた。けれど、私の正体は決して話さなかった。
意外な事にミレの話の中での私はそんなに悪いイメージは無かった。それから、王子の事が今もとても好きな事が分かった。それは思春期になる頃まで変わらず、夢に彼が出てきたと頬を染めて話す程だった。
彼女の夢は繰り返し見るものも多かったみたいだが、中学三年に入る頃に変化があった。それは彼女の最後についてだった。
「私、また王子に会えるかもしれない。」と小さな声でミレの告白を聞いた時の衝撃は今も忘れられない。
夢の中で彼女は国外追放になった。ライバルが残れるよう手配してくれたけれど、愛する人が他人と結ばれるのを見るのは耐えられずに断ったそうだ。その夜、国を出る荷造りをしていると、王子が忍んで一人現れた。自分の心は彼女にあると告白した王子は自分を連れて行くように懇願した。
王子の不在は継嗣問題になり、民が惑う。だからそれは出来ない。けれど、本気ならばいつか迎えに来て欲しい。と行き先を告げた。
彼女の行き先は異世界。あの世界で神の山とされる山の崖に時々虹が架かる。その虹を渡れば異世界へと続くとされていた。
王子は了承し、手首にキスをした。こうすれば異世界でも見つける事ができると言い、手首には複雑な模様がついた。
確かにミレの腕には生まれつき痣があった。
高校はミレとは別の学校に通った。前世の記憶の影響で私の成績はかなり良かったし、周りの評価も高かった。それに対してミレの母親はストレスを感じていた。アムが私の子供なら、という事を度々口にするようになり、伯父さんの判断で隣町へ引っ越した。
私が通ったその高校に、王子はいた。顔に面影があり、名前も同じままだった。仮にエドと呼ぶけれど、彼は親元から離れて一人暮らしをしていた。誰かがエドに一人暮らしをしている理由を聞いた。すると、神の山があるからここの地に住みたかったという事を冗談めかして答えてた。
帰り道のエドを捕まえて、ミレの前の名前に心当たりがないか尋ねた。顔色が変わったから、そのまま部屋に入って話をさせた。
前世、 王子とベルは同じ日同じ時に生まれていたそうだ。その日の記録はよく知っている。王子の生誕の姿として何度もプロパカンダとして演説に組み込まれた事があったし、自分も参考にすべく詳細を調べたことがあった。
そしてこちらの世界の一年後、星の並びがあちらでの誕生した日と同じになるタイミングがあるらしい。その時にこちらの通称『神の山』の虹の橋を渡れば、またあちらで誕生からやり直せるのだそうだ。
我が君は彼女がいなくなってから部屋にこもって、ちまちまちまちま何やってたのかと思えば、そんな研究してたのか。
腕の痣はぼんやりとミレの場所を教えてくれるらしいが精密では無かった。だから、彼に私が今の彼女の縁者である事を伝えた。気色ばんで居場所を聞くから条件をつける。ミレを今度こそ守れる男になる事。私の正体をつかむ事。それまでミレはお預けだ。
前世と今世の知識を総動員してエドの心身を鍛えた。接しているうちに、責任感も考え方も元はそんなに悪くない事に気付いた。あちらの世界の重圧は色々歪ませるには充分だったのだろう。
けれど今度は耐えてもらう。
エドは基本的に器用で優しくイケメンだったが、彼は以前と同じく女遊びもしなかったし、ちょっと抜けているところも何もかも、私が好きだった彼と変わりは無かった。
夏休みにエドと二人で花火を見に行くと、ミレと見たかった。来年はいないから見れないと彼は膨れた。
花火くらい予算付けてあっちで上げればいいだけだ。民だって喜ぶ。と言うと、エドはいきなり真顔になって聞いた。
「俺が急にいなくなっても、お前がいたから大丈夫だったよな?」
「必要な物は全部置いていってくれたしね。なんとかしたよ。」
「悪かった。あの時の俺は王として最悪だった。」
「だったら、次は当てにしないで。」
次の世界の私はどんな私が分からない。
「まさか、今でもお前は俺の…。」
花火の音で後半は聞こえなかった。
私の正体は分かったみたいだから、夏休みの終わりにはミレに会わせた。二人は一目で全てを理解したようだ。けれど、エドにわたしの正体は口止めして置いた。
文化祭、秋のお祭、間にテスト勉強も三人で過ごした。クリスマスや初詣も『来年は一緒に行けないから。』とミレもエドも私を誘った。
こちらの世界で一緒になる訳にはいかないのか、一度だけミレに聞いた。エドはミレを連れ戻す条件で色々な知識を得たから、破ればエドから私達の記憶が無くなるのだそうだ。それから、私も一緒に行かないかとお願いされた。もちろんお断りだ。
写真をいっぱい撮って、いっぱい笑って、別れの日を迎えた。私に思い残す事はないから、とあっさり別れる。ほんとは未練ばかりだ。思いが溢れて思い出が汚れるくらいなら、こんな別れでいい。
明日の朝、エドは学校に来ない。
明日の朝、ミレのラインは既読にならない。
そのはずだったけれど、夕方おばさんから電話でミレの家に呼び出された。
「アムちゃん!またミレがおかしな事を言い始めたの!たすけて!」
今晩月が真上に来た時、虹を越えて世界を跨ぐ。だから、今までのお礼と謝罪の手紙を両親にしたためたらしい。それを部屋に入った叔母さんが見つけてしまってミレを問い詰め、ミレは白状してしまったらしい。携帯を取り上げられたミレは部屋に閉じ込められていた。
その時間に神の山に行くには遅くとも23時半には家を出なくてはいけない。けれど、家から出られない。そこを退いて!行かせて!と泣き叫ぶミレを24時が過ぎるまで抱きしめた。彼女のためにできる事はそれだけだった。
日付が変わると彼女は大人しくなった。
「アムは、もしかしてまだエド、ガー様を…?」
疲労がピークを越えて倒れた彼女は夢か現か私に問いかけた。
この子はいつから私の事を気がついていたのだろう?
