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状況の把握

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 魔王征伐のパーティーは聖女をリーダーに勇者、白魔道士、黒魔導士が付き従い行われるのが慣例だ。数百年おきに魔王は勢力を広げ、その度にこの旅は繰り返されてきていた。

「カリンとか言ったか?てめぇ、嘘つけ。俺はお前を女とは認めねぇ」

 そんな事言われても染色体はX Xだ。

「だいたい、はじめ男言葉だったろうが?」
「へ?」

 この世界では、貴族王族の言葉と平民の言葉があるそうだ。そして、平民の言葉は男言葉と女言葉があり……。

「そう言えば、以前こっちにいた時、私、兄様以外の人とはあまり関わらずに生活していました」
「つまり、兄君の言葉しかご存知無くその言葉を話しておられたのが、勇者の加護を受けた後は自動翻訳されて本来のあなたの口調がこちらにも届いている、という事でしょう」

 へー、勇者の加護って便利。

「にしたって、その髪やその服は?!」

 アッサム様がどこからか鏡を出してきて、私のベリーショートの髪を見せつけてきた。いや、知ってます。一応美容師希望の友人からはフェミニンかつアンニュイなガーリーヘアーという呪文も顔負けの髪型だと言われました。
 実際、鏡の中の私は服装と背景が相まって、あちらにいた時より随分いい感じに見える。

「以前来た時はほとんど森の中で生活してたので、動きやすいようにって」
「森って、大森林か?んな野生味溢れる聖女いるかよ……」
「聖女?」
「……この度は聖女の召喚を行ったのです。ですが、種々の事情により我々はあなたを男だと認識し、勇者の加護を与えてしまった」

 そういえばそんな話でした。

「異世界から女性を召喚したにも関わらず、聖女の加護を与えなかった。そして、それだけ魔王討伐が遅れると言うのが外にバレるのは非常にまずいですね。今回呼び出せなかったのは、聖女が異世界でまだ熟して無かったという事になるはずですから」
「なあ、俺のせいか?俺が初めに男っつったからか?」
「前回の聖女召喚で私を召喚してしまったという例があったので仕方ありません。私も二度目に異世界に来る者の可能性を微塵も考えておりませんでしたし、これは隠し通した方が良いでしょう」

 二人は深刻そうに話し合っているが、こちらは全然意味が解らない。

「……ボロが出ないよう、彼女にも説明すべき、なんでしょうね」
「おい、お前、その兄貴とやらに会いたいんだよな?」
「はい」
「なら、協力しろ。何とかして旅には随伴させてやるし、兄貴とやらも絶対見つけて会わせてやる。だから、お前は男で勇者見習いだ」
「は?私女ですけど」
「……おい!帰還人!後の説得はまかせた!」

 アッサム様は言いたい事だけ言うと、さっさと新しいタバコに火をつけた。ガツガツと吸っている様子を見ると、もう話す気は無いってことね。

「では、ご説明致しますね。まずは全ての説明をお聞きください。ご納得はされないでしょうが」

 リオネット様の説明は概ね以下の通り。けれども難解で、理解はしにくいものだった。

 この世界では魔力の強さで貴族と平民が決められている。血筋で受け継がれるものだが、稀に平民に強い魔力を持つ子供が生まれることもある。その場合は原石と呼ばれ、貴族の養子となった。貴族で弱い魔力の者が生まれた場合は廃嫡だが、親の庇護下にあるためあまり問題にはならない。

 帰還人とは、胎児の時に異世界に流れた者のうち、強い魔力のために元のこちらの世界に戻ってきた者を指す。出自は大抵不明のため、これらの者も貴族の養子となる。

 召喚とは基本的に魔王征伐のための聖女を異世界から呼び出す方法だ。聖女には桁外れの魔力が必要で、その素質を持つのは異世界の少女しかいない。ただし、召喚は非常に難しく、また異世界にも該当する少女がいない場合は、強い魔力の物がランダムに召喚されてしまう。

