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 森の生活スペースは整えられていて、皆が寝泊まりできる様になっていた。そのために索冥は忙しかったのだそうだ。昔、私のいた部屋はそのままで、その夜も私はそこで寝る事になった。

 懐かしい。雨をしのげる葉っぱの屋根、星は多く、火は必要も無い。虫の声が心地よく、温かさを感じる静寂。
 なのに、横になっても眠れない。今日は色々ありすぎた。

 一応区切られてはある部屋の戸が、小さく揺れた。誰かノックしようとしたのだろう。

「誰?」
「俺だ。入ってもいいか?」
「いいよ、アッシャー」

 部屋に入ってきたアッシャーは、「夜分にすまない」と小さな声で言った。目線は少し泳いでいる。

「アッシャー、色香切ったの?」
「ああ、ちゃんと話しようと思ってな。んで、切ったらちょっと最近の自分の行動が思い出されて暴れてた。もっと早い時間に邪魔する予定だったんだが」

 やはり素面は真面目だ。
 流石に音が筒抜けだと、夜中では周りに迷惑かもしれない。私は防音の魔法を部屋に施して、アッシャーにベッドの半分を座席がわりに提供した。

「……兄貴の事とか、女王の事とか、ずっと黙ってて悪かった」
「ううん、私の加護に影響があったんだから仕方ないよ」
「カリンから兄貴を探してるって話聞いた時、正直めちゃくちゃ焦った。あっちとこっちの時間の流れが違うから、実は手遅れだったんじゃねぇかって。んで、すぐにリオンに相談してあちこち調べさせてってやってたらお前拐かされるし。……ナルニッサに伝えて、雨情に伝えて、肝心のお前に言えないの、結構しんどかった」

 本気で参ったっていう感じで、素面のアッシャーが可愛い。可愛いすぎて、ついハグしたら、「うわっ」とアッシャーは驚いていた。

「お前、スキル切ってる時の俺には結構強気なのな」
「強気過ぎるアッシャーも好きだけど、素面のアッシャーも好きだもん」

 薄明かりでも分かるくらい、彼は赤くなる。

ずりぃぞ、羞恥心抑制の加護、自分だけ使うの」
「私はオートだから」

 途端に心拍数がグッと上がる。

「これでイーブンだ。俺は色香は使わねぇ」

 油断を使われて、抑制が取れて衝動は強くなる。夜中に好きな人がそばにいて、愛しそうに見つめられてるんだから仕方なくない?私はアッシャーを睨みつけた。

 翌日、事前の計画通りに兄様と雨情、索冥が南の結界を破壊しに行った。兄様は森の王の代理として女王に匹敵する魔力を持つが、森の外の世界を知らない。索冥はナルさんの側に侍るまでのほぼ百年国中を調べ回っていたので南の地理に詳しい。結界自体は高度に隠されているので、それを見つけ出すために雨情が同行するという事だ。

 アッシャーとリオネット様は街に放った使令から情報を集め、時が満ちればすぐに打って出るのだそう。それまでに、リオネット様は自分の魔力の強化を図る。そして、私とナルさんはリオネット様の手伝いと兄様が不在の森を守る役割。

「森を傷つけし女王を王の座から下ろすため、人や獣、森を傷つける事を目的とせず、女王が降りるその日まで契約を結ぶ……」

 リオネット様は兄様達と話を詰めて、瑞獣の雛達と次々に血の契約を結んでいった。

 血の契約は条件の契約。両者の目的に達するまで、主に遂行する側に属して補助をするという契約だ。
 兄様達は早々に出立したので、雛達に説明するのは私の仕事。

「見開」
「うぴゃ?」

 この仔はまだ赤ちゃんすぎて、参加させられないっと。亀の様な狸の様な赤ちゃんはナルさんに渡して、ミルクをあげてもらう。

「見開」
「おねーちゃん、だぁれ?遊ぶ?」

 この仔もまだ早い。もう少し仲良くなってから。カモノハシの様なコウモリの様な子供はアッシャーに渡して、遊ばせてもらう。

……。

「いやぁ、壮観ですねぇ」

 リオネット様はそれをホクホクしながら見ている応援係だ。契約できる仔はさっさと契約してしまうだけなので、基本暇。

「おい、リオン。ちったぁ手伝え」
「私は色香テンプテーションが無いので、契約してない仔には警戒されてしまうんですよ。元々色香は香りで群を統率するための能力。扱いが難しい赤ちゃんをナルニッサが、自我が芽生えた頃合の仔をアッシャーが受け持つのが一番効率もよろしい。まぁ、会話できるカリンが最強ですが、流石カリン」

 とは言え、流石に十数匹に追いかけ回されるアッシャーは気の毒……。あ。

「やっほーう!僕についといで!」

 貝のように押し黙っていたアンズさんをお呼びしました。「ニイサマコワイ、ニイサマキライ……ボクワルクナイ」としか言わなかったので、「兄様出かけてしばらく帰らないよ」と教えてあげました。

「僕、お兄ちゃん!」

 えへんぷいとそり返る姿は幼稚園の年長さんのそれ……。
 最高学年だもんね、良かったね、みたいな。

 全員見開で見た後は赤ちゃん達のお世話。ミルクはヤギと水牛の成獣のママから話がつけてあるのでそれをもらい、哺乳瓶やらスポイトやら、脱脂綿やらであげる……。懐かしい。

「うえーい!ナルニッサ!一緒に遊ぼーよー」

 気がつくと、リオネット様の下についたはずの仔達とアッシャー担当の仔達が、真面目に働いていたナルさんを連れて行った。あれ?アッシャーは?と思って見やると、向こうの方に精魂尽き果てて倒れているアッシャーの屍が。
 視線を感じて後ろを振り返ると、リオネット様がにっこりと笑っていた。

リオネット様……、仔達をけしかけてアッシャーを潰したな。
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