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「まぁ、ええわ。黒魔法使えるんは大きいし」

 ぶつぶつ言いながら、ウジョーさんは鞄をガサゴソしている。

「ウジョーさん、申し訳ありませんが、私今ほとんど魔法使えないんです」
「なんやて?」
「加護のせいで魔力が尽きやすくて、兄に魔法は使わないようにと」
「せやかて、試合ん時は」
「物凄い使令がいるので、その子から魔力もらってました。というか、その子の力で魔法使ってました。今ちょっと訓練で、一旦私から割かれてる状態です」

 「んなアホな」と彼は絶句した。

「でも、一応勇者の加護ありなので、戦うのは多少できると思います」
「あー」

 頬を掻きながら、ウジョーさんの目は泳ぐ。

「体力の基礎値低いやろ?自分。この池飛び越えられへん能力やったら、悪いけど知れとる」
「すみません」
「いや、ここに来て半年の子供やし、それは想定内やねん。それより、使令に魔力もらわなあかんかったって事は、他の使令もおらへん的な?」
「はい。友達に伝令用の鳥のを借りてはいましたが、それも今は居なくて」
「オー、ガッデム」

 いきなりエセ外国人にしてしまうくらいに不味いらしい。

「えらいもん拾てしもた、えらいもん拾てしもた」

 そしてまたグルグルしてる。

「あの、本当にダメなら私一人でなんとか……」
「ならん!なんともならん!聞けば聞くほどあかんやつや。おどれ、俺の良心人質にしとんのやぞ?!それにいっぺん拾たら、われのもんじゃい!」

 拾得物の所有権みたいな話になってきた。

「……しゃあない。魔石のストック少ないし、いっぺんここのテリトリーは出よか。希望的観測やけど、村やったら顔割れへんやろ。ほんまは安全なとこあったらそこがええんやけどな。カリンの能力確認してから、作戦会議や。はぁ、せや、これやるわ」

 カバンから取り出されたのは笛だった。

「これは?」
「首から下げとき。獣に気づかれず、人にだけ聴こえる笛や。はぐれたら茂みやらに隠れて、それ吹くんやで。探したるさかい」
「ありがとうございます」
「他の奴に見つけてもうたら、ウジョーの弟子言うとき」
「はい、ありがとうございます」
「カリンはありがとうございますしか言わへんにゃな」

 ウジョーさんて、もしかしなくてもめちゃくちゃ面倒見良い人?

「本当にありがたいので」
「まぁ、生きて戻れたら慰謝料請求させてもらうわ」
「はい、もちろん」
「いや、そこは突っ込んでや、ボケてんねんて」

 しかし全体的に文化が違う感じの人だ。

 このテリトリーを抜けるために、ウジョーさんについて走る事になった。ワイトの中でも力の強いぬしのテリトリー。力のあるハンターでないと魔石を採るのも難しい場所なんだそうだ。彼は軽々と前を走りながら、枝を落としたり石を蹴り避けたり私が走りやすいように配慮してくれてる。こちらはついていくのさえ精一杯なので、彼が本当に凄い人なのも分かった。

「っ!」
「ウジョーさん?」
「しっ!」

 急に立ち止まったかと思うと、手で私を制して、静かにと指示が出た。全速力だったから上がってしまった息をなるべく静かに整える。

ぬしがおいでなすった。カリン、逃げや」
「え?」
「俺が生きとったら、また助けにいったる」

 ボケだか本気だかわからない事を言うと、彼は目の前の茂みに突っ込んでいった。
 その茂みからは、大型のグリズリーの様な熊が飛び出してきた。目が紅く、怒気がほとばしっている。

 爪を避けながら熊にぶつかると、ウジョーさんは私の反対側に避けた。熊を引きつけて、私から離そうとしてくれているらしい。でも、

見開みひらき

 この種は基本好戦的ではなかったはず。しかもメス。むしろ温和で平和主義、怒ってるとしたら。

『子供……罠……許さない』
『子供が罠にかかったの?』
『罠にかけられた。お前か?』
『私達じゃない。今も罠に?』
『苦しく、もがいている』
『助ける。案内して。気に入らなければその後に相手をする』
『分かった。こちらだ』

 案の定、子供絡みだった。

「おい?!カリン?なにやっとんねん!」
「この熊の子が罠に掛けられてるので、ちょっと助けてきます」
「はぁ?!ちょ、待って」

 熊さんについて行くと、ウジョーさんも着いてきてくれた。

 しばらく行くと、大きな網に仔熊が捕らわれている。

「主を駆除しようとした阿保がおったんやな。こんなんで倒せるかいな。倒せても、他の個体が主になるだけやのに」

 呆れた声を出して、ウジョーさんは私が動くより先に罠を解体し始めた。スッと親熊の警戒感が下がる。

『連れは貴方達と話せない。先程は失礼した』
『話せずとも罠を外している。珍しく良い人間の方だったか』

 ナチュラルに罠を外す方を選んだ事で、ウジョーさんも敵じゃないと理解してもらえた様だ。

「カリン、熊と話せんの?話せるんやったら、仔熊手当してええか聞いたって」
『手当はしても構わないか?』
『頼む』

 ウジョーさんに頷くと、彼は石ころと魔法陣の書いてある紙を使って、どうやら白魔法で仔熊の負傷した脚を治してあげた様だ。
 腫れが引いて、仔熊はコロコロと走り回った。

『ありがたい』
「ありがとうって言ってます」
「礼はいいから、ここら辺で魔石とってもええか交渉してくれへん?」
『この辺りで魔石を獲りたい。構わないか?』
『構わない。お前達の匂いは覚えた。襲わない』
『ありがとう』

 熊親子は森の奥に消えていった。

「採っても良いそうです。匂いは覚えた、襲わないって」
「カリン!」

 ウジョーさんは目をキラキラさせた。

「お前、凄いやんけ。見開きなんて、魔石ハンター垂涎すいぜんの能力やん!見直したわ!」
「ほ、褒めても良いんですよ?」
「凄い!天才や!よ!社長!」

 どうやらこっちのノリで合っていたらしい。物凄く恥ずかしいけれど、自己肯定感は高まりそう。

「あ、れ?」

 ぐらっと眩暈がした。気がつくと、ウジョーさんに抱えられている。

「おい、顔色悪いで?どないした?」
「よく、分かりません。なんだか急にダルくなって……」
「ちょお待て」

 ウジョーさんは首にかけていたゴーグルの様なものを目に当て、それから小石の様な、多分魔石を胸あたりに当てた。小石はポロポロと崩れ、魔力はウジョーさんに吸い込まれる。

「カリン、魔力がほとんど底ついとるやん!とりあえずこれ心臓に当て!」

 渡された拳大の石を言われた通り胸元に当てると、ポロポロ崩れていった。心臓あたりで受け取った魔力が体の隅々に満たされる感じがして、ダルさはすぅっと消えて行く。

「なんでや?魔力が多いんが原石やろ?見開きってそないに魔力食うんか?」
「昔はそんな事無かったんですけど」
「ちょっと詳しく見ても構わへん?」

 ゴーグルを指さされて、私は「構いません」と見てもらう事にした。


 
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