 召喚されたのがこちらの者、帰還人や原石であれば勇者か白魔道士の加護のどれかが与えられ、異世界人では勇者や黒魔導士、聖女の加護のどれかが与えられる。
 全ての加護には共通として、翻訳や基礎魔法、基礎武術の習得スキルが付く。そして、その加護によって成長能力値が極振りされる。

 ただし、要となる聖女は文字通り女性しかなれず、そもそもとして召喚が聖女を呼び出すための行為なのだから、異世界から来た少女は必ず聖女の加護が与えられる……はずだった。

「加護は成長能力が極振りされるだけなので、基礎能力値には影響はありません」

 言われた言葉をそのまま組み立てて理解する。何となく分かってきた気がしないでも無い。
 リオネット様は帰還人で白魔法の基礎能力値が高く、更に加護でその成長能力値も高い。私がもし本当に原石男性なら、私の白魔法の基礎能力値が元々高くても、白魔法の基礎能力値が高く、更に加護を受けて高めてきた彼に追いつけるとは考え辛い。
 アッサム様は原石だけど召喚では無いから加護は無く、可能性としては私は勇者枠を争えると考えられた、と。

 て言うか、平たく平たく言えば、ただ私が女に見えなかったと?細かい説明すっ飛ばせば、そう言うことだよね?

「勝手に男だと勘違いして、ややこしい事になってるって話でよろしいですか?」
「万一女で、聖女の加護にあたいしないレベルの原石だったなら白魔道士の加護だ。勇者は普通、基礎能力値が高い男しかならねぇからな」
「女性だと分かっていたらもう少し取調べたでしょうね。男言葉は不自然ですから」

 何この私が悪かったっぽい流れ。向こうでは男に間違われた事なんて無いわ。これはちょっと失礼すぎて心の底から協力したくない。

「聖女になれない。白魔道士にも勇者にもなれないなら、初めから魔王征伐の協力も何も無いですよね?私、兄様を探しにいきたいんですけど。そもそも、そちらの事情は私には関係ありません」

 アッサム様の先程の話だと勇者になるのも無理な様だ。互いの利益がいまいち分からない。
 二人は顔を見合わせた。

「いや、だから、聖女召喚凡ミスして、勇者の加護を召喚した女に与えたのがバレたら色々不味いんだって……」

 説明しようとしたアッサム様をリオネット様が手で制する。

「確かにこちらの都合はあなたには関係ありません。ただ、この街から大森林までは遠い。旅費はどうされますか?剣の扱いを知らずに一人旅できるほど治安は良くありません」
「それは……」
「兄君はひとりフラフラで歩く事をお望みでしょうか?まぁ、そんな常識も教え無かった兄君ならあり得ますね」

 兄様を侮辱されて、顔がかっと熱くなるのが分かった。確かに私はこちらでは世間知らずだけど、それは兄様が私をあちらに帰す前提で生活させたからで……。

「リオン、流石に言い過ぎだ」
「ええ、この程度の挑発で黙ってしまうほど、カリンは悪意に慣れていない」

 ふぅっとリオネット様はため息をついた。

「……あなたもこちらを利用なさい。明確に相手に利のある取引以外は、こちらでは相手を信頼してはいけない。今回は珍しくそれに当たります。初めにあなたが兄君に拾われたのは奇跡的だと思ってください」

 もやもやもやもや。しかし、確かに旅費無し、案内無しで大森林とやらまで行くのは難しい、かも。第一ここがどこだかも分からない。

 したかあるまい。勇者もどきとして使える物は全て利用してやろうじゃ無いの。言っても女王陛下の側近二人だ、金銭的にも待遇的にも悪くは無いはず。……ここは負けるが勝ち。

「分かりました。よろしくお願いします」

 深々と頭を下げると、二人は明らかにほっとしていた。
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