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おはよ。
第1話 少年と目覚め
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此処は何処だろう。
目を覚ますと僕は霧がかる森の中に一人立ち尽くしていた。
僕の背丈ほどまでに伸びた大きな植物の葉。
僕はこの植物を知っている。シダ植物って言うんだ。
でもこんなに大きくなったものは見たことがない。
このような種なのか、或いは年月がなせる業なのか…。
どちらにも要因があるのだろう。
葉をかき分けて周囲を見渡せば、これまた大きな針葉樹の木。
その幹の直径は優に5メートルを超えている。
樹高に至っては葉に覆い隠され、この場からうかがい知る事もできなかった。
そのような木々が視界に入る限り何処までもひしめき合っていると言うのだから驚きを隠せない。
雄大と言うに値する風景を霧が絡め取って往く。
その姿は何処か幻想的で、一枚の絵画を見ているような気にさせられた。
「あれ?なんでこんなところにいるんだっけ」
声に出して意識してみるとあまりにも不可解なこの状況に現実味がわいてきた。
そもそも僕は何なのだろう。
体は…人間とさほど変わらないように思える。
身長は低学年の小学生ほどだろうか。髪は黒色をしている。
黒。そうだ、黒い色は邪悪な色。
悪魔の色で、呪いの色。そしてママと同じ髪の色。
髪色でいじめられていた僕をママは優しく抱き留めてくれた。
頭を撫でて「綺麗な黒ね」って褒めてくれた。
だから僕はこの黒髪が大好きだったんだ。
パパはママの黒髪なんて気にしていないようだった。
いつも優しくて、勇敢で、ちょっとどんくさいパパ。
そんなパパは村を守る衛兵長として働いていた。
だから僕やママの事を悪く言う人は少なかったし、僕をいじめる様な奴はごく一部の子どもだけだった。
そう…あの日までは…。
自身の過去を回想をしていると、大樹の陰からオオカミが顔をのぞかせた。
それも一匹ではない、二匹三匹と数を増やしていく。
霧のせいか、生い茂るシダ植物のせいか、或いはオオカミの狩人としての能力が十二分に発揮された為か。
少なくとも僕はその接近に全く気付かなかった。
そうだ、そもそも僕はこんなところに立ち止まって過去を振り返っている暇などなかったのだ。
なんせ奴らに追われてこんな山奥まで迷い込んでしまったのだから。
すぐにその場を離れる為、狼に背を向けそうになるが、それは駄目だと頭のどこかが警鐘を鳴らす。
なめられては終わりだ。
警戒させろ。
怯えさせろ。
僕は咄嗟に近くに落ちていた小石を拾いあげ、狼に向かって投げた。
怒らせないように直接は当てずに狼たちの鼻先めがけて投げていく。
それだけで狼達は近づいてこなくなった。
しばらくの間は間合いを取ってこちらを観察していた。
しかし、それも近づいてくるたびに追い払っていると、他に良い獲物がいると言わんばかりに狼たちは霧の中に消えていく。
その結果に驚いている僕がいて、当たり前だと思っている僕もいる。
狼は臆病、よく言えば慎重派なのだ。
特に餓えているわけでもなく、他に獲物がいるのであれば、わざわざ仲間や自分がけがを負うリスクを抱えてまで襲ってきたりはしない。
まして食べる部位の少ない人間の子どもだ。
割に合わないと見切ったのだろう。
その興味を失ったような素振りすらもフェイクだと言う事があるのが狼の狡猾さだが、そこは常に気を張って警戒する他ないだろう。
まずは川を目指す。それだけだ。
…なんで川を目指すんだろう。
と言うよりそもそもシダ植物や針葉樹、狼なんて聞いたこともない。
木は木だし、あの獣は"狼"ではなく森に住まう"牙獣の狩人"だ。
ましてや彼らの生態についてなんて僕が知るわけがない。
これは誰かの記憶?