ベッドに寝かしつけて、おばさん達に諦めて寝た事を伝え、心配だから今夜は昔みたいにミレの側にいても良いか聞くと、叔母さんも伯父さんもそうしてやってくれと言った。
私はミレの手をただ握っていた。
一睡もせず4時半過ぎにミレを起こした。
静かにするよう言って、そっとマンションを二人で出る。
だんだん覚醒してきた彼女を自転車の後ろに乗せて神の山に向かった。それから説明する。
王子の生誕の話は、かなり盛ってある。王子が実際に生まれたのは明方で、その時朝日を浴びてできた虹がかかった。当時の演出家が月光の虹に抱かれるが如く現れたと書き記したが、資料をちゃんと見れば夜は雨が降っていた事がわかる。私は朝日の虹の方が美しいのだからそのまま書けばいいのにと前から思っていた。
こんな大事な情報伝え忘れるような馬鹿にミレを任せるのは癪だけど、ずっと二人を見てきたから仕方ない。ミレの一番はエド。エドの一番はミレ。
山の途中で自転車を降りた。この道を1分も行けばエドはいる。ラインには五分前に着いたという連絡が来ている。
この先は行けない。
私だって、愛する人が他人と結ばれるのを見るのは辛いんだ。たとえ相手が誰でも。
「時間がない!走れ!」
そう言ってミレの背中を押すと、彼女は一瞬だけど私を抱きしめてから、一度も振り返らずに走っていった。
太陽がゆるゆると昇る。それは信じられない光景だった。虹が空中から手前に向かって伸びているー
太陽が眩しさを増して思わず目を瞑り、再び目を開けた時には虹は消えていた。
その後はそれなりに色々あったけど、あえて言うほどの事はない。
当然だけど彼等のその後は分からない。
ちなみに私ごとだが、未だに彼女はできた事もなく、いい歳のおじさんになってしまった。
世の中には稀に前世の記憶らしいものがある人がいる。そして、私はどうやらそれがある人間だった。
と言っても、今はほとんど覚えていない。思春期辺りまではかなりはっきりあったあの記憶は、どんどん薄らいでいっている。薄いベールの向こうにあるいつか見た夢のようだ。
その夢自体は忘れてしまったけれど、どんな夢だったかはよく覚えている。それは思春期にこの記憶は何だろうと悩んで、苦しんだ記憶があるからだ。
前世の私は全てを持っていた。高貴な生まれに美しさ、カリスマ性に人を統べる能力、そしてそんな私に張り合えるライバルも。
ベルは私とは違う魅力を持っていた。平民出身の彼女は真面目で正義を愛し、雑草のように逞しかった。
そして、それは大自然のような美しさだと私のフィアンセは言った。
貴族の世界で育った私にとって、学園でベルが話す理想は机上の空論ばかりだった。
彼女は正しすぎて、必要悪を知らない。悪人を必要とする社会を理解していない。
本当に国の体質を変える力があるのなら、私程度からフィアンセを奪うくらい造作無く出来て当然でしょう。そして、正義でフィアンセを奪えたなら、王子フィアンセは国も変えるでしょう。
だから私は、私を倒してご覧なさいよとベルの前に立ち塞がった。
彼女は頭は悪く無かった。だんだんと計略を練れるようになり、私の策略をかわし続けた。後にも先にもこんなに手応えのある相手は居なかった。
けれど、卒業パーティーで床に這いつくばう目にあったのはベルだった。
私が嵌めたのなら彼女は擦り抜けただろうけど、あれはそうじゃ無かった。ベルを想う、とある貴族の男が命を絶ったのだ。私は自殺だったと知っているけど、現場にいた彼女が犯人と疑われた。死んだ男は恋煩いなんかで自殺してはならない身分で、犯人が必要だった。そして彼女は純粋に彼の死を悼んで、上手く言い逃れる事が出来なかった。
処刑で無く国外追放になるよう裏で手を引いた。能力はあるんだから、私の下で働くなら新しい名前くらい用意できるわよ。そう言った私に「貴女良い人だったのね。」と彼女は言って国を出てしまった。
その後の行方は知れない。
数年後私は王子と結婚し、そして王妃となった。王子を産んだ私に彼は『これで君の望みは叶っただろう。満足かい?』と私に尋ねて、翌日姿を消した。ベルを探しに行ったのかもしれない。
果てしなく責任感のない男だった。けれど、私に必要なものは全て置いていった。残された私は国を守り、整え、時間をかけて彼女の理想の国へと変えていった。
