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サンダーランド家

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 王都より離れた南の地に大森林がある。サンダーランド家もマンチェスター家も、その大森林に接する領地を持つ家だった。比較的他の家の領地より距離が近く、サンダーランドの世継ぎとマンチェスターの次男は共に剣の使い手(と言う事になってる)であり、ライバルでもあったため、交流も多い間柄だ。

 その二つの家は古くより、大森林からの魔獣聖獣の討伐を担ってきた。必要に迫られ強い魔力の血筋との交配を繰り返し、その結果濃くなりすぎた血筋はその子孫の数を減らしていった。マンチェスター家は積極的に召喚や原石の養子を増やしたが、サンダーランド家はその独特の信条により、それらの養子は受け入れなかった。

 サンダーランド家は大森林に接する面積も広くいわゆる辺境伯であり、権限も強かった。そしてその信条は、強く、正しく、美しく。
 圧倒的な強さ、民を想う心、そして、政治を行うセンス。正しい治世は美しい街並みと文化芸術へと繋がる。それらは血統では守られるものではない、と最後のサンダーランド家の女当主は権限全てを自らに仕えていた忠臣に譲渡して100年ほど前についえた。

「現在のサンダーランド家は元のサンダーランド公の血筋ではありません。詳細は省きますが現サンダーランド公はとても特殊な一族です。高い能力を持ちますが、その祖は主人を選定する特性を持った方でした。その特性ゆえ前サンダーランド公の時代の早い頃に忠誠を誓い、長く重用されていた。前サンダーランド公の思想は骨の髄まで染み渡っていて、名前も受け継いでいます。ただその血は時代が下がり、薄まることで最早主人の選定の能力を持つほどの者は現れないだろうと言われていました。ただ、ナルニッサは先祖返りと呼ばれる程能力が高かった。そして、その能力は選定まで行うほどだった、と言うことでしょう」
「イレギュラー過ぎませんか?サンダーランドの方々」

 リオネット様は控え室に使令の虫を放っていたそうで、屋敷に帰るなり先程の補足説明を始めた。
 サンダーランド領では、その立地から圧倒的な強さが求められている。そもそも、貴族はその強さを担保に身分を保っていた。魔獣が暴れたり怨嗟が広まった時に制圧できる力を持つから民の上に立てているのだ。現在は養子を取ったりして生きながらえるような形骸化した領地もあるけれど、元のサンダーランド公としては、守れ無ければ貴族の資格はない!という事らしい。そして、その美学を継いだ……というか継がせても大丈夫と、見込まれた現サンダーランド一族はその思想がより強固になってる、と。

「カリンは現サンダーランド家で過去類を見ない強さとされている世継ぎのナルニッサに勝った。一瞬の判断で観客を守ろうとした精神。そこに虹の目眩し。その美しさにより、カリンを自分の主人と認識したようですね」
「めちゃくちゃです。そして、めっちゃくちゃ迷惑です」

 ただでさえ疲れ切っているのに、げっそりと痩せこけそうだ。

『でもー、勝手に忠誠誓ってたけど、カリン受けちゃったから仕方ないよー』
「アンズ、いつの間に起きてたの?」
『起きたのはさっきー。でも、忠誠受けたの感じたから、そこんとこは覚えてるよ!』

 ぴょこんと小狐に飛び移って、アンズはふるふると伸びをした。激かわ。

「って、忠誠受けた?いつ?そんな覚えは……」
「受けてましたね。完全に」
「ええっ?」
「御事は、自分より尊き貴方様という意味です。今から貴方の下に付きます。つきましてはお名前を教えてください、と。その名を主人であると宣誓して、それをもう一度相手が認める……、主人が自分を格下であり、主人にとっては獣同然と認める事で忠誠は成り立ちますね」
「獣?!」
ナレは罵倒する意味合いのある呼びかけです」
「いや、呼んでない!呼んでないよ!」
「呼んだって言うか、聞き返したって感じー?」
「お作法ですので、決まりに則ってれば意味合いなんてなんのその」

 アンズとリオネット様はなんだか嬉しそうに掛け合いをしている。

「忠誠って何……?」

 百歩譲って受けたとしよう。問題はそれにどんな意味があるか……。

「簡単に言うと人間版使令。召使いになるんだよ。僕と一緒」
「私はアンズを召使いだなんて思ってない」

 小狐アンズは私の膝に乗って口元に擦り寄った。

「知ってる。だから、なったんだもん。ナルニッサも新しいお友達だよ」
「……そうですね。影に潜んだり、全て以心伝心の様な魔獣の使令ではありませんが、頼りになる知人友人だと思えば良いのでは無いでしょうか?こちらで信頼できる相手は多く無いでしょう。その点、裏切る事はまずあり得ない」

 アンズみたいな……友達……?

 って、ナルさんのあの表情!あの個性!ついでにさっきの話だと、下手したらサンダーランドの領民にまで迷惑かけそう。

「リオネット様、また、何か良からぬ企みを?」
「流石カリン」

 ふふふと笑って、それでもリオネット様はその企みは教えてはくれなかった。

 ナルさんの問題は最早もはや彼を避けまくる以外に解決法は無く、少し横に置いておくしか無い。勇者の順位決めだか格付けだかが、なんやかんやで終わった今、これからの予定をリオネット様に聞いた。

「そうですね、しばらくは休暇、ですね」
「休暇ですか?」
「マナはまだ溜まっておらず、聖女は呼び出せない。私とアッサムは新しいマンチェスター家の統合で少し多忙になります。貴方は少し強くなりましたし、独り歩きも大丈夫でしょう。お小遣い差し上げますから、少しこの世界を知ると良いと思います」
「はぁ」
「あまり、おバカな事をすればすぐさま私の耳に届く事はお忘れ無く。……安全のためにも私の手の届く範囲にはいてくださいね」

 優しいんだかなんだか。最後の一押しがいつも優しいから、毒気が抜かれてしまう。なんか私扱い慣れられてる感じがする。不思議な感覚。

 部屋に帰るとファイさんが迎えてくれて、ようやく人心地がつく。今日はいろんなことがありすぎた。
 お風呂から出て、ゆったりとアンズと過ごしているとファイさんがお茶を出してくれながら、ラッピングされた大きな包みを持ってきてくれた。

「こちらが、リオネット様よりいただいた新しい『おぬい様』達でございます」

 中身は好みドンピシャのもふもふ。……手のひらで転がされさせていただきます、リオネット様。

「こちらが、宿題の新しい魔法関連の書籍でございます」

 でも、やっぱりちょっと嫌い。
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