いや、確かに僕の記憶…のはずだ。何かがおかしい。
と、いつの間にやら再び止まりかけている脚に気が付く。
再度、獣や魔物に襲われても笑えない。
僕は考える事を一度やめ“記憶“を頼りに人里を探した。
人里は川沿いに多く存在する、そして川が流れるのは低い場所だ。
谷のようになっている場所を探しつつ一直線に山を下っていく。
獣や魔物の前では僕が即興で行えるような隠密行動など意味をなさない。
かと言ってむやみやたらと音をたてたり、素早く移動するのも良くはない。
しかし、この森で無事に一晩を越せるとも思えなかった。
此処は急いで山を下る、の一択で正解だろう。
僕は急いだ。
急いで、急いで転んでケガをした。
転んだ足元を見てみれば、そこにはしっかりと木の根が見えている。
あれに躓いたらしい。
針葉樹林はいつの間にやら広葉樹林へと姿を変え、足元を柔らかい腐葉土が覆い隠していた。
完全に不注意だった。焦りと疲れで完全に足元が疎かになっていた。
「いっ!」
反省して立ち上がろうとすると、足首に妙な痛みが走った。今度はゆっくり角度を上げていく。
やはり一定の角度まで足首を伸ばすと痛みが走った。
これは捻挫というやつだ。
そう簡単には治らないが、ここでこうして倒れこんだままでいるわけにもいかない。
日の傾きは木々に覆い隠され見る事ができない。
ただ、昼間でも薄暗いであろう広葉樹の森は、既に暗闇が迫っていた。
と、またしても狼が姿を現す。先ほどの個体と同じかは分からない。
が、どちらにしろケガをして弱り切った僕は恰好の獲物に違いないだろう。
早く歩きださなければいけない。
分かってはいるのだが、もう足が動かない。
数日前から何も食べていない腹は空腹を通り越して、吐き気すら覚える。
喉だってカラカラに乾いて、息と一緒に吐き出される水蒸気すらも惜しい。
一日中、緊張の中歩き回るのも疲れた。
それに足も痛い。
「僕が何をしたって言うんだ!悪い事なんて何もしてないのに!ただパパとママと幸せに暮らしたかっただけなのに!それすらも叶わなくて…。挙句の果てに、こんな、こんなところで…」
あぁ、もうこれで終わりでも良いのかもしれない。
痛いのもつらいのもこりごりだ。
もう終わりだ。全部終わり。
いいじゃないか、別に、何かやり残したことがあるわけでもなければ希望もない。
きっとこの狼たちは初めに獲物の首を折って楽に殺してくれるだろう。
獲物に抵抗されないための手段。
相手が利口な狼であったことが最後の救いだった気がする。
ひと思いにやってよ。
そう、身を投げ出すと、今までの疲れが堰を切ったかのようにあふれ出してきた。
もう指一本動かせる気がしない。
「おやすみ」
目をつぶるとママがそうしてくれたように、自分自身に暗示をかける。
安心して眠れるおまじない。
ふと、ママの匂いがした気がした。
柔らかくて暖かい何かが僕を優しく包み込む。
腐葉土のせいだろうか。
それとももう死んでしまったのかもしれない。
…どちらでも良いか。
僕はとても安らかな気持ちで意識を手放した。
目を覚ますと僕は霧がかる森の中に一人立ち尽くしていた。
僕の背丈ほどまでに伸びた大きな植物の葉。
僕はこの植物を知っている。シダ植物って言うんだ。
でもこんなに大きくなったものは見たことがない。
このような種なのか、或いは年月がなせる業なのか…。
どちらにも要因があるのだろう。
葉をかき分けて周囲を見渡せば、これまた大きな針葉樹の木。
その幹の直径は優に5メートルを超えている。
樹高に至っては葉に覆い隠され、この場からうかがい知る事もできなかった。
そのような木々が視界に入る限り何処までもひしめき合っていると言うのだから驚きを隠せない。
雄大と言うに値する風景を霧が絡め取って往く。
その姿は何処か幻想的で、一枚の絵画を見ているような気にさせられた。
「あれ?なんでこんなところにいるんだっけ」
声に出して意識してみるとあまりにも不可解なこの状況に現実味がわいてきた。
そもそも僕は何なのだろう。
体は…人間とさほど変わらないように思える。
身長は低学年の小学生ほどだろうか。髪は黒色をしている。
黒。そうだ、黒い色は邪悪な色。
悪魔の色で、呪いの色。そしてママと同じ髪の色。
髪色でいじめられていた僕をママは優しく抱き留めてくれた。
頭を撫でて「綺麗な黒ね」って褒めてくれた。
だから僕はこの黒髪が大好きだったんだ。
パパはママの黒髪なんて気にしていないようだった。
いつも優しくて、勇敢で、ちょっとどんくさいパパ。
そんなパパは村を守る衛兵長として働いていた。
だから僕やママの事を悪く言う人は少なかったし、僕をいじめる様な奴はごく一部の子どもだけだった。
そう…あの日までは…。
自身の過去を回想をしていると、大樹の陰からオオカミが顔をのぞかせた。
それも一匹ではない、二匹三匹と数を増やしていく。