国に尽くして一生を終える頃には、私の彼女への侮蔑は尊敬の裏返しであった事に気づいていた。最早探しに行く事もままならず、願わくば来世ではと祈った所から記憶は途切れる。
私は前世で手に入らないものは無かった。最後の願いすら叶ったようだった。
そして私と彼女は同い年のいとことして生まれ変わった。母親同士が仲の良い一卵性双子で家も隣家である。しかも出産時期が近い事で頭がお花畑になった母親達は先に生まれた彼女にミレ、後に生まれたアムというような名前を付けた。二人合わせて『ミレニアム』のようなそんな名前だ。気持ちを察して欲しい。
何故ミレが彼女だと分かったかと言うと、ミレにも前世の記憶があったからだった。
ミレの前世の記憶は夜夢に見ると言うものだった。幼子には過分な夢だったので、見る度に私や親に話していたのだが、語彙が増えるにつれてその克明な夢の話を母親達は気味が悪がるようになった。私は懐かしく思っただけだから、褒めながらミレの話に耳を傾けた。けれど、私の正体は決して話さなかった。
意外な事にミレの話の中での私はそんなに悪いイメージは無かった。それから、王子の事が今もとても好きな事が分かった。それは思春期になる頃まで変わらず、夢に彼が出てきたと頬を染めて話す程だった。
彼女の夢は繰り返し見るものも多かったみたいだが、中学三年に入る頃に変化があった。それは彼女の最後についてだった。
「私、また王子に会えるかもしれない。」と小さな声でミレの告白を聞いた時の衝撃は今も忘れられない。
夢の中で彼女は国外追放になった。ライバルが残れるよう手配してくれたけれど、愛する人が他人と結ばれるのを見るのは耐えられずに断ったそうだ。その夜、国を出る荷造りをしていると、王子が忍んで一人現れた。自分の心は彼女にあると告白した王子は自分を連れて行くように懇願した。
王子の不在は継嗣問題になり、民が惑う。だからそれは出来ない。けれど、本気ならばいつか迎えに来て欲しい。と行き先を告げた。
彼女の行き先は異世界。あの世界で神の山とされる山の崖に時々虹が架かる。その虹を渡れば異世界へと続くとされていた。
王子は了承し、手首にキスをした。こうすれば異世界でも見つける事ができると言い、手首には複雑な模様がついた。
確かにミレの腕には生まれつき痣があった。
高校はミレとは別の学校に通った。前世の記憶の影響で私の成績はかなり良かったし、周りの評価も高かった。それに対してミレの母親はストレスを感じていた。アムが私の子供なら、という事を度々口にするようになり、伯父さんの判断で隣町へ引っ越した。
私が通ったその高校に、王子はいた。顔に面影があり、名前も同じままだった。仮にエドと呼ぶけれど、彼は親元から離れて一人暮らしをしていた。誰かがエドに一人暮らしをしている理由を聞いた。すると、神の山があるからここの地に住みたかったという事を冗談めかして答えてた。
帰り道のエドを捕まえて、ミレの前の名前に心当たりがないか尋ねた。顔色が変わったから、そのまま部屋に入って話をさせた。
前世、 王子とベルは同じ日同じ時に生まれていたそうだ。その日の記録はよく知っている。王子の生誕の姿として何度もプロパカンダとして演説に組み込まれた事があったし、自分も参考にすべく詳細を調べたことがあった。
そしてこちらの世界の一年後、星の並びがあちらでの誕生した日と同じになるタイミングがあるらしい。その時にこちらの通称『神の山』の虹の橋を渡れば、またあちらで誕生からやり直せるのだそうだ。
我が君は彼女がいなくなってから部屋にこもって、ちまちまちまちま何やってたのかと思えば、そんな研究してたのか。
腕の痣はぼんやりとミレの場所を教えてくれるらしいが精密では無かった。だから、彼に私が今の彼女の縁者である事を伝えた。気色ばんで居場所を聞くから条件をつける。ミレを今度こそ守れる男になる事。私の正体をつかむ事。それまでミレはお預けだ。
前世と今世の知識を総動員してエドの心身を鍛えた。接しているうちに、責任感も考え方も元はそんなに悪くない事に気付いた。あちらの世界の重圧は色々歪ませるには充分だったのだろう。
けれど今度は耐えてもらう。
エドは基本的に器用で優しくイケメンだったが、彼は以前と同じく女遊びもしなかったし、ちょっと抜けているところも何もかも、私が好きだった彼と変わりは無かった。
夏休みにエドと二人で花火を見に行くと、ミレと見たかった。来年はいないから見れないと彼は膨れた。
花火くらい予算付けてあっちで上げればいいだけだ。民だって喜ぶ。と言うと、エドはいきなり真顔になって聞いた。
「俺が急にいなくなっても、お前がいたから大丈夫だったよな?」
「必要な物は全部置いていってくれたしね。なんとかしたよ。」
「悪かった。あの時の俺は王として最悪だった。」
「だったら、次は当てにしないで。」
次の世界の私はどんな私が分からない。
「まさか、今でもお前は俺の…。」
花火の音で後半は聞こえなかった。
私の正体は分かったみたいだから、夏休みの終わりにはミレに会わせた。二人は一目で全てを理解したようだ。けれど、エドにわたしの正体は口止めして置いた。
文化祭、秋のお祭、間にテスト勉強も三人で過ごした。クリスマスや初詣も『来年は一緒に行けないから。』とミレもエドも私を誘った。
こちらの世界で一緒になる訳にはいかないのか、一度だけミレに聞いた。エドはミレを連れ戻す条件で色々な知識を得たから、破ればエドから私達の記憶が無くなるのだそうだ。それから、私も一緒に行かないかとお願いされた。もちろんお断りだ。
写真をいっぱい撮って、いっぱい笑って、別れの日を迎えた。私に思い残す事はないから、とあっさり別れる。ほんとは未練ばかりだ。思いが溢れて思い出が汚れるくらいなら、こんな別れでいい。
明日の朝、エドは学校に来ない。
明日の朝、ミレのラインは既読にならない。
そのはずだったけれど、夕方おばさんから電話でミレの家に呼び出された。
「アムちゃん!またミレがおかしな事を言い始めたの!たすけて!」
今晩月が真上に来た時、虹を越えて世界を跨ぐ。だから、今までのお礼と謝罪の手紙を両親にしたためたらしい。それを部屋に入った叔母さんが見つけてしまってミレを問い詰め、ミレは白状してしまったらしい。携帯を取り上げられたミレは部屋に閉じ込められていた。
その時間に神の山に行くには遅くとも23時半には家を出なくてはいけない。けれど、家から出られない。そこを退いて!行かせて!と泣き叫ぶミレを24時が過ぎるまで抱きしめた。彼女のためにできる事はそれだけだった。
日付が変わると彼女は大人しくなった。
「アムは、もしかしてまだエド、ガー様を…?」
疲労がピークを越えて倒れた彼女は夢か現か私に問いかけた。
この子はいつから私の事を気がついていたのだろう?
ベッドに寝かしつけて、おばさん達に諦めて寝た事を伝え、心配だから今夜は昔みたいにミレの側にいても良いか聞くと、叔母さんも伯父さんもそうしてやってくれと言った。
私はミレの手をただ握っていた。
一睡もせず4時半過ぎにミレを起こした。
静かにするよう言って、そっとマンションを二人で出る。
だんだん覚醒してきた彼女を自転車の後ろに乗せて神の山に向かった。それから説明する。
王子の生誕の話は、かなり盛ってある。王子が実際に生まれたのは明方で、その時朝日を浴びてできた虹がかかった。当時の演出家が月光の虹に抱かれるが如く現れたと書き記したが、資料をちゃんと見れば夜は雨が降っていた事がわかる。私は朝日の虹の方が美しいのだからそのまま書けばいいのにと前から思っていた。
こんな大事な情報伝え忘れるような馬鹿にミレを任せるのは癪だけど、ずっと二人を見てきたから仕方ない。ミレの一番はエド。エドの一番はミレ。
山の途中で自転車を降りた。この道を1分も行けばエドはいる。ラインには五分前に着いたという連絡が来ている。
この先は行けない。
私だって、愛する人が他人と結ばれるのを見るのは辛いんだ。たとえ相手が誰でも。
「時間がない!走れ!」
そう言ってミレの背中を押すと、彼女は一瞬だけど私を抱きしめてから、一度も振り返らずに走っていった。
太陽がゆるゆると昇る。それは信じられない光景だった。虹が空中から手前に向かって伸びているー
太陽が眩しさを増して思わず目を瞑り、再び目を開けた時には虹は消えていた。
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