霧のせいか、生い茂るシダ植物のせいか、或いはオオカミの狩人としての能力が十二分に発揮された為か。
少なくとも僕はその接近に全く気付かなかった。
そうだ、そもそも僕はこんなところに立ち止まって過去を振り返っている暇などなかったのだ。
なんせ奴らに追われてこんな山奥まで迷い込んでしまったのだから。
すぐにその場を離れる為、狼に背を向けそうになるが、それは駄目だと頭のどこかが警鐘を鳴らす。
なめられては終わりだ。
警戒させろ。
怯えさせろ。
僕は咄嗟に近くに落ちていた小石を拾いあげ、狼に向かって投げた。
怒らせないように直接は当てずに狼たちの鼻先めがけて投げていく。
それだけで狼達は近づいてこなくなった。
しばらくの間は間合いを取ってこちらを観察していた。
しかし、それも近づいてくるたびに追い払っていると、他に良い獲物がいると言わんばかりに狼たちは霧の中に消えていく。
その結果に驚いている僕がいて、当たり前だと思っている僕もいる。
狼は臆病、よく言えば慎重派なのだ。
特に餓えているわけでもなく、他に獲物がいるのであれば、わざわざ仲間や自分がけがを負うリスクを抱えてまで襲ってきたりはしない。
まして食べる部位の少ない人間の子どもだ。
割に合わないと見切ったのだろう。
その興味を失ったような素振りすらもフェイクだと言う事があるのが狼の狡猾さだが、そこは常に気を張って警戒する他ないだろう。
まずは川を目指す。それだけだ。
…なんで川を目指すんだろう。
と言うよりそもそもシダ植物や針葉樹、狼なんて聞いたこともない。
木は木だし、あの獣は"狼"ではなく森に住まう"牙獣の狩人"だ。
ましてや彼らの生態についてなんて僕が知るわけがない。
これは誰かの記憶?
いや、確かに僕の記憶…のはずだ。何かがおかしい。
と、いつの間にやら再び止まりかけている脚に気が付く。
再度、獣や魔物に襲われても笑えない。
僕は考える事を一度やめ“記憶“を頼りに人里を探した。
人里は川沿いに多く存在する、そして川が流れるのは低い場所だ。
谷のようになっている場所を探しつつ一直線に山を下っていく。
獣や魔物の前では僕が即興で行えるような隠密行動など意味をなさない。
かと言ってむやみやたらと音をたてたり、素早く移動するのも良くはない。
しかし、この森で無事に一晩を越せるとも思えなかった。
此処は急いで山を下る、の一択で正解だろう。
僕は急いだ。
急いで、急いで転んでケガをした。
転んだ足元を見てみれば、そこにはしっかりと木の根が見えている。
あれに躓いたらしい。
針葉樹林はいつの間にやら広葉樹林へと姿を変え、足元を柔らかい腐葉土が覆い隠していた。
完全に不注意だった。焦りと疲れで完全に足元が疎かになっていた。
「いっ!」
反省して立ち上がろうとすると、足首に妙な痛みが走った。今度はゆっくり角度を上げていく。
やはり一定の角度まで足首を伸ばすと痛みが走った。
これは捻挫というやつだ。
そう簡単には治らないが、ここでこうして倒れこんだままでいるわけにもいかない。
日の傾きは木々に覆い隠され見る事ができない。
ただ、昼間でも薄暗いであろう広葉樹の森は、既に暗闇が迫っていた。
と、またしても狼が姿を現す。先ほどの個体と同じかは分からない。
が、どちらにしろケガをして弱り切った僕は恰好の獲物に違いないだろう。
早く歩きださなければいけない。
分かってはいるのだが、もう足が動かない。
数日前から何も食べていない腹は空腹を通り越して、吐き気すら覚える。
喉だってカラカラに乾いて、息と一緒に吐き出される水蒸気すらも惜しい。
一日中、緊張の中歩き回るのも疲れた。
それに足も痛い。
「僕が何をしたって言うんだ!悪い事なんて何もしてないのに!ただパパとママと幸せに暮らしたかっただけなのに!それすらも叶わなくて…。挙句の果てに、こんな、こんなところで…」
あぁ、もうこれで終わりでも良いのかもしれない。
痛いのもつらいのもこりごりだ。
もう終わりだ。全部終わり。
いいじゃないか、別に、何かやり残したことがあるわけでもなければ希望もない。
きっとこの狼たちは初めに獲物の首を折って楽に殺してくれるだろう。
獲物に抵抗されないための手段。
相手が利口な狼であったことが最後の救いだった気がする。
ひと思いにやってよ。
そう、身を投げ出すと、今までの疲れが堰を切ったかのようにあふれ出してきた。
もう指一本動かせる気がしない。
「おやすみ」
目をつぶるとママがそうしてくれたように、自分自身に暗示をかける。
安心して眠れるおまじない。
ふと、ママの匂いがした気がした。
柔らかくて暖かい何かが僕を優しく包み込む。
腐葉土のせいだろうか。
それとももう死んでしまったのかもしれない。
…どちらでも良いか。
僕はとても安らかな気持ちで意識を手放した。
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